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ダブル・スタンダード  作者: 仁科三斗
第三章 私の居場所
22/58

不機嫌姫

 一時間目が終わると、担任教師が退室するのを待ち構えていたかのように、私のすぐ前の席と右斜め前の席の生徒が、ほぼ同時に私の方を振り返った。


 この二人だけではない。教室のほぼ全員の生徒が、様々な姿勢で私を見ていた。


 (いよいよ来るな、質問タイムが・・・)


 最初に、おずおずと口火を切ったのは、私のすぐ前の席の少女だった。前髪を上げて、髪は三つ編み、清純派タイプの子だ。

 ただ、あくまで外見がそう見えるだけであって、メンタルな部分は、当然、いまだ不明なので、舐めた対応をしないに越したことはない。


 「あの、私、垣屋かきや朱里あかりです。すぐ前の席なので、これからよろしくお願いします」


 私の表情を窺いながら、まるで瀬踏みをするような言い方で少し心配そうに話す、その様子は、この少女が性根の悪くない人物であることを示唆していた。


 私が返答しようと口を開きかけた時、斜め前の席の子が、この機を逃すまい、という勢いで話し掛けてきた。前髪パッツンで、目の大きな、いかにも元気で活発そうな子だ。


 「私は、赤井あかい千尋ちひろ。こう見えて、それなりに体力と腕力はあるから、重いものを運んだりする時とか、困った時には何でも言ってくださいね! 力になりますから!」


 (事故の後遺症のことを心配してくれてるんだ・・・・この子も、悪い人ではないようだな)


 私は、クラスメートとのファースト・コンタクトが無事に済みそうな予感を感じて、少しだけ緊張を解いて微笑んだ。愛想笑いしようと意図したのではなく、自然に微笑みが表情に現れてきた。

 大人相手に、目一杯、気を張って、あれこれ先読みしながら対峙するよりは、取り敢えず同年輩の少女たち相手のほうが、私もそれなりに安心して接することができるようだ。


 「吉川きっかわ理紗です。これから、いろいろとお世話になると思いますが、よろしくお願いします。さっきは、私の挨拶で、みんなびっくりしてしまったでしょう?」


 垣屋朱里は、自分の顔の前で慌てて手のひらを二、三度、振ってみせた。


 「私も、こうした話があることは、本やテレビから知ってはいたけど、実際に自分が接するのは初めてだから、驚きはしました。でも、せっかくこうして、同じクラスで、そして、席も近くなんだから、私にできることがあったら、何でも言ってください」


 慎重に言葉を選びながら話す朱里とは対照的に、赤井千尋は、ずいと身体を乗り出してきて、私の机に左手を軽くついた。


 「そうそう、ええと、袖摺り合うも多少の縁、って言うから、本当に遠慮しないで欲しいです」


 「千尋ちゃん、それ、多少じゃなくて、他生。発音違うと意味も変わっちゃうよ」


 朱里に笑いながらたしなめられて、千尋は頭を掻いた。


 「まあ、似たようなものよ。大まかな意味が通じれば良いの。えーと、これ、単刀直入に聴いてしまっていいのかな。記憶、日常生活を過ごすうえでは心配ない程度って、説明していたけど、何か実際に困ったりしたことはあります? 決して興味本位で聴いているんじゃなくて、事前にある程度、状態がわかっていれば、私たちも、きちんと応援できるんじゃないかと思ったから・・・」


 「あ、同級生だから、敬語はやめましょう! 私、サバサバした性格だから、堅苦しいのが苦手で・・・以前は、どういう性格だったかわからないけれど、少なくとも、今は、こういう感じだから、気を使わないでね」


 「以前は・・・」の部分で、二人の顔には申し訳なさそうな表情が浮かんだ。


 「ああ、えーとね、事故の話とか記憶喪失の話とかについては、本当に遠慮しないで聴いて欲しい。事故の瞬間については全く覚えていないし、怪我のひどい痛みについても、病院で先月に目が覚めるまでの記憶は全く無いから、聴かれても別につらいこととは感じないから。記憶が無くなってしまったことは本当に困ったけれど、でも、それはもう変えようのない現実だし、医者でもない自分の力では、もはやどうしようもないこと。それに、戻るかどうかわからない記憶をただ待ち続けるのは、少なくとも今の私は好きじゃないから、過去は過去として、私はこれからを精一杯、生きていきたいと思ってる。だから、遠慮せずに何でも聴いて。それは、私が、ここで生きていくために、確実に必要なことだと思うから」


 「悲劇のヒロイン」であるはずの少女の口から、思いのほか強い決意表明の言葉を聴いて、朱里と千尋はいささか驚いたようだったが、その反面、「ああ、これで腫れ物に触るように接しなくて済む」という、どこか安堵感に似たような感情も、うっすらと表情に滲んでいた。


 「さっきの質問への答えだけど、自分、家族、友達に関する記憶が消えてしまったから、そういう人間関係の中で作られてきた、生活に関する記憶の一部も消えてしまっているらしい。たとえば、いきなり、こういう話で引かれてしまうかもしれないけど、生理用品の使い方に関する記憶が無くて、ついこの前、お母さんに教えてもらったばかりだよ。一方、さっきの英語の授業とかは、とくに理解に苦しむ点は感じられなかった。生活習慣に関する記憶が一部欠けている、ということから考えると、言わば、外国からの留学生みたいなものだと思ってくれると良いかもしれない」


 私は、意図的に「少女らしい」話し方を採らなかった。まだ「少女の世界」に慣れていない状況で、そうした話し方をするのは、「来日したばかりの外国人が、知ったばかりの日本語を得意げに使って実に珍妙な日本語を話し、反応に困った日本人たちが、とりあえず曖昧な微笑で受け流す」という姿と、何ら変わることはない。

 そんなことを何度も取り返していれば必ず怪しまれることになるし、なによりも、彼女たちの間で、「あの子はちょっと普通じゃない」という違和感が強まり、学校で疎外されるリスクがあった。


 相手と自分があまりに大きく違っていれば、「この人は自分とは違うのだ」と、それなりに割り切って考えられるものだが、違いが小さく、下手に近似している場合には、かえってその「小さな違い」が感覚的に許せない場合も多いのだ。


 民族差別というものは、案外、こうした小さな違いが原因で発火することが多い。自分と大きく異なる犬を嫌う人より、自分に近い行動をとることがあるサルを嫌う人のほうが多い、それと本質的には同じ理屈だ。「近親憎悪」ほど、始末に負えないものはないのだ。


 そうしたリスク面への配慮だけでなく、私は、慣れない女性の言葉を意図して使うことに対して、「少女」を演じているような感覚があって、どうしても嫌だったのだ。「演じよう」という意識がある限り、いつまで経っても、この現実をまだ虚構だと考えたい気持ちが抜けない。


 ただ、女性の言葉を使わないことが、実際に吉と出るか凶と出るか、自分でも測りかねていたのも事実だ。だから、取り敢えず生徒たちの反応をよく見て、あまり芳しくないようだったら、ただちに対応を再検討する用意があった。


 「じゃあ、大阪城を建てたのは、だれかわかる?」


 いきなり、別の少女が話に割り込んできた。


 私の挨拶の時、興味津々で目を輝かせていた、あの髪の短い少女だ。


 「それは、豊臣秀吉だろう。あるいは、もっと厳密に言うのであれば、それは、大工であり、石屋であり、さらに現場の作業員だ」

 

 私は、淡々と答えた。


 「大当たり! すごいねぇ! 大工さんっていうネタの部分まで言われちゃうとは思わなかったよ! そこまでわかれば、大丈夫、ちゃんと暮らしていけるよ! 私が太鼓判を押すから!」


 少女は、我が意を得たりと言わんばかりに、目を輝かせて、私に向かって万歳のポーズをしてみせた。あまりに天衣無縫の態度に、私は思わず表情を緩めて苦笑した。


 「いや、あなたに太鼓判を押してもらってもねぇ・・・・まあ、これから、いろいろお世話になります。どうぞよろしく。あなた、お名前は?」


 「浦上うらかみ晴香はるかだよ。そして、このクラスのクラス委員でもあったりします。学校のこと、何かわからないことがあれば、何でも聴いてね。あと、先生に相談する前に、私に話してもらえれば、すんなり話が通じる言い方を教えるよ! えーと、理紗ちゃんって、呼んでいいの? 吉川さんだと、ちょっと堅苦しい感じがするし、そういう堅苦しいのは好きじゃないって、さっき言ってたよね? このクラス、みんな殆ど名前で呼んでるんだ。中学したからの子も多いしね」


 (世渡りのうまそうな如才ない子だな。まあ、性根の悪い子ではなさそうだし、それに、この態度、場の雰囲気を和ませるために、意図的に演出してくれている気もする・・・それなりに、他人への配慮も、きちんとできそうな子だな・・・)


 気がつくと、私の周囲には人垣ができており、他のクラスメートたちも、口々に自己紹介を始めた。

 

 どうやら、浦上晴香が、このクラスのオピニオン・リーダー、若しくはムード・メイカーらしい。晴香が明示的に私を受け入れたことで、クラスの大勢たいせいも警戒心を解いて、私に近寄ってきたのだろう。


 (まずは、取り敢えず、「通過儀礼」は無事に済んだ、ということかな)


 集まってきたクラスメートたちからは、予想通り、記憶喪失の内容について、根掘り葉掘り尋ねられたが、別に隠す必要もないので、事前に練り上げておいた想定問答通りに回答した。


 そろそろ話題が尽きるか、と思えたとき、次の授業開始を知らせるチャイムが鳴った。「じゃあ、また!」と、クラスメートたちが去ったあと、私は隣席が空いたままになっていることに気付いた。

 

 (どうやら、この席のあるじは、こうした騒々しい場面はお気に召さないようだな)


 ネガティブな態度を一貫して示し続けている、あの隣席の少女の素性が少し気になったので、私は、朱里の背中に向かって、小さな声で呼び掛けた。


 「あの、朱里ちゃん、って呼んでいいのかな? 私の隣の席、なんていう人? それと、どういう人? 私、教室に入ってから、あの人にずっと睨まれてるんだけど・・」


 朱里はすぐに振り返って、少しだけ言いづらそうに口ごもった。


 「その席の人は、赤松あかまつ瑠花るかさん・・・でも、あまり他の人とお話しない人だから、私もよくわからないの。理紗ちゃんと同じように、4年生から編入してきた人よ」


 (私だけでなく、他のクラスメートとも、いまひとつ折り合いが良くない、ということか。それなら、別に私が警戒する必要もないか・・・無用のトラブルを避けるために、なるべく接点を持たないようにしておくのが賢明そうだな・・・・)


 結局、赤松瑠花が自席に戻ってきたのは、授業開始の寸前だった。


      

 「交通事故で重傷を負って記憶喪失の編入生」の噂は、文字通り、あっと言う間に学校内に広まったらしく、休み時間になる都度、教室の入口から室内を覗き込む生徒がどんどん増えていった。

 まだ幼さの残る3年生や2年生、あるいは、もう大人びた顔立ちの5年生や6年生、とにかく学年を問わず、私を一目見ようと訪れてきているようだ。


 (彼女たちは、単に物珍しいのだ。人の噂は七十五日、とよく言われるが、私の場合には、まあ、あと半月も経てば、彼女たちの話題からは消えるだろう。理紗わたしは、隣の赤松ほど美人でもないし、成績だって、かつて高校生をやってた時はそんなに優秀だったわけでもない。そして、運動神経に至っては、まさに散々だった。ここでも、私は「並みの高校生」に過ぎないのだから、いつまでも目立ち続けるわけがない。もうちょっとの辛抱だ・・・)


 クラス委員の晴香が取り仕切ってくれたのかどうかは不明だが、クラスメートたちは、初日から私を質問攻めにするのは遠慮してくれたらしく、休み時間になると、私は、直前の授業の担当教師に対する生徒たちの評価を朱里や千尋に尋ねたり、この学校の「お作法」について説明を受けたりして、比較的静かに過ごすことができた。


 ただ、赤松瑠花は、毎回、授業が終わるや否や、無言で席を立って、教室外に出て行ってしまった。


 午前中の授業が終わりに近づくと、私は空腹感を感じ始めた。


 昨日の午前中は、まだ生理痛のせいで食欲が減退していたが、痛み止めの薬が見事に効いたようで夕方には、かなり身体が楽になっていた。まだ本調子には程遠かったが、それでも最悪期を脱したことは実感できた。

 今朝もあまり食欲は芳しくなかったが、学校に初めて来て、心身ともにエネルギーを激しく消費したせいか、食欲が戻ったような感じだった。

 生理直前の猛烈な食欲と比べれば、穏やかな空腹感だったが、比較的自由な時間に食事を摂ることができた役所時代には決して感じることの無かった、「空腹を我慢する」という経験は、少しだけ身体にこたえた。

 

 (そういえば、この身体からだ、成長期真っ盛りなんだよなあ・・・腹も空くわけだ・・・・それにしても、昼食が待ち遠しい、なんて、久しぶりの感覚だなぁ・・・健全だねえ・・・・)


 登校初日から、腹をキュルキュル鳴らすのもいかがなものかと思い、少しでも気を紛らわせるために、教室の様子を眺めてみると、複数の生徒たちが腹に手を当てて、心なしか足に力を入れている様子が窺われた。


 (ははあ、みんなも腹が減ってるんだな・・・成長期だねえ・・・)


 思わず、「フッ」と失笑が漏れてしまったが、隣席の主はそれを聴き逃さなかったようで、またまた冷たい視線で睨まれてしまった。

 今度は、私にも幾ばくかの非があるので、彼女と視線を合わせないようにして、授業が終わるのをひたすら待つことになった。


 午前中の授業終了を告げるチャイムが鳴り響くと、教室内に安堵の空気が広がった。すぐに千尋が私の方を振り向いて、「一緒に昼食を摂ろう」と誘ってくれたので、一体、どうするのか、少し当惑しながらみていたところ、席の近い者同士、あるいは、仲の良い者同士、机を寄せて食事を摂る慣行になっているようだった。


 母親は弁当を作ると言っていたが、仕事を持っている母親に負担を掛けるのも忍びなかったし、昼食の時間くらい、親の存在を意識せずに自由に過ごしたい、という思いもあって、私は、購買部でパンを買うか、食堂で喫食するか、どちらかで対応することにしていた。


 (今日のところは、せっかくのお誘いもあることだし、購買部でパンを買って、みんなと一緒に食べるとするか)


 千尋もパンを買う派とのことだったので、購買部に案内してもらった。道すがら、千尋は、やや浮かない顔だった。


 「今日は、ちょっと出遅れちゃったからね。たぶん、大変なことになってると思う。覚悟しておいてね」


 千尋の表情の理由は、購買部に着いた途端に理解できた。


 とにかく大混雑なのである。大量の生徒に対して、売店の職員はわずか2名であり、明らかに事務が回っていない。男子校と違って怒号が飛んだり、割り込んだりしようとする者はおらず、取り敢えず、整然と列ができているが、生徒たちの「まだなの?」、「どのくらい待たせるのよ?」という怒気がありありと伝わってくる。


 役所時代には、店に列ができているなら、他の店に行けば良かったが、ここでは、そうした選択肢が無い。

 さらに購買部に入っている店は一軒だけなので、言わば「供給独占」の状態となっており、市場原理が作用しないため、店側にサービス改善のインセンティブが働かないのだろう。


 今は亡き共産圏諸国の「配給待ち行列」を彷彿とさせる光景に、私は思わず呟いた。


 「まるで、戦後みたいだ。リンゴの唄が聞こえそうだ」


 「いや、今も、一応、戦後なんだけどね。そんなことより、早く並ばないと、パン買えないよ」


 千尋に促されて行列の最後尾に並ぶと、たちまち周囲の生徒たちが私を見て、ひそひそ囁き出した。


 「理紗ちゃんは、背が高いから、余計に目立つんだよ。まあ、悪口言われているわけじゃないから、心配しなくて良いよ」


 幼い皇帝が出座すると、居並ぶ官僚たちが皇帝に注目して一斉に三跪九拝する。映画「ラストエンペラー」のそんな一場面を思い浮かべながら、それと同時に、「人は誰でも、一瞬だけ英雄になることができる」という言葉を、私は思い出していた。


 (・・・早く目立たないようになりたい・・・私は、ここでは波風を立てずに平穏無事に生きたいんだ・・・学生のうちは、とにかく自分の能力を高めることだけに集中して、大学を卒業するまでに、ある程度、「成功の礎」を固めておきたい・・・そうでないと、「下りのエスカレーター」に乗ってしまっている、この日本では、もはや生き抜いていくことはできない・・・・)


 生徒でごった返す購買部の中で、私は、この先に待ち構えている苦難の連続を想起して、早くもうんざりした気分になった。


 購買部からようやく生還して、朱里や千尋と一緒に昼食を摂り始めると、「私も混ぜてもらっていいかな?」と晴香が寄ってきた。

 断る理由もないし、朱里や千尋もとくに嫌がる素振りを見せなかったので、晴香を迎え入れたが、これは本当に正解だった。


 晴香が加わるだけで、話題の幅がぐっと広がるし、その場の雰囲気が明るくなる。晴香は、話題が多いだけでなく、頭の回転が速いのだ。それでいて、あまり軽薄なところまでは落ちない。


 (これは、天賦の才だな。この子は、道を間違えず、そして、地道にきちんと知識をつけていけば、将来、大成するだろう)


 私は、役所の同期の中で「エース」と言われている友人たちの顔を、どこか遠くに思い出していた。


 「そういえば、理紗ちゃんは、どの部活に入るの?」


 朱里から尋ねられると、私は、千尋や晴香の顔を順に眺めた。


 「そもそも、どういう部活があるのかすら、わかっていないんだ。まずは情報収集だな」


 私の、至極当たり前な、全く面白みの無い答えを聴くと、晴香は笑いだした。


 「理紗ちゃんって、話し方、おもしろいよね! なんだか男の子っぽい!」


 (いよいよ、来たか。ここが正念場だ)


 「意識が戻ってから、病院で男性の医者とばかり話していたら、こういう話し方になってしまった。以前は、もっとオンナノコっぽい話し方だったらしいが、以前の記憶がリセットされ、目が覚めた後にインプットされた情報が病院の男性の医者の言葉ばかりだったから、こうなった。まあ、自分では、嫌いではないよ。女性っぽい話し方は、自分には合ってないような気もするしね。むしろ、聴きたいんだが、オンナノコの代表、的なあなたとしては、この話し方は駄目だと思うか?」


 「いや、そうは思わないよー! 雰囲気に合ってて良いと思う。千尋も朱里も、そう思うよね?」


 二人が頷くのを見て、私は、力が抜ける思いがした。とりあえず、「通過儀礼第二弾」もクリアできたようだ。


 「それから、私のことは、晴香って、呼んでいいよ。その代わり、私も、理紗って、呼んでいい?」


 これも、私にとって、本当に助かった。天の助け、渡りに舟、だった。少女たちの間では、どういうタイミングで、「苗字で呼ぶ」、「名前をさん付けで呼ぶ」、「名前を呼び捨てにする」という、プロセスが辿られるのか、皆目、見当がつかなかった。


 万一、機が熟する前に名前を呼び捨てにして、「馴れ馴れしい」とか「何様?」とか言われたりすると、もはや取り返しがつかない失態になる。そんな事態は、まったくもって勘弁してもらいたかった。


 (この子、もしかしたら、私が困っているのを、敏感に察知して、うまく水を向けてくれたのか?・・・・いや、さすがにそこまでの能力はあるまい。ただ、物事の流れが、偶然、うまくいっているだけに過ぎないな・・・・とにかく、ここは、ありがたく、ご提案に乗らせて頂くとしよう)

 

 「うん、わかった。それでは、早速、晴香に質問。晴香は何部なの?」


 「私はね、帰宅部!」


 「え、部活、入ってないのか?」


 「うん! 私のやりたいことが、ここの学校の部活には無いの。だから、これまで3年間、部活に入ってないよ」


 「部活、入らなくて良いのか? 先生は、できるだけ入れ、って言ってたけど・・・・」


 「それは、あくまで、できるだけ、であって、必ず、じゃないのよ」


 「そうなのか。晴香のやりたいことって、何なの?」


 「私のやりたいことはねぇ、ズバリ、経営!」


 「え、経営? それって、会社を新規開業するってこと? どの業種で開業したいの? きちんと事業計画書を準備すれば、政府系金融機関の中小企業育成公庫から開業支援資金の低利長期融資が受けられるよ。民間の金融機関でも、成長支援融資の対象に認定してもらえると、低利融資を受けられるし・・・」


 「理紗、開業の手続きとかに詳しいねぇ」


 晴香は、目を見開いて、私の顔をまじまじと見つめた。


 「入院してるとき、毎日暇ですることが無かったから、テレビや経済新聞を読んで仕入れた知識の受け売りなんだよ」


 (そりゃあ、経済財政産業省まえのしごとで、中小企業の開業支援も担当していたからな。まあ、怪しまれるのもなんだから、ちょっと気をつけよう)


 「へぇ、そうなんだ。あ、私のうち、造り酒屋なのよ。地元ではそれなりに老舗で大手なんだけど、最近、売り上げが落ちてきて、ちょっと苦しいらしいのよ」

 

 晴香は、微かに顔を曇らせて、軽く溜息をついた。 


 「実家の経営か。今は、人口が減ってきてるうえに、高齢化でお年寄りが増えて一人当たりのお酒の消費量も落ちてるし、20代の人とかもあまりお酒飲まなくなってきてるから、ちょっと厳しいよね・・・。ところで、千尋や朱里は、どの部活に入ってるの?」


 (なんとか、うまく誤魔化せたか。ただ、それにしても、そろそろ本当に経済新聞を毎日、きちんと読むようにしたいよな。このまま「女子高生」やってたら、確実に時勢に遅れてしまう。今日帰ったら、母親に頼んで、父親の読み終わりの新聞を貰うようにしよう)


 「私は器楽部、千尋は水泳部よ。ちなみに、私はクラリネット担当。一年生から続けてるのに、なかなか上達しないのが残念だけど・・・。理紗は、背も高いし、バスケとか運動系の部活が向いてるんじゃない? 私も、もう少し背が高かったら、人生変わってたかもしれないな・・・」


 朱里は、私の上半身を下から上に眺めながら、「ふぅっ」と溜息をついた。


 「いや、まだまだ成長期だから、望みはあるんじゃないの? それに、その代わりに成長しているとこが別にあるでしょ?」


 千尋が悪戯っぽく笑うと、朱里は「もう!」と少し頬を赤くした。 


 「それはともかくとして、私は、運動神経がどこまで良いのか、まったく未知数だからなあ・・・。親の話だと、以前はそんなにアクティブではなかったようだし、今は、まだ怪我の後遺症も完全には癒えていないしね・・・。今は、まず自分の能力をきちんと見極めないといけないなぁ・・・」


 腕組みをして、うーん、とうなると、晴香が珍しく神妙に頷いた。


 「そうだね。とにかく、無理は禁物だね。まずは、学校に来ることに慣れないと。通学、結構、労力使うからね・・・。うちなんか、多摩から通ってるから、通学時間がかなり長いんだ」


 「うちは富ヶ谷。明治神宮の向こう側だから、比較的近いけど、とにかく足が弱ってるから、長時間歩くのは、実は、まだちょっとしんどいんだ。2か月も、ベッドの上っていう、重力の少ない世界にいたわけだし・・・。宇宙飛行士が地球に帰還した直後に歩けなくなっているのと同じ理屈だね」 

 

 (ちょっと話題が重くなったか・・・辛気臭い話ばかりしてても、仕方ないしな・・・)


 私は、食べかけのパンをティッシュの上に置くと、少し伸びをしてみた。小さく内向きに縮み始めていた世界が、また外に向かって広がるような気がした。

 首をぐるりと回してみたとき、ふと、昼休みに入ったときから空いたままになっている隣席に視線がとまった。


 「そういえば、私の隣の人、赤松さん、だったかな、いつも休み時間になると出て行ってしまって、授業始まるまで戻って来ないね。どこで何してるのかな? 私が隣の席に来ることになって、今日はちょっと騒々しくなってしまったから、気を悪くしてなきゃいいんだけど・・・」


 千尋、朱里、晴香は、お互いに顔を見合わせると、「誰が話す?」(千尋)、「私はちょっと」(朱里)、「それじゃ私が言おうか?」(晴香)、という会話を、瞬時に視線で交わし始めたようだった。


 数秒間の沈黙のあと、晴香が表情を少し引き締めて、おもむろに口を開いた。


 「赤松さん、クラスの人とは、殆ど誰とも話さないの。なんか他人を寄せ付けない感じなのよね。まじめで、決して悪い人ではなくて、ただ寡黙なだけなんだとは思うけど、とにかく誰とも打ち解けないのよ。編入生だから、校内での知り合いも殆どいないはずだし、私も、クラス委員としても、個人としても、心配してるんだけどね。最初は、クラスのみんなも気にして、いろいろと声を掛けてみたりしたんだけど、必要最小限の答えしか返って来なくて、そもそも会話が成立しないのよね。いつも冷たく怒っているような感じで・・・」


 「ついた綽名あだなが、不機嫌姫。当然、部活にも入ってないし、休み時間にどこに行って、何をしているのかも、誰も知らないし、みんなも知ろうとしない。彼女のプライベートには決して足を踏み入れてはいけない、そんな雰囲気が漂っているんだよね。別に理紗のことを怒っているわけじゃなくて、あの人はいつもあんな感じだから、いちいち気にしなくて良いよ。そうだよね、晴香、朱里」


 困惑気味に言い淀んでしまった晴香の言葉を引き継いで、千尋が渋い表情で続けた。

最近の高校生の会話っぼく書けているのか、やや不安な来宮です。

高校を卒業してから、それなりに時間が経ってしまっているので、当時のことを思い出しつつ、なんとか書いています。

ちなみに、私は前髪パッツンが好きでした!

さて、昨日の掲載分についても、読者の皆さまからご評価を頂くことができました。非常にありがたく、この場をお借りしまして、心から御礼を申し上げます。頑張る気力に直結しております! 


読者の皆様、引き続きご評価を何卒よろしくお願い申し上げます!

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