番外編『夜明けのラッパ隊』 ~練習風景~
この物語はフィクションです。
-西暦3010年-
この世界はすっかり変わってしまった。
たった50年前は世界は平和だったというがそれは本当の事なのだろうか?夢物語のように語られる祖母の昔話も今の世の中では一種の禁句になっている。
世はまさに戦乱の最中にいた。
大人も子供も男も女も関係無く戦争へ駆り出される。
貧しい平民達は一般兵と名付けられ、一番危険な場所に派遣される。それを防ぐために少しでも良識的な大人達は子供を軍へ入隊させる。それが一番安全だと知っていたからだ。
一言で軍といっても様々な部所がある。
まず陸軍と海軍と空軍の三つの軍種がある。
・陸軍は、陸地における作戦や戦闘の実地を担っている。軍の中心戦力である。
・海軍は、本質的に海洋を活動領域とする軍隊である。
・空軍は、航空作戦の遂行を任務とする軍隊である。
そして閑区幸(15)が所属するのは陸軍第11小隊・通称『夜明けのラッパ隊』である。この11小隊は基本的に人数は一人と決まっている。他所の小隊からは「一人だから気が楽」とか「気疲れしない」とか「暇そう」とか何故か「何か華やか」など意味が分からないことを良く言われるが実際の仕事内容はそんないいものではなかった。
幸の職種はラッパ手兼通信士である。
ラッパ手は別に軍の中で幸一人だけという訳ではなかった。そもそも楽器を扱う部隊は32部隊あったが現在は5部隊にまでへってしまっていた。それはラッパに限らず楽器を演奏出来る人材が圧倒的に少なくなっていた。そんな中、『軍楽隊』はオーケストラのような演奏をする部隊で『夢音隊』は軽やかに踊りながら楽器を演奏する部隊でこの二つの部隊は音楽を扱う部隊の中でも特に華やかであった。
ただ、この『夜明けのラッパ隊』はそんな『軍楽隊』や『夢音隊』の隊員達でさえ憧れる軍のラッパ手としては最高峰の部隊だった。
その理由はきっと戦場によく駆り出されるからだろう。いくらラッパ手が複数いようと特に上手い吹き手となると話は別だ。何故なら周囲に与える影響力が違いすぎるからだ。それは味方だけでなく敵に対してもだ。
…とまぁこんな感じで私は『夜明けのラッパ隊』で何とかやっている。
なんといっても赴任してからもう半年になるのだから。仕事にも段々慣れが出てきたがやる事は多い。
朝は4時起きで、そこからランニングと腹筋・背筋・胸筋・腕立て・スクワットを50回×3をし終わって朝の汗を流し朝食を取る。そして6時に帝都にある一番高い建物である時計台へ行って『起床ラッパ』を吹き、そして正午にお昼を知らせる『食事ラッパ』を吹き、最後は23時に『消灯ラッパ』を吹く。ちなみに私が任務でいない時は『軍楽隊』の南優子隊長や『夢音隊』の神埼ヒトエ隊長が吹いている。そこからは特に何をするというのもないので軍の倉庫にある古い楽譜漁りをしてそれを練習している。最近は総司令官の脇水総隊長におすすめしてもらった曲を練習しているがこれが中々難しい。
曲名は『ルーノシアの夜明け』という。
この曲は代々この『夜明けのラッパ隊』に受け継がれてきた曲で一年が終わる大晦日の深夜0時に吹くのが習わしとなっていた。どんなことがあってもこの曲を聴いて人々は新年を迎えるのだ。今年からは私がこの曲を吹くことになる。非常に重要な任務で失敗は許されない。だからこそ練習あるのみだった。
曲の練習は雨の日以外は大体外でやる。部屋の中は防音対策がされていないため隣の部屋に音が響くため近所迷惑になり苦情がきてしまうのである。軍の練習場や屋上などで普段は練習しているためそこによく出入りして訓練する小隊の人達とはもうすっかり顔見知りになった。1番乗りでやってきたのは第1小隊だ。この小隊は通称『超エリート部隊』と言われていて本当に物凄い精鋭が揃っている。隊長の鷹宮深美大尉を筆頭に5人のメンバーで成り立っている。その中に私の同期もいるのだから驚きだ。その時だった。
「幸!」
私の名を呼んでこちらへやってきたのが噂の同期、紺野アズサ・15歳。私と同年同期の少女だ。
姓は違うが彼女は我がルーノシア帝国が誇る宰相・美澤百合子の実娘であり、皆知ってるが暗黙の了解としてそういう風には決して言わない。影で言ってる人達はいるが…。
「アズサちゃん、おはよ。今から訓練?」
「まあね。そっちは?」
「私は曲の練習かな」
「どんな曲?」
「ん~簡単にいえば難しい曲かなぁ…」
「ふ~ん…、幸ほど吹けても難しいとかあるんだ…」
「そうだね、色んな曲があるから」
「そっか、頑張って。幸ならきっと出来るよ!」
「そっちも頑張ってね!」
「うん」
そういってアズサは訓練へ向かった。
「さて私は練習練習っと…」
最初は小さめに出しやすい音を出す。私の場合は低音の『ド』だ。それから段々音階などを吹き、上下に少しずつ音域を広げていく。なるべく中低音を中心に行い、あまり高い音は吹かないように心掛ける。これはトランペットを吹くためには大事なウォーミングアップでどんな上手な吹き手でも必ず最初にする練習だ。これをやらないと曲の練習をすることは出来ない。
そして楽譜をみる。
何年も使い古されたその楽譜を見て私はほくそ笑んだ。何故ならこのボロボロの楽譜をみて歴代の先輩達の書き込みなどがされていてもう読めないほどだった。躓く場所は皆同じ23小節目~36小節目と68小節目~88小節目の二個所だった。そして私もまさに同じ所で躓いていた。第一関門である23小節目~36小節目は細かい低音が何度も重なりぶつかる個所で慣れないと指が吊ってしまう。
「う~痛ぁ…」
そんな時は指にテーピングを撒く。そしてまた練習に入る。何度も何度も同じ個所を練習していく。時間を掛けてしっかりと出来るように、否、自分の身体の一部というように馴染むまで何回も何十回も同じところを吹き続ける。
そして正午前。
「あ、もうこんな時間だ!」
私は時計台へ向かった。
腕時計を見てキッチリ正午になると『食事ラッパ』を2度繰り返し吹く。
それが終わると私もお昼の食事をしに食堂へ向かった。
食堂の中はまあまあ空いていた。
食堂に食べにこなくても自炊する人もいれば、売店でお弁当やパンを買っている人もいるからだ。そして食べる場所もまた人それぞれだった。
「日替わり定食A一つ」
「はいよ!今日のラッパも良かったよ、幸ちゃん」
「ありがとうございます」
食堂のおばちゃんの春子さんは、毎日私の吹くラッパの感想を言ってくれる。正直な感想なのでとても嬉しい。やっぱり演唱者としては生の感想が一番良いのだから。
「はいよ、A定食。300円ね」
「はい」
「毎度あり」
私は空いている席に一人で座った。箸を持ち手を合わせようとした時に背後から声を掛けられた。
「一人で食べても美味しくないよ?幸」
アズサと第1小隊の面々と同じく同期の別部隊の夢津エリカ・15歳がいた。それぞれ自分の好きな席にまるで幸を囲むように座る。この感じも最初は緊張して慣れなかったが半年もすれば次第に慣れて来た。するとエリカが私の指を見ていった。
「何処か怪我でもしたの?」
「え?」
「テーピング巻いてるから」
「ああ、これは練習で必要で」
「でも痛そうだね…」とアズサも言った。
「そう?もう慣れたよ」と、ちょっと強がった。
そんな私達3人の会話に食べながら入って来たのは鷹宮大尉だった。
「そういえば、閑区が今日練習しているあの曲な私の妹もよく練習していたよ」
「えっ!?本当ですか!って大尉に妹さんが要らしたんですか!」
私達3人はビックリ顔だ。
鷹宮大尉はそんな私達を不思議な顔で見た。
「お前等はもう会っている筈なんだがな…研修試験の時に」
「研修試験の時…」
「鷹宮なんて名前の人いたっけ?」
「いなかったよね」
「そうか姓が違ったな、今の名は『市子・アンドリューズ・マリン』という」
「そ、それって…あの時の、『立華国』の王妃じゃないですか!!」
「そうだな」
「…全然気が付きませんでした」
「私もです。同じ隊にいたのに…」
「まあ別に知ったから何だって話じゃないしな」
「ではなぜ今この場でその事を告白したのですか?」
「少しな…懐かしかっただけさ」
「…懐かしい、ですか…?」
「ああ、その曲は私にとっては特別だったからな…」
理由が分からなかったが、取り敢えず鷹宮大尉にとって『ルーノシアの夜明け』という曲が特別な曲だということは分かった。
「思い入れがある曲なんですね…」
「ああ。だから今年の新人はどんな風に吹いてくれるか非常に楽しみだ。心配するな、閑区。お前のトランペットの腕は私だけじゃなく総司令官の脇水総隊長も認めている。それを誇って吹けばいい」
私の心は物凄く明るくなった。
「はい!」
それから私は練習に没頭した。
毎日毎日同じことをする。同じ個所を吹き続ける。
合間に任務が入ってもその現場で練習をする。音が出せない現場では指だけでする。
そんな日が続き二週間が過ぎた。
私は大分吹けるようになっていた。だがまだまだ完成系には程遠い。最終期限は大晦日。新年が開ける12月31日から1月1日に変わる深夜0時ジャスト。後、4ヶ月。
「絶対に物にしてみせる…!」
そう心に誓って今日も私はトランペットを手に取ったのだった――…。
さて本編も無いのにスピンオフ作品から始まってしまいましたね…。
どうしたものやらですね。
このスピンオフの主人公はもちろん閑区幸ちゃんです。
そして本編の主人公は出てきましたね、夢津エリカちゃんです。もちろん紺野アズサちゃんも副主人公並の活躍を本編ではすることでしょう。何せ追い立ちがアレですからね…。もう冗談じゃ無く暗くなると思いますよ…。はぁ……。そして我らが幸ちゃんも一応主人公チームに入ってますが活躍は……するのでしょうか?多分…するんじゃないですかね?しますよね?他の二人と違って少しおっとりオドオドしてどちらかというとマヌケタイプなので物凄く周囲からの視線が凄いことになりそうですが……。今から心配です…。ですがどうか本編でもこのスピンオフでもどうか見守ってあげてください。トランペットの腕だけは確かですので。
感想書いて下さい。お願いします。
ではこの辺でまた会う日まで。
See You......