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魔物(セイレーン)と呼ばれた歌姫  作者: ネクロの巫女『ん』
恋の幻想曲
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未確認霞食系女子シンドローム

『目覚めよ』

 今度ははっきりと頭の奥の方から響いてくる男の声に気が付いた。

「そう言われて夢から覚めるなら、とっくに私は自室にいるはずなんだけどな。目覚めなきゃって強迫観念に囚われている割には覚めないものなのね」

 暗い部屋の中、私は見知った風景を見ながら呟いた。

 見知ったと言っても夢の中の世界での話だ。

 私はまた、ハインス・リーベルトという少年が住む家のベッドの上で目覚めることとなった。

 同じ夢の中で寝たり起きたりの繰り返しと、本当に変な夢だと私は思う。


 椅子に座り、ハインスがテーブルに伏せるようにして眠っている。

 私を心配して側にいてくれたのだろうか。

 いや、もしかしたらベッドが一つしかないから私に気を遣っているだけなのか。

 それにしても気持ちよさそうにして眠っている。

 苦しそうにうなされていた時とは大違いだ。

 別な椅子にはパジャマがかけられていて、私はとりあえずそれに着替えた。

「ふふ……夢の中にずっといられたらいいのになあ」

 私は微笑んだ。


 ああ、やっぱり夢だ。

 人を殺すような歌に絶望して、薬漬けの病んでいる私にこんな態度ができるわけがない。

 人前ではそれなりに明るく振る舞えるけれど、誰にも見られていない状態なら趣味で時間をつぶしている時ですら笑えなくなっていた自分だから。

 そう、夢以外の何物でもない。

 夢だと思えるから、楽しんでもいいと(たが)が外れてしまうのだろう。


 でも、どうして私は現実世界に帰ることができないのか。 

 もしかしたら、とうとう病みすぎて交通事故にでもあい、現実世界では意識不明の昏睡状態になっているのかもしれない。

 ならば収録を終えて、自宅に帰ってこれたという記憶は偽物なのか。

 きっとあれだ。某ネコ型ロボットの漫画のデマで流れた最終回と一緒なのだ。

 何でも願いを叶えてくれるロボットと一緒に生活する少年は、実は昏睡状態の植物人間で、彼が体験している夢のような世界は、本当に夢を見ているだけだったというオチ。

 それが今の私なのかもしれない。

 それもいいかなと私は思う。

 理由もなく必死に頑張って、呪いの言葉に従い続けるよりはよっぽどマシだ。


 しかし、私の中でくすぶる不快感は夢を拒絶した。

 都合がよすぎる。

 優しすぎる。

 夢の見すぎ、過剰摂取だと告げている。

 やはり現実世界へ帰るべきだと、特に理由もなく告げるのだ。


「帰れないなら帰れないでいいし、帰れるなら帰れるでそれもいい……か。我ながらはっきりしないわね。気持ちが漠然としすぎていて、幻想みたいに人間離れしていて、人間じゃないって決めつけたいのかしら」

 普通の人間でありたいと願っているはずなのに、同時にそれを許さないと思う感情が沸き上がる。

 もうダメかもわからんね。

 私は自分が末期症状であることを自覚し、頭痛を感じながらもベットから起きて部屋の出口へと向かった。

 催したからだ。

 別に祭りを開催するわけではない。

 レッツパーリィと向かうのは、おトイレというやつである。

 この世界にまともなトイレがあればの話だけれど。

 ない場合は、大自然という漢字におトイレというルビを振らなければいけなくなるけれど。

「あ~、もう……夢の中でトイレにいきたくなるとかどういうことよ」

 夢だから漏らしても全然平気なんだろうなと思ったけれど、そうすれば現実世界でおねしょをして目覚めてしまう未来が予想される。

 更には夢の中で漏らした後片付けを、目の前の王子様に片付けてもらうとかいう罰ゲームまで発生する可能性がある。


 おうふ……私は十七歳にして要介護美少女アイドルになってしまうのか!

「どんだけ生き急ぎ過ぎたのよ私……。まさか、知らない間に十七歳教に入信していた?」

 岩崎響、十七歳です!

 おいおい!

 って、本当に十七歳だよね?

 アイドルだからって年齢詐称してないよね?

 って、自分自身のことじゃない!


 一体いつから――自分の年齢が十七歳だと錯覚していた?

「……何……だと…………」

 ぶつぶつと呟きながら私が部屋を出ようとすると、「ああ、起きたんだね」という声が背後から聞こえた。

「君が私を夢の世界から帰れないようにしてるんじゃないでしょうね?」

 私は振り返り、ハインスに文句を言った。

「ん~、ああ、トイレはそこを出て右ね。夕食を温めてくるから、トイレが済んだらこのテーブルで待ってて。積もる話は食事しながらの方がいいでしょ」

 そう言って、ハインスはテーブルに置かれた火打石を火打ち金と合わせて軽く擦る。

 しゅっとフリント式のライターを発火させるような音(原理が同じだから当然か)がして、火花が散る。

 それを解した麻だと思われる火口(ほくち)に当てると、つまんでカンテラの中のろうそくに火を燃え移らせた。


 月明かりだけの薄暗かった部屋にカンテラが灯る。

 現実の利便性だけを追究した、電飾の明かりでは得られない幻想的な感覚。

 都会のネオンサインはサイバーパンク的な魅力はあるけれど、こんなレトロチックなものもまた味があっていいものだ。

 まさに自給自足って感じがする。

 そんな気分を味わっている自分とは――

(かすみ)を食うとはまさにこのことね」

 私は悪態をつきながら部屋を出た。

 踵を返す直前に視界に映った、苦笑いを浮かべるハインスの顔が脳裏に焼き付いたまま。

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