17話
布団の中の温もりが恋しすぎてなかなか出られないでいる俺を起こしに、天使が舞い降りる。
「ユウマさ~ん。起きてくださ~い。もう八時過ぎですよ~」
まさにエンジェルボイス。その透き通るような鈴の音の心地よさにようやく覚めてきていた眠気が再発される。
「ユウマさーん。起きてくださーい」
その鈴の音の持ち主はアイリス。この世界で初めての俺のパーティーメンバーに入った小学生くらいの女の子。長い銀髪に青と白を基調としたドレス状の服を好む、優しい―――優しすぎる女の子。
サファイヤの様なきれいなくりくりの青い目をしており、顔は年齢にふさわしい愛らしい小動物系女の子。
可愛くて、キュートで、ラブリーな女の子。
そんなラブリーキュートなアイリスは、俺に声をかけても反応がないことから次のステップへとシフトチェンジした。
次のステップ、揺するである。
が、アイリスはミカや能筋魔法使いと違って優しい子。強引に布団を引っ張ったり、脳みそを混ぜるように揺さぶったりは決してしない。
いきなりお腹のあたりに飛び乗って来たり、鳩尾に肘を入れてきたりもしないし、寝てる人間の口の中に水を入れてきたりしない―――あ、最後のは俺が昨日ミカにやったやつだ。
まあ、とにかくアイリスはそんな野蛮な女の子ではない。清楚でかわいい系の女の子なのだ。
アイリスの揺さぶりはいうなれば電車の中の様な心地の良い揺さぶり。そして耳にはエンジェルボイス。もうこれだけで夢の世界どころか永眠の世界にすら逝ってしまいそうである。
アイリス恐るべし。アイリスちゃんマジ天使。
「んー。どうしたらいいんでしょうか? ミカさんやリリーナさんに頼むのもなんだか申し訳ないですし、もうそろそろ私も一人でユウマさんを起こせるようにならないと」
一人意気込むアイリス。
ちなみに俺がすでに目覚めているのに起きないのは、アイリスとのこの時間が楽しく癒されるからである。
ミカやリリーナが来た時には俺は風のように起き上がる。それはもう刹那のうちに。、だってユウマ痛いの嫌い。
そんな時だった―――
ピンポーン
屋敷のチャイムが鳴った。
ちなみにこの世界にチャイムなどなかった。
このチャイムはアイリスやリリーナといったこの世界の住人に、こういうのがあったら便利じゃないか? と俺が別の世界の人間だと悟られないように細心の注意を払いながら言って手に入れたものである。
これだけだだっ広い屋敷だと、ドアをノックされても聞こえないことが多い。そのための措置である。
「あっ、チャイム。……しょうがありません。ユウマさんを起こすのはもう少し後にしましょう」
そう言ってアイリスが一瞬の迷いを見せてから俺の部屋を退出する。
俺は癒しの時間の終わりを察したので、アイリスが出て行ったのを確認してからベットから起き上がり服を着替える。
「全く、誰だよ人の癒しの時間を邪魔する不届き者は。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて地獄に落ちろってんだ」
せっかくの癒しの時間を邪魔しに来たバカ野郎の顔を拝みに着替えを済ませてから一階に降りて、玄関に向かう。
「ありゃ? いない……。もう帰ったのか?」
一足遅れて玄関に着くと、すでにそこには客人を出迎えたはずのアイリスの姿もない。
もう帰ったのだと思った俺は、そのままの足取りでみんながいるであろう居間へと向かう。
「おう皆の衆。我を称え、我を敬え、そして俺を崇めろ……って……あれ?」
いつもの調子で軽口を叩きながら居間に入ると、そこにはミカ、アイリス、リリーナといういつものメンバーと。
「おはようございますユウマさん。―――えっと具体的に私はどうしたらいいのでしょうか?」
なぜだか知らんがファナがいた。
「えっとなんだ? つまりお店がマジでバイヤーだからなにか作戦はないかってこと?」
「はい。バイヤーというのが非常に危険という意味合いなら、簡潔にまとめるとそういうことになります」
ファナにどうしてきたのか尋ねたところ内容はこんな感じだった。
今月中にお店の場所代を払わないとお店を取り上げられてしまう。
その払わないといけない額は五百万。
しかし、今現状で集まっているのは十万。
このままだとお店を潰さないといけないのでどうにかしてほしい。
お店物のゲームだとよくある大きな問題だ。まず自分の店を持ち、ある一定の額を一定の期間以内に返す。という大堂のストーリー。
「まあ、この世界でもそういうのはあるわな。――――で、なんで俺たちに? わかってると思うけど、今俺たちは借金パーティーだから前みたいにその場の勢いで買い物とかできないよ? そんなことしたら借金加速しちゃうからね? もっと加速したくないからね。バーストリンクできないからね」
生憎と俺たちは借金一億を抱えるイニティ一の借金パーティーだ。
もらえるお金は際限なくもらうが、払えるお金など一銭たりともありはしない。
「いえ、さすがに私もそこまで図々しくはなれません。……ただ、ご相談をと思いまして……」
「相談……?」
「はい。そのご相談なのですが、簡単に言いますと、ユウマさんにお店を手伝ってほしいのです。もちろん今月だけで構いません。……どうにかお店を救ってほしいのです。ユウマさんはオークの大群の時や、この前の天下一武道会の時など、様々な悪ぢ……知恵で困難を突破してきていたので、この件もどうにかできるのではないかと……」
「今悪知恵って言おうとしたよな……。でもまあ、乗った」
「ですよね。さすがのユウマさんでも……って……え?」
「だから乗った」
「いいんですか!?」
俺がこの話に乗ってくれると思ってなかったのか、ファナが興奮気味のテーブルに身を乗り出した。その際に腕を胸を強調するようにしたため、俺には大層目に毒な状況ができ上がる。
心のフィルターに焼き付けなければ。
「落ち着けって、条件はもちろんある」
「……聞きましょう」
「簡単な話だ。売り上げの一部をこっちに回してほしい。例えば売上総額の一割とかでいい。その辺は要相談ってことでどうだ? それ以外の条件はない(とでも言うと思ったか! もしお店を救うことができたらその時はお前のその体で報酬を払ってもらうぜ、げへへへへー)」
「わ、わかりました……。それでお店が続けられるのなら、お受けします……」
「おいこらミカ! 俺のセリフをクズ男みたいなセリフに変えるな! あとファナももう少し自分を大事にしろ! せっかく美人で可愛いんだからバカみたいな男に騙されるな! って、この話の流れだと俺がそのバカみたいな男じゃねえか! ふざけんな!」
「おー! ユウマ! 念願の一人ボケツッコミ!」
「嬉しくねえ!!」
ミカのせいで危うく俺がさらに下種な男になりかけたが、ここはどうにか自分の力で回避。これ以上鬼畜外道のレッテルを張られるわけにはいかない。
確かにファナは俺の理想のお姉さん像に近いものがある。
俺はきつい性格のお姉さんより、弟にダダ甘のお姉さんの方が好きだ。もっと言えば、一人で何もできないタイプのおバカなタイプもいい。
まあ、簡潔に言えばまったりとしたゆるふわ系お姉さんが好きだ。
その点ファナは性格はかなり控えめ、身長は俺より少し高く、胸はリリーナより大きい。金色の長い髪に青く透き通った瞳。どこもかしこも柔らかそうな、大人の色気を子供が纏ってしまったような女性だ。
つまり―――タイプだ。
「それでその期間はいつまで何だ? それによってやり方が変わったりするんだが? 月末に取りに来るのか? それとも月の変わった次の日か?」
ここでの期間は非常に重要だ。たった一日と言えどされど一日。その一日をフルで使えるか半分しか使えないかでやり方というのは変わってくる。
「特にそういう決め事がないなら、俺は約束でしっかりと決まっていないって、日が変わるまでは意地でも時間を使うが」
「やっぱりユウマって汚いよね。幼馴染として情けないよ」
「おいミカ。汚いとは何だよ汚いとは。賢いと言ってくれ」
「物は言いようだね」
ミカとそんな少ないやり取りを交わしたのち、ファナの方へ振り返ると、ファナは少し考えるような仕草を取り、俺はその仕草に萌えを感じ、他の三人はそんな俺に悲しそうな顔をした。
何だってんだよおい! 男なら当然の反応だろうが! と、ツッコミたいが、それではファナに何をやっているのかばれてしまう可能性があるので我慢。
「特にそういう決め事はないですね。月末、としか決まってません」
「なら、払うのは日が変わるギリギリで行こう。もし、少しだけど月が替わったからさらに金額が上がる。なんて言い出したらたまったもんじゃないからな」
「そんなズルいこと借金取りさんがするでしょうか?」
アイリスが心底不思議そうに首を傾げる。
「そうだな。相手がどれだけ汚い人間かによるけど、俺だったら確実にそうするな」
「さすが鬼畜外道にユウマね。汚さならほかの追随を許してないわ」
「リリーナ。それは褒め言葉として受け取っておく」
リリーナの皮肉めいた言葉も華麗にスルーして、話を戻す。
「とにかく店の現状を確認したい。今すぐファナの店に行こう」
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ファナの店に向かいながら俺は現在の状況を整理する。
まず、俺たちがあと稼がないといけないのは四百九十万。期間はちょうど月の真ん中辺りなので、約二週間。
人手は俺にファナにアイリス、リリーナにミカの五人。後はザックとシュリちゃんが保険要因と言ったところだろうか。
倉庫の状況は今から確認しに行くとして、今一番の懸念材料は―――
「あの店の品ぞろえと値段だよな―――」
ファナの魔道具店。この街唯一の魔道具店であり、おそらくこの街随一の借金を抱えている店だ。
何度かアイリスと一緒に、または一人でファナに会いに行ったりしたが、品ぞろえは正直言って非常によろしくない。
どれだけ贔屓目に見てもよろしくないという評価が限界である。
あれでもし店主がファナの様な美人じゃなかったら俺はあの店の評価をぼったくりの店としていたことだろう。それくらいファナの店のラインナップはひどい。
俺がおすすめされたものの一つ、爆発ポーション。少しの衝撃で爆発し、威力は家が一つ壊せるんじゃないかってくらい。値段は一個一万ギル。威力は申し分ないが、暴発が怖い一品だ。
他にも毒の治療魔法の練習のため、とかいう理由で売られていた毒毒ポーション。飲むだけで毒状態になる一品だ。本当に意味のわからない商品である。ファナに聞いたところによると、毒の治療魔法を覚えた魔法使いがその練習のために仲間に飲んでもらうポーションなんだとか。わざわざそんなことのためにこのポーションを飲むやつは俺はいないと思う。ちなみに値段は千ギル。地味に高い。
こんな意味不明だったり、危険なものを高額で売っている。しかしファナには善意しかなく、全くと言ってもいいほど悪意がないのが、これまたつらいところだ。
実際、前にどうしてこんなものを売ってるんだ? と聞いたとき、ファナは笑顔で「皆さんに喜んでもらうためです!」と言った。
何か言おうかと思ったが、ファナの笑顔を見ていると悪意がないのがわかって何も言えなくなる。不思議な笑顔である。
人はそれを魔性と呼ぶのではないだろうか?
この点を考えると、商品についても考えなければいけないかもしれない。
まあ、その点についてはもうすでに考えてある。
そして、そうこう考え込んでいるうちにファナの店にたどり着いた。
「アイリス! リリーナ! ミカを拘束しろ! 何をしでかすかわからない!」
「はい!」
「なんかわかんないけど、アイリスがやるなら私も手伝うわ!」
ファナの店に入るなり、俺はアイリスとリリーナにミカの拘束を命じた。アイリスはこの店に俺以上に何度もお世話になっているので、俺の指示した意味を言われなくてもわかっているのだろう。
リリーナは俺の言うことはいまいち聞かなくても、アイリスがあんなに必死に俺の言うことを聞こうとすれば、とにかく言うことを聞く程度には頭のあるやつだ。
「ミカさん! ごめんなさい!」
「ミカ、なんだか知らないけど行くわよ!」
ミカに向かってアイリスが腰の辺りに飛びつき、リリーナが後ろからミカに抱き着く。
前にアイリス、後ろにリリーナ。この光景は何だか―――
「うらやましい……。そして、姦しい」
女を三つ書いて姦しい。まさしく字通りの意味合いだと俺は人生で初めて思いました。まる。
「え? え? なんなのユウマ!? なんでアイリスちゃんとリリーナに私を拘束させるの!?」
アイリスとリリーナに抱きつかれ、口では嫌そうにしながらも少し嬉しそうなミカ。
「この店には危険な商品も置いてあるんだ。お前がドジしてミスをするだけでこの店がなくなったり、この周辺の人に多大な迷惑になるようなものがな」
「そんなに危険な場所なの!?」
「ああ、だからお前は二人に抱つかれながら待ってろ。―――あとな、後でそこ変わってくれ。ファナ、行こう……」
「は、はい」
俺はそう一言だけ言い残し、ファナと一緒に倉庫の方へ向かう。
「ミカさん……柔らかくていい匂いです~」
「え!? アイリスちゃん! それってお腹周りが!? 私、太ったってこと!?」
「ミカ、この前より少し胸大きくなってるんじゃない? なんかさわり心地が良くなった気がするわ」
「ちょ! リリーナ! くすぐったい」
絶対に早く戻って俺もあそこに混ざるんだ!!




