幸運男
あの後のことを簡単に説明しよう。崩壊しそうになっていた廃工場から各務課長と桧山先輩とフェイブ、それと捕まえた3人の黒衣の部下を引き連れて出た。黒衣とメガネくんを追いかけようと思ったが各務課長も桧山先輩も怪我を負っているし、フェイブも衰弱していた。捕まえた3人のブラックボーンの関係者を見張らなければならず追うことはできなかった。それから間もなくして各務課長の要請した使者が到着して捕まえた奴らと課長と先輩とフェイブをお願いしてやって来た他の使者と共に黒衣を追った。
そこにいたのは全身血だらけのメガネくんと倉庫で拘束したはずの部下のひとりだった。まるで地獄絵図のような光景だったが、ふたりとも息があり傷を負っていなかった。いっしょにいた使者がこの死者が出てもおかしくない致死量を超えている血が散乱しているのにも関わらず誰も死んでいない。こんなことをできるものはひとりしかいない。その名は。
「フェニックスが来ていたんだ」
メガネくんを拘束しながら呟く。
数日後のことである。自分は非公式で清義鈍斗から感謝状を受け取った。長年追っていたブラックボーンの残党の一味を捉えることが出来たのが多い人評価されたからだ。でも、なぜか自分の心は晴れない。
今回の手柄が全部自分の物になっていることが引っかかりもやもやしている。フェニックスもふたり拘束しているのに名が上がるどころか存在そのものが消されているイメージを持った。
そして、心が晴れない最大の要因はフェイブが連れて行かれたことだ。元々、フェイブを引き渡すためにあの場に行ったのだがフェイブがそれを拒み強引に引き渡した。本当にあれでよかったのかと考えるだけの日々が続いた。
今日も平和な刑事課で窓から見える空を見上げながら考える。
「・・・・・・ヤマッシーどうしたの?」
「ああ、なんかフェイブちゃんをとられてショックを受けてるみたいだ」
「確かにフェイブちゃんヤマッシーに懐いてたもんね」
「1週間近くひとつ屋根の下で暮らしていたんだし、悲しむのも確かに分かる。俺も女の子が突然姿を消したら一晩は泣くからな」
「それにしても落ち込み過ぎじゃない?」
「ロリコンな山下にとっては俺のフェイブを取られたって嫉妬して落ち込んでいるんだ」
「ああ、女の子に振られたみたいな?」
「そうそう」
「テメーら。自分が聞こえていないとで思ったのか!」
陰口をたたく愛田さんと神矢に当たりながらこのもやもやを晴らそうとする。でも、晴れない。いっしょにシェアハウスに帰ろうって言ったのに結局ダメだった。確かにフェイブをあきらめたとは言っていたが悪党の言うことなんて信用ならない。だからこれでよかったんだ・・・・・。これで・・・・・。
「おい、山下」
神矢をぼこぼこにしている最中に桧山先輩がやって来た。珍しく手にはゲーム機がなかった。
「こっちにこい」
そう言われるとさすがに愛田さんも神矢も自重して大人しくなる。桧山先輩について取調室に入る。扉を閉めて完全に二人っきりになる。
「お前は確か自分が幸運だって言ったよな?」
突然そんなことを言い出す。
「確かに幸運ですよ。でも、自由が利かないんですよ。変なところで幸運が働いて最終的には不幸になってしまう。現に今の自分の心境は芳しくありません」
フェイブを自分は本当に守ることが出来たのか。そんな疑問を自分の中で問いかけても帰ってくる答えはない。
「山下。お前は幸運だ。お前が自覚がなくても周りはそう思っている。お前の望んでいるように事が運ばないのは幸運とか不幸とか、普通とか特殊とかも関係ない。行動するかどうかにある」
「でも、どうやって行動すればいいんですか?自分には何もわからないですよ」
「たまには俺のような先輩のまねごとをしみるのはどうだ?」
「ゲームをする真似?」
「それじゃなくて」
桧山先輩の真似ってゲームをどれだけバレないにやるかっていうものじゃなかったら何が残るんだよ。
「例えば、部下のために望みを叶えてやろうとかな」
「はい?」
何を言いたいのか分からない。
「入ってこい」
桧山先輩が扉を開けて入って来たのは初めて出会った時と同じ黒と白の白黒を基調としたふりふりのついたメイド服を着た銀髪碧眼の幼女の姿があった。
「フェイブ!」
「お兄ちゃん!」
飛び込んで来るフェイブを自分は受け止める。
「なんでここに?」
すると桧山先輩が目を合わせずに若干顔を赤くしながら照れくさそうに告げる。
「爆弾幼女のフェイブ・ランドールの爆発条件化とは程遠い日常的な生活を送る方が最も安全でフェイブの将来を考えるのならば、多く経験を積み自らをコントロールする必要がある。その条件がすべて重なる場所こそが山下。お前のシェアハウスであると結論付けられた。だから、お前が預かれ」
それ以上のことは何も言わずにいつも通りにポケットからゲーム機を取り出す。あの人はなんでもすぐに行動に移る人だ。自分とフェイブを助けに行った時もメガネくんに立ち向かった時も。行動がすべてだ。いろんなことを自分はここで多く学んだ。でも、きっとまだまだこんなド田舎の警察署でも学ぶことはたくさんある。警視庁に行くのはそれからでも遅くはない。
「お兄ちゃん帰ろ!」
「ああ、帰ろうか。シェアハウスに」
山下幸也。一応刑事は今日も葛藤している。




