9話
俺とアイリスは急いで自分の部屋に戻り、外に行くための服装に着替える。俺はそんなに着替える必要はないが、今日はアイリスと二人きりのデート。お兄ちゃんとして相応しい服装で行かなければならない。
「つってもロクな服ないんですけどね、はい……」
元ニートの俺にオシャレなんてわかるはずもなく、結局さっきまでのTシャツは少し汗ばんでいたのでそれを綺麗なTシャツに変えただけで俺の着替えは終わった。
今度ミカ辺りにオシャレについて学んだ方がいいかもしれない。あいつも一応女の子だからな。その辺は期待してもいいだろう。日本にいた頃は母さんかミカが選んだ服しか着てなかったしな。
クエストを受けるわけではないので武器は一切持たずに、財布とクセのようなものでスマホをポケットにねじ込み、鏡でわかりもしない髪形を確認してそれらしい雰囲気を醸し出したことを確認してから、俺はアイリスを待つべく玄関へと向かう。
玄関にアイリスの姿はまだなく、女の子には色々と準備がいるということをアニメとミカの小言で理解している俺は、スマホに保存してある秘蔵の美少女コレクションを眺めながらアイリスを待つことにした。
スマホの中にいる笑顔のアイリスや、少しだらしない恰好で寝ているミカ、紅茶を飲むときだけ現れるお嬢様リリーナの写真を眺め癒されていると、アイリスが二階からトコトコと歩いてくる音が聞こえた。
俺は急いでスマホをポケットにねじ込み、俺の考えた待つ男のカッコいいポーズでアイリスを出迎える。
「すいませんユウマお兄ちゃんっ。時間かけ過ぎちゃいましたよね。本当にごめんなさい!」
「いやいや。全然待ってないよ。俺も今来たところだし」
待ったといってもものの数分だというのにアイリスがわざわざお辞儀までして俺に謝ってくる。
そういう健気というか、真面目なところはアイリスの美徳ではあるのだが、俺としてはそんなに気を使う必要はないし、敬われたいわけではないので、軽く謝ってもらえるだけの方がありがたい。
でも前にそれをアイリスに言ったら逆に混乱して、顔を真っ赤にして頭から煙を噴いて倒れたのでもう言わない。
それにしても―――
くう~!! 言えた! 死ぬまでに一度でいいから言ってみたいセリフに入っているこの言葉を言えたぁ~!!
アイリスにバレないよう、心の奥底で一人俺は喜んだ。
俺が死ぬまでに一度でもいいから言ってみたかったセリフ「いや、全然待ってないよ。今来たとこ」。これはイケメンリア充が女の子とデートの待ち合わせで何時間待たされても、嫌な顔ひとつせずこのセリフを言うことで好感度を上げるためのものだ。
俺はこのセリフを今までこのような状況で使ったことがない。
今まで使ったのはネトゲで言葉通りの意味で使ったのと、ミカに無理やり買い物に付き合わされた時に殴られないようにするための虚言だ。
心からこのセリフを言えたのは初めてである。
「それよりもこんなところでずっと立っててもつまらないだろ。早く外に出かけようぜ」
「は、はいっ!!」
笑顔のアイリスと並んで家を出る。
「それでユウマ……おにいちゃん。どこに行きますか? 正直言って私どこに行くとか考えてなくて……」
「んー、そんなのいいんじゃないか? 俺はただアイリスと歩いてるだけでも楽しいし、やりたいことなんて歩いてる内に何か見つかるだろ」
うん。今の俺チョーカッコいいこと言った。
でもごめんアイリス……俺もデートなんてしたことないからこういう時にどこに行ったらいいのかわからないんだ。
いやね、デートじゃないってのはわかってるんだよ? わかってるんだけど、彼女いない歴=年齢の童貞には女の子と二人きりで出かけるだけでデートなんだよ。
一世一代のビックイベントなんだよ。
「そうだアイリス。ちょっとだけギルドに寄ってもいいか?」
「はい。別にかまいませんが、ギルドに何か用事でもあるんですか?」
「いや、これといって特別に何かあるわけじゃないんだけどさ、ちょっとだけ用事があってな」
「良いですよ。まだ行く場所も決まってないですし、ここから近いんですから行きましょう」
アイリスの優しさに甘えて最初はギルドに向かうことにする。
「それじゃあアイリス。すぐに終わるからここで待っててくれ」
「いえ、私もお付き合いします」
「いやダメだ!」
俺は強い口調でアイリスがギルドに入るのを止める。
アイリスが驚いて少し涙目になりそうになっているのに申し訳ない気分になりながらも、少しかわいい顔を見れて幸せな気分になっているのは秘密だ。
「えっと……なんででしょうか? 私がいるとお邪魔ですか……?」
アイリスがオロオロとしながら言ってくる。
そんなアイリスもいとかわゆす。
「いや、邪魔なんてことはこれっぽっちもない。ミジンコほどもない、思ったこともない。これからも思わない。来世でも思わない」
「それじゃあなんで……」
「アイリスのかわいい姿を男冒険者なんかにみせたくない!」
「……」
アイリスがキョトンとした顔で俺を見る。
「いいかアイリス。男はどれだけ優しそうに見えても中身はみんな狼だ。アイリスみたいな可愛くて可憐な美少女はすぐに汚い男共の視線に晒されて良いように妄想され、下手をしたら誘拐なんかされちゃうんだ。それにここには女に飢えたムサイ男連中がたくさんいる。そんな中にこんなかわいいアイリスを連れていくなんて……俺にはできない!!」
この時間は冒険者たちがギルドにやってきてぞろぞろとクエストボードを覗き、クエストに出かける頃あいだ。それはつまり一番冒険者たちが集まる時間で、かわいいアイリスに視線が集まる時間でもある。女の子なら別にかまわないどころかお近づきになりたいところだが、男は別にお近づきになりたくない。
それに野獣の集まる檻に私服のかわいらしいアイリスは入れられない。
「わかってくれるかアイリス? 俺はかわいいお前をムサイ男共から守りたいんだ」
「……」
「アイリス……?」
返事がない。
俺は何やら固まってしまったアイリスをどうにかしようと、まずはかわいらしいふにふにほっぺをつつくことにした。
―――柔らかい
「ひゃぁっ」
可愛らしい小さな悲鳴を上げつつ、アイリスが正気に戻った。
しかし顔はなぜだか赤く、今にも煙でも噴きそうな感じだ。
「どうかしたかアイリス? 顔赤いし、熱でも……」
そう思って額に手を当てようとするとアイリスは一歩後ろに飛んでそれを回避。
「だだだ、私は大丈夫ですっ! それよりユウマお兄ちゃんはギルドに用事があるんですよねっ!? 私ここで待ってますので行ってきてください!!」
「いやでも……」
「いいですから行ってきてください!!」
「は、はい!!」
突然のアイリスの強い口調に驚いてしまった俺は、すごく真面目な返事を返してギルドの中へと走っていった。
「ユウマさん……ずるいです……あんな真面目な顔でかわいいを連呼されたら恥ずかしくて死んじゃいますぅ~……」




