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六花と炎と死神と。  作者: 神楽宮
無色の章
1/4

プロローグ:世界のどこかにて、リンドヴルムの後悔。

 アイツの事を、思う。

 冷たく凍てついた氷の柱に眠る、もう何百年も前に死んだ女。


 名前は、何と言っただろうか。


 どんな声だっただろうか。


 もう霞がかった記憶を漁っても、思い出す事ができない。



 髪の色は黒だった。


 けどそれは、氷の柱に眠るアイツが黒髪だから、そう分かるだけだ。

 あの柱がなければ、もう覚えてないだろう。


 瞳の色は青だった。


 けどそれは、氷の柱をアイツが自分で作ったから、そう分かるだけ。

 氷属性の魔法を使う者は、皆青い瞳をしているからだ。



 ・・・あの柱がなければ、やっぱりこれも忘れていたんだろうか。



 俺はそれだけ、長く生きたのだろう。





 アイツは、また巡ると言った。


 人でもエルフでも獣人でも、また生まれ変わったら自分は俺を捜すと。



 言葉の細かいニュアンスも、どんな状況だったのかも、もう覚えてない。




 記憶のバックアップを捜さなければ、というこの思いとて長くは持たないのだろう。



 もう、それだけの月日を生きた。


 数えるのが億劫になるほどに。





 アイツはきっと、俺から忘れられたくなかったんだ。


 だから最期に、生きながら自分を氷に封じた。


 時の流れから離れて、俺がアイツを覚えていられるように。



 けど、俺はもうアイツの事をほとんど覚えていない。



 水晶に封じた記憶を見ても、いずれ自分の事だとわからなくなる日が来る。






 「ごめんな、―――」





 沈黙の中、名前を呼んだつもりになって。



 その沈黙が痛くて。




 小さな意地を張らずに、ちゃんと名前で呼んでやれば。



 そしたら俺は、今でもアイツの名前を覚えていたんじゃないか?





 そんな後悔も、もう遅すぎて。






 氷に映る俺は、泣いていた。



 涙の熱を、久々に感じた。




 呼びかける名がない事が、悲しかった。








 俺はアイツの眠る部屋を出て、思いきり吠えた。





 時に遺された竜の咆哮が、聞く者のない平原に響いた。

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