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魔物(セイレーン)と呼ばれた歌姫  作者: ネクロの巫女『ん』
恋の幻想曲
2/34

これは異世界ですか? いいえ、それは夢です

 私は、睡眠時間を多くとらない人間だ。

 眠りも浅く、夢はほとんど見ない。

 たまにオフで時間があったとしても、健康のためにもしっかり眠ろうなんて考えると眠れなかったり、ようやく眠れたかと思えば悪夢にうなされてみたり。

 だから、目の下にくまなんかはしょっちゅうで、メイクで隠さなければ医者にドクターストップされるレベルのすっぴんを晒すことになる。

 晒すといっても口の堅くて寡黙な中年のハウスキーパーか、朝寝坊して起こしに来た女性マネージャーくらいで、彼女達に晒すくらいであれば何の問題もない。

 問題があるとすれば、私がそれを毎朝鏡で見てしまうことだろうか。

 その人生の終わりのような顔を毎朝拝んでしまうと、寝起きのもうろうとした頭で私は思ってしまう。


 こんな一日の始まりは滅んでしまえと。


 だけど、今日は何かが違う。

 瞼を開ける前からはっきりとわかる。

 普段よりも気持ちのよい目覚めを私は感じていた。


 ほどよい暖かさに心地よい風。

 肌をくすぐるそよ風は、寝室のエアコンが作る冷風よりも刺激が弱い。

 こんな風は外でなければ感じられないし、仮に冷房の風だとしても、エアコンのタイマーなら目覚めるころには切れているはずだ。

 おかしいなと思いながら瞼が開く。


「あ……れ…………?」


 私の目は屋内を映さなかった。

 昨日は夜遅くまで歌番組の収録があったのを覚えているし、それで疲れたまま、倒れるように自室のベッドで寝たことも記憶している。

 それなのに私の瞳は木に囲まれた森の中を映していた。

 その中の一本の大きな木に寄りかかって、幹を枕にして私は眠っていたらしい。

 周囲の木はその大きな木を避けるようにぐるっと取り囲んでいて、大きすぎて仲間外れのようでもあり、崇められる立派な権力者のようでもあった。

 まるで自分みたいだと思いながら、私は大きな木を見上げる。

 枝の隙間から覗かせる木漏れ日は少なく、体が覚醒するのには丁度よい光を届けてくれる。

 そんな木の下に作られた木陰は私に丁度よい暖かさを届けてくれる。

 先ほどまで寝ていた草のベッドはやわらかかった。

 なるほど、土で汚れてしまっているパジャマがどうでもいいと思えるくらいに、気持ちのよい目覚めに私は納得してしまう。


 さて、どうしてこんな森の中にいるのかと考えていると、近くから音が聞こえてきた。


 すう、すう――と。

 聞こえてきたのは寝息の音だった。


 大きな木にはもう一人、私と同じように幹を枕にして眠っている少年がいた。

 歳は同じくらい。

 いや、年下だろうか。

 青年と呼ぶには少しだけ幼い。

 その顔は垢抜けておらず、とても美しい。

 かといって、美しさが女性的かと問われればノーで、白いシャツのまくられた袖からは引き締まった筋肉が見て取れた。

 容姿だけのスペックを語るのであれば、レーダーチャートの最大値をこえた位置でシンメトリーの多角形を作れるような数値が出せるだろう。

 私は面喰いではないし、のんびりとした心の広い人が好きだ。

 外見だけで点数を付けるなら、おのずと辛口にもなる。

 そんな私が容姿で百点満点を振り切らせるほどの相手。

 それは既に現実離れをしていることに他ならない。

 特に髪の毛の色。

 地毛だろうかと少年の髪をすこし触っても、コスプレのかつら(ウィッグ)のようにずれることはない。

 それでもコスプレのようにしか見えないパステルカラーの青い色に、まさか四六時中その髪で今の現代社会を生きるつもりなのかと卒倒しそうになる。

 こんな髪にするなんて、どこのロックバンドの人ですかと言いたくなってしまうほどに。

 これが本当に地毛ですなんて言われたら、私はきっと一字一句間違いなく、某格闘家がインタビューを受けた時と同じようなポーズで「お前は何を言っているんだ」と返しているに違いない。

 珍しい赤毛は知っていても、青毛なんて聞いたことがないから。

 世界名作劇場な青毛のアンなんてものがあるのならば、きっとそれは髪を染めた不良少女が活躍するピカレスク小説に違いない。

 それくらいに青なんて髪は、カラーヒヨコが着色されていませんと言うくらいに説得力が皆無なのだから。

 それでも地毛だとかぶき通すのであれば、「そんなに髪まで青ざめてしまって、まあ……お薬を出しておきましょうね」と言ってヘアカラーを渡してしまうと思う。


 そんな髪とセットのように私の瞳に映ったのは、木に立てかけられている鞘に収まった剣。

 またしても日本の現代社会においてはコスプレ以外の何物でもない道具が登場し、そういえばもうすぐ夏のコミケが開かれるなと思い出す。

 へえ、東京国際展示場ってこんな森の中にあったんだなんてボケつつ、私はそんなわけあるかと心の中で突っ込みを入れた。

 たとえ本物だったとしても、どうやらこの少年は「銃は剣よりも強し」という超名言を知らないらしい。

 それどころか銃刀法も理解してすらいないだろう。

「カッコいいだろ、へへへ」で帯剣が認められるならば警察はいらないのだ。


 お巡りさん、こいつです。


 警察に通報したくなる衝動に駆られるが、もしかしたら逆なのかもしれないとバカな考えが頭に浮かんだ。


 こいつ、お巡りさんです。

 

 いやいや、帯剣が認められた警察官とか、明治時代か、昭和初期か!


 それにしても本物なのだろうかと私は首を傾げる。

 柄や鞘には宝石やら貴金属の派手な装飾がなされ、とても実用的な剣には見えない。

 いわゆる飾り。

 コスプレ用の偽物(イミテーション)かなと思い、私は鞘から剣を抜いて確かめることにした。


 重みがあってふらついてしまったが――

 果たして出てきたのは、予想通りの偽物。

 刃のない模造剣だった。

 何だやっぱりコスプレかと思い、私は鞘へと戻す。


 興味を失って次に視線を向けたのが、少年の手にはめられた黒いグローブだ。

 これを見ていると、どうにも中二病をわずらったようなイメージを掻き立てられる。

 これで黒が基調の(病み)を感じる服装や、ドクロとか、十字架とか、羽とかがデザインされたシルバーアクセをしていたら、数え役満が成立してしまうくらいに中二病ファッションという役が完成したことだろう。


 はあ、と大きなため息をつく。

 私も二次元の存在になりきって、コスプレをしてみたかった。

 そういう企画はないのかとマネージャーに尋ねたことがあったけれど、あなたのイメージを損なうからダメだとか、本当に無能としか言いようがない。

 無能アンド無能。

 無能オブ無能。

 顔が売れて外にも安易に出れずに休日を自宅で過ごし、忙しい日でも移動の片手間には携帯ゲーム機、漫画。

 そんなことを続けていたら、インドア派のオタクになるのは必然なのに。

 某有名男性アイドルグループの一人は堂々とオタクを公言している実例がある中、私の事務所ときたら閉鎖的な考え方をする。

 無能であり不毛。

 不毛の大地が有能なのはカードの中だけにしてください。

 トレーディングカードゲームの収集家でもある私が誰ともトレードも対戦もできないのは、きっと開国してくれないあなた達のせいです。


 ねえ、開国してくださいよ。


 懇願しても無駄だと悟りつつも、ならば黒船でいっそ強迫してやろうかなんて物騒な考えが頭に浮かぶ。


 ともかく――

 一度は行ってみたいんだよねコミケ。

 一度も行けてないんだよねコミケ。


 目の前の剣を携えた美少年が王子様なら、私がコスプレをするならお姫様がいいのかななんて思ってしまう。

 お姫様が着るようなドレスはステージ衣装で着たことがあるけれど、それを着ていったら私のコスプレをしている他人だと思われるだろうか。

 ダメだろうな。

 きっと写メをとられて、本人だと拡散されるオチしか見えない。

 そんな考えが浮かんでも、コミケに行ける日は果たしてくるのやら。

 来たとしても、それは引退した後だ。

 きっとしわだらけの体になっていて、コスプレどころではないだろう。


『ざんねん!! わたしの しゅんなからだは これで おわってしまった!!』


 某ゲームのゲームオーバー画面を思い出て私は膝をつく。

 おうふ……、何て虚しい。

 きっと何年経っても、こうして変わらぬ気持ちで過ごしていけるのねって、そんな未来予想図はいらない。

 大丈夫! 未来はきっと明るい!

 政治家の演説かと内心呟きつつも、夢はきっと叶うとポジティブに生きなければやっていられない今日この頃。


 夢か――

 ああ、なるほど。これは夢なんだ。


 綺麗な風景、のどかで落ち着いた雰囲気、カッコいいけど非現実的な少年。

 まさしく絵に描いた餅。

 それは夢じゃないと思えるほど現実的に見えるから、『DO NOT EAT(食べられません)』と乾燥剤のように注意書きの一つでも書いてあればとても親切でわかりやすいのに。

 手に入らないものを次々と見せていくなんて、何て意地悪な夢だろう。

 でも、嫌いじゃないと私は思う。

 実際、楽しめているのだから。


 私が夢について考察していると、少年が寝言を呟いた。

「母さん、僕は……約束を守れなかった…………」

 私はそんな彼の苦しい表情を見て、申し訳ない気持ちにさせられた。

 何故なら、自分ばかりいい夢が見られて不公平だと思ってしまったから。

 だから、私は夢に対価を払おうと思った。

 そうすれば彼にもいい夢が届くような気がして。

 こんなに気分のいい夢は久しぶりだし、お金では叶わないような夢にはどんな対価を支払えばいいのだろう。

 そう思ったら、自然と声が出ていた。

 歌は嫌いだけど、私の今支払える最大の対価があるとすれば、これ以外に考えられなかったから。


♪優しーい風に吹かれてー 気持ちいい目覚めがそこにはあった♪

♪夢ーを見ていたみたいね 最高の朝が訪れる日が来るの♪


♪ほら きっといい一日は♪

♪ほら きっといい出会いが♪

♪ほら 夢の中で叶っていーるよー♪


♪楽しい夢を見ようね♪

♪どうせなら一番にいい夢を♪

♪楽しい夢を見ようね♪

♪我が(まま)だっていいんだよ だって夢だからー♪


 久しぶりに気持ちを込めて唄えた気がする。

 少年の顔が安らいでいくのが見え、私は微笑んだ。


 いい夢、見れたのかな。


 少年の側に寄りそうように、私はこの気持ちのよい夢の続きを堪能する。

 あえて森の中を冒険なんてしない。

 この時間を体休まる睡眠に当ててこそ、本当の幸せというものだ。

 気持ちのよい夢の中で眠る夢。ああ、なんて贅沢なんだろう。

 私は瞼を閉じて、再び幹を枕にして大きな木にもたれかかる。


「――だよ?」

 意識が遠退いていく中、ぐにゃぐにゃと揺れるような声が頭に響いた。

 声そのものに不快感はないのだけれど、頭を揺すられているようで気持ちが悪い。

 私に声をかけるのは誰?

「ねえ、森の中で寝ていたら危険だよ?」

 少し高い声の、幼さが残る異性の声だ。

 隣で寝ていた少年が声をかけているのだろうか。

 だとすれば興味はあるけれど、今更感が拭えない。

 もう眠ると決めてしまったし。

 どうせ夢から覚めたら、イケメン王子様の顔なんて綺麗さっぱり忘れてしまっているのだ。

 どんな顔をしていたかなんて思い出すことすら馬鹿らしいと思えるほどに。

 だから瞼を開きもせずに私は言った。

「ふーん、危険なんだ。でも、夢だし……。目が覚めたら私は部屋の中」

 口を手で押さえ、欠伸をしながら、不遜な態度で。

 それでも声は聞こえてきた

「夢じゃないよ! 獣に襲われたら危ないよ!?」

「ふふ……、その獣は狼で、君がそうだとかいうオチでしょ? や~ん、襲われちゃう……」

「本当の狼に襲われても知らないよ?」


「だから狼は君だってオチ――」


 まったくしつこいなと思いながら、私は瞼を開く。

 そして、目の前の光景に目を剥いてしまった。

 予想通りとはいえ、先ほどまで寝ていた青髪の美少年が、至近距離で私の顔を覗いていたからだ。

「ふえっ!?」

 頬にキスをされる。

「ふえええ!?」


 これは何のドッキリ?

 カメラは何処!?


「それじゃあ、夢なら何をされたって問題ないよね?」

 私の下唇に彼の指が触れ、無遠慮にプニプニと突かれる。

「このやわらかい唇にキスをしたって問題ないよね? だって、夢なんでしょう?」

「えええっ!?」


『セイレーン岩崎響は、夢のようなイケメン王子にキスを迫られたら陥落してしまうのか?』

 そんな企画?

 よくマネージャーが許可したわね。

 って、夢なんだよね。


 待て、慌てるな。

 これは孔明の罠だ。

 まだ慌てるような時間じゃない。


「ちょ、ちょっ! ちょっと待って! 君みたいなカッコいい人にキスされるなんて、やっぱり夢! でも、して欲しいなんて思っちゃったけど待って! 心の準備が!」

 私の心臓が高鳴る。

 最初は確かに恋する乙女のそれだったけれど、今は違う。

 胸が苦しい。

 呼吸が――


 私がパニック障害の過呼吸で苦しんでいると、何かを察知した少年が森の奥を見据える。

「ああ、ほら……本当に来ちゃった」

 彼の視線の先から黒い狼が現れた。

 鞘から剣を抜いた少年は、まるで物語の主人公のように美しい動きで私を魅了する。


 身を低くして前進。

 その吹き抜けていく風が私の前髪を大きく揺らす。

 向かって来る狼の速度の方が僅かに早い。

 しかし、その自然界が作り上げた純粋な脚力と勝負ができる少年に驚き、私は呆然と立ち尽くしていた。

 それはまるでスクリーンから見た映画のワンシーンだ。

 何度もリテイクして完璧な動作を追究したように、ぎこちない動作の微塵もない姿が映し出されるから、私の精神的な苦しみなんて軽々と吹き飛ばしていく。


 凄い――本当にそれしか感想が浮かばなかった。


「残念!」

 少年は紙一重で飛び込んできた狼をかわし、そのまま着地させることなく剣ではじき飛ばした。

 一瞬、真っ二つになるのを想像してしまったけれど、そういえば彼の手にしているのは模造剣だったことを思い出す。

 狼には特に目立った外傷もなく、木に激突するだけに終わった。

 それでも加速がついていた上でのカウンターだ。

 体が丈夫でも十分な激痛は与えたと思う。

 狼はヨロヨロと体をふらつかせながら起き上がり、少年に唸り声をあげる。

 まだまだ闘争心は折れていないようだ。


 しかし、少年は剣を捨て、右手を前に差し出すと停止の合図を送る。

 そんなものを獣が理解するのかなんて思ったけれど、狼はぴたりと動きを止めた。

「勝ちたいなら、もうちょっと賢くなろうな」

 少年はそう言って、腰の袋から何やら紙の包みを取り出した。

「ほれ、今日も僕の勝ちだ。これ食べたら大人しく帰れよ」

 どうやら生肉が入っていたらしい。

 どうしてそんなものがと思ったけれど、夢だからと深く考えないことにした。

 狼はそれを咥えると、森の奥へと去って行く。

 そんな様子を少年は黙って見送り、やれやれと頭を振ってから私の方へと言葉をかける。

「あの狼、プライドが高くてね。負けたって認めさせないとエサも食わないんだ。まあ頂き物なんで毒見も――」

「毒見?」

 私が首を傾げると、落とした剣を拾いながら少年はからからと笑った。

「はははっ! 何でもないよ!」

 少年は随分と胡散臭い笑いをする。

「それにしても、あの狼を生かしておいたら悪さするんじゃないの?」

「他の猛獣ともケンカしているから、逆に村は平和なくらいさ。たまにこの場所に来ると獲物の死体が置かれててね。『どうだ、俺も強いだろ!』みたいなアピールをしてくるし……」

「へえ……、益虫みたい」

 クモが害虫を捕食してくれるみたいな。

 ああ、でもクモは不快害虫には区分されていた。

 見た目で害虫に分類する人間って本当に勝手だと思う。

 味も見ておこうとか言ってクモを殺して舐める変人もいるし。

 いや、確かに好きかって言われたら、うん、ごめんなさいだけど……。

 まあ、でも……この場合の益虫は花の受粉を助けるミツバチが妥当だろうか。

 そんなことを考えていると、益虫という言葉を聞いて少年は喜々とした表情を見せる。

「おお、君はわかってるね! 益虫がいてこその農業。畑を荒らす動物は可愛いウサギだろうとシカだろうと容赦はしないんだよ!」

 笑顔の少年は私の肩をポンポンと叩く。

 胡散臭いけど、とても爽やかだ。

 今すぐCMのメインキャストに採用されるほどの。


 イケメン、青空、海、夏。

 爽快感が溢れるそんな言葉にとても合う。

 その髪の色も合わさって、まさしく青を象徴とするに相応しい顔だ。


 胡散臭くてもいいやって思えるほど、その笑顔を見れてよかったって思う。

 ああ、この夢、本当に見られてよかったな。

 しみじみと感動していると、少年は私に尋ねてくる。

「ああ、そういえば……。まだこれでも夢の中にいるって言うのかい?」

 これが夢以外の可能性?

 はははっ!

 ない、ない。


 これは異世界ですか?

 そう尋ねられても、「いいえ、それは夢です」と即答できるだろう。

 チェーンソーを指して、これはファンタジーの武器ですと言っているようなものだ。

 とても信じられたものではない。


「逆にこの非現実的な状況が夢じゃないってのは信じられないんだけど」

 当然の答えを私は口に出す。

「何処がおかしいのかな?」

 不思議そうにキョロキョロと周囲を見回し始める少年。

 答えはそこにあるというのに、全く気が付く様子もない。

 私は彼の鼻頭へ指をさしたくなる衝動に駆られる。

 でも、まあ……思いつかないというなら教えてあげるしかない。

「私がパジャマの姿のままいること、君の青い髪、手にしている剣、外人っぽいのに日本語で会話してる、そんな所かしら」

 列挙した言葉に少年は首を傾げる。

「日本語? 何だいそれは」

 何だいって言われても、言葉を使っているのにおかしなことを言う。

「君が使ってる言葉よ」

「ええっ!? 君がディバインワードを使っているんじゃないのかい!?」

 何故、英語っぽい言葉が出てくるのか……。

 ファンタジーな夢だったら、独自の言語っぽいものの方がよっぽど説得力がある。

 聞いても意味が理解できないようなやつ。


 ンドゥールとか。

 ンフィーレアとか。


 神聖(ディバイン)だの、ワードだのと、英単語を聞いていると、ファンタジー世界ですら英語が公用語に選ばれているなんて思ってしまう。

 凄いね。

 英語さえマスターしていればファンタジーの世界にすら留学できるって。

 やっててよかった英会話レッスン。


 そんなわけあるか……。


 それでは、どうして少年はそんな言葉を使ったのでしょうか?

『答え:私が見ている夢だから』

 しっくりくる答えに笑いそうになりながら、思わずコロンビアと言いそうになった自分を戒める。


「そんな(ディバイン)ワードなんて言葉、私は知らないし……」

「凄く丁寧な言葉を使ってるじゃないか!?」

「私は私の知っている言葉を使っているだけ。はい、これは?」

 落ちていた枝で書いた、ひらがなの『あ』の文字を読ませてみる。

「何だいこれ?」

「私の使っている言葉」

「うーん、読めないよ……」

 ほう、ほうほう……。

「じゃあ、君の使っている言葉は?」

 私は尋ねながら持っていた枝を手渡す。

 それを受け取った少年は、カリカリと枝で文字を書いていく。


 何これ……。


 描かれたのはハートマーク。

 半分のハートマーク。

 ひび割れたハートマーク。

 二重のハートマーク。


 頭が痛くなってきた。


「どんだけ愛に飢えているのよ!」

 ラブ注入って、ここはメイド喫茶か!

 そんなにハートマークを書きたいならオムライスにでもどうぞ!

「女神の愛が言葉になったものというのが、この世界の文字の始まりだからね」

「ふーん、随分とファンタジーね。ああ、それはそれでやっぱり夢だわ。おやすみなさい」

 私は手をヒラヒラと振って再び瞼を閉じる。

 さあて、今日は気持ち良く目が覚めそう。


 ふわりと浮いたような感覚。

 ああ、現実に落ちていくのねなんて――

 詩的な自分の言葉に年相応の青臭さを感じながら。

 私の体は何かに包まれている。


 布団かな?


 足は宙に浮いた感覚のまま。

 そんな足がはみ出るほど、小さいベッドを買った覚えはないぞと瞼を開けて見れば、私は森の中で少年に抱きかかえられていた。

 これは――

 憧れのお姫様だっこというやつですか!?


「なっ! なななっ! 何してるの!?」

「安全な村まで連れて行くよ。もし君がこれから眠って、また目が覚めても目の前に僕がいたら、その時は夢じゃないって証明になるよね?」

「そ……そうなるのかしら」

「僕はハインス・リーベルト。君は?」

「岩崎響……」

「イ・ワサキヒビキ?」

「変な名前にするな! 姓がイワサキ、名がヒビキよ!」

「へえ、名前が後ろにくるんだね。じゃあヒビキ、山を下りるまで揺れるかもしれないけど、安心して眠っていいよ」

 満面の笑みに気圧され、私は意地悪に返した。

「ふん、もう二度と会わないでしょうけどね……」


 瞼を閉じ、身を委ねる。

 それは少年にではない。

 このどうしようもなく手に入れたい気分にさせられる、それでいて受け入れ難い夢に――だ。


 自分からこんなに楽しい夢を終わらせるなんてバカみたい。

 そう思いながらも願わずにはいられない。

 夢なんだし早く目覚めなさいよと。

 ほら、どうせ起きたら夢の見すぎで寝坊したなんてオチがつくんだから。


 私は夢を見た。

 ファンタジー世界に行った夢を見た。

 夢に身を委ね、夢から覚めようとする夢を見た。

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