開封
「何かたくさんあるよ」
このファイルが開いたファイブに驚きを隠せない。なぜなら、ここまでの工程に自分は何も手を付けていないのだ。フェイブという容姿が眩しすぎること以外はどこにでもいそうな普通の幼女であるこの子がひとりで。
「見ないの?」
「あ、うん。そうだな」
とりあえず、適当に一番上のファイルを開いてみよう。
ファイル名はシンプルに数字がふられているだけ。順番的に一番上のファイルを開いてみるとそこには何か報告書のようなものが記載されていた。とりあえず、報告書1と書かれているファイルを開いてみる。そこには何かの事件の定期報告のようなものが書かれている。読む前にスクロールして全体を見てみるとこの報告書1だけでこの事件はすでに解決しているようだ。なのに定期報告書と書かれている。
「どういうことだ?」
定期的に報告するような事件だったのが予想外にも早期解決してしまったのか?
膝の上にいる字ばかりで暇そうなフェイブが不機嫌になって来たがそんなことを気にせずに報告書の内容に目をやる。
この報告書は20年ほど前に書かれたものだ。国内最大級の過激派暴力団の鬼島組の取り締まりによる報告書。鬼島組は闇ルートを使い銃や麻薬を大量に密輸し、その密輸品を売りさばき大量の資金得ている情報を入手。これを取り締まるべく事前に調べがついていた鬼島組の拠点を奇襲。幹部5名とボスの逮捕に成功。また、それ以外の団員も拘束することの成功。実弾を撃ち合う銃撃戦になったものの死者を一人も出さずに鬼島組を崩壊させた。残りの作業としてはあの場から逃げ延びた団員の確保の身を残すのみである。
4日後、逃げ延びた団員による奇襲を受けた。警察官数名が重症を負ったがこれを撃退し、団員全員の拘束に成功。以上を持ってこの鬼島組事件の終息を確認。
「なんだよ。・・・・・・これ」
おかしくないか?これを読む限り、銃やら麻薬らや大量に購入できるほど大きな組織と一度銃撃戦となり、さらに組織を潰された復讐で奇襲も受けているのにこの報告書の内容だと鬼島組にも警察側にも誰も死者が出ていないようだ。そんなことが可能なのか?
「報告者・・・・・・・」
「フェニックスだね」
「・・・・・・・ありがとう」
7歳の女の子に英語を教わる26歳。だってパッと見て『Phoenix』って読めないでしょといい訳を言う26歳。日本人が外国人より英語が出来ないのは別にそんなにおかしなことじゃないしと必死になる26歳。
「お兄ちゃん?さっきから何をぶつぶつ言ってるの?」
「聞かないで」
自分の器の小ささに涙が出そう。
気を取り直して報告書2を開くと同じように極悪非道の大型組織についての報告書のようだ。その組織も同じように何度かぶつかって銃撃戦になっているようだ。
表では平和な国である日本も裏の世界ではかなり物騒みたいだな。
内容をスクロールして流しで読んでいくとこの銃撃戦でも一人も犠牲者が出ていないようだ。そして、報告者もフェニックスと同じ人物のようだ。次のファイルもほとんど一緒だ。だが、銃撃戦をやっているのにもかかわらずこの3つの事件では死者が出ていない。そして、当たり前のように報告者はフェニックスとなっている。
「どうやったんだろう?」
警察のフェニックスって言うのは組織の名前なのだろうか?謎が浮かぶだけなので他のファイルを開いてみる。
そこにも別の報告書があった。今度は殺人事件についての物だった。そこに出てきた組織の名前に自分は驚愕する。
組織の名はブラックボーン。
慌ててスクロールしていく。その事件は政府の官僚が殺害されたものだ。捜査して言った結果、ブラックボーンに行きあたり、内部調査したのがこの報告書のようだ。だが、物的証拠が見つからず結局そのまま時効になってしまったようだ。報告者さっきまでのフェニックスとは違って・・・・・・・。
「ユニコーンだよ」
「し・・・・・知ってるし!」
分かってからね!ちょっと指摘されるのが早すぎたせいで時間をかけてれば読めてたからね!・・・・・・・たぶん。
気を取り直して次のファイルだ。
次も同じような殺人事件だ。警察庁内で起きた殺人事件。メディアには後悔していない情報らしく、これも時効で今は捜査されていないようだ。報告者もやはりフェニックスではない。他も同じ感じだ。
あまり報道されていない殺人事件の報告書。そのほとんどが時効で捜査されていないものばかりだ。そして、さっきまでやたらと報告書を書いていたフェニックスは一度も出てこなかった。
別のファイルを開いてみると今までファイルと大きく異なっていた。
ブラックボーンと書かれたファイルばかりが入っていた。
もしかして、まだブラックボーンは健在なのだろうか?さっきの殺人事件の報告書は古いものもあれば最近の物もあった。メディアには壊滅したことになっている。もし、健在ならそのままにしておけない。
フェイルを開く。そこにはブラックボーンが起こしてきた殺人、窃盗、誘拐、密輸、売春、風俗経営などなど多くのことが書かれていた。そのすべてが取り締まられてはいない。そこに大きな違いを自分は見つけた。それは解決した事件の報告者がすべてフェニックスだった。
「フェニックス」
不死鳥。本名ではないことはあからさまに分かることだ。名乗っている本人は何を思ってこのフェニックスという名前で報告書を書いているのだろうか。
ファイルを閉じると一番下にブラックボーン(終)と書かれたファイルがあった。開いてみるとそこにはフェニックスが書く最終報告書だった。
内容はブラックボーン、宗主骨川元春拘束についてだった。名前には聞き覚えがある。いや、忘れるわけがない。あの日、あの時、突然爆弾のように爆発した男が発した名前だ。だが、骨川のことはメディアでも大きく報道されていた。留置所で首をつって自殺したというものだ。
でも、そこに書かれていた内容は違った。
「6月21日。留置所を骨川の義理兄弟でブラックボーンナンバー2の黒衣成秋が先鋭の仲間数名を連れて襲撃。骨川を逃がされてしまった・・・・・ウソだろ」
「お兄ちゃん?」
自分の表情がおかしくなってきたことに不安を感じたフェイブだが、フェイブをかまっていられる状況じゃなかった。警察は嘘の事実を伝えている。
「その後、上院議員で警察庁の最終判断をかまされていた尾泉純朗氏の指示により骨川元春、及び黒衣成秋とその一味の暗殺を指示・・・・・」
スクロールしてその後がどうなったのかすぐに確認する。その過程については省くことにした。読んでいる心理状況じゃなかった。
合致したのは壊滅して2年経ったあの日にブラックボーンの生き残りが自分たちの宗主を殺すように命令した尾泉議員への復讐だったということ。これで尾泉議員とブラックボーンの共通点を見つけることが出来た。だが、冒頭を読んだところ新たなひとりの人物。黒衣成秋がどうなったのか。
報告書をスクロールしていき見つけた骨川脱走事件の終わり。
「尾泉議員の指令通り、骨川元春をブラックボーン旧アジトである海浜倉庫に置いて殺害。ナンバー2の黒衣成秋及びその他の生き残りの部下6名を殺害。以上によりブラックボーン事件は完全終息とする。報告者フェニックス」
初めてフェニックスの名が書かれた物の中で死人が出た。でも、おかしくないか?これを見るともうブラックボーンは完全に壊滅したみたいだぞ。
「お兄ちゃん?どうしてそんなに怖い顔をしているの?」
「あ、いや・・・・・ちょっとね」
まだ、ブラックボーンは健在だ。統括するものがいなくなってしまった今でも健在している可能性が高い。
別のファイルを開いてみるとそれ以降、ブラックボーンもフェニックスも全く出てこなくなった。ブラックボーンは壊滅したことになっているが、なぜフェニックスが出てこなくなったのか。
暇すぎるせいで膝の上で転寝するフェイブを余所に自分はファイルを一通り目を通す。そして、残るファイルも最後のひとつとなった。目が疲れてきて肩もこってきた。体をグッと伸ばすとフェイブが目を覚ました。
「お兄ちゃん?」
「ああ、ごめん。起しちゃったね」
「何か面白いことあった?」
「いいや。全然ないよ」
フェニックスはあの事件以降一度も出てきていない。気になるな。そもそも、報告者全員が本名をまるで名乗っていない。おかしい変だ。
「ぽち」
「あ!こら!勝手に触るな!」
フェイブが勝手にマウスを操作して最後のファイルを開いた。マウスをとる手を掴みあげる。
「もう!いいじゃん!」
「さっきたくさん触っただろ」
「昨日のことは覚えてないよ」
「お前は寝たら日付が変わるのかよ」
なんともマイペースな子だ。とにかく、最後のファイルに目を通そう。
一番上のファイルを開けるとそれは今までと大きく異なった。
「特殊人間能力?」
なんだそれ?
そして再びブラックボーンという名が出てきた。その下に最初に出てきた単語、『FAEB』。
「なんでフェイブの名前が?」
「ん?どうしたの?」
フェイブが画面を覗き込んでくる。
「あ!本当だ!あたしの名前だ!」
素の驚き方だからたまたまなのだろうか?
「なんて書いてあるの!読んで読んで」
「分かったから跳ねるな」
膝の上で飛び跳ねるフェイブを大人しくさせる。
「決してやましいことじゃないからな!そこの奴!」
「やべ!」
扉の隙間から覗き見ていた奴らを威嚇して追い出す。どんだけ暇なんだよ。こうなったら覗けないようにカギでも掛けておくか。立ち上がってカギをかる。
「これで大丈夫」
「何が?」
「フェイブには関係ないよ」
パイプ椅子に座るとまたさっきと同じ状態になる。そろそろ足に限界を感じる。
「早く」
「分かったよ」
かすれる目を我慢しつつフェイブと書かれた項目に目を通す。
「フェイブとは燃料気化爆弾の英訳の省略語である。その名の通り爆弾である。人の体内に液体ガスを入れて、本人の意思で内部の液体ガスを気化させて爆発させるものである。当初はただの人間爆弾だったが改良を重ねたことにより爆発前に強力な高熱エリアを発生させあたりを火の海としたのちに爆発を起こすまで能力を向上させることが出来た・・・・・・。なんだよ?これ?」
まるで人間が爆弾みたいになった感じのことが書かれているじゃないか。嘘に決まっているといつもならば突っ込みを入れて終わりなのだがこの説明にある爆発する前の発生させる高熱エリアを自分は知っている。妹を焼き殺したあのスパークがそうだ。
「お兄ちゃん?どういうことなの?フェイブは爆弾なの?」
「そんなことはないよ。フェイブはただの幼女だろ」
「うん」
フェイブの頭を撫でるとまるで猫のようにじゃれる。かわいい奴だな。こんな変なことが書かれていて困惑していてもすごく和む。こんな状況を除き見るようなバカどももいないし平和だ。
「それにしてもなんでこんなふざけたことが警視庁の重要機密のファイルの中にあるんだ?」
「さぁ~?」
フェイブが知ってたらおかしいでしょ。
これを見る限りこの人間爆弾を作っていたのはブラックボーンのようだ。
「フェイブはブラックボーンのことは知らないよね」
ちょっともしかしたらと思っただけで、絶対にないことだろ言ってから思った。
「・・・・・知ってる」
「そうだよね。・・・・・・え?知ってるの?」
「うん」
いやいや、こんな幼女が17年前に壊滅した極悪組織のことを知っているはずがない。
「ここで知ったって言うのはなしだよ」
「その前から知ってるよ。でも、骨川って人は知らない」
フェイブは骨川元春を知らない。それならば、フェイブの証言は重なる。どう見て15歳以上には見えない。だから、年齢的にはつじつまが合う。
「ファイブ、ブラックボーンをどこで知ったの?」
すぐにフェイブは答える。そして、その異変はすぐに起こった。
「教えてもらったの」
「誰にって?お姉ちゃ・・・・・・」
さっきまで自分の緊張感とは裏腹に楽しげに話していたフェイブが急に金縛りにあったように固まってしまった。
「どうした?フェイブ?」
硬直した碧眼の瞳にはなぜか輝きを失いくすんでいるように見えた。
「怖い」
「は?」
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!」
それは本当に突然だ。狂ったように恐怖におぼれるフェイブ。自分の膝の上で暴れ回るその暴れる足でパソコンを蹴ったせいで再びパソコンの画面が真っ暗になる。その暴れる力は幼女の物とは思えないほど強い。
「どうしたんだ!」
必死に抑えようとするが、フェイブの肌に触れた瞬間、その熱に手が焼けそうになってしまい手を放す。
「なんで?」
熱とはそういうレベルじゃない。人がもつ体温では考えられない、とてつもない熱がフェイブを覆っている。その熱の強さのせいで白い蒸気が上がる。
「熱い!怖い!助けて!」
普通じゃない。暴れ回るフェイブがステンレス製の棚に当たるとそのステンレス製の棚の足がフェイブの発する熱のせいで解けて倒壊する。そして、紙の一部から火の手が上がる。その光景を見たことがある。あの日、広間の火の海の中心にいたあの男と同じに見えた。
「やだぁぁぁ!いやぁぁぁぁ!」
泣き叫び苦しむフェイブ。その姿を見てすぐに我に返る。すぐにそばに合った消火器で火を消そうとするが火が強すぎて効力を発揮しない。
「待ってて!今助けを!」
そういって扉を開けると扉を勢いよく引かれてそのまま顔から転倒する。その転倒する自分の真横をすり抜けるようにヨレヨレのスーツを着た人物が勢いよく部屋に入って行く。
「ちょっと!何これ!」
愛田さんが部屋の中の光景を見て青ざめる。それよりもフェイブだ!
振り返ってフェイブの様子を見るとフェイブはそこにまだいた。でも、自分が驚愕する姿で確認することが出来た。周辺は火の海に囲まれている中、桧山先輩がフェイブの首を締め上げていた。
「あ・・・・・・が・ぁ・・・・・あぁ」
フェイブは悲鳴も上げることもできずただもがき苦しんでいる。首を絞める桧山先輩の手を掴んで必死に引きはがそうとしているが大人と子供力の差では無駄な抵抗だ。
「あ、あんたは何をやっている!」
そう叫んで火の海が広がる部屋に飛び込もうとすると、そんな自分の首根っこを掴んで廊下に引き戻される。そこには消火器を持ったメガネくんがいた。メガネくんはそのまま桧山先輩やフェイブがいるのを無視して消火剤を部屋にばら撒く。
するとオレンジ色に染まっていた資料室の火が収まっていく。それを見届けて自分は一目散に部屋に飛び込んで桧山先輩の元へ。
「フェイブを離せ!」
拳は桧山先輩にあたることなく避けられる。すでにフェイブは桧山先輩から解放されている。そして、ゴホガホとせき込んでしっかり呼吸を始める。
「先輩はフェイブに何しているんですか!」
すると桧山先輩はしばらくスーッと息を吐いて答えた。
「こうする以外にお前らを守る手段はなかった」
そういうと資料室から出ていく。あまりに焦っていたせいか火災報知器が作動していたらしく野次馬が集まって来た。その中には各務課長の姿もあった。全身、消火剤だらけの桧山先輩は各務課長に一言。
「手を氷水で冷やしてくる」
と告げてどこかに行ってしまった。桧山先輩を追いかける前にやることがある。
「フェイブ!大丈夫か!」
「フェイブちゃん!」
心配になった愛田さんも駆け寄ってくる。
消火剤の巻かれた泡だらけの中、フェイブは倒れていた。体を起すとほのかに暖かく呼吸も確認できる。さっきまでの高熱はどこにもない。
「ねぇ、ヤマッシー一体何があったの?」
自分は部屋の出口を睨むように見つめる。
桧山先輩の言った言葉が気掛かりだ。こうする以外に手段はなかった。まるであらかじめこんなことが起こることを知っていたかのような口ぶりだった。
その後、桧山先輩は早退してしまったらしく問いただすことが出来なかった。フェイブもさっきの高温がどこに消えたのかと疑問に思うくらい元気に戻っていた。何かが変だ。自分の知らない何かが表面上に出てきて、それを知らない自分は何が起きているのか理解できないでいる。




