8話
目を覚ますと、すでに朝になっていました。
見慣れた天井を見ながら目を覚ました俺は、顔面にちょっとした痛みを感じながら体を起こす。
近くの時計を、というか少し前に手に入れたスマホで時間を確認すると、時刻はすでに朝の九時を回っていた。
絶好の権利を手に入れた日に何もせずにここまでの時間を無駄にしてしまうとは何たる失態だ。
少し前にファナの店で偶然手に入れたスマホことスマートフォン。
ファナの店に置いてあって、ファナが使い方がわからないと困っていたので少し試してみると、運よく充電が残っていたようで電源が付いた。
元の持ち主には悪いがデータフォルダなんかを見てみたところ、ほとんどのデータが消されていた。残っていたのは電卓やらメモ帳やらの最初から入っている一般的なアプリデータのみ。
おそらく俺と似たようにいきなり異世界に飛ばされた奴が、俺たちと違って運よく持ってこれたスマホをこの世界では役に立たないと見切りをつけ、最初の資金にするためにデータを全部消して売りに出したのだろう。
それをいいことに俺はスマホをファナの店から購入し、今では時計や電卓、メモ帳代わりに使っている。主に使ってるのはカメラ機能だが。
今ではこのスマホのデータフォルダは俺のアイリスコレクションが作成されている。
この世界には電波なんてものはないので、本来のスマホの本領を発揮することはできないが、小さなことで本当に役立ってくれている。
問題があるとすれば―――
「充電がメンドイ……」
この世界にスマホがないということは、もちろんそれを充電するための物もないわけである。
それをどうやって充電しているのかというと、俺のあまりにも貧弱な魔力を利用して、初級電気魔法を使って充電器を挿す部分に直接電気を流しているのだ。
最初は魔力の調節に苦労したものだが、今ではもともと魔力が強くない俺だからこそだがすぐに調整を覚えた。
ただこれがやたらと時間がかかる。まったく充電がない状況からだと二時間は電気をずっと注入しなければならない。俺はこの世界で初めて充電器の偉大さを知った。
「っと、バカなこと考えてないで、とっととリリーナで遊ばねぇと!」
本来の目的を思いだした俺はさっさと今日一日だけの特権をとことん使おうと思考を切り変える。
寝る時に特にパジャマに着替えずにTシャツにハーフパンツで寝てしまう俺は、今日は特にクエストを受けるつもりもないので、そのままの恰好でスマホだけポケットに突っ込んで居間に向かう。
「おいコラリリーナっ! ご主人様のご登場だぞ! よくも昨日の夜はぶん殴ってくれたなー。今日は覚悟しとけよ……って、あれ? リリーナは?」
ドアを勢いよく開け放ち、リリーナに恐怖と戦慄を与えてやろうとしたところ、リリーナの姿が見当たらない。
「あ、おはようございますユウマさん。今日は少しお寝坊さんでしたね」
「あ、あー、おはようアイリス。今日もかわいいぞ。で、アイリス。リリーナは?」
アイリスの素敵な癒しボイスと、まぶしい笑顔に骨抜きにされそうになるのをグッと我慢して、本来の目的であるリリーナいじりを実行しようとリリーナの所在を尋ねる。
「リリーナさんなら朝早くからミカさんと出かけていきましたよ。今日は帰りが遅くなるから二人でご飯も食べてくれって言ってました」
「しまった! 逃げられたか!!」
リリーナの奴、本当にこういうときだけは頭が回りやがる。
俺が出した勝利の賞品は今日一日リリーナは俺のメイドになること。命令すればエロイことと周りに迷惑になること以外は何でも実行しないといけない。
だが、この命令には大きな穴があったのだ。
それは―――
「命令されなければ何もしなくていい!!」
命令をされたことは必ず実行だが、命令を受けなければ普段と変わらないのだ。つまり命令される前に逃げてしまえばいい。
「くそっ! あの脳筋魔法使い! こういうときだけ頭の回転が速いな! 遠くに逃げられる前に追いかけなねぇとせっかくの賞品が無駄になっちまう!」
リリーナを捕まえるために外に出れるような格好に着替えようと二階へ戻ろうとすると、それをアイリスが止めた。
「そ、その……ユウ……マ……お兄ちゃん……」
「……へ……?」
今、アイリスなんて言った?
なんか素敵な響きだったような気がするんだが……。
「ユウマ……お兄ちゃん……」
お兄……ちゃん?
俺が? アイリスの? お兄ちゃん?
お兄ちゃん……。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! どどど、どうしたんだアイリス? もしかして俺の溢れるお兄ちゃんオーラに当てられて……」
「いえ、今思いだしたのですが、ユウマさんが私に出した命令が今日一日ユウマさんをお兄ちゃんと呼ぶことでしたので……」
そういえばそうだった。
あの時は正直どうやってリリーナの嫌がることをしてやろうかという議題に論点を置きすぎて、アイリスには当たり障りのない命令をすることしか考えてなかったからすっかり忘れてた。
でも、あの時の俺ナイス! 勲章ものだぜ!
アイリスの癒しボイス&夢のような発言に癒されつつ過去の俺に称賛を送ったところで、俺はデレデレした顔でアイリスの方を改めてみる。
うん! 今日もアイリスはかわいいなぁ!!
「それで、どうしたんだアイリス?」
「あの……えっと……ユウマお兄ちゃんがもしよかったらでいいんですが……リリーナさんを探しに行くのついて行ってもいいですか? おうちに一人でいるのも……さみしいので……」
そうだ……俺は自分のことばかりで周りが見えてなかった。
アイリスが……妹がこんなにも悲しそうな顔をしているのに気付けないなんてお兄ちゃんもお父さんも失格だ。
(おいユウマ! かわいいかわいい妹のことを放っておくとは何事か!)
(お、親父だって何もしてやれてないじゃないか!)
(何を言う! 私はしっかりと娘のことをいつも考えて……!)
(俺だって一時も可愛い妹のことを忘れたことなんて……!)
(……やめよう。今日はお互い悪かった……)
(そうだな。お互い、次はアイリスに悲しい思いをさせないように精進しよう)
俺の脳内親父と兄の討論に終止符を打ち、現実のアイリスに向き直る。
「ごめんよぉーっ! アイリスーっ! お兄ちゃんが不甲斐ないばかりにアイリスに悲しい思いをさせちゃってほんとごめんよー」
自分のあまりの不甲斐なさに胸を痛めながらアイリスに謝る。
アイリスはそんな俺を笑うでもなく、顔をリンゴのように真っ赤に染めながら俺のハグを黙って受け入れてくれている。
「アイリス。今日は二人でのんびりしよう。邪魔なあいつらが自ら消えてくれたんだ。今日はあいつらに振り回されることなく二人で楽しもう!」
そうだ。
最近の俺に足りなかったのは癒し。
いつもアイリスという癒し系が近くにいるのにも関わらず俺が日々癒されていないのは、アイリスの癒し以上に俺にストレスを与えてくる存在がいるからだ。
俺がアイリスを可愛がろうとすればミカが俺をロリコンだの幼女好きだの言って俺からアイリスを引き離し自分だけ癒され、リリーナはクエストに行けば迷惑を掛けてきて、行かなくても迷惑を掛けてくる。
そんな二人の迷惑極まりない行動のせいで、アイリスの癒しでは俺を癒し切れていなかったのだ。
「だからこそ、邪魔者のいない今日を大事にしたい!」
予定外ではあるが、上手くアイリスと二人きりになれる時間が手に入ったと思えば安いものだ。
「いいんですか……? ユウマお兄ちゃん、リリーナさんのメイドを楽しみにしてたのにお邪魔しちゃって……」
「いいよいいよ。メイド服姿ならもう見たし、着させたいならいつでもやりようはある。でもアイリスとの大切な時間は中々取れないからな!」
俺がアイリスと二人で何かをしようとすると、大抵あの二人の邪魔が入る。その度に「ユウマはロリコンだから気を付けて」などという嘘っぱちなことを言われて二人の時間を邪魔されるのだ。
少し前にアイリスと二人で出かけられたのは本当に奇跡だったのだ。
「それじゃあ行こうぜ! 少しでも楽しまないとな!」
「は、はい!!」




