寝起きドッキリ
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日が昇って暫く経った頃、俺は閉じていた瞼を開いた。
ソファに座ったままの体制で眠りについてしまったらしく、体が痛い。
ぼんやりとした視界と感覚が、窓辺から注がれる朝日に照らされ蘇っていく。
そして気づいた。
手中にあった暖かさが、今はもう余波のみになってしまっている。
その代わり体はモーフに包まれ、台所にはおにぎりが用意されていた。
「おかん……」
思わず口から溢した声が、広い室内に溶けていく。
これで終わりなのだろうか?
昨日おかんから告白されて、それを完膚なきまでに拒絶した。当然と言えば当然。
むしろそれを望んでいた程だ。
でも俺は未だ、手に残る心地よい暖かさを求めていた。
諦めろよ。自分に何度も言い聞かせる。
汚くて傲慢で貪欲で最低な感情が、次から次にあふれ出す。
数時間前、おかんの事を子供の様だと思った。
しかし今の俺は、そんなこと言えた立場じゃない。
無自覚のまま散々我儘を言って、いざ捨てられたら何もできなくなる。
その笑顔に、鬱陶しい程世話を焼いてくれる優しさに甘えて。
我儘でバカな子供のように。
固まった関節を無理やり動かし、台所へ向かう。
綺麗な三角形をした、やや大きめのおにぎりを口に運ぶ。
強く握られた為少し硬いそれを噛めば、口の中にかすかな塩気。続いてそれに引き出されるような米の甘みが口内に広がる。
具もなければ、海苔が巻かれている訳でもないタダの塩むすび。
なのにそれがむしょうに美味かった。
何度も食べた、当たり前に美味しい味。
残ったおにぎりを口に押し込む。咀嚼の度に解けていくごはん。
おかんとの思い出が溶けていくような、失なった事さえ忘れていきそうな感覚に襲われる。
気がつけば頬に涙が伝ったていた。
俺の人生の中で当たり前となった、おかんのおにぎり。
それを味わう最後の時間。
咀嚼の度、嚥下する度に涙が止めどなく溢れてきた。
鼻をすすりながら、皿の上にあったおにぎりを全て平らげる。
舌に伝わる塩気がおにぎりなのか、涙か鼻水なのかはもうわからない。
最後の一口を頬張り、咀嚼し、一気に飲み込む。
喉に閊えそうになったそれを、胸を叩いて無理やり流し込んだ。
シャツにはまだ、おかんの涙が僅かな湿りとして残っている。
脳裏によみがえる笑顔。
あんなのはおかんらしくない。
今まで積み上げてきた、俺たちの関係は完全に終わった。
それでも、最後に見た彼女の表情があんなものであっていいはずがない。
憂いに満ちた汐らしい笑顔なんて、おかんには不釣り合いだ。
これは最後のわがまま。
おかんに伝える言葉は「ゴメン」じゃなく、「ありがとう」だ。
俺はあの笑顔を取り戻さないといけない。
俺は何をしていたんだろうか?
わざわざ昨日一日おかんの後を追いかけて、ヒドイことを言うためではなかったはずだ。
おかんをふって、さらに傷けることでもなかった。
ひょっとすれば、それは俺に出来ることではないかもしれない。
何をどうすればいいのか、一切見えてこなかった。
だけど俺は気が付けば上着を羽織り、鞄を手にして家を飛び出していた。
おかんの家までの道順は、体が覚えている。
目を閉じていたってたどり着ける道のりを、俺は全力で走った。
玄関前までやってきて、呼び鈴を鳴らす。
出てきたのは、おかんのお母さん。
「甘露? もう今日は出かけたでぇ」
俺の家に向かったなら、途中で鉢合わせするはずだった。
だとすれば向かった先は、おそらく学校。そこに向かうバス停。
ピリリリリリリリリ!
鳴り響く携帯電話。
手に取れば、表示される大海ネネの文字。
「あっ謙信君? 今すぐ学校に来て」




