無機質な部屋
最近、朝の目覚めが極端に悪い。
毎晩遅くまで、資料や本を読んだり、それに飽きるとネットで動画を見ているので、どうしても寝不足になってしまうが、それは「必要コスト」として割り切るべきなのかもしれない。
そうでもしないと、日中は目先の仕事に追いまくられて、自分の知識をインプットなど到底できないし、ストレス解消のために、何か息抜きをしないと、張りつめたゴムは、いつか切れてしまうものだ。
今朝も、なんとか目覚めたものの、頭が重くて、意識もなかなか鮮明にならない。
(ああ、もう朝か。もう少し寝ていたいのに・・・)
いくら、寝ていたいのに、と言っても、社会人はおいそれと休暇を取るわけにはいかない。それに、今年に入ってから、風邪とインフルエンザで、かなり長期間の有給休暇を取ってしまっている。夏休み、年末の休みなどを勘案すると、有休の残り具合いがちょっと怪しくなってくる。
それゆえに、毎朝、「今日は身体が重い」、「今日は、寝不足で頭が痛い」と、休む理由をいろいろ並べつつも、やっぱり有休を取る覚悟はできず、ベッドの中で、数分間、煩悶してから、憂鬱な気持ちで起き上がるのが日課となっている。
憂鬱な朝を少しでも快適にしようと、先日買った芳香剤は香りが切れてしまったらしく、今朝はもう何の香りもしない。
枕の脇に置いてあるスマホからは、まだアラームの音は聞こえてこない。設定時刻より少し早めに目覚めてしまったことに、損をした気分になりながら、俺はスマホに右手を伸ばした。
が、腕が動かなかった。何か堅いもので右腕が固定されているらしく、そのうえ無理に動かそうとすると、肉がひきちぎれるような激痛が走った。あまりの痛さに「ぐあっ」としか声が出せず、痛みが薄らぐまで身体を硬直させるしか、手の施しようがなかった。
涙まで滲んでいる。痛みで涙を流すなんて、20年ぶりくらいだろうか。歯科医で歯を削ったりするときも、医師から我慢強いと驚嘆されるほど、俺は痛みに対する耐性は強いほうだ。そんな俺でも、こんな文字通り腕がちぎれるような痛みは、これまでの記憶に無い。小学生の時に、砂利道で転んで額を切ったときも、出血は多かったけど、痛みはこれほどじゃなかった。
ようやく痛みが薄らいだので、とにかく起き上がってみようと、いつものように右足に体重をかけて起き上がろうとした。今度は、瞬時にまったく声も出せないような激痛に襲われた。
噴き出してくる脂汗をじっとりと感じつつ、拳を堅く握りしめて、また痛みが過ぎ去るまで待つしかなかった。あまりにひどい痛みに遭遇すると、人は息をすることすら困難になるほど身体が強く硬直するものだ、と俺は初めて知った。
さすがに二度も激痛に襲われると、いやでも意識ははっきりと覚醒する。用心深く、まず両手と両足の指を動かしてみる。これはちゃんと動く。
次に、左手をゆっくりと動かしてみる。右手と違って、痛みもなく、腕が動くし、肘もきちんと曲がる。それがわかった時点で、左手をそろそろと動かして、右手に掛っている布団をめくってみた。
右手は、肘の少し上から手首の少し上まで、包帯でぎっしりと巻かれていた。2、3度、躊躇した挙げ句、ようやく意を決して左手で包帯をそっと触ってみると、何か堅いものの上に巻かれているのがわかった。
(これ、ギブスじゃないか?)
何事にも臆病な俺は、生まれてこのかた、ギブスをつけるような怪我をしたことは無かったが、骨折した友人を見舞ったときに、ギブスを触ったことがあった。小学生のときの記憶なので、はっきりと覚えているわけではないが、確かこんな感触だったような気がする。
訳がわからないまま、布団をめくった左手に何気なく視線を移したとき、ぎょっとした。左手の甲にも包帯が巻かれていた。慌てて腕をみると、手首から肘下までびっしりと包帯が巻かれている。左手を握ったり開いたりすると、まだ少し痛みを感じるが、激痛というほどではない。しかし、両手ともこんな状態だというのは尋常じゃない。
「寝ている間に怪我をして、夢うつつで自分で包帯を巻いたのか。いや、包帯は自分で巻けても、ギブスなんか嵌められないぞ」
慌てて飛び起きようとして、つい、いつもの癖で右足に力を入れてしまい、また激痛に襲われた。「ぐうっ」と声が漏れるけれど、今度は痛みが引くまでじっとしていられず、自由の利く左手で布団をめくってみた。
右足は、太腿から足の先まで包帯で分厚く巻かれていた。痛みが引いてから、恐る恐る触ってみると、右手と同じように、包帯の中に堅いものの感触があった。
そして、視線を足から腹あたりまで戻して、気がついた。パジャマが、俺のいつも着ているグレーの布地ではなく、淡いピンク色の薄手の布地であることに。
慌てて、しかし、さすがに今度は慎重に左足のほうに力を入れ、左手をベッドに突いて、ようやく上半身を起したとき、テレビも、机も、その上のパソコンのモニターも、本がびっしりと詰まった本棚も、何もかもがきれいさっぱり無くなっており、妙に広々とした空間が広がっていることに気付いた。
「ここは、自宅じゃない。一体、どこなんだ?」
その部屋は、入口の扉が引き戸になっており、窓には薄手のカーテンが引かれていた。
ベッドの左脇、頭の近くには引き出しのついた高い台のような家具が置かれており、その上には、水の入った、明らかに飲みかけのペットボトルがひとつだけ、ぽつんと置いてあった。そのミネラルウォーターは、いつも俺が飲んでいるガス入りの銘柄ではなかった。
ベッドの右脇にも同じような家具があり、その上には、液晶モニターが置かれていたが、明らかに自宅にあるテレビよりも薄くて、高級品のように見える。
そして、自宅のテレビとの違いは、もうひとつあった。液晶モニターの右脇にボタンが幾つも並んでおり、その下には「カード挿入口」と書かれた白い文字がプリントされており、そのすぐ下の挿入口には、ごく薄い磁気カードのようなものが差し込まれていた。
ベッドの上から見える光景からは、自分の居場所がどこなのか、よくわからない。どこかで見覚えのある光景ではあるけれど、そこがどこで、一体、いつ見たのか、まったく思い出せない。
ただただ、辺りをきょろきょろと見回していると、部屋の外を通り過ぎるコツコツコツという靴音が聴こえてきた。その音で、俺は我に返った。
「こうしてベッドにいても、何もわからないままだ。とにかく起きて、外の様子を見てみよう」
また痛くなると困るので、ゆっくりと右足をベッドの上でスライドさせながら、少しずつ、もぞもぞと身体をベッドの左側に寄せていき、左手を床の上に下ろしてみた。
ひんやりと冷たく、そして、滑らかな床の感触が、裸足でどこでも歩き回っていた子供の頃の記憶を、一瞬、呼び覚ました。その姿勢のまま、ゆっくりと右足をベッドから床に下ろしたものの、右足に力を入れられない以上、結局、立つことはできないんだ、と、やっと気付いた。
こんな単純な顛末すら予想できなくなっている自分に、どうしようなく腹が立って、俺は左手でベッドを思い切り殴った。ドウーンという音とともに、上半身が揺れ、それが右手と右足にも伝わって、それぞれ微かに痛みを感じた。
なす術も無く、ベッドに腰掛けて両足を床に下ろした状態のまま、5分ほど、どうやってベッドから離れるか思案していたとき、不意に尿意を感じた。
「このまま動けないと、トイレに行けず、大惨事になる! 40過ぎたオッサンがお漏らしなんて、あまりにも悲惨すぎる! とにかく動かないと!」
尿意はゆっくりと強まってくる模様だったので、まだ時間的余裕はある。立って歩けないなら、床を這いずって部屋の外に出て、とにかく声を上げて、誰かにトイレに連れて行ってもらうしかない。
俺は、左足に重心を掛けて、そろそろと冷たい床の上に降り、そのまま床の上にお尻を下ろした。右足は伸ばしたままなので、まるで失敗したコサックダンスのような格好で、床の上に座ることになった。
幸いなことに床はよく磨かれていて、さほど摩擦が激しくなかったので、俺はお尻を床面につけたまま、尺取り虫のように左足を動かして床をずるずると滑っていき、なんとか扉の前まで辿り着くことができた。引き戸だったので、床の上に腰を下ろしている俺でも、なんとか扉を開けることができた。
ゴロゴロという車輪の回る鈍い音を残して、扉はゆっくりと左に開いていった。
これまで小説らしきものを書いた経験が殆ど無いので、とにかく苦しみつつ、仕事の合間を見て書き進めていくことになると思います。「誰でも、チャンスを見極める力と、前進する意欲さえあれば、世の中を変えられる可能性があるんだ」というメッセージが伝われば嬉しいです!