13話
「さ、寒い……」
「ほ、本当ですね……」
「ねぇ、もう諦めて帰りましょうよ……」
「バカ言え。ここまで来て何もせずに帰ったら負けだろ……」
俺たち四人は少しでも借金を減らすべく、とあるクエストを受けて冬の山までやってきていた。
今俺たちのいる山は、夏には火山、冬には氷山になるという極めて不思議な山で、夏には稀に上から岩が飛んできたりしたもんだが、冬には稀に大きな氷の塊が飛んでくる。さっきからその氷に何度も殺されかけた。
ちなみにミカはその氷を避けようとして器用にコケて自ら当たりに行っていたが、現在たんこぶ三つで済んでいる。
「それにしても、さっきから全然見つからないですね」
「そうだねー。アイリスちゃんは大丈夫?」
「はい。ミカさんたちが先に進んでくれているおかげで歩き安くなってて助かってます」
「いいんだよ。私の方がお姉ちゃんなんだから」
冬の山だけあって雪の量が多く、今はそうでもないが、少し前に歩いていたところでは腰くらいの高さまで雪があった。
山に入ったばかりの時はみんなで一面真っ白の雪化粧に見とれていたものだが、これだけずっと似たような景色を見ていると、ありがたみもなにもなくなってくる。
それに今も最初よりは歩きやすいというだけで、足がすっぽり埋まってしまうくらいには雪も積もっていて、十分に歩きづらい。注意して歩いているはずなのに、さっきから何度もコケそうになっている。
ちなみにさっきからアイリスにお姉ちゃんぶっているミカだが、アイリスが転んだ回数二回に対してミカはすでに二ケタの大台に乗っている。
たぶん、もうそろそろまた転ぶだろう。
あ、転んだ。
「うー……また転んだぁ! 雪が積もってて痛くはないけど、このままだとパンツまで濡れちゃうよ」
ミカが立ち上がり、お尻についた雪を払いながら言う。
「それはいけないな! そうだ! パンツが濡れてしまう前に脱いだ方がいいんじゃないか! ほら、俺なら『ゲート』で家までパンツを一瞬で戻せるし!」
「ユウマ……名案みたいに言ってるけど、それただのセクハラだから。デリカシーなさすぎ……」
「あっ……はい」
さすがにいつも能天気なミカも、頭上からの氷と足元の雪で精神的にきているみたいで、今の言葉にはいつものような冗談みたいな感情は含まれていなかった。
「もうそろそろ見つけたいところだな」
俺たちが山に入ってすでに二時間が経過している。
野宿なんて命知らずなことはするつもりもないので、帰る時間も考えると、あと一時間が限界である。それ以前に俺たちが限界である。
「ゆ、ユウマさん。あそこに何か見えませんか?」
「ん? どこだ?」
「あそこです。なんか影みたいなのが見える気がするんですけど……」
アイリスが遠くの方に何かの影のようなものを見たというので、指さしてくれた方を見る。
アイリスの指を、何とかやる人この指とーまれ! の時みたいに掴みたくなったのは俺だけの秘密だ。
「んー? 何も見えないわよ?」
「私もー」
リリーナとミカもアイリスの言葉を聞いていたようで、アイリスの指の方を見ているが何も見えないらしい。かくいう俺も見えるのは一面の真っ白な雪だけで、他にはなんにも見えない。
「試してみるか……」
俺はいずれこんな時が来るかもしれないと、あるスキルを弓使いのお姉さんに教わっていた。
三つ教えてもらって、一つ目は『狙撃』。弓などの遠距離武器を技術なしに命中率を上げるスキルだ。確認のために銃で試してみたところしっかりと効果を発動させていた。
二つ目は『暗視』。
文字通り暗いところでも目が効くようになるスキルだ。この前夜に家で試しに使ったところ、薄暗いと感じる程度の明るさにまでは見えるようにしてくれていた。洞窟の中や深夜の行動などに役立ちそうである。
そしてもう一つが今使おうとしている『遠視』。
こちらも文字通り遠くのものが見えるようになるものだ。これはまだ試したことがなく、今回が初使用。効果のほどはわからない。
意識するだけで使用できるようなのだが、クセで目を凝らす。ただ、目を凝らすと効果も上がるらしいので間違ってはいない。
「んー……何かいるな……」
何かがいるのが見えたので、さらに目を凝らして効果を上昇させる。念のため『敵感知』のスキルも使い確実性を上げる。
『敵感知』に反応はないので相手にまだ敵意はない。このスキルは敵意に反応するので、魔物が遠くにいると敵意がなければ反応しない。
ある程度近くにいてくれれば敵意関係なく反応して位置を教えてくれるが、『遠視』を使わないと見えないような位置ではさすがに反応しない。
「あれは……クマだな」
ようやく視認できたのはクマだ。
「もしかしたらターゲットかもしれないな。気を付けながら近づいてみよう」
「わかりました」
「了解」
「わかったわ」
『遠視』と『敵感知』を使用したまま、細心の注意を払ってクマの方へ歩いていく。
徐々に距離を詰めていき、ようやく『遠視』スキルを使っていれば、細かい部分までも見える距離まで近づいた。
大きさは普通のクマと同じくらいで、毛並みは白。背中からは氷が生えていて、その氷は鋭くとがっており、刺されたらと思うとぞっとする。その他は特に目立ったところがない。普通のクマだ。
「ギルドのお姉さんから聞いた情報と一致するから、あれが今回の討伐対象の豪雪グマだな」
今回の俺たちの討伐対象、豪雪グマ。
夏にこの山に生息している炎獄グマが冬の寒さに合わせて生態を変えた魔物で、背中の氷は炎獄グマの時は背中から炎を出ているらしいので、それが凍ったものだろう。
性格は至って凶暴。敵を見たらすぐさま襲い掛かり、鋭い爪や背中の氷で攻撃してくるらしい。動きもそれなりに俊敏らしく、油断をしてると大けがも必死らしい。
「それなら遠距離から仕留めちまえばいい。こっちにはリリーナとアイリスがいるし、俺も銃を持ってる。最悪はミカにどうにかしてもらえばいい」
「ねぇ、ユウマ。なんで最後は私なの? なんで女の子を盾にしようとしてるの?」
「何言ってんだ。お前はうちのメイン盾だろ。お前の硬さを俺は信用してる」
「嬉しくないよその信用!!」
ミカとそんなやり取りをしているうちに、どうにかアイリスとリリーナの魔法が届きそうな距離まで接近できた。
「それじゃあリリーナとアイリスは魔法の詠唱を頼む。ミカはもしもの時に二人を守れるように待機だ」
俺の指示に三人が黙って頷き、各自自分の作業に入る。
「リリーナ。一応言っておくけど、ど派手な魔法はダメだからな? 特に大きな音を立てる魔法は絶対に使うなよ? 下手したら雪崩が起きて全滅だぞ」
「わかってるわよ。ちゃんとそのくらい考えてるわ」
一応念のためにリリーナに声を掛けておくと、逆に怪しいくらい自信満々な答えが返ってきた。こいつの自信はいつも空回る。少し注意しておいた方がいいかもしれない。
そう考えた俺はリリーナの横、それも少し離れた位置に待機することにした。
さすがに脳筋魔法使いのリリーナでも、自分を巻き込むような魔法は発動しまい、念のため少しだけ距離も置いているし、これなら安心だ。
「詠唱が終わったわ。最初の一撃と同時に止めの一撃はもらうわよ!!」
いち早く詠唱を終えたリリーナが、一撃で仕留めるという宣言をした。
まぁ、リリーナの魔法ならそこいらの魔物は本当に一撃なので間違いでもない。
「吹き荒れろ疾風! 巻きあがれ竜巻! 今、白銀の雪と共に風の刃となれ!」
リリーナにしてはカッコいい決め台詞だ。
今度俺も初級風魔法で言ってみよう。
「『トルネード』!!」
リリーナの両隣に二つの中規模の竜巻が発生する。それらはリリーナの思うがままに動かせるらしく、リリーナが杖を掲げているためか停止している。
「行ってきなさい!!」
リリーナが杖を振ると、二つの竜巻は勢いよく豪雪グマの方へと向かっていく。
って……あれ? なんだこの感覚? まるでエレベーターの止まる瞬間のような感じは?
それにさっきから周りの景色が動いているような……なんか体に痛みも感じる。
うん、間違いない……。
「あんにゃろーっ!! 俺まで魔法に巻き込みやがったーーーーーーーーっ!!」
竜巻の発生位置からは離れていたはずだが、あまりの威力のせいで少し離れたところにいた俺が吸い寄せられたらしい。
しかも俺と同じように雪も巻き上げられ、その中にあったであろう石がさっきから体にぶつかってきて痛い! その上、魔法の風で全身切り刻まれてもっと痛い!
さらに竜巻の回転で自分自身も回って、遊園地のコーヒーカップを高速で回してるみたいになってる! 吐きそう!
痛いし、吐きそうだし、なにもう死にたい!!
ユウマ、もう楽になりたい!!
「アガァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
声にならない叫び声を上げながら、竜巻に巻かれて豪雪グマの元へと一人運ばれていく。
「ちょ!? 何やってんのよユウマ!!」
今頃になってリリーナが俺が魔法に巻き込まれたことに気付いたのか、大声でそんなことを言ってきた。
「巻き込まれちゃったものはしょうがないわ! そのままユウマもろとも豪雪グマを倒すしかないわ!!」
あんにゃろーっ!!!
いつもの仕返しなのかそれとも素なのかわからないが、ふざけたことを言って一向に魔法を消そうとしない。
マジでやばい!
もう口から何かでそうだし、体も痛みを少しずつ感じなくなってきたし、眼も回ったしでとにかくやばい!
このままだと冗談抜きでひき肉になる! コネコネされてフライパンの上で焼かれる! もし、そうなるならせめてコネコネするのは美少女であることを望みます!!
「ゴォウ……」
さっきから発動していた『敵感知』のスキルが発動した。
どうやら俺の声のせいで、豪雪グマが想像以上に早く先制攻撃を確認してしまったらしい。
俺の巻き込まれた竜巻が二つ自分に接近してきたことを知った豪雪グマは、とっさに回避行動に移る。
避けるには時間も十分あって、リリーナの先制攻撃は見事に交わされてしまった。
「しくじったわ!」
リリーナが失敗に気付き、魔法の詠唱を中断する。
その影響で竜巻は一瞬にして消え去り、その中にいた俺は無造作に宙に投げ出される。
「オロロロロロロロロロローーーーッ」
我慢しきれずにリバースカードオープン。
しかも竜巻の回転がまだ残っていて、俺自身が回転しているので、吐き出されるものも四方八方に飛び散る。
「あのままじゃユウマが危ない! 私、ユウマを助けに行ってくる!」
ミカが俺の危機をいち早く察し、『金剛力』の力で限界まで脚力を上昇させて、弾丸のような速度でこちらに向かってくる。
珍しく転んだりせずに俺の元までこれたミカは俺を心配して―――
「うわっ! 汚なっ! なに吐いてんのさユウマ!」
くれることなく、罵倒してきやがった。
「お、お前はこんな状況になってる幼馴染を心配できんのか……」
目が回り、足元がおぼつかないなりにも立ち上がった俺は、ミカに文句の一つでも言わないと気が済まないので文句を吐く。違うものも吐く。
「心配はしてるんだよ? でも、さすがにこれは汚いよ……」
そうだけど、汚いけど、俺も他の誰かが同じ状況になったら同じことを思うだろうけど、ひどい。その気持ちを胸に秘めたまま、心配ぐらいしてくれてもいいだろ。
ユウマ……今は何よりもみんなが心配してくれる愛がほしいです。
「っ!? ユウマ! 後ろ!!」
ミカに言われて咄嗟に振り向くと、そこには豪雪グマが立っていた。
しかもすでに腕を振りかぶってて、今の俺の状態じゃ回避どころか防御すらできない。
「ユウマ!!」
ミカが俺を助けようとこちらに手を伸ばす。
けど、これはこれでマズい気がする。
「きゃあっ!」
ミカが転んだ。
その影響か、ミカが威力を抑えて俺を押そうとしてくれていたはずが、勢いあまって盛大な火力で俺を突き飛ばした。
あばらの辺りから何やら嫌な音が聞こえたような気がしたと思ったら、俺はすでに高速で吹っ飛んでいて、激痛がする。
うん。ユウマ知ってた。さっき転ばなかったってことは他のところで転ぶって知ってた!
「ゆ、ユウマさん! お助けします! 『ウォーターウォール』!!」
自分たちの方に俺が飛んできたのを確認したアイリスが、俺を助けようと水の壁をいくつか生成する。
さすがアイリスだ。氷の盾では俺に何らかのケガが生じる。それを考えた上で、一番俺が衝撃を受けなくて、使い方次第では衝撃を殺せる水の壁を作り出した。
さ、さすがアイリス! うちのパーティーの唯一の良心!!
色々とすでに負傷してしまってはいるが、アイリスのところに行けば優しく癒してもらえるし、豪雪グマは向こうにいるミカがどうにかしてくれるはずだ。
最悪リリーナの援護もある。どうにでもなるはずだ。
高速で吹っ飛ばされ、激痛を味わいながらもそこまで考えた俺は、安心して勢いが死ぬのを目をつむって待った。
少しして、アイリスの作り出した水の壁を一枚通過する。そこで俺は初めて自分の考えのミスに気付いた。
水の壁は確かに衝撃を殺し、ダメージを受けなくて済む最適な案ではあったが、この場所が問題だ。
ここは―――雪山だ。
考えてみてほしい、雪山で全身びしょ濡れ。―――死ぬ。凍死しちゃう!!
焦り始めてももう遅い。水の壁はいくつも生成されていて、声を出したくても激痛で声が出ない。
そうこうしているうちに二枚、三枚と水の壁を通過していき、徐々に勢いが死んでいく。そして俺の命の灯も死んでいく。
そして完全に勢いが死んだとき。
「よ、よかった、止まった! だ、大丈夫ですかユウマさん! ユウマさん! ユウマさん!? た、大変ですリリーナさん! ユウマさんがすごく冷たくなってます!!」
俺も命を落とした。




