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異世界巨大アパートのエルフ管理人は忙しい  作者: 猫目少将@「即死モブ転生」書籍第二巻3/13より好評発売中!
第二部 食いしんぼエルフ ――管理人の謎の食欲──

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〇四三九二号室 三角関係劇場「愛の西瓜汁」

「困ったわねえ……」


 頬に手を当てて、お嬢が溜息を漏らした。


「なんとか出てきてくれないかしら」

「ヤケになってるみたいっすね」


 あっしとお嬢が立っているのは、〇四三フロア。〇四三九二号室の前でやす。周囲に、楡の木警察の人質解放チーム。離れて規制線が張られていて、外側に野次馬がてんこ盛りっす。


「とにかく、人質優先で交渉をお願いします」


 楡の木警察のメグレ警部は、小柄で猫背なものの眼光鋭い、渋い中年のヒューマンでやす。いつもならお嬢が例によって惚れっぽくなっても不思議でないものの、事態が事態なので、それどころじゃない雰囲気で。


「でもわたくしたち、いつもは鍵の付け替えだとかお風呂の水漏れとかをなんとかするのがお仕事ですし。立て籠もり犯と交渉しろと言われても、なにがなにやら……」


 さすがのお嬢も困惑してやすな。


「なにかの勘違いじゃないんすか。あっしらを呼べとか」

「犯人の要求がそれでして。とにかく管理人を呼べと」


 メグレ警部が、改めて事件の概要を解説してくれたっす。


 ここは浅層で、初期に開拓された農場フロアでやす。といってもなにせ屋内なので露天の畑とかはほとんどなく、各部屋が野菜工場に魔改造されてやす。いえ早い話、蒸気パイプから熱を盗掘して熱源とし、配電盤から盗電して強力な照明を当てて促成栽培。そいつを自由市場という名の闇市で販売してるってわけで。


 立て籠もりの犯人は、農場労働者のなにがし。酔っ払って彼女と大喧嘩の末、そのまま彼女を引っ掴んで農場の一室に籠城したとか。喧嘩の原因は、三角関係。どうやら彼女が浮気していたらしいっす。同じフロアの品種改良研究員と。


 ……でまあ、犯人の要求が、なぜか「管理人を呼んでこい」って話で。緊急連絡であっしらが引っ張り出されたって経緯。


「せっかく午後のおやつの時間だったのに」

「はあ……」


 警部も呆れてやすな。お嬢が不機嫌なの、例の底なしの食欲――あわわティータイムを邪魔されたせいでやしょう。


「そう言わず、ご協力を」

「わかりました。……仕方ないわね」


 ほうっと、お嬢が息をついて。


「やるわよ。コボちゃん」

「へい」


 拡声器を受け取ると、口に当てて。


「あーあーあー。ただいまマイクのテスト中」

「いえ。それはいいんで」

「あっそう。……一応試しておかないとって」

「はあ」

「えーと。犯人に告ぐ。人質を解放して早く出てらっしゃい。お前のお母さんは泣いているぞ。おやつの蜂蜜パイ、どうしてくれるのよ。あれ時間が経つとしぼんじゃって、おいしくなくなるのに。できたてのときは、さくっとした歯応えと香味豊かでねっとりした蜂蜜の旨味が相まって、これがまた絶妙の――」


 刑事モノで観ただか読んだセリフ丸出しなものの、後半はなに言ってるんでやんしょうか。


「お前、管理人か」


 中から声がした。


「そうそう。名乗るの忘れてたわ。てへっ」


 てへっ――でもないでやすな。立て籠もった農場には窓なんかないので、もちろん中の様子はわかりやせん。扉も厳重に施錠されているとの話で。


「わたくしは管理人のイェルプフ・ケルイプ。またの名を――」


 救いを求めるようにあっしを見つめてきたんで。


「お嬢、今回はそれパスにしやしょう」

「そうそう、パスよ。だって急がないとパイが――」

「は、早く要求を聞いて下さい」


 メグレ警部も、やや焦り気味の様子。まあ当然っすな。


「それで、わたくしを呼んだって話だけど、なんの用なの。デートの申し込みならコボちゃんを通してもらうけれど、わたくし多分どなたとも――」

「こっちは要求を聞いたっす。早く解放するっす」


 埒が明かないんで、思わず拡声器を奪ってしまいやした。


「呼んだのには訳がある」

「それはそうよねえ……」


 またお嬢に奪われたっす。睨まれたんで、もうでしゃばるのは止めにしやす。


「た、助けてーえ!」


 中から女の悲鳴でやす。人質にされた彼女ですな多分。


「お前は黙ってろ。そもそもお前がアントニウスなんかと――」

「あのー……。そっちで勝手にやられるんだったら、わたくし帰りたいんですけど。だっておやつが――」

「要求はこうだ」


 犯人が初めてまともな説明を始めやした。話を着けるから、とにかく浮気相手のアントニウスを連れてこいって話で。あーちなみに犯人の名前はプトレマイオスで、彼女がクレオパトラ。めんどくさそうな三角関係でやす。


 どうもこのアントニウスとかいう男は研究一筋でかなりの変人らしく、管理人でも連れてこないと言うことを聞きそうにないってのが、お嬢を呼びつけた理由でやんした。


「もし要求を拒んだら、どうする気」

「そんときゃだな、この浮気女を……」

「殺すのね」

「いや、西瓜汁に全身漬ける」

「スイカ?」

「西瓜汁だけはいやあーっ!」


 彼女の絶叫でやす。


「……西瓜汁って?」

「なんでも、西瓜はこのフロアの主要産物のようで」


 メグレ警部が解説を始めた。西瓜は聖なる作物として崇められており、不用意に西瓜汁を体に着けると、不浄な不埒者として、このフロアでは爪弾きにされるとかなんとか。それを何百年も守ってきたとかで。


 ……なんというか、どうでもいい風習を代々受け継ぐとは、このフロアの店子さんはけっこう「アレ」というか……。よく言えば純情っすな。


「要求を聞き入れていいの?」


 お嬢がメグレ警部に確認しやす。たしかに浮気相手なんか連れてきたら、殺されそうでやすな。それかそれこそ西瓜汁の刑か。


 そっちはなんとかするから、とにかく連れてきてほしいというのが、警部の答えでやんした。


         ●


「えーと、アントニウス? さーん。いらっしゃいますかあ」


 〇四三階層の品種改良研究員、アントニウスの居室で、お嬢が扉を叩いた。


「今研究中だ」


 けんもほろろといった声が返ってきたっす。もちろん扉なんか開けやしない。


「それどころじゃないんですけどー」

「もう少しで新品種の遺伝子が――」


 ここでも埒が明かないんで、あっしが鍵をハックして開けやした。


「ギイイイイイィーッ」


「うわっ眩しい」


 お嬢が瞳を細めやす。たしかに、室内はどえらく眩しいっす。部屋中、とてつもなく明るい照明で照らされてやすな。


「なんだあんたらは。どうやって入った」


 血相変えて詰め寄ってきたのは、二十代と思しきイケメン系ヒューマンの旦那。アントニウスって店子さんでやしょうな。


「なにここ……」


 お嬢が絶句してやす。眩しさに目が慣れてきて周囲のなんやかんやが目に入ってくると……、たしかにこの部屋は異様でやす。


「気味悪い。……これミイラでしょ」


 指差す先にあるのは、一メートルくらいっすかね、干乾びて縮こまった焦げ茶色の、なんだか生物のミイラらしきもの。一体じゃなく、異なる体型の奇妙な奴が、いくつも置かれてやす。一見、ヒューマンのような体型でも、異様に長い首に鳥のような翼がある奴とか。昆虫の体型に魚っぽいエラとヒレが生えてる奴。はたまた四足の草食動物に一角と翼の生えている、神話のユニコーンそっくりのものとか。


「見たことのないモンスターよねえ。……ねえコボちゃん、こんな店子さんいたかしら。行方不明の手配とか。誘拐事件は、まさかの連続店子殺人事件へと発展……」


 瞳がキラキラしてやす。ほんとにもう、B級ストーリー好きもたいがいにしろと。


「いえお嬢、こいつらはキメラっす」

「キメラ?」

「キメラというのはですねえ、管理人さん。別種の生物をかけ合わせた、不自然な混血のモンスターのことです。こいつらはおそらく、自然に発生したものではない」


 アントニウスと名乗った店子さんが、解説を始めた。だだっぴろい研究室には様々な植物の苗や種子のガラス瓶、果実の山なんかが置かれてやす。女っ気のなさそうな無愛想な居室で、隅に質素な寝台が置かれ、古臭い書籍が並ぶ本棚が存在感を放っていて。


「どこでこんなミイラを……。店子さんが作ったのかしら」

「いえそんな……」


 アントニウスさんは思わず苦笑いしてやす。


「こいつらは全部、遺跡フロアのとある建物の中で発見したんです」

「遺跡フロアなんて、そう簡単には入れないでしょ。そもそも階段が通じてないところが、ほとんどだし」

「遺跡フロアは『アーカイブ』って呼ばれてやすからね。伝説によると、なんでも古代の異世界文明を圧縮して封じ込め、来たるべき『約束の日』にその情報を展開――」

「この階層には古代の研究室跡があって、そこから大深度までの直通エレベータがあったんです。ええ。ご想像のとおり、そこがとある遺跡フロアだったってわけなんです。……壊れたんで、もう行けませんけど」


 品種改良のため古代植物の種子を求めて遺跡フロアに入り浸っていたと、アントニウスは告白しやした。稀少植物を求めての冒険で、謎の建物を発見。どうやら古代の研究所らしき施設で、そこの一室にこれらキメラのミイラが大量に保管されてたらしいっす。


「このミイラにこそ、古代の生物種爆発増の鍵が隠されていると、私は思ってるんです」


 鼻息も荒く言い切って。加えて植物の品種改良にも応用できるのではないかと、研究を続けていたとか。


「はあ。それよりアントニウスさん。あのー、クレオパトラさんが大変なんですけどー」

「えっ……。彼女がなにか」


 説明を聞いて、店子さんは眉を寄せた。


「プトレマイオスの野郎。とんでもないことを……」


 憤慨してみせたとは言うものの、現場に出渋るアントニウスを説得するのに時間がかかりやした。そりゃそうでしょ。なにせ頭に血が上り、なにするかわからない犯罪者に呼び出されてるわけで。西瓜汁の刑は見えてる。それに研究がよっぽど大事らしくて、恋人といい勝負になってやす。たしかに変人でやすな。


 それでも最終的に同行を承諾してくれたのは、管理人という肩書が効いたのと、やはり人質になった恋人が心配だったからでやしょうな。


「プトレマイオス、お前、さっさとクレオパトラを解放しろ」


 立て籠もり現場に連れてこられると、アントニウス研究員は、ド直球の言葉を拡声器でがなり立てた。


「さっさと片付けて研究に戻らないと」

「そうそう。パイだってわたくしを待ってるし」

「よし。来たな。アントニウス」


 プトレマイオスの満足げな声が、中から聞こえやした。


「ではさっそく、服を脱いでもらおうか」


 研究員さんが眉をひそめて。


「……お前、西瓜汁の風呂を用意してあるだろ」

「そ、そんなことはない」


 いや、ミエミエでやす。


「とりあえずクレオパトラを解放しろ。話はそれからだ」

「いやふざけんな。お前が裸になれ」

「そもそもお前、西瓜様に対する信仰が足りないぞ」

「信仰?」


 なんだかヘンな方向に発展しそうな予感がしやす。


「そんなことはない。お前こそ閉じこもって訳のわからない研究を――」

「ふん。まだ未熟な西瓜様までまとめて絞って西瓜汁風呂用意しただろ、どうせ」

「ち、違う」

「違わないわ。プトレマイオスの奴、芋くらいの小さな子まで丸潰しに」

「お前は黙ってろ、クレオパトラ」

「ほらみろ」


 アントニウスは勝ち誇って。


「信仰心欠如で、フロア委員会懲罰だ」

「まあまあ、ふたりとも――」


 割って入ったのはお嬢でやす。


「西瓜は偉大な作物です。そのまま食べてもおいしいし、絞ってケーキの台に混ぜると、これがまた香り高く上品な甘みを加えるし。……それに皮だって浅漬けにすると、お酒のつまに最高。それだけかと思いきや、浅漬けは飲んだ後の締めのお茶漬けのお供に最高で。あーそれに――」

「おう。お前、西瓜様のこと、よくわかってるじゃないか」


 満足げなプトレマイオスの声。


「だが西瓜様はな、煮付けも最高なんだ。身の硬い品種を選んで、まだ小さいうちに――」

「プトレマイオス、お前は間違ってる。煮付けなんか邪道だ。西瓜様至高の料理は、なんといっても皮を使ったチーズ焼きで」

「あんなもの、お前の失敗品種の救済料理でしかないじゃないか」

「な、なんだと」

「その点、俺様が長年の経験で作り出した西瓜様、つまり『特級あけぼの』はな、生でよし、煮てよし、漬物にしてよし――」

「あれこそ邪道だ。作付面積あたりの収穫量が少なすぎて、農家はちっとも儲からな――」

「なにおう。このヘタレ研究員めっ」

「お前こそ、負け犬貧乏農家のくせに」

「貴様ぁ……。こうなったら西瓜様の種飛ばし選手権で勝負だ」

「おうよ。望むところだ。……お前は知るだろう。種飛ばし選手権用に私が品種改良した西瓜様、そう『里の夜露』のブーメラン種子の威力をな」

「へっ。あんなヘナヘナ種なんか屁でもない。見てろよ」


 扉が開くと、農作業着姿のヒューマンが姿を現した。もちろんプトレマイオスでしょうな。手に頭より大きな西瓜を抱えている。


「見よこの神々しい『特級あけぼの』様の艶姿あですがたを」

「ガシャン」

「えっ……」


 高々と西瓜を掲げた手に、メグレ警部が手錠を掛けやした。


「プトレマイオス、略取誘拐の現行犯で逮捕する」


 そりゃそうなるわ。


 種飛ばしをさせろとわめくプトレマイオスを傍目に、クレオパトラとアントニウスは抱き合って。


「辛かったかい、ダーリン」

「いいえ。あなたが開発した西瓜様の味を思い浮かべてたら、全然……」

「なんていい娘なんだ、クレオパトラ。さっそく一緒に研究しよう。西瓜様と私達の幸せを」

「アントニウス……。素敵な私の西瓜王子様」


 あー接吻してやすな。熱烈に。もう勝手にしろというか。それを見てさらに大騒ぎしているプトレマイオスを拘束移動機に放り込みながら、メグレ警部が――。


「ご苦労さまです。管理人様」


 お嬢に敬礼して。


「本件は、私の二十年の警察勤務で、もっともくだらない誘拐事件でした」

「いえいえこちらこそ」


 真似して敬礼を返したお嬢がひとこと。


「とてもいい経験になりましたわ。連続店子殺人事件でなかったのは、残念でしたけれど」


 おいおい。


「……そうそうコボちゃん」


 あっしを振り返って。


「このフロアの西瓜……西瓜様? お小遣いでいくつか買って帰りましょう。明日のおやつは、果汁いっぱいのフルーツケーキにするから。今日の蜂蜜パイのリベンジで」

「いえそんな。好きなだけ持っていってください。それに、管理人さんには特別に――」


 クレオパトラを抱いたままのプトレマイオスが。


「毎月定期的に西瓜をお届けします。私が品種改良したとっておきの奴ばかり」

「まあ」


 うれしそうに微笑んだお嬢。瞳がどえらく輝いていやした。この、食いしんぼエルフめ……。きっと今晩は、連続店子殺人事件を探偵として解決する夢でも見るんでしょうな。お嬢とっておきの、楽しげな夢として。

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