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麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。  作者: スズキアカネ
運命の相手と言われても、困ります。

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5/7

いつでも候補から外れます。だから睨まないでください。


 勉強やレッスンに疲れた時には、お城の迷路ガーデンでぼんやりするのが1番だ。ここに来られるのは短い休憩時間のみだが、この時間が1番気楽になれる。

 美しく咲き誇るお花を見ながら宛もなく散策する。花だけが私の心を癒してくれるのだ。ため息を吐き出した後は目をつぶって植物の匂いを吸い込む。

 ──はぁ、私はいつになったら帰れるのだろう。


「──レオーネ」


 背後から低い声の持ち主から呼びかけられた私は飛び上がって驚いた。

 振り返るとそこには天使様……ではなく、絶世の美青年が私を見下ろしていた。花に囲まれた彼は絵になっており、見惚れるほど美しかったが、毎度睨まれている私は彼のお顔を直視するのが怖くて頭を下げた。


「はっ! ご機嫌うるわしゅう、殿下!!」

「顔をあげろ」


 ざざっと最敬礼をすると平坦な声で命じられたので、私は恐る恐る顔を上げる。

 そしてやっぱり後悔した。翡翠色の瞳を眇めてこちらを見下ろす彼がそこにいたから。


「ひぇ」


 やっぱり睨んでるぅぅー!

 この人なんで睨むんだろう。睨むほど気に入らないなら私を追い出せばいいのに!


「──何故食事に来ないのか」


 なにか怒られることでもしただろうかと自分のしでかしたヘマを思い出しているとまさかな質問をされた。


「え? お部屋にメイドさんが持ってきてくれますから、食事はちゃんと頂いてますよ?」


 ちゃんと毎食頂いていますよ。断食なんかしてないからご心配なく……

 しかしそれは王子の望んだ答えじゃないらしく、眉を顰められた。


「そうではない。何故食堂に来ないのかと聞いている」


 あ、あぁそういう意味か。

 ……そもそも、最初から食堂へ案内もされなかったし、食堂で食べていいのかもわからなかったからなぁ。ご飯は毎回お部屋まで持ってきてくれるし、一人で食べるものだと思っていた。


「私ごときの身分の者が同席するのは不敬に値しますし、私も落ち着きませんのでこれからもお部屋で頂きますね」


 あなた方と食事なんかしたら緊張で胃に穴が空きそうだから結構です。一挙一動に緊張して食事どころじゃなくなりそうだもの。


 先制して一人で食べる宣言をすると、王子は私を無言で見下ろしていた。その顔は不機嫌に歪み、私を睨む目が更に鋭くなった。

 ぞくぞくと恐怖に震えながら私はなんとか頭を下げた。


「午後の授業に遅れますので失礼しますっ」


 それらしい理由を取り付けると、私は王子の前から立ち去ったのである。

 後ろから王子が強い視線で私を凝視しているとも知らずに。



◇◆◇



「レオーネはミカエラ様と本当に似ていますね」


 私はへらりと笑う。いやもう笑うしかないだろう。ブロムステッド男爵邸の肖像画でミカエラ大叔母様の若かりし頃の姿を拝見したことはあるし、美しい人だとは知っているけども、それに「そうですね」と肯定する訳にも行かず、笑って流すしかなかった。


「ミカエラ様は本当にすごかったのよ。パーティに彼女が現れると視線を独り占めにしていたわ。数々の殿方から求婚を受けていたけど、彼女に惚れ込んだ公爵が権力を乱用して横取りしてね…。公爵夫人になった後も狙っている殿方が後を絶たず、夫の公爵がミカエラ様をお屋敷に閉じ込めようとしたこともあるの」


 私の目の前にいるのは、ミカエラ大叔母様と同じ時期に社交界デビューをしたという王太后様。王子のお祖母様だ。今は離宮で御隠居されているという話だったが、なぜか直々にお茶会のお誘いをされて今に至る。

 とりあえず彼女の話からはミカエラ大叔母様はすごい美女だったということが伝わってきた。そんなすごい人に似ていると言われても実感が湧かない。私はそんな傾国の美女ではないからね。


 ……それに。

 なんで王子までここにいるんだろう。

 私は同じソファの隣に座っている王子の横顔を盗み見した。さっきから一言も発しないし、ここにいて楽しいのだろうか……


 王太后様が庶民である私を花嫁候補として見極めるために呼び出したなら理解できるけど、その場合王子はいなくてもいいだろう。

 仮に交流のためにお茶会を設定してくれたとしても、他の候補者のお嬢様方がここには存在しないではないか。

 ますます呼ばれた理由がわからない。


「レオーネ? どうしましたか?」

「いえ、なんでもありません」


 とりあえず何事もないよう、このお茶会が平和に終えますように。


「ところで、ステファンの運命の相手を選出する占いで、魔女様は色々な条件をあげたそうだけど、すべて該当しているのはレオーネただ一人だったそうですね」

「ははは……」


 私が王様と王妃様に再調査をお願いして、あの場に居合わせた未婚の女性全員を確認したそうだが、すべて該当するものは他にいなかったらしい。嘘を吐いたり、偽造した証明書を持ってくる人も現れたけど、それも調べたらわかることだった。

 結果私だけが該当することを証明してしまったのだ。


「魔女の占いで選ばれて驚いたでしょう? わたくしも亡き夫である前陛下の運命の相手として選出された時は、この国の伝統とわかってはいてもとても恐ろしかったもの」


 ふふふと上品に笑う王太后様。もしかしたら彼女には私の気持ちが理解できるんじゃないだろうか。

 

「まぁでも何とかなるものですよ。気負わなくても大丈夫。運命に身を任せるのも悪くないわ」


 前言撤回だ。私の味方にはならなそうだ。

 私はソーサーごと紅茶のカップを引き寄せると、そっと口をつけてお茶をふぅふぅする振りをしてこっそりため息を漏らした。


「ところであなたのお名前の由来はなんなのかしら? 愛称がレオって男の子みたいで嫌じゃない?」

「私が生まれたとき、男の子みたいな元気な産声だったそうで、それが勇ましく吠える獅子のようだって父がレオーネと命名したんです」


 確かにレオというのは男性名でもあるので誤解を招くこともあるけど、私は名前の通り幼い頃は男勝りで、遊び相手は男の子ばかりだったから特に気にしていない。


「幼い頃は髪の色も濃い金色だったんですよ。まさに獅子って感じで。今は栗色に落ち着きましたけど」


 自分の髪の毛を一房手に取ると、栗色の毛色を見下ろした。

 昔は、初恋の彼と似た髪色でお気に入りだったんだけど、成長ですっかり変わってしまった。

 ──ふと、横から焦がすような視線を感じてそちらに顔を向けると、王子がこっちを凝視していた。


「あっ、殿下のような美しい金髪とは比べようもない金色でしたけどね!」


 ぎくっとした私はよくわからない弁解をしてみせた。それに王子は怪訝そうにしていたが、怒っている雰囲気はないので少しほっとした。


「ところで……レオーネには好きな人はいないの?」


 王太后様は突然そんな質問をしてきた。

 突拍子もないな。急になんだ。


「今はいないです」

「今は、ってことは昔はいたの?」


 やけに突っ込んで来るな。人の恋話とか聞いて楽しいだろうか。それに私が恋をしたのは幼い頃のあの一回だけだから面白い話は何もないよ。


「初恋の思い出しかありませんよ」

「初恋! いいわね、どんな恋だったの?」


 ぐいぐい来るもんだから、私は仕方なく話した。

 幼い頃、母の出産を控えて男爵邸でお世話になったこと。母の出産後の状態が悪く、療養のために滞在時期が伸びたこと、その時期に近くの保養地に滞在する男の子と親しくなったこと。ほぼ毎日遊んだこと。

 ……帰国のためにお別れの挨拶をしたら、彼にプロポーズの約束とキスをされたこと。


 幼い頃の話だけど、人に話すのはなんだか照れ臭いや。

 私は自分の頬が熱くなるのを感じながらはにかむ。


「まぁ……いいわねぇ、素敵なお話。それで彼とは再会できたの?」

「いいえ、住所の交換もしてませんでしたし、それまでです。そもそも身分違いの相手ですし、彼の名前も顔も覚えてないから」


 彼と再び会えたらそれこそ運命だろう。

 だけど私は幼い約束を信じるほど子どもじゃないし、純粋でもないのだ。


「子ども同士の約束ですから、今はなにも期待していませんよ」


 へらっと笑って、そこで気づいた。また、王子が私のことを睨んでいたのだ。


 今の初恋話のどこでお怒りポイントがあったというのだろうか。

 まさか初恋の相手との約束を「期待していない」と切り捨てる私が非情だと訴えたいのか。

 えぇぇ、でも王子には関係ない事ですよねこれ……


 そこで私はひらめいた。

 もしかしてこれは、私を運命の相手候補から外すための理由を探っていたのではないだろうかって。


 あっちゃー……好きな人いますって嘘でもいいから言っておけばよかった!

 今更やっぱり好きな人いますといっても不自然なので、私は機転を効かせてみた。


「大丈夫ですよ! 私、これでもそこそこモテるんで、嫁ぎ先には苦労しないと思います! この間もいい縁談が来たばかりでして。なので、殿下が他の花嫁候補のお嬢様をお選びになっても全然問題ないですよ!」


 私はぐっと拳を握り締めて殿下に笑いかけてみせた。

 安心してくれ、私はいつでも取り消しに応じる! 馬車さえ出してくれたら身一つで城を出てもいい!


 ──彼が遠慮せずに私を花嫁候補から外せるように明るく言ってみたのだが、その方法はどうやら間違いだったようだ。

 目が合えば睨んで来る王子だが、今度は明らかな怒りを込めて睨んできたではないか。


「ヒッ」


 か細い悲鳴が喉奥から漏れそうだったのでぐっと堪える。

 翡翠の瞳は凍てつくような冷たさで睨みつけてきた。適温だった室内に冬が訪れたように寒くなった気がする。


 な、なんなのよ! ならどう言えばよかったのよ!

 あなたは私を睨み過ぎだから! 睨むのやめてよね!


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