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ダブル・スタンダード  作者: 仁科三斗
第三章 私の居場所
30/58

狂犬

 今朝の「事件」は、瞬く間に学校中に広まった。


 単調な学校生活の中で話題に飢えている生徒が多いうえ、多くの生徒が憧れている生徒会長と、いろいろな面、とくにあまり良くない面で注目されている「ワンコ」の二人が主役、という「豪華キャスト」なので、遅かれ早かれ話が広まるだろうと覚悟していたが、私の予想よりも遥かに伝播速度が速かった。


 そのうえ、「誤って傘を当ててしまった後輩に、私が激怒して詰めより、見かねた生徒会長が後輩を庇ったところ、捨て台詞を吐いて立ち去った」という内容に変質しているらしい。


 少なくとも私は「激怒」もしていなければ、「後輩に詰め寄る」こともしていないが、「捨て台詞」か否か、については、私と生徒会長のやり取りを聴いていた人々の価値判断に類することなので、私が関知することではない。


 なお、噂が後輩たちを中心に広まっていた午前中の段階では、「私が激怒して詰めより」という部分は含まれていなかったようだが、昼休みに入って、噂が4年生と5年生に広まり始めた時点で、尾ひれがついたらしい。


 4年生には、成績や新聞の件で、かねてから私のことをあまり快く思っていない生徒たちがいるらしいので、主として彼女たちが内容を意図的に改変したのだろうが、これでは、まるで「エムス電報事件」のような展開ではないかと思う。


 こうした私に関する噂は、千尋をはじめとするクラスメートから教えてもらった。自分の友人から直接聴いたり、休み時間に食堂やトイレで話題になっていて、それを間接的に聴いた子もいた。


 放課後になると、いつもは素早く下校してしまう晴香が、わざわざ私の席までやって来た。普段は明るい晴香も、さすがに真剣な表情で、私の隣の席に腰掛けた。


 「まずいことになってるよ。喧嘩するのは仕方ないとしても、相手を選ばないと。勝てない喧嘩するのは利口じゃないよ」


 「別に、私は生徒会長に喧嘩売ったわけじゃないよ。それに、最初から私に非があると決め付けた生徒会長の言葉にも問題があったはずだ。そんなことは、あの場にいた人はちゃんとわかっているはずだし、何より生徒会長自身が最も良く自覚していると思う。そんな事もわからないようでは、生徒会長が務まるとも思えないからな。もし、今回の件で、生徒会長が私を敵視して、何か行動を起こしてくるなら、その時は、彼女の資質がその程度に過ぎないということだ」


 「いや、そんなことをする人じゃないと思うなぁ。言いたいことがあったら、もう、とっくにこの教室に来て、直接、理紗に言ってるはずだよ。陰で何か画策するというのは、彼女の『美学』に反するからね。それに、生徒会は、今そんなことやってる余裕はないと思うし」


 「それならいい。人の噂も七十五日、そのうちこの話も忘れられるんじゃないか」


 「うちのクラスでは、みんな理紗のことをよくわかってるから、今まで通りに接してくれると思うよ。でもね、他のクラスの子や、先輩、後輩は、理紗のことを良く知ってるわけじゃないから、多かれ少なかれ、態度を変えると思うよ。そのうえ、理紗のそういうイメージは、ずっと残り続けると思うよ。卒業するまで3年間、それに耐えられる?」


 「怖くて、無鉄砲で、何を仕出かすかわからない、っていう、あの狂犬じみたイメージか? それは、ちょっと嫌だな。いや、ちょっとじゃなくて、非常に困る。私が現れると辺りから人影が消えるっていう光景はあまり想像したくないな」


 「とにかく、今日の帰りは、相当、みんなから後ろ指差されることになるよ。取り敢えず、校内で時間を潰して、みんなが帰った後に学校を出ることにしたら?」


 「ああ、そうするよ。今朝の後輩とばったり出くわして、大泣きでもされたら、今度こそ致命傷だからな。人からうとまれるのは慣れてるが、今回ばかりは、まったく面倒なことになった。やれやれ・・・」


 「それが賢明だよ。じゃ、私、帰るからね。あと、クラス委員としてじゃなく、クラスメートとして言っておくけど、理紗、当分、喧嘩禁止! いいね?」


 「だから、喧嘩じゃないって。ああ、もう、わかった、わかった、しばらくおとなしくしてるよ。まったく生きづらい世の中だ・・・」


 晴香にしつこく釘を刺されて、私は、ほとほとうんざりしたが、彼女の言わんとすることも理解できる。今回ばかりは、自分に非が無くても勝手に悪役に祭り上げられる、という怖さを思い知らされたからだ。日頃から私が不愛想であることが原因で、後輩をひどく怯えさせてしまったのは事実だし、私に反感を持っている輩に今回の件をうまく利用されたのも、私の脇の甘さゆえのことだ。


 (当面は、音無しの構え、で過ごさないとなぁ・・・。少なくとも、夏休みまでは、息を潜めて、暮らさざるをえないか。それにしても、晴香を含めて、みんな、私が、後輩を締め上げた、とか、生徒会長に喧嘩売ったとか、誤解してるよな。私の日頃の行いが影響してるんだろうけど、もうちょっと、私を信用して欲しいよな、まったく・・・。私は、そもそも先輩風を吹かして後輩を締め上げるんてことは大嫌いだし、それに、誰彼かまわず、そして、事の理非曲直に構わず、喧嘩売ってるわけじゃないんだ・・・)


 このまま教室に残っていることも考えたが、クラスメートから同情のこもった視線で眺められるのは、どうしても避けたかった。

 図書室にでも行こうか、とも考えたが、万一、図書委員が後輩で、そして、閉鎖空間で私と二人だけのシチュエーションに陥ったりしたら、どんなに怯えることだろうか、と考えて、図書室もあきらめた。


 結局、生徒たちが部活や生徒会に出払うまでは自分の教室に「潜伏」し、そのあとは屋上に出て時間を潰すことにした。この学校の屋上は、転落防止のため、鳥籠のように金網で十重二十重に囲まれていて、あまり気持ちの良い場所ではなく、天気の良い昼休みにお弁当を食べる生徒がいるが、その他の時間帯はまるで人が寄りつかない。

 それに、なんとなく、アウトローには屋上がよく似合う、ような気がしたことも、多少は影響している。


 屋上に向かうルートは幾つかあるが、なるべく人に出会わないルートを選ぶことにした。生徒たちが敬遠する体育教師の常駐している体育準備室や今は使われていない剣道場の近くを通るのがベストだろう。


 それでも、上層階に行く途中で、「帰宅部」らしい何名かの上級生とすれ違ったが、表情を強張らせて、すっと脇に寄られるか、あるいは、「ふうん、この子がねぇ・・・」という、あからさまな好奇の目で見られるか、どちらかだった。


 ようやく剣道場の脇まで来ると、道場から赤松が出てくるところに遭遇した。


 (こういうときに限って、こいつと出くわすとは・・・まあ、また睨まれるだけで、ほぼ実害は無いから良いけど・・・)


 赤松は、廊下を歩いてくる私に気付くと、普段よりもさらに眉を吊り上げ、そして、私から視線を逸らさないまま、こちらに向かってゆっくりと歩いてきた。


 そのまま何事も無くすれ違い、私が安堵の吐息を洩らした瞬間、彼女の足音が止まった。


 「何故、公衆の面前で後輩を吊るし上げた?」


 静かな怒気を孕んだ赤松の声に、私は思わず身震いした。慌てて振り向いたものの、あまりに予想外のことに、咄嗟に声が出なかった。


 「後輩は、私たちに比べれば、至らぬところが多い。しかし、上級生からみれば、私たちも未熟なところが多いはず。それにもかかわらず、公衆の面前で後輩を難詰なんきつして辱めるというのは、自分が完璧な人間だと思い上がっている証拠ではないのか」


 晴香から「喧嘩禁止」を言い渡されている身ながらも、事情を知らない赤松が評論家じみたことを言ってくるのは、どうしても我慢がならなかった。それに、他の生徒との接触の無い赤松であれば、誰も見ていないこの場で幾ら激しく衝突したとしても、大きな影響は無いだろう、という読みもあった。


 「私こそ、あなたに質問したいことがあります。あなたは、私が後輩を責めている場面を、その目で見たのですか? 事実関係を確かめもせず、噂だけを拠り所にして、私をとっつかまえて詰問するという、あなたのその行為こそ、軽率の極みではないのですか? 」


 私は、腰に手を当てて仁王立ちになり、語気こそ荒めないものの、まなじりを決して、赤松を睨みつけた。周囲に誰もいないことが、私のリミッターを完全に解除させてしまっていた。


 「質問に質問で返すのは、礼に反する。まず、私の質問に答えるのが筋ではないだろうか?」


 赤松は、ますます表情を険しくしているが、それでも言葉だけは淡々と紡いでいる。


 「私とあなたは、ただ同じクラスに在籍しているだけであり、それ以上でも、それ以下でもありません。今朝の件に関しても、あなたは完全な部外者です。そうした方からの興味本位の質問に回答する謂われはありません」


 「確かに私は、今回の件については、部外者かもしれない。しかし、部外者だからといって、道に外れた行いに対して、見て見ぬ振りをするのは、人として、あってはならないことだと思う。だからこそ、敢えてこうして尋ねている。興味本位なんかじゃない!」


 「道に外れているか、いないか、というのは、あなたの主観で判断されたことでしょう? まず、その主観のもとになっている事実関係を、ご自分できちんと検証なさったうえで、それでも私が道に外れてると思われるなら、いつでもご質問に来られるとよいでしょう。直訳すると、顔を洗って出直して来い、一昨日おととい来やがれ、という意味です」


 こうしたあからさまな挑発に慣れていないのだろう。赤松は、私の最後の一言を聴くや否や、白皙はくせきの顔をさっと紅潮させ、そして、ダン、と大きな音と立てて、私に向けて一歩踏み出した。


 「ああ、そうさせてもらおうか! その事実関係とやらを調べて、人倫に反する行いがあった場合には、そうした行為を行った原因を、じっくり聴かせてもらうよ。それで、文句は無いなっ?」


 「ええ、上等です。こっちは、逃げも隠れも致しませんから、いつでもお越しください。三つ指ついて、お出迎えします」


 「今の言葉、忘れるなっ!そのときになって謝っても、もう手遅れだからなっ!」


 赤松は、珍しく語気を荒めて取り乱すと、憤懣やるかたない、といった表情で、私を一段と厳しく睨みつけた後、足音も隠さずに廊下を去って行った。あまりに興奮したせいか、自分では意識しないまま、「なんなんだ、アイツは、一体!」と小声で呟きながら。


 (あぁ、ついにやってしまったか。まあ、アイツとは、いつか雌雄を決することになる、という予感は薄々あったが・・・。また晴香に叱られる材料が増えてしまったな・・・しかし、まあ、よく、あんなに瞬時に真っ赤な顔になれるもんだな。人体の不思議というべきか)

 

 ドスドス、という擬音が聞こえるような歩き方で遠ざかっていく赤松の後ろ姿を眺めながら、私は、憂鬱のタネをまたひとつ増やしてしまったことを感じて、深い溜息を、ひとつ、ついた。

いざ、という土壇場のとき、普段の行いが大きく効いてきますね。

理紗も、理性では十分に理解していますが、感情の熱さゆえに、きちんと制御できていないようです。


今日は、ガスレンジの周りの掃除で、ひどく疲れてしまい、昼寝をしてしまったので、こんな深夜に目が覚めてしまいました。明日は平日だというのに(泣)

お盆休みで仕事が暇であることを祈りたいです。。。

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