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魔物(セイレーン)と呼ばれた歌姫  作者: ネクロの巫女『ん』
恋の幻想曲
5/34

Miss.Psychedelic

 ミス・サイケデリック。

 それが世界に広まった、セイレーン以外のもう一つの私に付けられた異名だ。

 サイケデリックとは、まるで幻覚剤を使ったかのような感覚にとらわれる絵や音楽に使われる言葉だ。

 そして、音楽の方はサイケデリック・ミュージックと呼ばれるジャンルとなっている。

 エキゾチックな楽器が使われていたり、曲調や歌詞がシュールだったりするものがそう呼ばれる部類に当てはまる。

 そう、その音楽はまるで(・・・)幻覚剤を使ったかのようなであって、決して幻覚剤を使用したわけではない。


 私の歌はそのジャンルに含まれていない。

 私の場合は本当に見せてしまうのだ。

 幻覚というものを。

 正確には『幻覚以上の何か』が正しいのかもしれない。


『日本語を知らないのにイメージが伝わってくる』

 私の歌を聴いた外国人のそんな感想は、日本で活動していた時から聞こえてきた感想と大差のないものだった。

『歌詞のイメージが目に浮かぶ、凄くはっきりと伝わってくる』

 日本でもそう言われ続けてきた。

 だから最初は、「こういうのって国境をこえるものなのね」という一言で済ましてきたけれど、それを逆手にとってアメリカのテレビ番組が特集を組んだ。


『彼女の歌詞は、どこまで理解できるのか?』


 そんな企画で始まった撮影。

 アメリカ人が知らないような歌詞をお願いしますと注文され、私は特別に短い歌を用意した。

 それは意地悪な、日本語で難解にした歌だった。


♪寿司 推すし 食べるぞ 獅子奮迅(ししふんじん)

♪すき焼き 天ぷら 四面楚歌(しめんそか)

窮途きゅうと 出会った 芸者ガール♪

目挑心招(もくちょうしんしょう) 末路に見れば♪

遠走高飛(えんそうこうひ)で 無一文♪


 これを聴いた人達は日本語がわからないはずなのに、「食い気よりも色気かよ」とゲラゲラと笑っていた。

「ふむ、漢字四つの四字熟語を使った言葉遊びの歌か」

「僕は漢字のプリントされたシャツを意味もわからずに着るくらい好きだけど、この四字熟語のシャツがあったら欲しいと思ったね」

「内容としては寿司が食べたくなった男の歌だな。獅子奮迅(ししふんじん)するくらい食べたかったと」

「他の和食の誘惑が、四面楚歌(しめんそか)で逃げられないはずなのに、遠走高飛(えんそうこうひ)できたっていう矛盾がいいね」

「しかもその理由が、芸者の目挑心招(もくちょうしんしょう)――彼女の視線が送る誘惑に負けてしまったからだなんてね」

「結局、食べ物じゃなくて芸者と一夜を過ごすためにお金を使ってしまったわけだ!」

「はっはっは! しかもさりげなくもう一つ四字熟語が隠されているしな!」

窮途末路(きゅうとまつろ)だろ? 果たして困ったのは本当に無一文になったことだけだったのかな?」

「その男が既婚者で、嫁に朝帰りがバレたのかもな」

「違いない!」


 そんな語り合う声を聞き、私も、番組を企画したディレクターも、その周囲のスタッフも目を剥いていた。


「ここまで歌詞の意味が理解されるとは思ってもみなかったわ」

 私の言葉に、ディレクターは「そんな程度の低い話じゃないぞ」と興奮している。

 観客にドッキリを仕掛けた側の、同じ側の人間のはずなのに、私と随分な温度差がある。

「やっぱり一種のテレパシーってやつなのかな?」

「だからそんな程度の低いものじゃないって、これは!」

「んん? 言葉の意味が伝わった以外の何だって言うのよ」

 私は首を傾げてしまう。

 便利な翻訳機能くらいにしか感じられなかったけれどと思いながら。

「だから伝わったんだって!」

「何が?」

「全部がだよ!」

「はあ!? だから全部って何が?」

「全部だから全部だよ! 君の歌詞に込められた想いってやつが! 君の伝えようとした世界を、まるで一緒になって体験しているような感覚にさせられたんだ! 


「はい?」


「寿司を食べたい。そう思った君の歌詞には寿司の味が感じられた。一度も食べたことのない、君が食べた珍しい寿司ネタの食感までもさ! それだけじゃない! 視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚。五感全てが君の語る世界を受け入れている!」

「まさか、冗談でしょ?」

「いいや、本当さ。そこまで伝わるなんて、明らかにテレパシーを超越しているだろう?」

 テレパシーだけでも不思議なのに、それが本当なら自分がどれだけ化物じみているかという話だ。

 本当に神だと崇められても不思議でもない力に、私は恐怖を感じた。

 そんな力があったら、歌で世界一になれるのも頷ける。

 私の歌は既に人間の唄えるものではないのだから。


 技量が上がったと感じるほどに、練習を重ねるほど客の熱狂度が上がっているなと実感はしてきたけれど、この力が強まっているから?

 そういえば、ファンが「生歌じゃないと物足りない」という言葉を口にするけれど、私の場合は直接聴いた方が効果が高いから?

 私の疑問は頭の中で渦巻いた。


「この企画は中止だ。情報も伏せさせてもらうよ。その代わり、君には是非とも僕の知人と会ってもらいたいね」

 プロデューサーの紹介で面会したのは、世界で有名な脳科学の権威だった。

 彼曰く、私の歌は心象風景となり、LSD(幻覚剤)の数十倍の効果で脳へと送り届けるらしい。

 それが幸福に感じるなどの、よい方向へ働く分には問題ないらしいのだが――

「いいかい。君は今後、悪意を込めた歌を唄ってはいけないよ」

 言われるまでもなく、彼の言った先にある未来を私は想像できた。


 その後、活動を自粛して、私の唄う歌詞には念入りなチェックが入るようになる。

 楽しい曲。

 悲しいけど未来がある曲。

 歌詞も拡大解釈されないような、無難な言葉を選んでいく。

 以前の曲より縮こまったと思われても、私の意志があまり感じられないと言われても、本気で唄ったら何が起こるかわかったものではない。


 ファンからの不満の声が上がる。

 事務所が私へ圧力をかけているのだろうとか、自由に唄わせてやれないのかとか、そんなものばかり。

 私が手を抜いているという感想はまったく上がってこない。

 ファンは知っているのだ。

 私の歌が一度も手抜きなんてされていないことを。

 そうして、必要な処置をしただけだというのに、私の周囲が叩かれていく。

 事務所の社長を待ち伏せして殺害しようとした者まで現れた。

 社長をかばって警備員が死亡する事件にまで発展し、いよいよ私も世界にこれ以上影響を与えるのはまずいと引退を考えた。

 しかし、社長は気にすることはないと言う。

 無難な歌詞でも私が唄えば問題はないのだと。

 それでもまだ凄いのには変わりないのだからと。

 しかし、そのことで犠牲になる人達があまりにも不憫だ。

 そう言ったら、私の言葉に社長は鼻で笑っていた。

 何も犠牲にならない世界がどこにあると。

 確かに正論だけれど、金の亡者に言われるとこの上なく腹が立つ。

 私はそのまま失踪でもしてやろうと事務所を飛び出した。


 そうして私は大きな森林公園の人気のない場所に向かった。

 雨宿りもできる屋根つきのベンチもある。

 ここで一泊しようかなと考えた時、人がやって来た。

 私のファンだという少年だ。

 変装した私に気が付いて森林公園までつけてしまったのだという。

 私は誰かに打ち明けたいという気持ちに歯止めがかからず、その少年にあれやこれやと語ってしまった。

「僕はヒビキさんに悪意がある歌が本気で唄えるとは思えないな。どうせライブパフォーマンスの毒舌みたいに、冗談のイメージも込められる人だと思うから。試しに聴かせてもらえませんか?」


 そう言われて私は唄った。

 ストレスを吐き出す、醜い悪意のこもった歌を。

 もちろん、最初は本気ではないとイメージを込めようとして。


 しかし、私の中で呪いの言葉がささやいた。


 岩崎響は唄う。

 唄わなければいけない。

 唄うべきだ。


 唄え。

 全力で。

 

 少年がもがき苦しみ、その命が消えようとも、私は唄い続けた。

 それが使命であると言わんばかりに。

 唄い終わってようやく恐怖を感じ、私は気が付けば逃げ出していた。


 聴きたいと願ったのだから少年が悪い。

 私は悪くない。

 そう自分に必死で言い聞かせながら走り続け、公園の出口に辿り着けば社長が手配した車に拾われてその場を離れることとなる。

 殺人の証拠はないが、口裏合わせのアリバイを用意され、私は疑われることなく日常を過ごした。

 そうして社長への借りも作られてしまい、私は心を病みながらアイドルを続けていた。


 本物のセイレーンになって、憎い人を食い殺す悪夢を見ながら。


 私にコネでテレビ出演を用意した担任教師。

 口うるさいマネージャー。

 金に汚い、人を使い捨てのように扱う社長。

 寡黙なくせに余計なお世話のハウスキーパー。

 過剰に期待するファン。

 マナーの悪いファンとも言い難い人達。

 育ててもらった恩は返したはずなのに、ホールの維持費が赤字だと未だに金を要求する親戚。

 知らないままでいられればよかったのに、余計なことを企画してくれたディレクター。

 社長なんてかばう必要もなかったのに無駄死にした警備員。

 私の歌が聴きたいといって、勝手に死んだファンの少年。


 全部、全部、食い殺してやった。


 もちろん、ほとんどは私の過剰な逆恨みだと理解している。

 どうせ夢の中ならば、殺そうが罪を犯そうが関係ない。

 どうせ勝手に体が動いて止まらない夢なのだ。

 夢を拒む方法なんてあるわけがない。

 いつも見るのは同じ悪夢。


 しかし、今回だけは違った夢を見ることができた。

 私のイメージを伝える力が、言葉を話すだけで発動してしまうくらいに強まっている夢だったけれど、とても楽しかった。

 それなのに私は夢を拒んだ。

 唄えと言われない世界だからだろうか?

 きっと、唄うために夢から覚めなければいけないと私は思っているのだろう。


 岩崎響は唄う。

 唄わなければいけない。

 唄うべきだ。


 唄え。

 そして、私が全力で唄う場所は夢の中ではない。

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