5.自由恋愛
「じゃ、ちょっと待ってね。一応、店にメールするのが決まりだからさ」
「そうか、コース変更になるからか」
「そうそう。料金変わっちゃうからね~」
なるほど、給料も変わるということなのだろう。
「ねぇ~。もう一つポテト食べたいな~」
メールをし終わると、急に甘えた声でおねだりをしてきた。ここからは彼女なのだと客に分からせるためなのか。友達ラインと彼女ラインの違いがはっきりとしている。
「いいよ。買っておいで」
俺は千円札を一枚渡した。
ここからは、彼女なのだ。店を出たら手をつなぐことも、腕を組んで歩くこともいいわけだ。ただし、あのアリスと腕を組んだりすることに俺自身が耐えられるなら……だ。
そう考えるなら、どうして彼女に昇格させたのか。そこは自分でも不思議なところだ。話していると楽しいし、次から次へと出てくる話題も新鮮だ。自分の知らない世界をそのまま見せてくれる。そのためだろうか、もっともっとアリスを知りたくなるのだ。
ファーストフード店を出ると、アリスの方から腕をからめてきた。ぴったりと体をくっつけてくる。女の子の柔らかい感触が伝わってくる。
「次は何をする?」
俺が聞くと、さっきまでとは正反対で、自分が行きたいところを言ってきた。
「ゲーセンに行こうよ」
「ゲーセン?」
「うん、楽しいよ!」
ゲーセンなんてところは、一人で行ってもうるさいだけだ。と、俺は思っている。どうせなら静かに自宅でゲームをしていた方が楽しい。
でもまぁ、彼女と二人で行くのだから、多分楽しいことの一つぐらいはあるのかもしれない。俺は自分を奮い立たせた。そうでもしなければ、音の洪水のようなゲーセンに入る勇気がわかないのだ。
アリスはここでも慣れた足取りで、好きなゲームの前に立つと、訳の分からないゲームを始めた。オトゲーの一種らしく、音楽に合わせて画面に出てくる図形をタッチしていくのだ。こんなものが楽しいのだろうか。理解に苦しむ。
「やっちゃんは、ゲームしないの?」
「俺は、シューティングとか、カーゲームかな」
「あ! じゃぁ、あれで勝負しようよ!」
あれと言われたその先には、カーチェイスゲームがあった。
「そうだな。そのくらいなら、付き合えるかな」
俺の奥ゆかしい言葉に、これはちょいちょいと勝てるなと踏んだアリスは、
「私が買ったら、欲しいものがあるの」
と言い出した。
「いいよ」
俺は笑いながら、快諾した。
ゲームがスタートすると、あっさりと負けた。もちろん、負けたのはアリスだ。
「えー! なんでー!」
毎日毎晩ゲーム機と戦っているのだ。こんなゲームに負けるはずがない。俺は、妙な優越感を覚えていた。
ゲーセンを出ると外は大分日が落ち始めていた。
こんなにもゲーセンなどで時間をつぶすとは思わなかった。確かに楽しかったが、おかげで財布はかなり軽くなった。
「行きたいお店があるんだ!」
アリスは俺の腕を引っ張って歩いていく。
こんなに動き回る休日は初めてかもしれない。
アリスの行きたいという店を何軒も梯子させられた。これが欲しい、あれが欲しいといいながら俺をチラ見するが、俺は本気で彼女だと思っているわけじゃないんだ。そこまでする必要はないさ。
俺の固い財布の紐を、これ以上緩めることは無理だと踏んだ彼女は、お腹が空いたと言い出した。
「もう、暗くなってきたし、お酒が飲めるところでゆっくりと食事しようよ」
時計を見ると約束の八時間を過ぎようとしている。どうするかを考えた。
このまま酒を飲みながら食事をすれば、延長になるのは火を見るより明らかだ。しかし、酒の力を借りてホテルに連れ込むことも容易なのだ。
ここは、男である自分を生かすか、紳士的に社会人としての自分を生かすか。
俺は、再度アリスを見た。アリスはしなだれかかるように俺の腕に体を預けているのだ。
「そうだな。腹が減ったままじゃ眠れないか」
アリスは、やったと小さく叫ぶと
「素敵なお店を知ってるんだ! お料理もおいしいの。そこへ行こうよ」
と俺をひっぱった。
さすがに夜はファーストフードではないらしい。
連れて行かれるままに進むと、ビルの階段を下りだした。どうやら、この界隈の全てを熟知しているらしく、どこにどんな店があるのかはナビがなくても分かるらしい。
階段を下りるに従い、照明が落ちていく。手探りで歩かねばならないほどの暗闇ではないが、そこそこ暗い。
店内は煉瓦の壁とテーブルに置かれたロウソクで、異世界に飛んだような不思議な感覚がした。料理は、なるほどアリスが言うように美味かった。アルコールは、店の雰囲気に合わせてワインを注文した。
ちびちびと飲む俺とは対照的に、がぶがぶと飲み進めるアリス。酒に強いのか、弱いのか分からないが、よほど楽しいらしい。
「こうやって、お客と飲んだりしたら、その後のことも誘われたりするんじゃないの?」
俺は酒の力を借りて聞いてみた。もちろん、当たり前の展開として、あることは分かっているが、素面では聞きづらかったのだ。
「もちろんだよ。でも、別料金」
あれだけ飲んでいるのに、しっかりとしゃべっている。