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ダブル・スタンダード  作者: 仁科三斗
第三章 私の居場所
32/58

スケープゴート

 校庭から自分の教室に戻るまでの間、私は誰とも会わずに済んだ。今日は、生徒たちは思いのほか早く下校してしまったらしい。台風でグラウンドが水浸しになったので、陸上系の部活が休止になっていたことも影響したようだ。


 それでも、校門から駅に向かう道では、幾人かの生徒たちと遭遇し、予想していた通り、遠巻きに眺められた挙げ句、ひそひそと噂話をされた。


 (これでまた、「有名人」になってしまったなぁ。目立たずに3年間を平穏無事に過ごしたかったのに・・・・。いや、逆に、これで私に絡んでくる生徒は大幅に減っただろうから、むしろ、人間関係の軋轢は格段に減るかもしれないな。これで、アウトロー確定、だろうからな)


 帰りの小田急線の電車の中で、ようやく私は肩の力を抜くことができたが、当分、生徒たちの注目を一身に浴びる生活が続くことを予想して、早くもうんざりしていた。



 私の予想通り、ほぼ1週間程度、こうした「針のむしろ」が毎日続いた。後半からは、私も完全に開き直って、私の噂話をしている生徒たちを、まったく感情を込めない視線で見つめ返すようになっていた。その結果、私の前であからさまに後ろ指を差すような行動はすっかり影を潜めたが、「気に入らなければ、教師でも生徒でも、誰彼かまわず、喧嘩を売る」というイメージは完全に定着したようだった。


 登校時に千駄ヶ谷駅前で信号待ちをしているときには、もはや私の周りには誰も寄り付かなくなったし、廊下などで私で出くわすと、慌てて私に進路を譲る、という体裁を取って、体良く避けられてしまっている。

 昼食時に食堂に入れば、私の座ったテーブルとその隣のテーブルから速やかに人影が消え、購買部にパンを買いに行けば、私の後ろには誰も並ばず、といった具合である。


 「疎外してやろう」という積極的な意図で行われているのではなく、単純に私を狂犬の如く恐れている結果なのだ、ということは、例えば、購買部の行列で、私に後ろに並ばれてしまった生徒が、緊張で身を固くして震えているのを見れば、よくわかる。


 はるか昔に、山本周五郎氏の小説「ひとごろし」を読んだとき、同じような場面が描写されていたが、まさにそれが自分において再現されている。


 とくに後輩たちの怯え方は並大抵でなく、私と目を合わせることすら、怖くてできない、といった有様である。見ているこちらが可哀想になってしまうほどであり、とくに「事件」の当事者となった、あの私に傘を当ててしまった後輩、波多野莉子は、たまたま私と廊下ですれ違っただけで、顔を真っ赤にして俯き、気の毒なほど身体を縮こめていた。


 本来であれば、「私はあのときのことを全く怒っていない」と釈明でもしたい気分なのだが、今の波多野にそんなことをしようものなら、衆人環視の中で大泣きでもされかねない状態であり、それは私にとって確実に致命傷になる。

 それゆえ、私も、なるべく波多野と接しないように、細心の注意を払って行動せざるをえなくなっている。


 ただ、当初は、私に対する批判一色だった校内世論が、時間が経つにつれて、微妙に変化していったことは、不思議だった。粗相をした後輩を「吊るし上げた」という点については、引き続き私は批判されているようだが、生徒会長の行動に対する評価が、このところ微妙に変わってきているのだ。


 つまり、生徒会長が「どちらに非があるのか十分に把握しないまま、私を責めるような発言をした」という行動に対して、「下級生に対する影響力の強い生徒会長として、あまりに軽率だったのではないか。彼女が介入した結果、帰って事態がこじれたではないか」という批判が、この数日間で急速に広まっているのだ。


 私に関する「凶暴な素浪人」的イメージは何ら修正されていないので、全く喜べるようなことではなかったが、それでも世論の矛先が生徒会長に向いてくれたおかげで、多少は、私に対する風当たりは弱くなったようだった。


 さらに、最近、上級生と思われる生徒と廊下ですれ違ったりしたとき、周囲に誰もいないことを確認したうえで、「口さがない人たちに、いろいろ言われて大変ね。あなただけのせいじゃないのに」などと、気の毒そうな表情で声を掛けてくれる人が現れ始めたのも、驚きだった。


 (生徒会長の毛利は、意外と人望に欠けるのかもしれないな。少なくとも、「全校生徒の憧れの的」という存在ではないらしい)


 上級生、とくに6年生にとっては、同級生の毛利が生徒会長として目立っているのが、単に妬ましいだけなのかもしれない。とくに毛利は容姿端麗な部類に属するので、そうした点も、理屈抜きで同級生たちの癪に障るのかもしれない。いずれにせよ、「女子校という世界は、何事も一筋縄ではいかない」という教訓を、私は実感させられた。


 そして、あの「事件」の日の夕方、私と廊下で出会った生徒については、いまだに誰だか判らない。校内有数の情報通である晴香に尋ねても、「本人の『面通し』無しで、個人を特定するには、あまりに情報が少なすぎるよ」と言われてしまった。


 ただ、部活を行っていた時間帯から考えると、フェンシング部に所属している可能性が高いらしい。フェンシング部の同級生については、晴香も全員を把握しているため、イントラネットの校内ポータルサイトに掲載されている昨年の行事写真を一緒に見て悉皆しっかい確認した結果、あの生徒は同級生ではない、ということまでは判った。

 残念ながら、同級生のフェンシング部員は晴香や私の親しい知り合いではなかった。それゆえ、私が校内において、良くない意味で注目されている状況下、知人ではない彼女たちに会って、部員について照会することは、まず不可能だった。


 

 6月下旬に入ると、校内では校外学習の話で持ちきりになり、私に関する噂は、急速に色褪せていった。


 女子校という狭い閉鎖社会では、単調な毎日の中で、みんなが話題に飢えており、何か格好のネタがあれば、まるで熱した油に火をつけたマッチ棒を投げ込んだように、一気に話題が沸騰する。しかし、新たな話題が提供されると、古い話題は、あっという間に飽きられてしまう。古い話題にいつまでも固執し続けているのは、当事者と、そのごく近しい一握りの友人たちだけなのだ。


 校内で、とくに後輩を中心に、私が危険人物視されていることに何ら変わりはないが、私を目撃した際にいちいち何かひそひそ話す、といった様子は、もはやどこにも見られない。


 一方、ようやくこの頃になって態度が変わった者が一人だけ現れた。


 隣席の「不機嫌姫」こと、赤松瑠花だ。


 私と同じ編入生であるうえ、「不機嫌姫」である赤松は、校内で親しい生徒がいないため、おそらく体育教師あたりから、「事件」の事実関係をようやく聴き出したのだろう。

 あるいは、ひとりでさんざん考えあぐねた挙げ句、かつて私に直球を投げ込んできたように、生徒会長の毛利に直接、尋ねたのかもしれないし、晴香、千尋、朱里といった、私と親しいクラスメートから、事情を聴いたのかもしれない。


 赤松は、以前と違って、私と視線が合っても、睨み返すようなことはしなくなり、あまつさえ、時折、私に話し掛けたいような素振りを、それとなく見せるようなこともある。


 しかし、今回の件は、全くの部外者である赤松が、勝手に怒って、勝手に私に突っかかってきたことが原因なので、私が助け舟を出してやる必要など無いはずである。謝りたければ、自らきちんと機会を設けて謝るべきなのだ。


 赤松にとって、明確に自分に非がある件について、自分が躊躇している間に謝る機会を逸してしまったことは、それなりにこたえているらしく、最近は、やや元気が無いようにも見える。だからと言って、私の方から折れるのは、明らかに筋違いだと思う。私は、赤松が自分から謝って来るまでは、一切、妥協しないつもりでいる。


 さて、校外学習は、生徒たちにとって一大イベントであるようだ。この学校は都心部にあるせいか、校外学習では官庁などを見学するのではなく、山間部に行くのが慣行となっているらしい。

 また、おそらく引率者サイドの都合なのだろうが、各学年ごとに行き先を変えるのではなく、1・2年生、3・4年生、5・6年生、という3隊編成で行動することになっている。


 私の入っている3・4年生組は、奥多摩に行く予定となっている。青梅線で川井駅まで行き、近隣のキャンプ場でバーベキューを行ったあと、御嶽駅まで電車で移動し、御岳山にケーブルカーで登ったうえで、青梅線の鴻の巣駅まで徒歩で下山する、というカリキュラムが組まれている。


 例年、クラスメートで4~5人のグループを作って、グループ単位で行動することになっているが、学校側は、今年から新しい試みとしてグループの規模を8~10人に拡大し、上級生にそれぞれ1グループ4~5名の班を作らせ、下級生にも1グループ4~5名の班を作らせ、両者を抽選でマッチングして、1つのグループに統合する、というプランを提示してきた。

 おそらく上級生に下級生の面倒を見させることで、指導力、積極性、さらには、上級生としての自覚を持たせるのが狙いだろう。いかにも学校関係者が考えそうなことである。ちなみに、この試みは、3・4年生だけでなく、1・2年生、5・6年生にも適用される。

 

 この話は、とくに下級生たちにとって、大きな期待もしくは衝撃をもたらしたようだ。


 期待とは「日頃憧れている先輩と同じグループになれるかもしれない」というもの、そして、衝撃とは「怖い先輩、あるいは上下関係に厳しい先輩と同じグループになってしまうかもしれない」というリスクである。


 とくに、3年生たちにとっては、あの「事件」の記憶がまだ比較的新しいうえ、また、校内でも有名な「不機嫌姫」が4年生に在籍していることもあって、「期待」を「衝撃」が大きく上回ったようだ。どの班が生贄スケープゴートになるのか、早くも暗い表情で話し合っているようだ。とくに波多野の狼狽ぶりは尋常ではなかったようで、担任教師に対して、「特別の配慮」を申し込んだらしい。


 私にとっても、ようやく鎮静化の方向に向かっていた噂がまた蒸し返される結果となったため、この学校側の新しい企画を非常に恨めしく思った。

 ただ、なんとなく、「大人」としての勘で、先日の「事件」、つまり、上級生と下級生の対立が、学校サイドにこの新しい企画を考えさせる、ひとつの契機となったのかもしれない、と感じていた。要するに、こうした機会を利用して、学年間の融和を図らせよう、ということなのだろう。ただ、こういう野心的な試みは、もう少し時間が経ってからにして欲しかった、というのが、私の率直な感慨だった。


 私にとって、さらに不愉快なことが、4年生側の班編成の際に発生した。クラス内で班を作らされた際、私はすぐに千尋や朱里と一緒に班を作り、晴香は自分の席の近くの友人たちと班を作った。しかし、あまりに当然と言えば当然の結果だが、赤松があぶれることになった。


 担任教師の安国寺からの呼び掛けに、当然ながら、どの班も色良い返事を返さなかった結果、「だって、席が近いじゃないの」とかいう、およそまっとうな根拠もへったくれもない教師裁定によって、強制的に私たちの班に赤松が編入された。

 確かに私たちの班は、規定人数を下回る3名班だったが、他にも3名班は幾つか存在し、その組み替えが行われて人数調整が最終決着したのだが、その決着前に、いきなり私たちの3人班に赤松が送り込まれてきたのだ。


 赤松自身は、これで私に話し掛けるチャンスができたと思ったのか、やや安心したような表情を浮かべていたが、赤松の「おり」を押し付けられた格好になった私たち3人は、「なんで私たちが・・・」と憂鬱な表情になった。他のクラスメートたちは、「似た者どうしが一緒になって、うまくいくのかしら・・・」などと無責任な話題で盛り上がっていたが、当事者たる私たちは、それどころではなかった。


 そして、3年生たちは、「ワンコ」と「不機嫌姫」の二大巨頭が含まれている班が成立したことを知ると、さらに一段と恐慌をきたしたようだった。



 6月末、いよいよ抽選結果が発表される日が到来した。


 公表時刻の12:30には、在校生の全員が通信端末でイントラネットの校内ポータルを見ており、公表と同時に、あちこちで歓喜と悲鳴が響き渡った。

 

 3年生たちが息を呑んで見つめていた「吉川・赤松グループ」には、明石美羽、黒田凛、後藤優衣、花房陽菜、という、私たちと全く面識のない後輩たちが編入されることになった。


 彼女たちには申し訳ないが、校外学習の一日の間、辛抱してもらうほかはない。怨むなら、抽選主体の学校サイドを恨んで欲しい。その一方、波多野莉子は、さぞかし、安堵していることだろう。あるいは、その辺りは、学校側がさすがに「配慮」したのかもしれない。



 そして、いよいよ校外学習の当日が到来した。

校外学習、懐かしいですね!

私は、いつもバスに酔って、教師に介護される役回りでした(苦笑)。酔い止めの薬があまり利かない体質らしく、まさに決死の思いでバスに乗っていました。。。


さて、本日は体調も回復し、元気に出勤できました。ただ、もうマッコリだけは飲むまい、と心に決めました。甘さに騙されてはいけません!


8月15日で、私がこの小説を連載し始めてから、1か月になります。


この間、何度も挫折し掛けましたが、その都度、皆様からのご評価ポイントやお気に入り登録によって、モチベーションが高まり、なんとか1か月間、ほぼ毎日更新を続けていくことができました。


そして、この1か月の節目に当たる日に、お気に入り登録100名様、ご評価300ポイントを、同時に達成することができました。これも、ご支援頂いている皆様のお陰です。本当にありがとうございます!!

この場をお借りしまして、心から厚く御礼を申し上げます。


また、引き続き、ご評価やお気に入り登録を何卒よろしくお願い申し上げます。贅沢なお話ではありますが、作者にとって、目に見える形で「ご褒美」を頂戴できますと、モチベーションが大きく上がります!

どうぞ、何卒よろしくお願い申し上げます!


 きのみや しずか 拝

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