油断
フェイブを予想外にもまだ署の敷地の中にいた。生き残っていた残りの覆面パトカーに各務課長と共に乗っていた。
「本当に戻って来た」
と驚きの表情を隠せない各務課長。
「お兄ちゃん!」
自分の姿を見て掛け寄るフェイブ。
そんな光景に水を差すように桧山先輩は告げる。
「移動するからさっさと乗れ」
そういって自分の背中を蹴飛ばしてフェイブごと後部座席に押し込んで扉を閉める。体が超密着して胸のコリコリとした部分が顔面にこすり付けられる。三根だったら危ないところだった。襲っていたこと間違いなしだ。
問答無用で走り出すパトカーに何とか座席に座る。
「これからどこに行くんですか?」
助手席に座る各務課長が答える。
「廃工場だ。仲間と連絡がついてそこでフェイブを渡す手はずだ」
「そうですか・・・・・・」
「安心しろ。少なくとも俺たちよりは10倍も優秀な奴らだ。俺たちが心配することなんて何一つない」
桧山先輩御話だと自分たちは必要なのだろうか?
「でも、連絡が急だったせいで到着には時間がかかる。だからと言って一度襲われた署にとどまるわけにはいかない。安全な場所での引渡しだがそれも100%とは言えない。そのための山下だ」
そう各務課長が付け加える。
フェイブを守る。それがたった数秒でもそのためならば全力を尽くす。猫みたいなフェイブを撫でながら目的地に向かう。そこは人が寄り付かない古びた工場だった。敷地の中で待ち合わせる手はずになっているが車では中に入れない。近くのコンビニの駐車場を借りて徒歩で向かう。
「山下」
「何ですか?先輩?」
「その竹刀はなんだ?」
「これですか?ちょっとこれで気合を入れってここに来た勢いのせいで置いてくるのを忘れました」
「目立つからこれに入れろ」
トランクの中から長細い袋を取り出す。色は淡く緑の色を含んだもので年代物のようだ。
「これは?」
「俺が昔使っていた奴だ」
「昔って?」
「桧山がまだ特殊人間事件対策課にいた頃に使っていた武器の袋だな」
竹刀を入れるとぴったりだった。
「先輩の武器って竹刀だったんですか?」
「まぁな」
桧山先輩の能力は絶対に避けることのできるというものだ。その能力を屈指すれば相手が銃を持っていようが絶対の間合いがとることが出来る。
「ただ、そんなまともな銃撃戦なんてものは正直起きることは少ないってことで実用性ゼロと判断された。秘密組織だから限られた予算の中でやりくりする必要がある以上、役立たずに投資するのは無駄だということで首になった」
役立たずという言葉に胸が撃たれる。あれは部下の自分だけではなく、桧山先輩自身も言われたことだったんだ。それでも桧山先輩は刑事を続けている。それは人を守りたい。刑事を誇りとしているからなのだろうか?
「・・・・・・それはないな」
「え?」
だって、日ごろから隠れてゲームやってサボっているような人を刑事なんて。
「口に出したら殺すからな」
ぼっそとささやかれたのでこれ以上何も言わないことにしよう。
その回避力に恐怖。
「行くぞ」
「行くぞ~」
フェイブはまるで探検に行く前みたいにテンションをあげている。先導する各務課長とフェイブの後に続く。廃工場の入り口はどこも頑丈に施錠されていて入れそうにない。
「課長どこから入るんですか?」
「ここからだ」
そこはただのフェンス。よじ登るにも高さがあって無理だ。自分は平気かもしれないが、各務課長は年だし、桧山先輩は普段のグータラ振りから無理そうだし、フェイブには高すぎる。
「無理じゃないですか?」
「それがいけるんだな~」
そういうとフェンスに向かって歩み始めると各務課長はまるで幽霊のようにフェンスをすり抜けて廃工場の敷地に入る。その様子に自分とフェイブは目を丸くする。
「どういうことですか?」
「幻覚装置だな」
桧山先輩が呟く。
「なんですか?それ?」
「特殊人間事件対策課は特殊人間以外にも胡散臭い道具もたくさん作ってる」
「ここは前から緊急の退避、取引場所として利用される場所に指定されている。そのためにこんな仕掛けがされている」
そう考えるその特殊人間事件対策課はかなりの規模で裏世界を攻略しているみたいだ。
「お兄ちゃん。怖い」
「そ、そうだよね」
一見はただのフェンス。だが、桧山先輩がフェンスをすり抜けて中に入る。何度見ても目を疑ってしまう光景だ。
「山下も早く来い」
「は、はい。行くよ。フェイブ」
「うん」
そういって自分の体にしがみつくようにフェイブを連れてフェンスに向かって進む。近づくにつれてフェンスに激突しそうになる。だが、顔面ほんの数ミリのところでフェンスがその姿を消して気付けば敷地の中にいた。
「え?」
よく分からない。
「不思議だろ?そういう奴の集まりなんだ。特殊人間事件対策課っていうのは」
昔のことを思い懐かしむように桧山先輩が言う。
フェイブの引き渡す場所にやって来た。自分はフェイブを最後まで保護するというもの。それももうすぐ終わりだ。音沙汰もなければそれでいいのだ。でも、それもうまくいくはずもない。
今思えば、すべての原因は何の警戒もなく署からここまで来たということだ。尾行とかされていたのかもしれない。考えればいろんな危険があった。それはこの廃工場もいっしょ。油断は禁物だった。




