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ダブル・スタンダード  作者: 仁科三斗
第四章 姉たちの涙
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馬鹿な盟友

 瑠花からの、いささか一方的な「盟友宣言」に、私は当惑していた。晴れやかな顔で私を見つめ続けている彼女に向かって、私は頭を掻きながら口を開いた。


 「いや、そこまで私を買ってくれるのは、本当に嬉しい限りなんだが、瑠花が思うような者ではないよ、私は・・・。御岳山のときは、リスクがあまり大きくないことを予想して動いたんだし、咄嗟にリスクが著しく大きいと感じた、あの通り魔事件の時は、私は、一旦、逃げたんだ。みんなに万歳で迎えられた時だって、私は、内心、忸怩じくじたるものを感じてたよ。私には、常に我が身を犠牲にして誰かに奉仕したり、ボランティアのように、誰かを支援することに身を捧げるような気持ちは全く無いんだ。むしろ、私は、とにかく自分が、平穏無事に、もっと言えば、平々凡々と暮らせれば、それで十分なんだ。私は、聖人君子ではないし、ましてや、英雄なんかじゃない」


 話しながら、だんだんと苦渋に満ちた顔に変わっていくのが、自分でもよくわかった。そんな私に向かって、瑠花は静かに微笑んでみせた。


 「でもさ、それでも、アンタは決死の形相で千駄ヶ谷の駅に駆けこんで行ったよ。逃げようと思えば、幾らでも逃げられたのに、ね。事実、他の生徒たちは、先輩も含めて、みんな我先に逃げ出して行った。かく言うアタシも、駅前から少し離れた自販機の陰に逃げ隠れして、様子を窺っていた。アタシも、逃げちゃった人たちの一人だったんだ。それでも、アンタは、踏みとどまって、そして、たった独りで戻って行った。それが、アンタとアタシたちの違いだよ」


 「あのときは、これから起こるかもしれない惨状を想像したら、急に頭に血が上って、周りの物音がよく聞こえなくなって、自分でも訳がわからなくなって、気が付いたら、傘一本持って駆け出していた。だから、冷静に考えて、それで決断したわけじゃないんだ。あれは、異常心理の下での行動だったんだよ。だから、次に同じ状況に出くわしたら、また同じ行動を取れるのか、正直に言って、私には自信が無い・・・」


 「いちいち頭で考えて行動するのは打算ってものだろ? 逆に、頭で考えられない状態で取った行動って、打算抜きのものじゃないかと思う。たぶん、アンタは、打算があろうが無かろうが、目の前で困ってる奴がいたら、なんだかんだ言いながらも、結局、助けずにはいられない、そういう損な性分なんだよ」


 瑠花に自信たっぷりに断言されると、自分でも「そんなものなのかな」と思ってしまう。確かに、私は、あのとき、自分の行動の損得勘定ができていなかった。とにかく、自分にできそうなことを、何かしなきゃいけない、という思いだけしかなかった。


 「御岳山のときには、実は、アタシもハンカチを拾いに行こうかって、一瞬、思ったんだ。でも、本人がもう諦めるってと言ってるし、アタシも、自分と関係の深くない後輩に、そこまでお節介を焼いたら、迷惑がられるんじゃないかな、とも思って、躊躇してしまった。アンタがびしょ濡れで川から上がって来た時、アタシには、はっきりわかったんだ。あのとき、アタシは、心の中でいろんな理由をつけて、拾いに行かない自分を正当化しようとしてたけど、結局は、グループの他の人たちと同じように、体裁や面子を気にしていただけなんじゃないか、ってことが、ね・・・。先月、剣道場の前で会った時、アタシは自分の誤解が原因でアンタにひどいことを言ってしまったあと、それに気付いてからもすぐに謝れなかったし、御岳山で謝ろうとしたときにも、下級生の前では素直に謝れなかった。それも、変なプライドや見栄が邪魔してたからだと思う」


 瑠花は、厳しい表情で自分の手のひらを見つめて呟いた。


 思いがけない彼女の言葉に、私はハッとさせられた。


 (いかに大人びていても、瑠花だって、歳相応の子供、いや大人と子供の中間なんだ。大人としての理想的な対応を彼女に求めていたのは、明らかに私の間違いだった。瑠花は、理性としては、自分のせいで迷惑をかけたクラスメートに謝りたかったけど、感情としては、後輩の前では先輩としての体裁を保ちたかった。それで、ちぐはぐな対応を取ってしまって、自分でもそれを深く悩んでいたんだ。そして、そんなことすら見抜けなかった私は、大人として、まだまだ未熟だ・・・)


 「でもさ、アンタは、違った。ほんの些細なことで、無様なほどストレートに感情を表に出すけど、困っている奴のためには、無茶して、自分が泥をかぶってでも、とにかく頑張ってしまう。あのとき、黒田が言ってたけど、アンタは、頭は良いけど馬鹿なんだよ。だけど、自分のことしか考えず、取り澄まして生きてる奴よりも、馬鹿な奴のほうが、遥かにマシだ。そんな馬鹿と一緒なら、私も気兼ねなく、馬鹿ができるからな」


 何かが吹っ切れたように笑う瑠花に向かって、思わず私は苦笑した。


 「人のことを馬鹿馬鹿言って、ほんとひどい奴だなぁ。そんなに言うなら、地獄の底までも、一緒に来るといい。だが、後で後悔しても、責任取らないからな」


 「所詮、自分の人生なんだ。自分のことは、自分で考えて、自分で決めるよ。そして、結果が良くなくたって、その責任は自分にあるんだ。誰かに責任取ってもらおうとか、これっぽっちも思ってないよ。ところで、馬鹿の理紗さま、コーヒーが温くなってるみたいだけど、そのままでいいのか?」


 「だから、馬鹿馬鹿言うなって。これ以上、馬鹿になったら、困るだろっ!」


 私は慌ててコーヒーの入ったプラスチックのコップに手を伸ばした。水滴でびっしょりのコップの中では、瑠花の言うとおり、アイスコーヒーが温くなりかけていた。


 (・・・この子は、確かに私と似ている。こんな子が自分の娘だったら良かったのに・・・)


 切れ長の目を細めて、嬉しそうに笑う瑠花を、眩しそうに見つめながら、私は、心の奥底で、なぜか少しだけ切なく感じていた。



 北陸新幹線の軽井沢駅には、担任の安国寺先生と屈強な体育教師が迎えに来ていた。学校の軽井沢山荘までは、車でたかだか10分程度の距離なので、自分たちでタクシーで行っても良かったのだが、やはり、学校側は、まだ安全確保に神経質になっているのだろう。

  

 軽井沢山荘は、4階建てのホテルのような瀟洒な外観の建物で、体育館が併設されていた。官僚時代に、企業のセミナーハウスで行われる社員研修に何度か講師として呼ばれたことがあるので、私は、大して驚きもしなかったが、こので高級リゾートマンションのような豪華な施設に、瑠花は圧倒されたようだった。


 「先生、これって、本当にうちの学校のものなんですか? ちょっと信じられないんですけど・・・。ここ、リゾートホテルじゃないんですか?」


 「赤松さんがそう言うのも無理はないわね。実際、学校で使わない時には、ホテルとして営業してるわ。ここは、東京が大きな災害に遭った場合に、全校生徒をまるごと疎開させて、ここで授業を継続するために作られたのよ。だから、もともと規模が大きいし、それに作った頃には、将来、もっと生徒数が増えることを見込んでいたから、さらに少し大きめに作ってあるのよ」


 「学校がホテル経営なんかして、大丈夫なんですか?」


 「私立学校法という法律では、別に禁止されていないのよ。都心にある大学なんて、校舎を高層ビルに建て替えて、上の方の階を企業に貸して、賃貸料で潤っているところがあるくらいなのよ。ただ、収益を挙げる目的で運営している事業には、普通の企業との公平性を保つために、同じように税金が課されるけどね」


 「え? 学校って、税金が課されてないんですか?」


 驚いて目を丸くする瑠花に向かって、安国寺先生は苦笑した。


 「学校は、営利目的で収益を得るために運営されている組織ではないから、もともと法人税が課税されないし、あなたたちのご家庭から納めて頂く授業料や施設整備費には消費税も課されていないのよ。もちろん、学校の持っている土地や校舎などの施設には、固定資産税も課されないし、新しく土地を買うときにも、不動産関係の税金は課されないのよ。要するに、そういう税金のことは心配せず、とにかく学校はしっかり教育に励んでくださいよ、ということなのね」


 「それじゃ、学校は儲かりますね!」


 「ところが、そういうものでも無いのよ。まあ、いろいろあってね。さ、入りましょう」


 安国寺先生は適当に言葉を濁して話を終わらせたが、一瞬、表情に翳りが走ったのを、私ははっきりと見ていた。


 (どこの学校も、経営は決して楽じゃないからなぁ。うちの学校も、毎年、受験者数が少しずつ減ってるから、受験料収入などの学納金が減少傾向にあるはずだ)


 赤く染まり始めた空の下、浅間山を背景にして佇む瀟洒な建物を眺めながら、私は、ほんの僅かながら、心がざわめくのを感じていた。


 館内に入ると、早速、部屋割りを伝えられたが、予想通り、私と瑠花は同室だった。同じ場所で一纏めにしておいたほうが、安全確保などの管理面で便利だからだろう。私たちの部屋には千尋と朱里も配属されており、結局、先日の御岳山の時の4年班がそのまま踏襲されていた。

  

 フロントから部屋まで荷物を運んで行ったが、セミナー室で今日の講義がまだ続いているため、部屋には誰もいなかった。

 林間学校はあくまで授業の一環で、レクリエーションでは無いのだ。本来であれば、私たちも講義に参加しなければならないが、講義の終了間際から参加してもあまり意味が無いうえ、ここまでの往路でそれなりに疲れているだろうという、学校側の配慮もあり、安国寺先生からは、講義が終わるまで部屋でくつろいでいるように言い渡されていた。


 前の世界では子供がいなかった私にとって、「少女との二人旅」というのは初めての経験であったうえ、学校側と同じ「大人」の感覚で周囲の通行人などを警戒していたため、尋常ではないほど、私は気疲れしていた。それゆえ、先生の言葉は、掛け値なしにありがたかった。

 

 私は部屋の玄関に靴を脱ぎ散らかすと、荷物を部屋の隅にポーンと投げ出し、そのままベッドの上にダイブした。気を抜くと、そのまま寝てしまいそうだった。

 なかなか瑠花が室内に入って来ないので、ふと、顔を上げて眼を向けると、彼女は玄関で黙って私の靴を並べ直していた。


 「あ、ごめん。靴、直させてしまった」


 さすがに申し訳なさそうに謝ると、瑠花は、手を動かしながら、厳しい眼差しで私を睨んだ。


 「誰も見てないからって、身だしなみに手を抜くのは、いただけないな。誰も見てなくても、自分が見てるじゃないか。少なくとも、アタシは、そう教えられて育ってきた」

 

 「だから、申し訳ないって謝ってるじゃないか。それに、私だって、誰にでも、こんなだらしないところを見せてるわけじゃないよ。赤の他人には、こんな姿は絶対に見せないよ」


 瑠花は、一瞬、手の動きを止めると、不自然に視線を宙に彷徨わせて、頬を赤く染めた。


 「ま、まあ、だらしないのは良くないが、こ、今回だけは大目に見てやろう。こ、今回だけ特別に、だからな。まったく、仕方ないなあ、もう。これだから、お嬢様育ちは困るんだよ・・・」


 (文句言ってる割に、なんかちょっと嬉しそうな声だな? ま、なんにせよ、機嫌が直ったのは、ありがたいことだ。相部屋なのに、昔みたいにずっと不機嫌姫でいられたら、こっちの身が持たないよ。せっかく、母親や妹から解放された3日間なんだから、せいぜい羽を伸ばさせてもらわないと・・・)


 私が投げ出した荷物まで丁寧に並べ直し始めた瑠花を、不思議に思いつつ、私は枕に顔をうずめた。

 


 私がその態勢のまま、少しまどろみ始めた頃、千尋と朱里が部屋に戻ってきた。


 「あ、二人とも着いたんだー! 新幹線、どうだった? グリーン車だったんでしょ?」


 「初日から、こんなに講義ばっかりだと、最終日まで持たないよ。あー、身体、動かしたい!」


 朱里と千尋は、靴を脱いで部屋に上がるや否や、フローリングの床に、ペタン、と女の子座りで座った。


 「講義、お疲れ様。夕ご飯まで、まだ少し時間があるから、お茶でも淹れようか」


 私がうとうとしている間に、瑠花は、机の上に置いてあるポットでお湯を沸かしておいたらしい。慣れた手つきでお茶を注いでいく瑠花を眺めながら、千尋は、にやり、と笑った。


 「赤松さん、なんか、今日、すごく機嫌良くない? なんか良いことでもあったの?」


 ちょうど四つめの湯飲みにお茶を注いでいた瑠花は、手をびくっと震わせて、湯飲みに急須の口をガチッと当ててしまい、慌てて備え付けのタオルでテーブルを拭き始めた。


 「べ、別にっ! こ、これが普通ですから! い、言っとくけど、ア、アタシは、本当は不機嫌姫なんかじゃありませんから! い、今までずっと、いろいろ考え事してたから、ふ、不機嫌に見えただけだからねっ!」


 耳まで真っ赤にして釈明する瑠花を見て、千尋は朱里と顔を見合わせて、ムフフ、と意味ありげに笑った。


 「赤松さんって、本当はこんな可愛かったんだねー! まあその考え事については、今晩、ゆっくりと語って頂きましょうかね、朱里さん!」


 「そうですねー! ワタクシ、朱里も大いに気になるところです! こんなに赤くなった赤松さんを見たのは、初めてであります!」


 朱里に指差されて、瑠花は思わず両手を頬に当てた。


 「ア、アタシが、その、か、可愛いとか、そんな戯れ事を言って! もう、からかうのは、いい加減にしてよ!」

 

 (女の子部屋って、こんな話題で盛り上がるんだなぁ。なんか、ほのぼのしてて良いなあ。高校の時の林間学校なんて男子校だったから、なんか殺伐としてたよなぁ・・・)


 心密かに感動していた時、朱里が何かを思い出したように、私の方に視線を向けた。


 「そう言えば、こっちに着いてすぐ、3年の子が理紗ちゃんを尋ねて来たよ。えと、確か、小寺さんって言ってた。後で着きますって答えたら、また出直すって。夕ご飯の後にでも会いに来るかもね。理紗ちゃん、御岳山に行った人たち以外に、3年に知り合いいたの?」


 「御岳グループ以外では、知り合いと言えるどうか、ちょっと微妙だけど、波多野さんくらいだよ。あとは、そんな親しい子はいないと思うけど・・・」


 ベッドから下りて、湯飲みに手を伸ばしていた私は、首を傾げながら答えた。


 「まあ、お風呂入る前くらいには会いに来るでしょ。それよりさ、夕ご飯、どんなお料理が出るのかなぁ。ほんと、楽しみ!」


 満面の笑みをたたえている千尋を見ながら、私は、ある重大な事実に気が付いて、湯飲みを握った姿勢のまま硬直した。


 (・・・お風呂、この子たちと一緒なんだ・・・それって、マズくないですか?・・・)


 動きが止まってしまった私を、瑠花が不思議そうに見つめていた。

 今話は、書いてる私まで旅行に行ったみたいな気分になって、とても楽しかったです! 今年、旅行に行けなかったからかなぁ。秋の連休のプラン、姉上に頼んでみようかな。

 

 ようやく理紗たちを生き生きと動かすことができる環境が整ったことも嬉しさの大きな要因です!!


 なお、私立学校法(私学法)の規定は、フィクションではなく、事実です。どこまでを収益事業として見なすのか、線引きがいろいろと難しいようです。過去の判例では、校内の売店などは収益事業だけど、学校指定の教科書や副読本の有料配布は収益事業には該当しないようです。それによって税金の金額が左右されるので、学校法人にとっては、シビアな話のようです。


 いよいよ、待ちに待った週末です! この土日は、ゆっくり時間を掛けて執筆に取り組み、たっぷり睡眠時間を確保するつもりです。


 「ソード・アート・オンライン」も楽しみだったりします!


 きのみや しづか 拝

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