深海魚を背負う私が君へ
ある日目覚めると、朝からなんだかすごくだるくて、まるで背中に深海魚を背負っているみたいだった。
あー重たい重たい。
こんなに重たいものを背負っていられない!
誰か代ってくれないか!そう思いました。
しばらくすると、後ろから深海魚が私に何やら話しかけてくる様になりました、しかし魚の言葉は理解できないのです。
後ろから聞こえる魚の言葉はゆっくり深海に沈んでいく泡のようでした。
でも、なんだかとても悲しそうに怒っていたのは分かったので、重たいけれど、背負っていてあげようと思いました。
私は歩きます。
その度に深海魚の尾ひれがひらひらと、右へ左へ揺れているみたいです。
私が外に出て、あちこちへ歩いていく度、深海魚は大きく、重たくなっていきました。
私はいよいよ、この重たさを、どうにかしなければならないと思いました。
でも、不思議なことに、君から連絡がきた日などは、ふわりと少しだけ軽くなるのです。
そしてその後、君がどこか遠くなってしまえば、先程までよりも、重く重くなってしまうのです。
魚は私に話しかけてきます。
私はだんだん魚の言葉が理解できるようになりました。
この魚もどうやら君のことが好きなようでした。
どうしよう、と私は焦りました。
もしもこの魚が、うんと美しい魚だったら、君は見蕩れてしまうかもしれないと思ったのです。
ある日私は思い立って鏡の前へ来ました。
今日も魚は、私の後ろで泡を沈ませ、泣きながら怒っているようでした。
私は意を決して、体を捻るようにしてその魚の姿を見ようと試みました。
鏡には一匹の深海魚が映りました。
それはそれは醜くて、どう仕様もないくらいに薄汚れた姿でした。
それを見た私はなぜだかとても悲しくなって泣きました。
私の周りが、私の涙で海になってしまうくらい。
すると、私の背中から絶対に離れようとしなかったあの魚が、するりと泳ぎだしました。
私の涙の海へ溶けるように泳いでいました。
私はそ、とても美しいとは言えないあの魚のことが少しだけ好きになりました。
まだ涙は止まりません。
次から次から溢れ出してきて意味なんてもうありません。
その頃、魚は見えなくなりました。
私は私の涙の海で一人残されてしまったのです。
心細くて、「私の魚はどこ?」と呟きました。
10個の気泡がきらきらと弾けます。
返事はありません。
聞こえていたとしても、魚なので私の言葉の意味なんて分からないのです。
ああ、どうしたらいいのだろう、息ができない途方に暮れました。
その時、私の携帯が海の中を漂っているのが見えました。
着信ランプが静かに点滅しています。
そっと画面を覗き込みました。
そこには君からの着信を示すメッセージが表示されていました。
私は敢えて一つ一つ番号を打ち込み電話をかけました。
しばらくして、私は君にずっと言いたかったことを伝えるのです。
少しだけ、魚の言葉が混じってしまうかもしれないけれど。
「...もしもし、あのね」