エンカウント率100%
不定期投稿ですが、ご感想いただければ幸いです。
夕日が背中に照り付ける。
信頼する誰かに背中を預けるような、心地よい暖かさに包まれている様だ。
いつもの道の、いつもの時間。
俺はいつもとは違い、一人で歩いていた。
それでもやっぱり俺はいつも通りに、近所のスーパーへ足を運ぶ。
理由は冷蔵庫の仲がスッカラカンだから。それと午後の授業をとうとうサボった、あいつが絶対にいるから。
ゴイーンと反応の遅い自動ドアが、重たそうに開いていた。
入り口脇に積まれた、軽くて丈夫で持ち歩きにくいカゴを取る。
野菜コーナーから店内の壁を伝うように、必要なものをカゴにバランスよく敷き詰めていく。
調味料やその他台所用品は、まだまだ余裕がある。後は歯ブラシがくたびれてたはずだ。
「でもとりあえずは、日用品売り場に行くだけでいいかもな」
店内に縦二列、横八列で並べられた商品棚が作りだす通路。
そのうちの一つに、俺は入った。
飲食料品が多く扱われるスーパーで、そこは少しだけ違う雰囲気。
芳香剤や洗剤なんかの、生活日用品ズラリと壁を作る一本。
そこには俺と同じ高校の、女子制服を着た小さな女の子が一人。
「そんなもん買って、どうする気だよ。おやじさんのか?」
「ひゃっう!」
手に取った男物の歯ブラシを落としそうになり、慌てて受け止めるおかん。
やっぱりいた。何故なら今日は豆腐の特売日だから。
おかんが特売を見逃すなんてありえない。
惣菜ならともかく、食材が半額になる日は絶対にスーパーに表れるのだ。
早退したので俺が来る前に買い物を済ませれば良いのだろうけど、どれだけ早く来ようが半額シールが貼られる時間は決まっているのだ。
俺の存在に気づくと、踵を返して出入口の方に向かおうとする。
「買い物カゴ持ったまま、店の外に逃げるつもりか? 言っとくけど俺は戻さないからな」
「……」
手に持ったカゴをしばし見つめ、諦めたように肩を下ろす。
おかんの前に回り込み、その顔とカゴの中身を覗いた。
見事なまでに俺のカゴと同じものが入っている。
「昨日と一昨日無視して悪かった。あと今日の弁当スゲー美味かった」
深々と頭を下げる。おかんからは何も言葉が無い。
普段なら寝ている時以外は、殆ど休む暇なくしゃべっている。そんな女の子なのに。
怒っているのか、それとも不快感を覚える程に嫌われたのか。
俺は顔を上げる。
「やっぱり許してくれないか……」
居心地が悪そうなおかんの顔。
俺はもう一度頭を下げ、持てる精一杯の誠意をこめて謝罪した。
自業自得だけどおかんに嫌われたことを、ようやく実感する。
胸に湧き上がる訳の分からない、押し潰されそうになる不安。
店内の陽気なBGMが、どこか遠くに聞こえる。
「……やめ」
再び顔を上げる。
こんな事になるなんて、今まで考えた事すらなかった。
喧嘩だって数えきれないぐらいしたけど、少し経てばゴメンも言わずに仲直りしていた。
でも今回は違う。
許してもらえないかもしれないし、ひょっとしたら関係が壊れるかもしれない。
それは絶対に嫌だった。
相変わらず自分勝手だと思う。
それでもこの繋がりだけは、無くしたくは無い。大海と同じ事を考えている。
それこそ長年一緒に暮らした、家族との根性の別れのような。
もう一度声に出して告げた。
球技大会の日に突き飛ばしたことを謝り、休日に無視した事を謝り、今日の弁当が美味しかったことへの感謝を述べる。
「……やめて」
電話を返さない事を謝り、ウザいと怒鳴ったことを謝り、それでも仲直りしたい気持ちを伝える。
ひたすらに頭を下げた。
「やめて!」
それはもう、迷惑の域に達していたのだろう。
久しぶりの、元気なおかんの怒声が店内に響いた。
俺は不安を胸に、顔を上げる。
正直おかんがどんな表情をしているのか不安で、顔を見るのが怖い。それでも俺はおかんと向き合う。
「えっ?」
その頬を大粒の涙で濡らしていた。
勿論それはおかんの瞳から溢れ出たもので、息苦しそうに胸を抑えて呼吸する。
だがその表情に、俺を嫌悪する表情も怒りの感情も読み取れない。
いや怒りに似た感情を、しかし俺を睨み付けるのではなく自らを責める様に向けている。
「違うねん……全部ウチが……ウチがずっと悪いねん」




