正義
あの後、何も納得がいかないままにフェイブを押し付けられる。
自分以外何も知らないシェアハウスのみんなは何も変わらずにフェイブと接した。彼女がいつどんな状況で爆発するか分からない。あの時みたいに一瞬にして家族失ってしまうのではないかという恐怖に駆り立てられて眠ることすらできなかった。フェイブは榎宮さんの部屋で寝ている。男はシェアハウス2階に上がることを禁じられているため、何か起こったらすぐに駆けつけられるように階段すぐ横で座りながら一晩を明かした。
そして、何もないまま1週間が過ぎる。
フェイブと手をつなぎいつものように出勤する。
「・・・・・・・大丈夫か?」
「大丈夫に見えますか?」
「まったく」
寝不足のせいで目が半分空いているか定かではない。重力で瞼が閉じてしまいそうなのを必死にこらえる。さすがに仕事途中に寝るというわけにはいかない。自分は仕事中にゲームばかりする桧山先輩とは違うのだ。
「あれからどうだ?フェイブの様子は?」
今、フェイブは愛田さんと共に遊んでいる。仕事がないので相変わらずここで預かっている。
「何も変わりありません。爆発の兆候が見られたのもあの時だけです」
「ならいいんだ」
そういって課長が会議に出ていないのをいいことにゲームに没頭する。
「そういえば、例のブラックボーンの爆発事件ってどうなったんですか?」
「知らね」
「おい」
この様子だとまったく進展していないようだ。このままだと寝不足でやつれて死にそうだ。桧山先輩のゲームスペースになっているこの取調室で居眠りでもしようとパイプ椅子に座って机に伏せる。すると桧山先輩のポケットから例の封筒が垣間見れた。他人には見られると困るものなので肌に離さず持っているようだ。改めて中身を確認するために封筒をとる。一瞬だけいつもとは違う反応を示したが自分が手に取ったのを見てすぐにゲームに戻る。
内容を再び確認して浮かんだ一つの疑問。
「確かフェイブってここに来る前に知らないおじさんに不審者にお腹を触られて車に乗せられたって言ってんですけど、この腹の異物を確認したのってこの清義鈍斗って人ですか?」
「たぶんそうだろうな」
「ロリコンなんですかね?」
「分からないが、噂で切った話によると中学生の愛人がいるとか」
「それって犯罪じゃないですか?」
きっと、フェイブの体を触るどんな顔をしていたのか気になる。鼻を伸ばして去るみたいにフハフハ呼吸していたら絶対に捕まえる。
「まぁ、更生わいせつで3回くらい捕まったことがある奴らしいからな」
「マジで犯罪者じゃないですか!」
そんな人が警察やってていいのかよ!
「だけど、名前にもあるように誰よりも正義感の強い人物だ。相手が例えどんな人物であろうとも正義のためならどんな手段でもとる。正義に貪欲。そこから清義鈍斗という偽名を使っているらしい」
「やっぱり偽名ですか」
「危ない仕事だからな」
フェニックスも同じように正義感を持って事件解決に望んでいたんだろう。そうでなければ、死者ゼロを突くと通すことなんてできない。いくら不死の体でも強い意志がなければできない。自分も同じように家族の敵という強い意志がなければ今ごろ刑事じゃなかったかかもしれない。
「先輩もこの特殊人間事件対策課いたんですか?」
「一時期な」
「どんな特殊だったのか訊いていいですか?」
「嫌だ」
「なんで?」
「元々、自分の特殊能力ついては機密事項でむやみに人に話すなと言われている」
「その割にはフェニックスのことはバンバン話してますよね?」
「あいつは俺たちとは次元が違う」
まぁ、絶対に死なない体を持っておるんだから当然だろう。
「じゃあ、どんな名前で行動してたんですか?」
「聞きすぎだ。消されるぞ?」
「今はその課に属してないんでしょ?」
少し渋ったが教えてくれた。
「ドオッジ。躱すという意味がある」
「もしかして、今までに見せてる絶対に課長からゲームをやっている姿が見つからないのって先輩の能力?」
「一理ある」
その回避力は能力からきているのかよ。でも、躱すだけだと捜査とかには役に立ちそうにない。だから、なりそこないなのだろうか?
「山下」
「はい?」
いつもは見せない真剣なトーンの声だ。
「俺たち特殊人間が起こす事件は常人の域を完全越えている。お前は絶対に入れない。入り込んだ時は死を意味する。ブラックボーンもフェイブのこともそうだ。あまり深入りはするな。これが先輩としての忠告だ。俺は部下を死なせたくない」
ゲーム機を片手にしているのを除けば部下思いの上司の忠告だ。
特殊人間に関わった時。フェイブにブラックボーンのことを聞きだそうとした時だ。確かにあのままだったら自分は死んでいた。辛うじて桧山先輩に引き戻されたというべきだろう。だから、今もこうして生きている。
話としては芯が通っている。関われば死ぬ。間違いでもなく反論するところも見受けられずただ、
「分かりました」
というしかなかった。




