120:日常
ぱふぱふぱふ、じー、ぐりぐり!
「んー、」
頬にぐりぐりしてくる頭を右手で撫でつつ左手でこてんと転がす。
「む~!」
んしょんしょ、ぱふん、じーっ!
「んんんー、」
片目を少しあけ見てみると顔の前で伏せの状態でじーっとこちらを見つめているクロ君。
無言の視線が痛い、むぎゅ、と掴んで布団に引きずり込む。
「はーなーせー!」
あむあむと掴んだ手に噛み付いてくる。
「いたっ!」
「はっ!」
ぺろぺろぺろ、ちょろい!
「ふふ、」
思わず笑ってしまう。
「むむむ、騙したなぁぁ」
あむあむあむあむ!
「いたっいたっ、ほんとに痛いって」
「あむあむあむ~!」
「も~、起きるから噛むの禁止です!」
「うむ!」
クロが布団から飛び出してくる。
「ん~!」
大きく伸びをする。
「む~!」
クロも真似て伸びをする。
顔を洗い、歯を磨く。
なんと新マルアさんの宿は洗面用具一式が揃っているのです。
「リンー、我も我もー!」
「はいはい」
歯ブラシに蜂蜜をつけて渡す。
「ぺろぺろぺろ!」
「おいしい?」
「うむ!」
まあ虫歯とか無いからいいんだけどね。
なんとこの世界には光魔法という反則技があるのですよ奥さん!
寝巻きから普通の服に着替え、ウサギの尻尾を首にかけ、素早さの靴を履き、魔力の腕輪と力の腕輪を手首にし、白のローブを羽織る。
マジックアイテムはその魔力ゆえか自己修復のような機能を有している。
まあ簡単に言うと、洗濯しなくても綺麗なままなのだ。
「魔力の服とか欲しいね」
「ズボラリンの称号を手に入れたのだ!」
「がーん!」
魔法の下着とかあるのかな?
あー、けどさすがに下着は洗わないとなんか嫌かも。
ちなみに香水とかそういうのも売っているけど買う予定もつける予定も無い。
だって私は冒険者だからね、香水の香りなんか死亡フラグってやつ以外の何ものでもないし無臭じゃないと色々と問題がありすぎる。
朝食の時間にはまだ少し早い。
毎朝決まった時間に朝食の有無とどのようなものを所望か聞きに来るのだ。
「まだ早いし、下に降りて食堂で朝ごはんにしようか」
「うむ!」
クロが張りきる理由、今日は迷宮に行く予定なのです。
「でもクロ念動力使っちゃダメだからね?」
「だが断る!」
「じゃあ行かないよ」
「だが断る!」
「だが断る!」
てしてしてしてし!
マルアさんに、軽い食事とお弁当の昼食をお願いして食堂内を見渡す。
焼失した宿と一緒に燃えてしまった周り一帯を買い取り高級宿屋として再建したため、私の使っている部屋もそうだけど宿全体が結構な大きさになっている。
当然働く人もマルアさんと旦那さん他数名という以前の人数では賄えない。
ぼーっと、働いている人達を目で追う。
「ふむぅ」
(ふむぅ?)
(ローランの情報部みたいなところは優秀なんだなぁってね)
(給仕にいるのか?)
(というか、昨日まで他国の密偵みたいのが居たんだけど居なくなってる)
鑑定が魔眼になったことで見える情報量が増えた。
いや、レベルが上がってINTが増えたからかもだけど、取りあえずわかる情報が増えた事はありがたい。
(なんか丁重に守られているって感じだよね)
(敵対するならすぐ殺せるようにという意味だな)
(そうだねぇ)
そういうことなんだろうなぁ、まあいいけど。
(お弁当もクロと私の二人分しか頼めないね)
(三個頼んで魔道具屋が休みだったらカーサと三人でどこか行ったと見当つけられるとかか?)
(うん、五個頼んで藤原君とテレスさんも居なかったらとかね、移動は転移を使うから追う事は出来ないだろうけどね)
(窮屈だな、威嚇か?)
(んー、わかるように動いているならそうなんだろうけどね)
(小僧も同じ状況だろうが、まったく気付かんほどなのか?)
(鑑定で素性がわかってなかったら、例えばあの人とか普通の給仕の人にしか見えないでしょ?)
クロにメロメロな女性給仕さんをわからないように指す。
(おおぅ、そうなのか?)
(うん、結構強いよ)
(恐るべしローラン暗部、しかしあやつは我のハニートラップにメロメロなのだ!)
蜂蜜入りのミルクをペロペロしながらドヤ顔をしてるクロ君。
(凄いね?)
それ彼女に貰ったミルクだよね?
(凄いのだ、えっへん!)
とある宿:
「………、朝か」
シチューかなにかの美味そうな匂いと、朝独特のせわしない喧騒に起こされる。
………………………
しばらくぼーっとする。
たまに、ふとした瞬間に伸し掛かって来るもの。
孤独。
世界に一人だけという言い様の無い重み。
帰る場所を持たない根無し草、次の瞬間終るかもしれない危うい命。
しばらく前は眠れなかった。
もし寝たら寝込みを襲われそのまま永遠の眠りについてしまうのではと。
温もりが欲しいと思う時もある。
異世界物で真っ先に思い浮かぶもの、俺もそれにされるところだったが。
奴隷。
実際考えなくも無かったが、ありえないという結論になった。
犬猫を買い、家族として愛するならばいい。
その愛情は一方通行であり犬猫からの愛情は大好きなご主人様であったり、餌をくれる便利な生き物であったり、確認しようが無いものでどう捉えるかは本人の自由だ。
意思の疎通が出来て言葉も通じる生き物をペットか物程度の扱いが出来るなら、そのような強靭な精神の持ち主ならありなのだろう。
けど、多分そんな強靭な精神持ってたら孤独とか寂しいとか思わないよな。
どのみちペットとしてみても飼う前提は安全な住処だ。
こんな宿住まいで奴隷を買うという事は使い捨てる事前提、迷宮探索に一緒に連れて行って死んでもいい、宿においてって他の客達に奴隷扱い、つまりご自由にお使いくださいでいいということか。
まあ、その扱いを是とするような精神になったら今の俺は終わりなんだろうな。
ここには居られない、本当に一人になってしまったらそれでもいいのかもな。
俺の場合は、人質にとられたら見捨てる事前提になるだろうしな。
強奪がある以上まともな人生送れないことは確定しているんだし。
ちなみに、隷属契約解除して人として付き合おうとかはありえない。
金で買っといて人としてとか頭おかしいよな?
その状況で嫌とか言える訳無いし、その本人からしたら嫌なら奴隷でいいやかじゃあ死ねの未来しか見えないし。
人として付き合うっていうなら普通に一般人と仲良くなって付き合えよってはなしだ。
その一人だけ金で買っといて人としてとか、まず人として他の奴隷も買って開放してから言えって話だし、他の奴隷は居なかった事にしてそんな事言えるゴミ屑とどうやったら人として付き合えるのかって話だ。
ていうか、俺がその選択肢を出されたら本当の自由を手に入れる為、一か八かそいつをその場で殺そうと思うけどな、まあ俺は男だからそんなことは無いか。
思いっきり脱線したな。
まあ、結論として俺には一般人として仲良くなってお付き合いしたい人が居るって事だ。
奴隷とか買ったりしたら一緒にいる事出来ないし、俺と共に戦える奴隷とか居ないだろうしな。
違うな、共に歩くのはあいつしか考えられないってことか。
あっちには意思も通じてラブラブなペットが既に居るんだけどな!
あー、俺も使い魔になりてえ!
パンッ!
両頬を張る。
「なんか朝っぱらから悶々としてんな、俺」
水魔法で水の玉を出し、氷魔法でキンキンに冷す。
ザブンッと頭ごとその中に突っ込む、クーッ効くぜ!
今日は迷宮探索だ、俺張り切っちゃうぜ!
「お、そうだ、ライに聞いた丼物仕入れてから行くか」
もし、それがクラスメイトだったら?
--------------------------------------------------------------------




