幻影
島村かよ子が死んだ。
享年16才だった。
かよ子は、世間で言う根暗だった。
小学校低学年から、休み時間は読書をして過ごしていた。
私は、
「彼女と友達だったのか」
と聞かれても、
「いや、別に?」
と答えるしかない。彼女とは一度か二度しか話したことがない。しかも、話の内容も大した物ではない。
「金田さん。」
「!?…何??」
「消しゴム落ちてたよ。」
「ああ、ありがと。」
覚えてる範囲ではこんなもんだ。
そんなかよ子がいじめられるようになったのはいつだったか。
確か小学5年あたりだ。
最初は、クラスの子供な男子がからかい程度にかよ子にちょっかいを出し始めた。
ペンを隠す。靴を隠す。
それに対し、かよ子は何の抵抗も見せなかった。
男子達はそれを、自分達への恐怖のためだと思い、調子に乗り始めた。
ペンを隠すだけだったのが、折ってあったり。
靴を隠すだけだったのが、泥だらけにしてあったりと。
確実に確実にいじめはエスカレートしていった。
人は他者を見下すことに優越感を覚える。
ただそれを実行するか、しないかだ。
6年になると、男子に混じり、女子の何人かも彼女をいじめた。
ある時、女子何人かに連れていかれたかよ子がびしょ濡れになって戻ってきたことがあった。
先生はびっくりして、
「何かあったの?」
と聞いたが、だんまりなかよ子の態度に嫌気が差したらしく、すぐにかよ子から離れた。
何かあったの?なんて、当たり前なことを聞く先生も先生だったが、かよ子もかよ子だった。
かよ子は、その後も何度か先生に同じような質問をされていたが、一言も話さなかった。
何が彼女をそうさせていたのか。
先生は頼りないと思っていのか。
もはや全ての人間を信用していなかったのか。
今となってはもうわからない。
そして私達は卒業した。
しかし、結局ほとんどみんな同じ中学だったので、特別変わったことはなかった。
それはかよ子のいじめについても言えることだった。しかし、一つだけ違ったのは、いじめる人が増えたことだった。
違う小学校だったり違うクラスだった子の中でいじめに加わる子がいたのだ。
ますますかよ子は居場所を失っていった。
でも、そんな状況でも、かよ子は一度も学校を休まなかった。
毎日休み時間は同じように読書をしていた。
そして、状況は変わることなく、私達は二度目の卒業を向かえた。
私とかよ子は高校が同じだった。
高校はこのように何人かは同じ中学だった子も一緒になったりしたが、かよ子をいじめていた人は一人もいなくなった。
かよ子に平穏が訪れた………………はずだった。
かよ子は高校でまでいじめられるようになった。彼女の根暗な性格がそうさせたのか。
結局また逆戻りになってしまったのだ。
そして、そんな日が続いたある日…
かよ子は死んだ。
自殺だった。
自宅で首を吊っているのをかよ子の母親が発見したのだった。
遺書は残されていなかった。
いじめられて自殺した人は遺書に、いじめられていたという事実や、いじめていた人について書き残したりする。
いじめにいじめぬかれたのだ。
かよ子もそのくらいしたっていい。
むしろするべきだったとさえ思った。
しかし、彼女は書かなかった。
何故なのか。私には皆目見当がつかなかった。
まあ、おかげでいじめていた人達に関しては精神的なショックは大きかったものの、1年、2年と経つにつれて、かよ子の死は忘れられていった。
それは私も例外ではなかった。
むしろ私はいじめてないし、関係ないとさえ思っていたので、それは当然だった。
そして向かえた三度目の卒業。
私は大学に進学し、一人暮らしを始めた。新しい生活は大変だったが、自分のやりたいことをやり、友達もでき、充実した日々を過ごしたいた。
夏が過ぎ、秋になり、私はだいぶ生活に慣れてきた。
ある日の帰り。五時頃だったろうか。私は家の近くの川の土手を歩いていた。
すると、子供の声が聞こえた。小学生くらいだろうか。覗いてみると土手のした、川の横で小学生の男の子が5〜6人、一人の男の子を囲んでいた。男の子は泣いてしゃがみこんでいた。
いじめ。
その言葉が頭に浮かんだ。
一人をいじめている男の子達の側に、ただただそれを見つめる女の子3人がいた。
脅えるでも、止めに入るでもなく、ただ、ただ見つめていた。
「かわいそ。止めてあげればいいのに…」
ぽそりと呟いた瞬間。
全ての時間が止まった。
私と、もう一人以外の。
いつの間にか、女の子が5人に増えている。
元からいた女の子4人と、男の子達は動かない。いじめられている男の子も動かない。
そんな中、いつ加わった分からない女の子がこちらを向いた。
一瞬息が止まる。
私は知っている。その女の子の顔、服。全てに見覚えがある。
私だ。
あの頃の、小学生の私だ。服も当時の物を着ている。
私と私は見つめあう。
小学生の私は、無表情で見つめてくる。
音が聞こえない。聞こえるのは心臓の音だけ。やけに大きく聞こえる。
私が、小学生の私が口を開く。
声は聞こえないが、口の動きで分かった。
『オ、マ、エ、モ、オ、ナ、ジ、ダ。』
にやりと私が笑う。小学生の私が笑う。
「い、ぃや…」
私は後退る。
「ぁ……いゃぁ…」
頭の中で何度も繰り返させる。
『オ、マ、エ、モ、オ、ナ、ジ、ダ。』
違う。私は関係ない。
『オ、マ、エ、モ、オ、ナ、ジ、ダ。』
違う!やめて!私は何もしてない!
『オ、マ、エ、モ、オ、ナ、ジ、ダ。』
涙が溢れてくる。
唇が震える。
いや。いや。いや。いや。
「いやあーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!」
私は叫んだ。
世界に音が戻る。時間が動き出す。
私はいなくなっていた。
あとに残されたのは、驚いた様子でこちらを見つめる小学生達と、膝をついて泣きじゃくる私だけだった。
まだまだ初心者、そしてまだまだ子供な私です。読者様の評価を受け、これから成長していきたいと思っております。