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妖狩りの少年  作者: 瀧野せせらぎ
新たな決意と歩み行く
5/17

04

 食事を終え、遊介たちは居住スペースの自分たちの部屋へと戻って行った。

「ユウ君と篠宮さん。よかったら、今度から一緒に食事しよう」

「……〈神官〉同士の交流は大切だから、食堂に行く時は誘って」

 そう言って部屋に入って行く二人に、遊介たちは礼をして自分たちの部屋へと入った。

 部屋に入った遊介はベッドに寝転がり、唯はイスに座る。しばらくして、遊介の方から規則正しい寝息が聞こえてきた。

 唯は彼を見ながら、膝に飛び乗ってきた猫を撫でる。猫は彼女の手に、頭をこすりつけて鳴いた。

 猫の鳴き声を聞いた唯は、無意識のうちに頬を緩めてホニャッとした笑顔を浮かべる。そのまま撫で続けようとしたが、唯はハッと我に返ってベッドの方を見た。

 ベッドでは遊介が熟睡していて、起きる気配は無い。それを見て確認した唯はホッとし、猫を撫でるのを再開した。そのまま、唯は猫を撫でることに夢中になる。

 しばらく撫で続けると、猫は唯の膝の上から飛び下りた。唯の視線が無意識のうちに、猫の後を追いかける。猫は床を走って移動し、遊介の寝ているベッドに飛び乗った。猫を追いかけていた唯の視線が、自然と遊介の姿に突き刺さる。

 食堂で鳥居と鳴瀬に話しかけられる前に、唯は自分が考えていたことを思い出した。

(……もし、また離れて行ってしまっ時は、どうすれば…)

 離れて行ってしまった猫と、静かすぎる部屋が余計に唯の表情を暗くする。

 ――ニャー

 猫の鳴き声が、唯のネガティブに向かっていた思考を途切れさせた。

 ベッドの方を見てみると、猫は毛繕いをしてから唯の方を見て再び鳴く。唯は猫と目が合うと、その金色の瞳から目を離せなくなってしまった。その瞳に、何もかもを見透かされてしまいそうな錯覚に陥ってしまう。

 しばらく見つめ合っていると猫が不意に視線を逸らし、唯の強張っていた体から力が抜けた。

 次の瞬間、白い光がテーブルの上に集まって声が部屋に響く。

『篠宮、神崎。いるか?』

「はい、います」

 唯が声の呼びかけに答えると、テーブルの上に来栖の姿が現れた。

 来栖は唯を見た後、部屋を見回してから呟く。

『それにしても、殺風景な部屋だな……。篠宮の私物が見当たらないのはいいとして、神崎の私物も見当たらないな。どうやら、相性はいいと判断すればいいのか…?』

「何を言ってるんですか?」

 聞こえてきた来栖の呟きを怪訝に思い、唯が質問すると来栖は咳払いをした。

『いや、何でも無い。神崎は……、寝ているのか』

「はい。さっき食堂から帰ってきて、すぐに寝てしまいました」

『そうか。それなら、神崎には後で十七時に部屋に来るように伝えておいてくれ』

「わかりました。伝えておきます」

 唯が返事をすると、テーブルの上から来栖が白い光の明滅となって消えた。

 唯はベッドの上にいる猫を見る。猫は寝ている遊介の横顔を、前足で踏んで遊んでいた。

 それを見た唯は、顔に微笑を浮かべると立ち上がって移動して自分のベッドに座り、猫の様子を観察した。

 猫は無防備な遊介の体の上に乗ったり、かけ布団に潜り込んだりする。それを観察している唯の表情は幸せそうだった。

 ひとしきり猫の観察を終えた唯は、壁の時計で時間を確認する。十一時二十三分。

「いつもより朝食を遅くに食べたから、お腹は空いていないし…」

 そう呟いて何か考え事をし、唯はチラッと隣のベッドを見た。猫は掛け布団に潜り込んだまま出て来ない。どうやら、寝てしまったらしい。

 唯の瞳に落胆の光が一瞬だけ浮かべると、ベッドから下りてしゃがみこみ、ベッドの下に手をつっこんで何かを取り出した。漆塗りの櫃だ。

 その櫃を唯はテーブルへ持って行って開けた。中には書道の道具と四等分された和紙が何枚か入っている。それらを全て取り出すと、まず唯は小瓶を掴んだ。

 小瓶を硯の上に持って行き、傾けると水が硯の上に落ちていく。


 ――チクッ

「いっ…!」

 鋭い痛みを感じて、遊介は飛び起きてベッドから転がり落ちそうになった。

 自分を起こした相手を見て、彼は文句を言う。

「…天岐、この起こし方はためてくれないかな?」

 文句を言われた猫は、尻尾を振ってベッドから飛び降りた。

 遊介は溜め息をつき、部屋を見回すとテーブルに目を留める。テーブルの上には、何枚か紙が置いてあった。

 遊介は立ち上がってテーブルに近づき、その紙を手に取って見てみる。紙には細く綺麗な文字が、墨で書かれていた。

「呪符か…、篠宮さんが書いたのかな?」

 そう言ってテーブルに呪符を置き、毛繕いをしている猫に聞いた。

「天岐、篠宮さんはどこに行ったんだ?」

 猫は視線だけで、遊介の質問に答えた。猫の視線を追うと、その先に部屋のドアがある。

 それで遊介は納得し、イスに座って呪符を眺め始めた。どれも綺麗な筆跡で、全く乱れが無い。

(筆跡は人を表す。って聞いたことがあるけど、篠宮さんらしい字だな)

 そう思っていると、猫がテーブルの上に飛び乗ってきた。呪符に鼻を近づけ、ヒクヒクと動かす。

「どんな効果があるのかはわからないが、かなり霊力がこめられているぞ」

 猫の言葉に感心しながら、遊介は再び呪符を見た。そして、次に部屋を見回して時計を見つけて時間を確認する。十六時を少し過ぎたところだ。

「そういえば、下の階に鍛錬場があるって中村さんが言ってたな…。行ってみようか」

 そう言って遊介が立ち上がると、猫がテーブルの上から飛び降りてドアの前へと移動して座る。

「ついて来るのか?」

 と遊介が聞くと、猫は頭だけ振り返って答えた。

「あの娘の他に、どんな霊力を持つ人間がいるのか知っておきたい」

 遊介は猫を片腕で抱き上げ、ドアを開けて部屋を出た。

 鍛錬場に行くと何人か人がいた。それぞれが体から霊力を放っている。その中に、遊介は見覚えのある人物を見つけた。

 食堂で話しかけてきた青年だ。

 青年は銀色の霊力を手に集中させている。青年の手を覆う霊力が膨れ上がり、手が見えなくなるほどの光量を放った。

 青年は霊力に覆われた手を前方へと突き出して言う。

「来たれ、降魔の銃。破軍」

 霊力が弾けて、青年の手が見えるようになった。その手には、一丁の銀色に輝く拳銃が握られている。

 青年が銃口を向けている先には、食堂で青年を引きずって行った少年がいた。

 少年は青年と向かい合うように立ち、身体から金色の霊力を激しく迸らせている。

 ――バチチチッ

 千鳥の鳴くような音と共に、少年の身体を覆う霊力が雷霆へと変化した。

「召来せよ、天の爪牙。雷獣」

 少年は言うと同時に、両手を床についた。

 少年の身体に変化が起きる。獣毛が全身を覆い尽くした。口から鋭い犬歯が伸び、足や手の指先からは猛禽類のような爪が生える。

 ――グルルルッ

 金色の毛を持つ異形となった少年が、青年を睨み付けて唸った。身体に纏う雷が激しく迸って火花を散らす。

 青年は落ち着いた様子で、銃の打ち金を下した。

 異形と青年は対峙したまま睨み合う。一触即発の空気、どちらかが動けば戦闘が始まる。

 先に動いたのは獣の方だった。床を蹴り、黄金の雷霆に変化して青年へと襲いかかる。

 ――ダンッ

 青年の握る拳銃から、白銀の光が放たれた。

 黄金と白銀がぶつかり、空間に大きな衝撃が生まれて一瞬で周囲に広がる。凄まじい霊力の奔流を感じて遊介の両腕に鳥肌が立った。

(……すごい威力だ。それに、これだけの霊力を一気に放つなんて…)

 遊介は吹き飛ばされないように踏ん張り、青年と獣の戦闘を見守った。

 黄金の雷霆が上方へと弾かれて獣の姿になり、青年の上から覆いかぶさるように襲いかかる。

 青年は獣の方を全く見ずに、銃を獣へと向けて引き金を引いた。白銀の光が瞬き、獣が弾き飛ばされる。

 床へ落ちて背中を打ちつける寸前で、獣は再び雷霆へと変わって駆け抜ける。

「銀の方は全く隙が無いし、金の方は切り替えが速い。どちらも手練れだな」

 猫の言葉に頷きながら、遊介は戦闘を見ることに集中し始めた。

 黄金の雷霆が二つに分かれ、青年を挟み撃ちするように襲いかかる。

(上手い。あれなら、拳銃一丁で迎撃できないな)

 遊介がそう思った次の瞬間、青年は後方に拳銃を向けて前方へと跳んだ。それと同時に、白銀の光が瞬いた。

 拳銃の発砲による反動で、少年は前方へと大きく跳躍する。さらに、白銀の光が黄金の雷霆にぶつかって弾き飛ばした。

 弾き飛ばされた雷霆は獣の姿に戻り、床を転がって跳ね起きる。そして、青年を睨み付けながら咆哮した。

 青年は空中で身をひねり、獣に銃を向けて引き金を引く。

 ――ダンッ、ダンッ

 二回の発砲音が響き、獣に二つ続けて白銀の光が放たれた。それを獣は避けようともせず、毛を逆立てて唸った。

 獣の纏う雷が激しさを増し、周囲に放電する。白銀の光が雷にぶつかり、軌道を逸らされて床に大きな穴を穿った。

 青年は着地と同時に、拳銃を獣に向けた。青年の身体から霊力が迸り、銃へと集中していく。

 それを見た獣も雷を激しく迸らせて口を開いた。獣の口に雷が集まって雷球となる。

「決めるつもりだな…。遊介、衝撃に備えろ」

 猫の指示を聞いた遊介は半身になり、来るだろう衝撃に備えた。

 青年が引き金を引くのと、獣が咆哮したのは同時だった。黄金の雷球と白銀の光弾がぶつかり、大爆発を起こして爆風が修練場全体に広がる。

「いてててっ…」

「何をやってるんだ。…お前は」

 猫があきれたような声で言いながら、壁にもたれてへたりこんでいる遊介に近づいてくる。

 爆風と共に視界を光に襲われ、遊介は一瞬だけ脚に入れていた力を抜いてしまったのだ。そして、見事に爆風に巻き込まれて吹っ飛んだ。

 打ちつけた背中をさすりながら立ち上がり、遊介は周囲を見回した。床や壁が焼け焦げ、大きな亀裂が走っている。

(部屋が、こんなになるなんて……。鍛錬というより、手加減無しの手合わせなんじゃ…)

「大丈夫?」

「うわっ!」

 いきなり目の前に人が現れたので、遊介は驚いて背後の壁に頭をぶつけてしまった。

 背中をさすっていた手で頭をさすり、目の前にいる人物を確認する。

「私の顔に何かついてる?」

 首を傾げて質問してきたのは、スーツを着た女性――中村だった。

「いえ、何もついてません」

「そう?それならいいんだけど」

 中村は遊介の答えを聞くと、鍛錬場を見回した。そして、立っている二つの人影を見つけて言う。

「やっぱり、天川君と矢野君か…。今回は、いつもより被害が大きいから、懲罰を受けてもらわないと」

 そう言いながら、中村は霊力を纏った。そして、何もすることなく消した。

「「いつもより被害が大きい」って…、いつもは今日より被害が小さいんですか?」

 遊介の驚き気味の質問に、中村は困ったような顔をしながら答えた。

「うん、普段なら二人ともここまで本気は出さない」

 遊介は絶句して、何も言えなくなった。なぜなら、「ここまで本気は出さない」ということは、いつもは本気を出しつつ手加減しているということになるからだ。

「……無茶苦茶ですね」

 ようやく喉をついて出た遊介の言葉に、中村は肩をすくめて頷く。

「本当にね。不知火君たら、とんだ無茶な鍛錬の方法を教え込むんだから。おかげで、私が来栖君の愚痴を聞かされてるのよ?」

「………今、何て言いました?」

 中村の言った言葉が耳に引っかかり、遊介は少しの間を置いて彼女に聞いた。

「おかげで、私が来栖君の愚痴を聞かされるのよ?」

「その前です」

「不知火君たら、とんだ無茶な鍛錬の方法を教えるんだから」

 それ聞いた遊介は、再び絶句してしまった。鍛錬の方法を不知火から教えられたということは、つまり――

「矢野君、不知火君の弟子なの。知らなかった?」

 推測を裏付けるかのように、中村は遊介に言った。一方の遊介は、完全に絶句して何も言えなくなっている。

 視界の端で白銀の光が瞬き、遊介の真横を通り過ぎた。

 ――ズガアァン!

 起こった爆風に煽られ、髪が僅かに乱れる。おそるおそる音の発生源を見てみると、壁に人が通れそうなぐらい大きな穴が空いていた。

「………」

 壁と反対方向を向いてみると、青年と獣が戦闘を続けていた。状況から察するに、まだ決着がついていなかったらしい。

 何度も白銀の光が瞬き、壁や床に大きな穴を穿ち続ける。

「…これは、さすがにまずいかも」

 中村は浅葱色の霊力を纏て、何をすることもなく消した。

「神崎君、ここから避難した方がいいわ。あの調子だと、巻き添えを食らうわよ」

 青年が持っている銃が白銀の光を纏い、今までに無い強い輝きを発した。銃身が伸び、巨大化して形を変える。対戦車用ライフルだ。

 獣は呼吸を荒くしながら、青年を睨みつけて吠える。弱くなっていた放電が、元の強さに戻った。

 青年は獣に向かって対戦車用ライフルから、高密度の霊力を撃ちだした。獣は雷に変わって回避し、一気に青年へと駆ける。

 獣のいた場所から少し離れた場所で、白銀の爆発が起きた。視界が白銀に染め上げられ、遊介たちは爆風に巻き込まれる。

(なんて、霊力だ…! まるで、炎に焼かれてるみたいだ!!)

 爆風に吹き飛ばされそうになりながら、遊介はしっかりと踏ん張っていた。

「…この霊力の質は、まずいな!」

 耳元で猫の声が聞こえた。いつの間にか肩に乗っていたらしい。

「まずいって、何が!」

 爆風の吹きぬける音が大きいので、大声で遊介は猫に聞いた。

「浴び続けたら、霊体が吹っ飛んで、消滅する!」

 それを聞いた途端、遊介の背筋に寒気が走った。そして、すぐに理解する。焼け付くような痛みは、霊体がダメージを受けているからだということに。

 遊介は顔を覆っていた両腕をどけ、顔の前で手を打ち合わせる。

 ――パンッ

 右手で拳を作り、左手に打ち付けて何かを引き抜くように離す。彼の身体から黒い霊力が迸り、叩きつけられていた霊力を押しのけた。

「…裂破!」

 かけ声と共に握っている右手に現れた刀を頭上に振り上げ、一気に降り下ろした。黒い霊力が白銀の光をを引き裂き、打ち消しながら広がっていく。

 白銀の光が完全に消えると黒い霊力は壁にぶつかり、一筋の傷跡を作って消滅した。

 それを見た遊介は、手に持っていた刀を床に突き立てる。

(…なんとか成功したな)

 そう思いながら鍛錬場を見回し、ある事に気がついた。獣と青年、中村の視線が遊介に集まっている。

「……あの、何で僕を見てるんですか?」

 たじろぎながら質問すると、青年が手に持っていた対戦車用ライフルの銃口を向けた。その銃口に、霊力が集中して密度が高まっていく。

「なっ…!?」

「どうせだ。兄弟子として、お前の実力を確かめてやるよ」

 驚きの声を上げる遊介に、淡々とした声で青年は告げると引き金に指をかけた。

 ――ビシュッ

 空気を切り裂く音と共に、どこからか錘のついた鎖が飛んできて青年に絡みついた。

「この呪縛は、天の戒めなり。囚われし者たちは、呪縛から逃れられず、ただ縛られるの

み。封縛」

 朗々と歌でも歌うかのように、言葉が紡がれて響いた。次の瞬間、青年に絡みついている鎖が水色の光を放つ。

「うっ…!」

 うめき声を出すと、青年は力を失ったように床に倒れた。突然のことに驚いて固まっていた遊介は、我に返って鎖を視線で辿って行く。

「危なかったな。大丈夫か?」

 鎖の持ち主は、笑顔を浮かべながら聞いてきた。年齢的には、倒れた青年より年上で来栖に近いだろう。

「お前、見かけない顔だな。新人か?」

 男の質問に遊介は頷いた。

 しばら遊介を見た後に男は鎖を握り、少し引っぱる。すると、青年に絡みついていた鎖がほどけ、男の右手に吸い込まれていった。

 獣が転がっている青年の方へ近づいて行き、少年の姿になって青年の脚を掴んだ。

「中村さん、僕は翔を医務室に運ぶよ」

「ええ、お願い。矢野君が目を覚ましたら、来栖君の部屋に連れ来て」

 少年は頷くと、青年を引きずって鍛錬場から出て行った。

 それを見送った中村は、鎖の男の方を向いて頭を下げる。

「金光君、任務から帰って来たばかりなのに、呼び出してごめんなさい」

「いや、別にいいよ。頭を上げてくれ」

 中村が謝罪すると、男――金光は苦笑しながら言って鍛錬場を見回した。

「それにしても、どうしたんだ? こんなになるまで、翔のヤツが暴れるなんて」

 その質問に中村は頭を上げ、遊介の方を気まずそうな目で見た。それだけで、遊介は理由を理解して気が重くなる。

「たぶん、というよりも間違いなく八つ当たりね…」

 それを聞いた金光の顔は、眉間にしわを寄せて苦虫を潰したような顔になった。

「八つ当たり? まさか、不知火が帰って来てるのか?」

 中村は首を横に振った。そして、遊介を指差して彼に説明する。

「新入りの彼。不知火君の弟子なの。たぶん、それをどこかで知って、何かしようとしたのを天川君に止められたのよ」

 金光は目を丸くして、遊介をまじまじと観察した。それから、顔を覗き込んで遊介の髪を撫でまわして言う。

「お前も、災難だな。よりによって、アイツの弟子になるなんて」

「……そうかもしれませんね」

 実際、今まで何度も思ったことがあった。しかし、今回ばかりは本気で考えてしまう。兄弟子に当たる人物に、八つ当たりで攻撃を受けそうになったわけだから、これは話し合う必要があるかと真剣に考えた。

(………無理か。師匠が、話し合いに応じるなんて考えられない。たぶん、「面倒だ」とか「黙れ」とか言って殴られる……)

 気絶させられた時のことを思い出し、背筋に寒気が駆け抜けた。慌てて頭を振り、遊介は頭の中にある考えを追い出す。

「これだけ鍛錬場が壊れてるなら、祐弥も巻き添えで罰を受けることになるか?」

 金光は遊介の頭に手を置いたまま質問すると、中村は憂鬱そうな顔で溜め息混じりに答える。

「ええ、止めることができなかった罰としてね。まあ、できるだけフォローするけど罰は免れないと思うわ」

「そうか…。じゃあ、俺は医務室に翔の様子を見に行ってくる」

 苦笑混じりに言って、遊介の頭から手を放して壁に空いた穴から出て行った。それを見送り、中村は遊介に言う。

「神崎君、今から来栖君に報告に行くんだけど、目撃者として付き合ってもらえる?」

「はい、わかりました」

 そう返事をし、遊介は床に突き刺した刀を引き抜く。そして、それを左手へと突き立てた。鋭い刃は彼の左手を傷つけることなく、黒い霊力に戻って潜り込んだ。

 それを見た中村は、しばらく遊介の左手を見つめてから歩き始めた。その後ろを、ここに来た初日に案内された時と同じように遊介は歩く。

「きゃっ」

 中村が鍛錬場から出ようとしたところで、悲鳴と尻餅をつく音が聞こえた。誰かが彼女とぶつかったようだ。

「唯ちゃん、大丈夫?」

「…す、すみません。大丈夫です」

 ぶつかったのは、唯だった。彼女は中村の手を借りて立ち上がろうとする。そこへ猫が遊介の肩から飛び降り、助走して唯の肩に飛び乗った。

「きゃっ…」

 驚いた唯はバランスを崩すが、とっさに中村が引き寄せたので倒れずにすんだ。

 その様子を見ていた遊介は、原因となった猫を責めるような目で見る。しかし、猫は気にした様子もなく唯の肩に乗っていた。

「中村さん、ありがとうございます。…この猫」

 中村に礼を言って、唯は自分の肩に乗っている猫を見た。頬が緩みそうになっている。しかし、すぐに顔をひきしめて中村に聞いた。

「あの、彼を見ませんでしたか?」

「彼? あっ、もしかして神崎君のこと?」

 唯は頷き、少し陰のある表情で中村に言う。

「来栖さんに伝言を頼まれていて…、彼が起きてから伝えようと思っていたんです。そしたら、私が少し部屋を空けている間にいなくなってたんです」

 それを聞いた次の瞬間、遊介は首根っこを掴まれて唯の前に突き出された。

「神崎君なら、ここにいるわよ」

 唯は驚いて目を丸くする。

「神崎君、女の子に悲しい顔をさせたらダメじゃない」

 頭の後ろから聞こえる声に、遊介は何か言いたそう目をしたが、何も言わず頷いた。

「篠宮さん、探させてごめん」

 中村の手が放され、遊介は最初に唯に謝罪した。すると、彼女は少し困惑したが、すぐに元の表情に戻って言う。

「神崎さんは、謝るようなことはしてません」

「でも、わざわざ伝言を伝えるために探しに来てくれたんだよね? 僕が部屋にいれば、探さなくてすんだわけだしさ。ごめん」

 遊介に再び謝られ、また唯は困惑した様子になる。それから、何度か何かを言いかけてはやめた。遊介は急かすことなく彼女の言葉を待つ。

「……そこまで神崎さんが言うなら、許してあげます」

 ようやく言えた言葉に、唯は落ち込んでしまう。

(…神崎さんは、悪くないのに。これじゃ、まるで彼を責めてるみたい)

 しかし、言った言葉は消えない。唯は遊介が自分の言葉で傷ついていないかと、心の中で震えながら彼を見た。

 しかし、唯の心配は必要なかった。

「ありがとう。それで、来栖さんからの伝言は?」

 全く傷ついた様子も無く、遊介は変わらない態度で唯に接してくれた。唯は困惑と安堵を一緒に感じ、彼の顔から目が離せなくなってしまう。

「篠宮さん?」

 名前を呼ばれ、唯は我に返って遊介を見つめていたことに気がついた。平静を装いつつ、来栖からの伝言を彼に伝える。

「十七時に、部屋へ来るようにということです」

 伝言を聞き、遊介は苦虫を噛み潰したような気分になりながら思った。

(ちょうど今から行く所だったのから、このタイミングで伝言を聴けて良かった。…でないと、師匠と同じ扱いをされそうな気がする。ただでさえ兄弟子に睨まれてるから、面倒は増やしたくないな)

「十七時ってことは、もうすぐか。呼び出されついでに、被害報告もできて一石二鳥ね」

 中村の言葉に頷き、遊介は唯の方に向き直って礼を言う。

「篠宮さん、ありがとう」

 唯が何も言わずに頷いたので、遊介は中村と共に来栖の部屋へ向かうために歩き始めた。

 すれ違いざまに、唯の肩に乗っている猫に視線を向ける。猫と目が合い、頭に猫の声が直接響いた。

『我は、この娘と一緒にいる。一人で行ってこい』

 どうやら、唯の前では普通の猫のふりを通すらしい。視線を猫から外し、中村に続いてエレベーターに乗り込んだ。

 唯は横を通り過ぎて行った遊介を目で追い、振り返って彼がエレベーターに乗り込むのを見た。エレベーターのドアが閉まるのと同時に、彼女の中に孤独感が生じた。

 今まで人を突き放すようなきつい言い方をし、それで人が遠ざかって行くのは何度も見て孤独感に苛まれた。それが何度も続くうちに慣れ、孤独を感じなくなっていたのだ。

 しかし、人と関わる度にいつ自分から離れて行くのかと心の奥で不安に感じていたのだ。もちろん、それは遊介に対してもある。

 今までにも、唯の態度に耐え続けていた人間はいた。その人間と親しくなれると思った時には、もう自分から離れて行っていたのだ。

 だから、自分の心を傷つけ閉じさせないために、唯は誰かと親しくなるのを嫌って人を遠ざけ続けていた。遊介が来るまでは。

(…神崎さん)

 彼と会ってから一日も経っていないが、今まで遠ざけていた他人と話す機会が生まれた。さらに、唯は自分自身に起きた変化に気がついて戸惑っている。

(彼がいなくなっただけで、こんなに心が乱れるなんて…)

 今まで、自分の隣から誰かが離れていくことは何度もあった。だから、一人になるのは慣れているはずなのだ。

 生まれた孤独感は、唯の中で大きくなっていく。

 ――にゃー

 猫の鳴き声が耳元で聞こえ、唯は肩に乗っている猫を見た。猫は喉を鳴らしながら、彼女の頬に頭をこすりつけてくる。

 心の中に渦巻いていた孤独感がやわらぎ、猫の柔らかい毛の感触を感じて唯の顔から陰が消えた。

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