137:アタック
「……リン、……殺す?」
カチリッと何かのピースがはまった様な鍵が開いたような感覚の後、そこから光があふれ出す。
頭の中に意識に纏わり付いていた粘着質な靄が、白い光に塗りつぶされ、その光が全てを白に染めた後ひとつの言葉のみが残る。
そいつを殺せ。
楠木が確認してくる。
「いきなり殺すでいいの?」
「ああ、だって洗脳が発動したって事はそういうことだろ?」
「んー、そうだけど街中のしかも人ごみの中で発動する事もありえるよ?」
「その時はその時だな、まあ最悪言い訳できるように武器は使わないってのも付け加えてくれ」
クソネコが話しに加わってくる。
「小僧もとうとう犯罪者の仲間入りか、この国にいられなくなるな!」
「まあ、どのみち魅了された時点で俺終了だろうからな、なりふりは構ってられねーよ」
「名残惜しいが小僧ともここでお別れだな!」
「なんで魅了された挙句、街中の衆人環視前でそいつを殺して、しかも殺人者の汚名を着せられる事前提なんだ?」
まあ殺すんだから殺人者であってるんだけどな。
「自分でそういうフラグを立ててるじゃないかぁぁぁ!」
「ああああ、そういうことだったのかぁぁぁぁ!」
んなわけあるか、死ねクソネコ!
もし本当にそうなったら、無関係の奴らの口を封じるわけにはいかないし、全員洗脳とかもつい最近使える様になったばかりの俺じゃ無理だろうし、まあギルドには説明すれば殺した相手次第で罪に問われる事はないだろうからいいとしても、いや、殺した相手をアイテムボックスにすぐにしまって逃げちまえば殺人の証拠自体なくなるし、いやいや目撃者がいっぱいいるからダメだよな。
「お達者でね、藤原君」
「バイバイ、フジワラ」
「どこかで野垂れ死ね、フジワラ」
なんか俺が国外逃亡する事が決まってしまったみたいで、お嬢様二人とお姉様にお別れを言われてしまった。テレスお姉タマ、それお別れですよね?
てしてし! いつの間にか肩に乗ってきたネコに頬を叩かれる。
グググッとムカつくネコの前足を押し返してそちらを向けば嬉しそうに嗤ったネコが一言。
「ざまぁ!」
俺の扱いひどくね?
強く、強く拳を握る。
洗脳発動と共にとめどない怒りが「ざまぁ!」という効果音と共にふつふつと湧き上がってくる。
腰を落とし、足を踏ん張り、体をギリギリとねじる。
「あら、どうしたのフジワラ、いきなり立ちあがったかと思ったら体をひねり出したりして、ご褒美でも欲しいの?」
甘い声が、俺の精神を浸食しようとしてくるが光によって霧散する。
ギリギリギリと体をひねり、背が正面を向き顔が背後を見る。
「……フジワラ、こちらを向きなさい」
不審に思った女が命令してくる......そいつを殺せと上書きされる。
そして、
「フジワラ! こちらを」
プツンと張り詰めた弓から拳という矢が放たれる。
ゴゥ、と風を切り放たれた拳が向かう先は楠木の顔でリンを殺すといった女の顔の真ん中。
ペキッとその高い鼻の骨が折れる音とベチッと潰れる音がする。
グチッ、と潰した鼻ごと拳が顔にめり込む音がする。
「――――!」
声にならない悲鳴と共に女が吹き飛ぶ。
後を追う。
取り囲んでいた男の一人に受け止められる女。
「お、お前達! あいつを...」
ガゴンッ!
拳が口の中に叩き込まれ、女の言葉が途中で止まる。
ベギン、と歯の生えた拳を口から抜く。
受け止めた男と共に地に倒れる女。
踏む。蹴る。踏む。踏む。蹴る。蹴る。踏む。蹴る。蹴る。蹴る。
黙々と蹴る。
人と言うものは簡単に死なない。
ここは路地裏という事もあり地面が土だ。舗装された道と違いダメージを地面が吸収してくれる。
人の体というのもダメージを吸収するように出来ているものだ。
女に魔物の血が混じっていることも耐久がある一因なのかもしれない。
それでも限度と言うものや、当たり所というものがある。
ゴキッと聞いた者が危ないと感じる音がする。蹴りが女の細い首に入ったのだ。
支えるものが皮だけとなった首がありえない長さと向きで頭を支えていた。
魅惑のリリムと呼ばれた女が絶命した。
何がいけなかったのか?
彼女はいつもと同じ手を使った。
魅惑した男をけしかけ、倒して油断したところへ忍び寄り魅了する。
今回は僕ではなく手練である双剣のシームがその役を勝手に担ってくれた。
戦闘後の気が抜けた瞬間に魅了し完全に虜にしたのだ。
夢魔であるサキュバスの血を引く魅了だ、生半な事で一度かかった魅了から抜け出せるものではない。実際今までで抜け出せたものは一人もいない。
完璧だったはずだ。
魅了した時点でリリムの完全勝利だったはずだ。
屍となったリリムも最後の瞬間まで何が起きているのか理解できなかった。
解る筈も無い、事前にある者によって洗脳が施されていた事を。
その者は、光魔法スキルの最高位である5を超えた、ユニークスキルの光魔法を習得している事。
そして、光魔法5からユニークの光魔法へ昇華した方法が、ある者達への数十、いや数百に及ぶ洗脳や蘇生の実行という驚異的な光魔法への熟練による事。
さらに、その者のMNDは425というSランク級の数値で、INTに至っては780というSSランクを超える化け物という事を。
相手が悪かった。この一言に尽きる。
いや、相手は良かったのだ。実際魅了できたのだから。敵に回した者の中に最悪がいただけだったのだ...
今までリリムを相手にしてきた者達が口々にいっていた言葉であったが、残念ながら今回はリリムがそれと当たってしまったという事だ。
白い光か消え頭がクリアになる。
周りを見回す。
「ふむ」
魅了されていた時の記憶も残っている。
女を見下ろす。顔は原形を留めていないし腕や脚もおかしな方向に曲がっている。
容赦ねーな、俺!
そういえば、こいつの本当の顔をみた覚えが無いな。まあいいか。
魅了されてたとはいえ、俺のスキルや全ての事をこいつに話してしまった。
正直洒落にならん事態だったな。
しかし、今更ながらに思う。
こいつに楠木のスキルの事を聞かれたとき何も答えられなかった。
知らないのだ。
いや、違う。アイテムボックスや光魔法とか使えるのは知っているが、楠木に聞いたときに持っていると断言された事が無い。
いや、俺からの質問自体を曖昧にされているんだよな、あると認識はしているが本人が持っているかどうかを曖昧にしている事で、魅了にかかったときの質問の答えとして是とされない。つまり答えられない。
わかっていてそういうことをしている?
わかってるんだろうな、名前もそうだ、今のPTの時は楠木と呼んでもいいが、他の人がいるところではリンと呼ぶようにいわれている。
このリリムってやつも結局楠木とリンが同一人物だと気がつかないままこうなったしな。
てゆーか、こういう知識ってこっちの世界で身につけたものじゃないよな?
楠木さん、いったいどーゆーことなんですかね?
そんなことを思いつつ腰を落とし、童子切を横に倒し、鯉口を切る。
「な、なあ、あんた」
「なんか悪夢でも見ていたようだ」
「た、助かったよ...」
おいおい、怯え過ぎだぜ。そんなにスキル強奪は怖いか?
「俺、魅了されていた時の記憶も残っているんだよなぁ」
つまり、そういうことだ。
「月下...」
刀術のスキルを発動する。
「満月!」
俺を中心に全方位に向かい、まるで満月のように剣気が奔る。
月下:派生スキル、以下に続く言葉で効果が変る。
月下満月:自分を中心に円状に範囲攻撃。
月下新月:見えない刃が相手の背後から襲う。
等々...
魅了から醒めた男達が全員上下二つに分かれて落ちる。
「わりーな、全員死んでくれ」
俺とリリムの会話を聞いてた者達だ、生かしておくわけにはいかない。
魅了で操られていただけの男達を自分の秘密を守るために皆殺しにしてしまった。
「良心の呵責で俺の心が押しつぶされそうだぜ......」
楠木がいなかった場合の俺の末路ってところだな。
ま、こいつらは貴族と冒険者って話だったし、いいか。
冒険者はいつ死んでも文句は言えない職だと思っているし、貴族は殺してもいい人種だと思っている。
どこにも問題が無いな。
スキル強奪発動!…………槍術取得!
スキル強奪発動!…………気配察知取得!
スキル強奪発動!…………火魔法取得!
スキル強奪発動!…………火魔法取得!
スキル強奪発動!…………火魔法取得!
スキル強奪発動!…………水魔法取得!
スキル強奪発動!…………風魔法取得!
スキル強奪発動!…………土魔法取得!
槍術のレベルが上がった!
気配察知のレベルが上がった!
炎魔法のレベルが上がった!
「うほ! らっきー!」
怪我の功名ってやつだな!
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名前:藤原 秀平
種族:人族 性別:男 年齢:16
レベル:22
HP:530/530 MP:265/265
STR:355 VIT:355 DEX:265 MND:215 INT:225
スキル:(特殊)言語翻訳、アイテムボックス、スキル強奪
(武技)刀術、槍術5(1up)、格闘術5、弓術5
(技) 隠密5、罠解除5
(魔法)炎魔法3(1up)、氷魔法2、雷魔法1、鉄魔法2
光魔法5、闇魔法5、忍術3
(自動)気配察知5(1up)、HP回復5、統率4、クリティカル
装備:童子切:HP200、STR100、VIT50、DEX50、クリティカル
大地の剣:HP20、STR10、VIT20
大地の鎧:HP30、VIT30
緋色のローブ:MP20、INT10
大地の籠手:HP20、VIT10
セット効果大地:HP30、MP30、STR30、VIT30
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