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魔物(セイレーン)と呼ばれた歌姫  作者: ネクロの巫女『ん』
恋の幻想曲
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アイドルは少女Aになりたがる

『目覚めよ』という言葉が頭に響いた気がした。


 はいはい、起きればいいんでしょ?

 そんなイライラした感情をぶつけながら瞼を開いてみれば、知らない部屋があった。

「えっ!? ここは何処?」

 木を板に加工せず、丸太のまま使われたログハウスの家。

 そんな家の一室、ベッドの上で目が覚めた私は周囲を見回した。

 ベッドの側には窓ガラス。

 外は知らない景色が広がっていて、ここがどこであるかまったく見当がつかない。

 部屋にはベッド以外にテーブル、そして椅子が四つ。

 暖炉があって、そこだけは火が燃え移らないようにレンガ造りでできている。

 寝室兼居間だろうか。

 壁には弓がかけられていて、その隣にはシカの頭部のはく製が飾られている。

 うん、森の狩人って感じだ。

 私のファンに平成生まれのロビンフッドがいて、誘拐(ハイエース)されてしまったのだ。

 きっとそうだ。


 あ、警察に通報しないと。


 嫌な予感がしつつも、今見ているのは地球スケールで測れるものだからと自分に念を押す。

 そう、地球にだってこんな場所はある。

 慌てない、ずっこけるにはまだ早い。

 テーブルの上には書置きが一つ。


 起きて近寄って見れば――


 ハートマーク。

 中がL字にひび割れたハートマーク。

 二重のハートマーク。

 ハートマークの下半分。

 左半分のハートマークに中央から横線のひび。

 ハートマークの中央に縦線のひび。

 また二重のハートマーク。

 笑顔で笑っているようなハートマーク。


 うん、ハートマークがびっしりと書かれている。

 読めるか!


 しかし、おうふ……。

 私は頭を抱えてしまった。

「夢の続きだった…………」

 しかも自分の姿を見てみれば下着姿。

 パジャマが脱がされて……いる?

 顔が赤くなる自分を感じて、私は毛布にくるまってしまう。


「えええええええええええええええっ!」


 私の叫び声が響き渡り、扉の取り付けられていないこの部屋の外側にも十分に伝わったのか、ドタドタと走ってくる音が聞こえてくる。

「何かあった!?」

 青い髪の少年、ハインス・リーベルトは慌てて部屋に入ってきた。

 一度名前を聞いただけなのに、意外と覚えているものだなと私は自分に感心した。

 しかし、今はそれどころではない。

 乙女のピンチだ。

 貞操の危機だ。

 SOS、SOS!

 今日もまた誰かが乙女のピンチなんて、のんびりした話じゃあない!

 私のピンチだ!


「わ……私のパジャマが…………」

「うん、汚れたから洗って干してあるよ?」

「わ、私の服を勝手に脱がせた!?」

「汚れた服でベッドに眠ってほしくなかったからね」

「そういう問題じゃなくてっ!」

「どういう問題? ああ、ヒビキって痩せてるからスタイルいいよね。もっと部分的には肉が付いていた方がいいとは思うけど」

「勝手に人の品評会はじめるなっ!」


 むむ、この肉はC1(最低ランク)

 って、牛肉じゃあるまいし! 肉基準やめろし!

 そんなに肉が好きか!

 うん、私も好きだ!

 どっちかって言えば豚肉だけどね!

 らんらん♪

 けれどCじゃ足りないって!?

 あやまって!

「で、君はほどよいCカップの平均ボディじゃ満足できないと申すか……」

 私の言葉に、ハインスは視線を下に泳がせる。

 つい勢いで毛布から飛び出してしまったから、またしても下着姿を私は晒していた。

 おほーっ!

 何度も見せてしまうなんて……。

 うん、これはもう大安売りだね。

 らん豚は出荷よー!

 そんなー!


 かわいい子豚、売られて行くよ。

 悲しそうな瞳で見ているよ。

 ドナドナドナドナ、子豚を乗せて。

 ドナドナドナドナ、荷馬車がゆれる。


 私の頭がまるで荷馬車が揺れたように迷走していると、ハインスの採点が終了していた。

 どうしてそう思うかといえば、私の脳内がお花畑になっていることもしらず、私が黙ってしまったことを不思議に思って彼が首を傾げていたからだ。

 いけない、いけない。

 たとえ夢でもイケメンに変人だと思われて、鼻で笑われてガッカリされるのだけは嫌だ。

 ふ……ふん、どうせ肉が足りないなんていっても私の魅力にメロメロだったんでしょう?

 私は冷静な振りをして咳払いをした。

「うん。……で、私の魅力を数字にするとどれくらいなわけ? じろじろと品定めしていたみたいだけど……」

 私の魅力は五十三万です。

 某何でも鑑定する番組のフリップボードに値段を記入するが如く、私はキュキュっと脳内マジックで書いていく。

 そりゃあもう、ラウンドガールのごとく高々と掲げて。

 さあ、オープンザプライス!

 一、十、百、千、万……。


「うん? そうだなあ、七十点」


 って、百点満点かい!

 ん~、それなら七十は及第点かな?

 いやいや、それでも私は納得がいかない。

「その減点三十はどこよ!」

 恥ずかしさを通り越して、私は顔を怒りに染めていく。

「胸の大きさなんて二の次で、僕にもっと甘えてくれたら満点なんだけどな。体よりも心が大事でしょ?」

 甘えないだけで減点とかひどくない?

 あんたは、とめ、はね、はらいがなくて減点する小姑みたいな漢字の先生か!

 それにしても減点ポイント大きすぎでしょ!

 でもまあ女性経験が豊富なら、過去最高得点が他にいるなら、それを基準にしたら点数なんてわからないのだけれど。

「確かに君なら女性の体を見慣れてそう」

 目の前にいるイケメンなら、それはもう女をとっかえひっかえしてるんでしょうね。

 胸のサイズなんて色々見すぎて麻痺しましたってか?

 私の下着姿を見ても動揺すら見せていないのだから。

「村の公衆浴場に行けば誰かのは見ちゃうし、そういうもんじゃないの?」

 平然とハインスは言った。

「混浴風呂!?」

「そうだね。一緒に入りにいこうか?」

「絶対に嫌!」

 私は枕を投げつけてやった。

 イケメンと混浴なんて鼻血ものでしょうけど、ちゃんと手順ってもんがあるのよ。

 何でもかんでも飛び級して、裸の付き合いやら、ベッドにフライングなんて、ケダモノよ。ケダモノ。

 ロマンスの『ロ』すらないわ。

 発音不能。

 テレビののど自慢なら鐘すら鳴らしてもらえずに軽く放送事故よ?

「ま、嘘だけどね」

 ハインスは私の投げた枕を軽々と右手で受け止めながら言った。

 そんなスタイリッシュな動きがさまになっているので、何だか憎らしい。

「君、詐欺師に向いてるんじゃない?」

 例えば結婚詐欺師とか。

「ふーむ、詐欺か。そうだねえ、僕にはお似合いだ」

 ハインスはからからと笑う。

 しかし、どこかはかなげで、遠くを見つめるような顔が一瞬だけ浮かぶ。

「僕の母さんも、父さんと結婚したのは詐欺が理由だなんて周囲から言われてたのを思い出したよ」

 冗談で言ったつもりなのに、ハインスは真に受けて表情をこわばらせる。

 私もその顔につられて、空気が読めなかったのかなと後悔の念に駆られてしまった。

 そんな私の困った表情を見てか、ハインスは話題を変えた。

「しかし、それにしても変わったデザインの下着だ。模様がちりばめられていて、別にそれを見せびらかすわけでもなさそうなのに、こった作りをしている」

 そりゃあ、服選びの基本は他人に見せたいからじゃなくて、自分が着たいっていう自己満足でしょうよ。

 下着だってこれがいいなって思うから買うんだし。

「まあ、この夢の世界ならそんなもんでしょうね。いいところ文明レベルは中世止まりしてそうだもん」

 下着に種類を取り揃えたところで売れなさそうだし。


 武器とか防具とかの方が売れちゃうんでしょう?

『それは危ない水着だな。もちろん防具としての効果もある。さっそく装備していくかい?』

 とか、目の前で着替えさせられる羞恥プレイが行われるんでしょう?


 しかし、もうそろそろ下着から話題を変えなさいよと心の中で呟きながら、私は再び毛布にくるまる。

 さすがに見られ続けるのは恥ずかしいし。

「ふむ、君の世界の歴史では過去のもの……か。僕もそんな未来に生きてみたいよ」

「わかるの?」

 悟ったようなハインスの表情に、私は首を傾げる。

「君がイメージしたものは僕に伝わるようだよ?」

「何それ……」

 険しい表情を作りながら、私の首がもう一段傾いた。


「ん~。例えば、さっきの君は混浴って言葉を使っただろう?」

「うん」

「その時にさ。見えたんだよね。君がとても豪華な造りでできた岩風呂に入っている姿が。ああ、月を見ていたね」

「え?」


 私の思考はポンコツのパソコンのようにフリーズした。

 イワブロニ ハイッテイル スガタ?


 うん、ちょっと整理してみよう。

 温泉、混浴。

 私はその言葉から露天風呂をイメージした。

 いつかの打ち上げ旅行だったか。

 こっそりと一人で誰もいない温泉に浸かり、私は月夜を眺めていた。

 ああ、あの時はストレスがたまりすぎていて……。

「どうだ! この美しい体を見よ! ふはははははははっ!」

 月に向かって全裸で仁王立ちしていた。

「なーんて、私の体が見たいとか。歌が聴きたいってんならお金を用意してくることね」

 そんなバカな独り芝居を――


 だらだらと嫌な汗が噴き出す。

 恥ずかしい黒歴史を消したい。

 穴があったら入りたい。

 毛布にくるまっていたい。


 あ、それは既にしていた。ううう…………。


「どこまで見えた?」

「さあ、ご想像にお任せしようかな?」

 少なくとも月を眺めていた場面は見たと言っていた。

 それが断片的な部分であってほしい。

 これが自分の体を洗う時に見ていた視線やら、音声までもが加わっていたなら最上級の暴露日記になってしまう。


 言葉が伝わるからおかしいなとは思っていたけれど。

 考えているのが筒抜けって、筒抜けってレベルじゃないでしょ?

 筒も何もないじゃない!


 口は災いのもと?

 いいえ、ケフィアです。


 何言ってるんだろ私。

 落ち着け私。

 こういう時は素数を数えるんだって神父様もいっていた。

 素数は一と自分の数でしか割れない孤独な数字。

 うおォン、顔を真っ赤にした私はまるで人間火力発電所だ。

 違う、それは違う『孤独』だ。

「さっきから黙っちゃったけど、どうしたの?」

 毛布の隙間から覗いてくるハインスの顔に、私はドキドキしてしまった。


 また、過呼吸で苦しくなって……。


「だめ、緊張すると呼吸が……」

「そっか……僕がいると苦しくなっちゃうんだよね。僕は他の部屋にいるから、落ち着いたらタンスの中に服があるし、着替えて外の空気を吸ってくるといいよ。あ、家が見えないほど遠くには行かないでね。危険だから……」

 ハインスはそう言い残して部屋を去っていく。

 どこまでも私の言葉は筒抜けなんだな。

 悟ったような彼を見ると、何でも見透かされているのを思い知らされる。


 つまり、私がどうして苦しんでいるのか、その原因すら知ってしまったのだ。

 私の過去を知って優しくしてくれているんだなと伝わってくる。

 確かにそれは嬉しいけれど、それで楽になれたかと問われれば逆だ。

 

 苦しんでいるなんて知ってほしくない。

 それを知って辛い顔をしてほしくないから。


 ほら、愚痴を言わない娘の方が可愛いって言うじゃない。

 私、特別に可哀想な娘じゃないよ?

 世界にはもっと不幸な人はいっぱいいるって、それをちゃんとわかってるんだから。


 私は普通。

 どこにでもいる、高校二年生の十七歳。


「特に大きな悩みもない、普通の女の子なんだよ」

 私の小さく消え入りそうな声は、切ない夢の中で霧散した。

 そう、これは夢なのだから。

 下着姿を見られて恥ずかしいとか、過去を知られて辛いとか、別にどうだっていいんだ。

 私は毛布にくるまったまま、もう一度眠ることにした。

 目が覚めたら何の面白みのない世界が待っているけれど、こんなに切ない気分になるよりはマシだろうと。


 ごめんね夢の中の王子様。

 私は気を引こうだなんてこれっぽっちも思ってない。

 むしろ楽しい夢であるために、そんなことに気が付いて欲しくなかった。

 さよなら……。 


 私は夢を見た。

 幻想の恋に別れを告げる夢を見た。

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