自白
普段は人々の笑顔にあふれている、地域住民御用達のスーパー。
しかし今日はちょっと違う。
大粒の涙を流し呼吸もままならない一人の女の子に、周囲の人々が戸惑いの表情を浮かべては通り過ぎて行く。
中には話したことは無くとも、顔を知った人物も何人かいた。
「ちゃうねん……全部……ウチが……悪い」
その一番近く。
俺は戸惑いのあまり、何もできずにおかんの前に立っていた。
周りの目が気にならない訳では無いが、そこまで俺の頭は回らない。
ただおかんを見つめる事しか出来なかった。
対するおかんは涙の溜まる瞳で、こちらを見ては気まずそうに反らす。
それでも奮える唇は開き、嗚咽に交じる言葉が続く。
「謙ちゃんが怒るのも当たり前や……ウチはズルくて、卑怯な……奴やねん」
ギュッと、おかんが手に持ったカゴの音が鳴った。
何を言っているのかは分からないが、このままじゃいけない事は分かる。
俺はカゴを置き、おかんの手を握った。
何も言えず、何も出来ないまま。それでも何かしてあげたくて、沈黙。
そんな俺の手を、おかんはもう片方の手で押し返す。
あまりにも弱々しく、残り僅かの自制心を振り絞ったような淡い力で。
おかんの瞳は、その頬に涙を一滴伝わせながら俺に向けられる。
その表情には恐怖と後悔の色が滲み、しかしどこか嬉しそうでもあった。
「金曜日な……あの時間に体育館裏行ったん、偶然ちゃうねん」
◆
球技大会が終わり、退屈な閉会式と億劫な後かたずけをこなした下校時間。
大抵の生徒は帰路に付き、打ち上げやバイトに意識を向ける。
しかし音無甘露にはまだ、やるべきことが残っていた。
今日一日ずっと一緒にいた女の子と逸れてしまい、焦る気持ちで足が動く。
いや、一緒にいたのは今日に限った事ではない。
高校に入学して暫く立った頃から、謙信との会話に彼女の話題が増え始めた。
甘露とも行き帰りのバスが一緒で、鞄に忍ばせている飴をあげた事がきっかけで懐かれるように仲良くなった頑張り屋の女の子。
加藤謙信は大海ネネに好意を抱いていた。
謙信は一度決め込むと、その到達点しか見えなくなる癖がある。
それは数年前。自分が閉ざした心の扉を無理やりこじ開けられ、暖かい気持ちで包んでくれたことで甘露自身が実体験していた。
しかし抱く感情は、甘露と友人になろうとした時とは違う。
何時からか甘露が謙信に向けていた感情で、向けられたいと願っていた感情。
だからこそ、謙信とネネの接近を可能な限り防いできた。
元々人と話すのは得意で、バスでも学校でも常に二人の間に割って入る。
授業が始まる寸前の数秒でさえ、二人の会話の中心に甘露になるように仕向けていた。
大海ネネが初めてではない。
意識するしないは関係なく、甘露は誰とでも仲良くしてきた。
だからこそ、謙信に向けられるはずの関心も自分に向けられる。
結果的に、謙信の最も近くには甘露がい続けた。
過ごした時間でい言えば、彼の実の親とも渡り合えるほどに。同じ空間にどれだけいても、苦痛を感じることが無い程に。
それは芽生えるのが、余りにも早すぎた恋心。
純真な幼心に潜む独占欲が生み出した、不器用な感情表現だった。
それでも今までは自分と同じ感情を抱く人間がいなかった為、上手く周囲とのバランスが取れていたのだ。
しかし大海ネネは違った。
加藤謙信もまた、変わった。
彼等には、甘露と同じ感情が芽生えたのだ。
お互い好意を向け合い、それに気づきつつあると言う甘露にとって最悪の形で。
そして彼らは球技大会の練習を踏み台に、次の段階へと進む決意をしたのだ。
甘露が体育館裏へ来た時、既に謙信はネネに思いを告げていた。
そして甘露でさえ感じ取れる、幸福感が二人の周囲を取り巻く。
息が出来なくなる。
その瞬間、甘露の脳裏には自分から離れていく謙信の姿が浮かんだ。
笑顔の彼の隣に、自分以外の女性が並ぶかもしれない。
立ち止まっていた足を動かし、最低の一歩を踏み出す。
昔から自分がいる空間の、雰囲気を変える事は一番の特技だった。
普段なら誰かに不快な思いを感じさせることは無いが、その時は焦っていたのだ。
勢いに任せ、目と口と身体が勝手に動く。
自らの確固たる意志を持ち、本気で努力する人間の勇気を土足で踏みにじった。
そして気づけば、その場には甘露一人が取り残されていた。
小さな身体いっぱいに、後悔と孤独感を詰め込んで。




