ずるい女
除夜の鐘までの 暇つぶしにでもなれば幸いです よいお年を!
「……えっと何時から?」
夕日に照らされた部屋の中、宙を舞う細かな埃が綺麗だ。
しかしいつまでも見とれている訳にもいかず、俺はおかんにそんな質問をした。
俺たちはずっと一緒にいて、もう殆ど家族みたいな存在だ。
嫌いじゃないと言うか大好きだけれど、そう言う目で見た事なんて一度もない。少なくとも俺は。
毎日世話を焼いてくれたり一緒に買い物したり、考えて見なくても異性としての行為を感じ取れる要素はいくらでもあった。
でもそれは俺が色恋を知る前から続く話だ。
言い訳でしかないけど、俺は子供過ぎた
思ったこと全てを、なるべく優しい言葉を選んで紡いでいく。
それが伝わったのか、そもそも俺の考え何か端から承知の上なのか。おかんは答えてくれる。
「ウチも最初はただの好きやったよ。おかんとかおとんの好きとおんなじやった。
……でもな、小学生の時にはもう」
おかんの手が、また震えだした。
その手をそっと握り返す。震えが収まるまで待って、話を続ける。
「周りでそういう話が増えてきて、段々謙ちゃんへの好きが他の好きと違うなって思うようなって。そっから自分の気持ちに気づいて、どんどんとまた……好きになったんや」
「結構前からだな。俺全然気づいてやれなかったな」
ボソボソと、それでもおかんはありったけの勇気を振り絞り気持ちを伝えてくれる。
そこまで言われて悪い気はしないし、むしろ凄く嬉しい。
でもだからこそ、俺はおかんに言わないといけない事があった。
「おか……!」
そう思って、俺は身体ごとおかんに向き直る。そして固まる。
俺が手を握っていた女の子は未だ瞳に涙を溜め、不安に満ちた表情でこちらを伺っていた。
縋る様に手に力が込められ、更に押さえつけるように置かれたもう一つの手。
それを軸にして、熱くなっている小さな体を添わしてくる。
顔が見えなくなったおかんが、今までより少し暗い声で自嘲吟味に言う。
「ゴメン……今何言われるか分かってしもた」
遅すぎる出鼻を完全に挫かれて、言葉がのどに詰まる。
「ウチやっぱり最低やな。
こんなことしたら謙ちゃんが、何も言えへんなるん分かってんのに。自分からバイバイ言うた癖に」
「……そんなことないよ。俺だって自分の都合でおかんの事、突っぱねたり捕まえたりしたし」
お互い様。
イヤ気づかなかったとは言え、おかんの好意を利用していた分俺の方がたちが悪い。
俺はおかんの頭に手を置いた。
普段は元気に揺れているショートヘアーを、優しく撫でた。
「ハハッ。やっとナデナデの御返し貰えたな」
おかんが気持ちよさそうに、身体を更に委ねてきた。
俺は暫く、おかんの望むまま頭を撫でる。
彼女の気持ちが落ち着くまで。違う、自分の気持ちを伝える決心を再び付ける為の時間稼ぎに。
そして決心する。
俺は最後におかんの頭を、ポンと軽くたたいた。
それは俺なりの終わりの合図。おかんにもそれは伝わった様で、俺が引き剥がそうとすると素直に従ってくれた。
相変わらず涙が流れる頬。くっ付いていたせいで、少し乱れた前髪。
その表情には諦めに似た笑顔がある。
ズキズキと、胸が痛む。
こんなに可愛くて、一途で小さな女の子を今から俺は傷つける。
イヤ今までも、傷つけ続けていたんだろう。
それでも俺の言葉は決まっていた。
「やっぱり返事は変わらない。俺には今好きな人がいる」
おかんの目を見て、真剣に語る。
何かが壊れた様な気がするし、多分何か大切なものを俺は今叩き潰したんだろう。
おかんと初めて話てから積み上げてきた、キラキラした何か。
それでも、おかんは笑ってくれた。
そのキラキラが零れ落ちるような、今度は可愛い笑顔で。
「ゴメン」
 




