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異世界巨大アパートのエルフ管理人は忙しい  作者: 猫目少将@「即死モブ転生」書籍第二巻3/13より好評発売中!
第三部 けだるげエルフ ――管理人の夏はほんわか

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〇五〇〇九号室 管理人資格継続審査(身体編) 一

「お嬢、もう朝でやす」


 いつまで経っても寝室から出てこないので、やむなくあっしは、扉越しに声を掛けてみやした。


「いい天気でやすよ」


 返事がない。ただのしかばね――のはずはないから、扉に手を掛けやした。


「ギ、ギギギイーィイーイッ」


 いつにも増して嫌々といった音を立ててボロ扉が開くと、中は真っ暗。緞帳を引いたまま、まだ寝込んでいるようで、寝台の掛け布が、お嬢の形に膨らんでやす。


 どんよりとした夜の気配のまま、部屋の空気が固まったよう。若いエルフ特有の、男を誘う甘い香りが漂ってやす。


「お嬢」

「まだ夜だもん」


 はっきりした声。どうやら起きてはいるようでやす。


「いえ、もう陽もそこそこ高くなった頃合いで」

「だってまだ早朝だもん」

「お嬢、病院に行くのが嫌なんでしょ」

「ち、違うもん」


 飛び起きた気配。すかさず緞帳を思いっ切り引いて、陽光を部屋いっぱいに入れてやったっす。


「ま、まぶしい」


 上体を起こしたお嬢が腕を上げて顔を隠すと、薄夜着が揺れて胸のきれいな形が強調されやした。


「注射が怖いんだ」

「そんなんじゃないし」


 でも口調からして子供返りしてるしなあ……。


「さあ起きるっす。いつまでも寝てては検査に遅刻しやすし」

「わ、わかってる」


 なにか小声で愚痴りながら、ようやく寝台から降りたっす。


「それに朝食に、お嬢の大好きな蜂蜜かけのお魚パイを焼いておきやしたし」

「なんで早く言わないの」


 目を見開いたっす。


「パイは焼き立てが命。あのサクッとした歯応え、ふんわり糖蜜バターの味わい、パイ生地に閉じ込められてたお魚の、香味豊かな滋味――。どれもこれも、時間が経つと台無しじゃない」

「いやそんな。急に言われても。あっしはいつもどおりの時間に朝飯を用意しておいただけだし、それに――」


 あっしの言葉も聞かず部屋を飛び出したお嬢は、例によって秒速ですっぽんぽんになったのか、扉の陰から夜着を放り投げている。


「品が悪いですぜ。そもそも――」

「いいから早くお茶淹れてよ。パイがパイがぁ」

「はいはい」


 寝室から出ると、お嬢はもう、管理人制服に着替え終わってやした。


「はやっ!」


 しかも食卓に陣取り、食器を前に唸ってる始末。


「早くーぅ」

「はいはい。いま配膳しやす。それから茶っすね」


         ●


 食事を終えたお嬢とあっしは、例によって管理人室前庭の、小さな読書卓テーブルに移りやした。設置された異世界古代端末「黒電話」で、お嬢が行き先のフロア情報を入力するからでやす。


 ところが、いつまで経っても入力しない。どころか、黒電話に手を触れすらしない。お茶のカップを手に、夏は髪の毛が傷んで――だとか、こないだの山登りで雪焼けして顔が――とか、どうでもいい話ばかりしてやす。


「はあー、いい天気ねえ……。夏の陽射しは厳しいけれど、朝はまだ暑すぎないし、陽光もみずみずしく感じられるから大好き。それに――」

「注射怖いんすか」

「違うって、言ってるじゃん」


 ツンと横を向くと、お嬢の巻き毛がふんわり揺れやした。


「あんなの、ちょおっと痛いだけじゃない。そう、虫に刺されたくらいに。うーん虫より、動物に甘咬みされたくらいかな。えーともしかしたら、地獄の番犬ケルベロスのみっつの首に一気にガブッと」


 想像しながら涙目になってやすな。これが王土戦争を終結に導き世界を救った、伝説のエルフの成れの果てとは……。あっしが今まさに加担している陰謀とはいえ、情けないやらかわいそうやらで、複雑な気分でやす。


「大丈夫、ほら、痛くない」


 こないだ読んだ異世界古代コミックの台詞を思い出して、なだめてみる。


「ほんとうにぃ?」


 すがるような瞳でやす。


「本当、本当」

「……なら行く」


 諦めたかのようにほっと息を吐くと、黒電話の「受話器」とかいう取っ手を手に取りやした。古代数字が刻まれた文字盤に指を差し入れて」


「どのフロアだったっけ」

「〇五〇階層。特殊病院フロアでやす」

「そうそう。えーと……ぜろ、ごぉ、ぜーろっと」


「ジージーコ、ジーコ、ジージーコ……」


 文字盤が軽快な音を立てると、庭先の亜空間扉が、特殊病院フロア〇五〇に通じやす。


「さて……、行こっか」


 口にしたものの、椅子から離れない。


「あっしが先に診断受けるんで、そんなに怖がらなくても平気でやすよ」

「怖がってないもん」


 ぴょこっと立ち上がった。


「ほらいこ、コボちゃん」


 差し出された手を握り返す。


「やだ、コボちゃんのがよっぽど怖がってるじゃない。手が汗だく」


 笑われたっす。


 そう。実はあっしのが多分恐れている。というのもこれから受けるのは、定期的にある「管理人資格継続審査(身体編)」。大家の意向を受けて、「博士」があっしらの審査に当たる日。


 早い話、健康診断みたいなもんなんすけど、隠れた大きな目的は、お嬢の本来人格――つまりイェルプフ王女――の状態把握。王女人格が隠れ平安なままならよし、もし人格覚醒の気配でもあれば……お嬢にどんな責め苦が降りかかるか、あっしには想像もつかない。


 今回、管理外フロア用心棒騒ぎのとき、一度人格が覚醒しかけた事件がある。もちろん大家には内緒にして未報告でやす。ただでさえそれがヤバいのに、背中の羽が再生しかかっている。こうした兆候を、お嬢のために、なんとしても「博士」から隠し通さなければならない。


 あっしの胃がきりきり痛んでも、不思議ではないんでやす。


「さて、行こっか」

「へい」


 亜空間扉の前に立ち、お嬢が取っ手に手を掛けた。


「ギ、ギギイーイィッギイ……」


 軋んで開いた扉の向こうに、真っ白な室内空間が広がってやす。微かに消毒薬らしき匂い。それにシンと冷房の効いた、冷ややかな空気。


 特殊病院フロア「〇五〇」に、お嬢とあっしは踏み出しやした。

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