3話
「け、ケツが痛ぇ……」
「それだけならいいよ。私なんて乗り物酔いまで……」
馬車の乗っての移動を開始して一時間。
俺は乗り慣れていない馬車のせいで尻が、ミカはその上乗り物酔いまで引き起こしていた。
「お二人とも大丈夫ですか? ミカさん、何か暖かい物飲みますか?」
アイリスが心配して声を掛けてきてくれた。
リリーナは我知らぬと外の景色を眺めている。
これが女子力の差である。
あと、個人的に女子力って単語はカッコいいと思う。「私の女子力は五十三万です」みたいな。
「俺は大丈夫だ。そろそろ尻が痛みを超えて何も感じない境地にたどり着くはずだから」
「それはなんか違う意味でダメな気がします!」
「私も大丈夫……。気持ち悪いけど吐いてはないし、お尻の痛みも、この揺れでお腹のお肉が燃焼してダイエットになると思えば安い代償だよ……」
「すごいポジティブです! こんな状況なのに、ミカさんすごいポジティブです!」
「ハハハ。上手いこと言うなミカ。どうせなら(ゲロ)吐かないだけじゃなくて、(パンツ)履かない方がいいんじゃないかミカ」
「こんな時でもセクハラする元気はあるんですね。ユウマさん……」
「パンツは履くけど、今の私……儚いと思うの」
「乗るんですか!? そんなに辛そうなのにユウマさんのボケには乗るんですか!?」
「おい、ミカ。嘘を吐くなよ」
「ユウマこそ、乗るのは馬車だけにしなよ。調子にも、ボケにも乗っちゃって」
「「ハハハハハハハハハハハハッ」」
「実はお二人とも元気ですよね!?」
さらに一時間後。
「……アイリス。おかしいんだ……。もう尻が痛みの限界を超えて痛みを感じなくなるはずなのに、その気配がない。それどころか痛みが増すばかりなんだ」
「それが普通だと思います。私も流石に少し痛くなってきましたし」
「そうだ! 首で座ろう!」
「急に何を言い出すんですか!?」
「ほら! 首が座るっていう言葉があるだろ? あれは人間が首で座れる可能性を示唆した言葉だったんだよ!」
「それだよユウマ!!」
「違いますよ!? ミカさんもなんでナイス提案! みたいな顔してるんですか! あれは赤ちゃんに対しての言葉であって、私たちにはもう適応されない言葉です!」
「なにをっ! 赤ちゃんにできて俺たち大人ができないはずがない!」
「そうだよユウマ! 何事もチャレンジ精神だよ! 行動しなきゃ結果はついてこないんだよ!」
「よーし! ユウマ頑張っちゃうぞー! まずは頭を椅子に乗せて、それから前転の要領で―――」
「そうそうユウマ! あとは勢いに任せてくクルっ! だよ!」
「やめてくださーいっ! っていうか、やっぱりお二人とも元気ですよね!?」
さらに一時間後。
「普通に座るのもダメ、首で座るのもダメとなると……あとは横だな」
「横ってどういうことですか? 横になるってことでしたら流石に二人分もないですよ?」
「うむ、だからまずは俺が横になる。そして、その上でミカが横になる。万事オッケーだ」
「全然オッケーじゃないですよ!?」
「ユウマ……でも私、もうそろそろ違う方も限界だよ……うっぷ……」
「なら、顔に吐かれるのは嫌だからお前は俺と反対側を向いて寝ろ。最悪ズボンは履き替えればいい」
「よくないですって! 実際にやったらその体制すごく色々な意味で危ないですって!」
「よし、まずは俺が横になれた。ミカ、いいぞ」
「だからよくないですって!」
「ご……ごめん、ユウマ……」
「ああ、ミカさんが正気に戻ってくれ―――」
「吐きそう」
「ないですーーーっ!!」
「ううっ……せめて窓から……」
「あああああああああっ!! ダメです! こんな速度で走ってる馬車の窓から吐いたりしたら―――」
「ぎゃああああああああああああああああっ! 前から何か黄色くて変な刺激臭のする液体が降ってきたーーーーっ!」
「こうなる決まってるじゃないですかーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「ふう……ようやく尻の痛みから解放されるぜ」
「うん! 私もすっかり気分が良くなったよ!」
「それにしてもよくやったぞミカ。お前のおかげで少しの休憩がもらえたんだ。今回ばかりは褒めるところしかない」
「でしょでしょ! でも、私はできることをしただけなんだよ」
清々しい表情で笑う俺とミカ。尻の痛みや乗り物酔いから解放された俺たちは晴れやかである。
「よくそんなに笑ってられますねお二人とも……」
俺たちに続いて、なにやらゲッソリしたアイリスが下りてくる。
「何言ってるんだアイリス。笑ってないとやってられない時ってのが大人にはあるんだぞ」
「そうだよアイリスちゃん。クヨクヨしてるより、ニコニコしてた方が全部上手くいくんだよ」
「……お二人とも、ただの現実逃避ですよね……」
「「はい……」」
俺たちが今馬車を降りて休憩できているのは、元から決められていた休憩地点に着いたからではない。
ミカがさっき窓から吐いてしまったため、後ろの馬車に被害が出て、その混乱を一旦落ち着けるために急遽として休憩になった。
「ミカさん。色々と混乱してて気付かなかったんだとは思いますけど、今度からは注意してくださいね。後ろの馬車の運転手さん、悲しそうな顔で近くの湖に向かいましたから」
「そうだね……気を付けるよ」
そんなこんなで、とにかく休憩になった俺たちは、馬車を降りて心身共に休めている。
「そういえばリリーナはどうしたんだ? いつものアイツならもっと大騒ぎだろうに」
「そういえばそうだね。馬車の中でもリリーナと会話した記憶がないよ」
「私もお二人の心配ばかりでリリーナさんのことはあんまり気にしてませんでした」
「あ、降りてきたぞ」
そんな話を三人でしていると、リリーナが馬車から降りてきた。
―――猫を抱いて。
「おいリリーナ。なんだその黒猫?」
「知らないわ。最初から馬車の中にいたのよ。だから私の眷属にすることにしたの」
俺たちの方を見ることなく、猫をニコニコしながら愛でるリリーナ。
「眷属ってお前なぁ。もしかしたらほかの馬車の客の猫かもしれないだろうが。勝手に眷属にするなよ」
「そんなわけないわよ」
「なんでだよ?」
「だって、私にこんなに懐いてるのよ? こんなにかわいいのよ? それに黒猫で瞳の色が赤で賢そうなのよ? 私そっくりじゃない。これは運命よ」
コイツ……なんだか危ないやつみたいな発言しだしたな。
こういうやつが後々ストーカーとかになるんだよなー。彼女との出会いは運命だった、とか言って。
「フラペチーノっ!」
リリーナに憐みの視線を送っていると、いきなり小さな火の玉が顔目がけて飛んできた。
スンのところで回避に成功したが、髪の毛が数本俺の目の前で燃え尽きていった。
「なにすんだリリーナ! 俺の大事な毛髪様が数本お亡くなりになったじゃねぇか!」
「ユウマが変な想像してるのが悪いのよ」
「なんで俺の思考読んでんの!? エスパーなの!? ……いや、魔法使いなんだからある意味エスパーか?」
「ユウマの思考を読むのなんて絵本を読むのより簡単よ」
「俺の思考やたらと子供向けですね!」
こんないつものやり取りをしている中でも、リリーナは胸に抱いている黒猫を撫で続けている。
くっ……そこ変われ黒猫。
そいつ、見てくれだけはいいんだ。
「あ、あの……リリーナさん」
「ん? なにアイリス?」
「私もそのネコさんに触らせてもらってもいいですか?」
「もちろんよ。女の子はかわいいものが大好きだもの。それに、これから私の眷属になるってことは、みんなとも仲がいい方がいいに決まってるわ」
アイリスの小さなお願いにノータイムで応じるリリーナ。
リリーナが黒猫を手渡そうとすると、アイリスを少し緊張気味にそわそわしながら黒猫を自分の胸に抱いた。
そして、黒猫に頬ずりをして、顔を緩める。
「はにゃ~」
その緩んだ笑顔に俺の顔をついつい緩んでしまう。
「ねえねえ、私も猫ちゃん触っていい? いいよね!?」
アイリスが幸せそうにしているのを見て触発されたのか、ミカも食い気味に猫に触ろうとする。
「ええ、もちろんよ」
もちろん、リリーナはミカの頼みごとをノータイムオッケー。
「はあ~……。やっぱり猫はいいねえ~。癒されるよ~」
黒猫の魅力にミカも一瞬で心奪われた。
なんてことだ。一瞬の内に俺のハーレムメンバー(仮)が黒猫に奪われてしまった。
とはいえ、こんなところでクヨクヨしているわけにはいかない。
「なあ、俺にも触らせてくれよ」
「え……?」
「なんで俺の時だけ嫌そうな顔すんだよ!」
「嫌そうな顔なんてしてないわよ」
「してたろ今!」
「今のは嫌な顔よ」
「さらに悪いじゃねぇか! 差別だぞ! 男女差別だ! 俺は提唱する、男女差別反対! レディーファースト反対!!」
全く。女の子はずるい!
かわいいだけでもずるいのに、女性専用車両とか、女性限定とかみたいな女の子優先が多すぎる。
この世界に来てからはあんまりそういったものは見かけないが、それでも、女の子に甘いというところはあまり変わっていない。
「仕方ないわねー……汚さないでよ」
「触るだけで汚れるってなんだよ。俺はなんかのウイルスの元凶かなんかか?」
「ああ! 確かユウマそんな感じなこと言って前にいじめられてたよね?」
「ミカ! お前は何でこんな時に俺の悲しい過去を引っ張り出してんだ!」
「ええー、でも流行ってたよ。ユウマに触った手で触られたらその人も鬼になる鬼ごっこ」
「なんで俺が関わってないところでそんな悲しい遊びしてんの!?」
俺の知らないところでそんな悲しい遊びが行われていたなんて……。
しかも俺はその遊びに関わってない。
なんで俺は異世界まで来て過去のトラウマ増やしてんの?
俺はトラウマ製造機なの?
こんな感じにミカに新しい過去の悲しい思い出を増やされたところで、ようやく黒猫が俺の手に渡る。
ふっ……一級モフリストの俺の手にかかればどんな猫もイチコロさ。
「のわっ! なにすんだてめーっ!」
と思っていた時期が私にもありました。
俺が猫を抱くなり猫は大暴れ。手足を思う存分振り回し、俺の顔やら腕やらをひっかいてくる。
「くっ……せめて肉球だけでも……」
せめて肉球だけでも触ろうとしたが結局上手く回避されて、黒猫は俺の腕から見事に脱出。その足のままリリーナの元へと戻っていった。
「なんで俺だけ……」
「やっぱりユウマは汚れてるからダメなのよ」
「俺のどこが汚れてるって言うんだよ!」
「目じゃないかしら? ほら、濁ってるわよ」
「濁ってねえよ!」
結局猫に触れそうになかった俺は三人に運転手にこの猫は誰かの飼い猫なのか、引き取っても構わないかを聞いてくるように言いつけられ、一人むなしくむさいおっさんのところへ向かう。
「あのー、すんませーん。ちょっといいですか」
「んあ? ああ、うちの馬車に乗ってる兄ちゃんか。なんか用か?」
運転席で落ちないように付けられているところに足を掛けながら運転手のおっさんが気だるそうに言った。
「ああ、はい。あのー、馬車の中にいた黒猫のことなんですけど……」
「ああ、あいつか。いやーな、あいつ、いつの間にか勝手に居ついててよ。誰かの忘れ猫かと思ってずっと乗せてんだが、飼い主が一向に見つかんなくてな」
おいおいマジかよ。
このままだとリリーナのやつマジで眷属にするとか言ってあの猫を飼いだすぞ。
そうすると、生活費が上がる。俺のハーレムメンバー(仮)が奪われる。俺に引っかかれる等の被害が出る。などの問題が発生するぞ。
それにモフリストの俺がモフれない猫を飼うのはモフリストの俺には酷すぎる。
とはいえ、あいつらに嘘を言っても運転手のおっさんからバレる可能性がある。
むしろ、リリーナ辺りが「やっぱりユウマじゃダメね。私が直接交渉に行ってくるわ」とか言い出しかねない。
何かいい方法はないものか―――
「ユウマさん。どうですか? お話聞けましたか?」
どうにかならないかと頭をフル回転させていると、後ろからアイリスかおずおずとやってきた。
「あ、いやな……今話を聞いているところだ」
アイリスに嘘を言うのは憚られたが、まだ決心のついていない俺は言葉を濁した。
「あの……私、今までペットを飼ったことがなくて……野良ネコさんに触ろうとしてもいつも逃げられちゃって……でもでも、あのネコさんは私から逃げなくて……だから、その、えっとですね……。あのネコさん、飼ってあげたいんだけどダメ……ですか?」
「ダメなわけないだろ!」
やっぱりかわいいって正義だわ。




