表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

三島由紀夫『近代能楽集』を読んだ話

 珍しく読書感想文を書こうと思う。

 と言っても大したことはない。有名な作家の、有名な作品を読んだだけである。

 読んだのは三島由紀夫。昔は作品で有名だったけど、いまじゃ切腹の人という認識しかないのかな。

 作品は『近代能楽集』である。小説ではなくて戯曲なのだが、これがまた面白かった。

 戯曲、と言われて思い浮かべるのは『ファウスト』だろうか。簡単に言えばセリフと、文章の頭に誰が話しているか書かれている作品である。「小説家になろう」のエッセイ界隈で「これだけはするなよ! 寒いぞ!」と言われてしまう形式である。

 さて、能だ。能といえばどんなイメージがあるだろうか。

 伝統芸能、あるいは古臭い。

 ユネスコ無形文化遺産、残さなくてはいけないもの。

 独特な言い回し、または何言ってるかわからん。

 だいたい合っている。正解だ。

 しかし、『近代能楽集』はまったく違う。近代、とついている通り、比較的簡易な言葉が使われている。また、舞台も中世近世ではなく、近代あるいは現代を取り扱っている。

 簡単に言ってしまえば『近代能楽集』とは「とっても馴染みやすい能」である。

 この中で、元となった話も合わせて有名な題名といえば『葵上』である。源氏物語において、六条御息所の亡霊が光源氏の正妻である葵上を呪い殺す場面だ。一般に能の葵の上といえば、面を被ったシテ(能楽における主役のこと)が六条の生き霊として現れ、寝込んでいる葵上|(ここで葵上は一枚の着物が舞台に置かれているだけで表現される)を襲う。……語りすぎるのも良くないな、ここらへんにしよう。

 一方、『近代能楽集』ではどう描かれるかだ。舞台はおそらく昭和。病に伏し入院した妻、葵を見舞う若林光。その若林の前に、かつて懇意にしていた女性、六条の生き霊が現れ、若林を言葉や幻覚で翻弄する。


 一見、まったく違う作品のように見える。言葉遣いも違えば、あらすじも違う。

 しかし、この作品は『能』なのだ。それはなぜか。

 どちらの『葵上』も同じテーマがある。それは愛と嫉妬に翻弄される人間たちである。これは時勢に左右されない、永遠の課題である。

 永遠のテーマを扱っているという点について、この作品は『能』なのだ。これを巻末で、『コトバを大切にするか、ココロを大切にするか』とアメリカ出身の日本学者ドナルド・キーンは言っていた。


 これはともすれば、すごく大切なことを言っているのではないか、と私は思った。

 いや、大切じゃないわけがない。三島由紀夫がやっていて、ドナルド・キーンがこう言うのだから当然だ。

 だが、私は自分の創作活動を振り返ってみて、あるいは今まで読んできた作品を思い出してふと思うことがある。


「コトバとココロ、どっちを大切にしてきたのだろう」


 例えば、ファンタジーというジャンルを扱ったとして、魔法があればファンタジーなのか、異世界ならファンタジーなのか、それとも非現実的ならファンタジーなのか、というジャンル論争がある。ジャンル分けはあまり好きではないけれども、確かに自分の中に「これがあればファンタジーなのではないか」という気持ちはある。

 「コトバ」と「ココロ」で置き換えて話すのならば、これは「コトバ」の話に過ぎないのではないか。

 江戸時代において蘇った剣豪と柳生十兵衛の戦いを描いた『魔界転生』にだって、読者に向けて地の文に「ゲエム」と出てくる。カタカナが出てくるなんて本来ならぶち壊しもいいところだろう。しかしあの作品は江戸時代を描き、怪奇を描き、天才たちの業を描いてみせる。これには「ココロ」があるではないだろうか……。

 派手な魔法を飛ばす、美しい女がいる、ゼンマイ人形が歩いている。

 これがファンタジー、かもしれない。しかし、そういうことが、いわゆるジャンルと呼ばれているものの本質なのか……と言われると、首を傾げてしまうようになった。

 ファンタジーと銘打って書くのなら、もっともっと大切にしなければいけないものがある。

 それが「ココロ」というものであるのかもしれない。


 ここまで書いたところで「ココロ」とは何かさっぱりわからないのだが。創作の奥深いところである。

 ははあ、どうやら私の創作活動の目標がまた増えてしまったらしい。いつかこの「ココロ」というものを知ることが、そして作品に込めることができるのか。自分でも楽しみである。


 三島由紀夫の作品に触れたのはこれが初めてであるが、なるほど彼が偉大な作家の一人に数えられるのも納得である。みなさんもぜひ、手に取ってみてください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ