「偽物だ」と追い出された最強聖女たちの、自由気ままな珍道中
*注意*
この話は出会い編を書いたものなので、「冒険はこれからだ」という形で終わっています。
それでも問題ないという方はご覧ください。
「お前は偽物の大聖女だ!」
お勤めで疲れ切った身体に鞭打って参加した舞踏会。そこでエルミナは婚約者である王太子殿下に偽物大聖女扱いをされた。彼の横には元大聖女候補だった侯爵令嬢が肩にしなだれかかっている。
は?
は?
この男は何を言い出すんだ。
チョットイミガワカラナイ。
エルミナの頭の中は混乱の真っ只中だった。それを解消する時間を与えられることなく、目の前の男の話は続いていく。
「お前は先代聖女様と懇意だったから、先代様に自分を大聖女にしてほしいと頼んだんだろう――」
あの男の話は続くが、エルミナの脳が言葉を理解するのを拒否していた。
彼女が周囲へと目を配ると、下衆な笑いでこちらを見ている者達ばかり。目の前の侯爵令嬢様もそうだ。彼女も、侮蔑と嘲笑を瞳に湛えていた。
ああ、これは裏から手を回されているな……何も考えられないはずのエルミナの頭は、当惑しつつも冷静に周囲の分析をしていた。
聖女とは「瘴気」と呼ばれる人に害をなすモノから国を守る存在。
瘴気は、吸い込んだりすると体力や魔力を奪われてしまう。知らずに接触しすぎると、病気になったり、精神に影響が出たり……最終的には死に至ると言われている。そのため聖女の持つ力で瘴気を払ったり、それが入らないよう国全体に聖障壁――所謂結界なのだが――を張り巡らせたり、瘴気に触れてしまった人を治療したり……と様々な業務を担っていた。
聖女、と言ってはいるが男性でもその力を持つ方はいる。その方達は聖人と呼ばれているのだが、強い力を持つのは聖女の方が多いようだ。
国には何人もの聖女や聖人がいる。その中でも一際魔力が多く、強い力を持つ者を大聖女や大聖人と呼んでいた。大聖人はその時々によって称号を与えられる者もいれば、該当者がいないと与えられない。現在は該当者がいないとのことで空席だ。
一方、聖女は違う。聖女は次代との交代時期が近づくと、魔力の多い者が現れる。そして大聖女によって次代が選ばれるのだ。
先代大聖女は元々公爵家の令嬢だった。崇高な心の持ち主で、後釜を決める時も「聖女の実力で選んだ」と公言されている。
それで選ばれたのが、お察しの通りエルミナだった。当代の中では他の聖女に比べて『魔力量と魔力の使い方が桁違いに素晴らしい』と先代大聖女が宣言され、エルミナが大聖女としての地位を得た。
最初はエルミナも嬉しかった。
今までの頑張りを認められたと思ったから。
彼女は選んでくれた先代の恥にならないよう、自分なりに努力した。
エルミナは大聖女に指名された後に考える。やはり聖女の力を増やし、国を瘴気から守ること。これが自分の使命だと。聖女の力は使えば使うほど、どんどん増えていくと言われているため、エルミナは自分に与えられた仕事はきちんとこなした上で、力を増やす修行を行っていた。
けれども周囲はそんな彼女を疎んでいたのだろう。
仕方がない。先代は貴族、彼女は平民だったのだから。
まあ、今考えればエルミナも相当な間抜けではあった。
周囲に目もくれず、自分を高めることに注力していたあの頃。先代の意志を継いで、素晴らしい大聖女になろうと彼女は躍起だったからか、自分を取り巻く環境に気がつかなかった。
大聖女候補の一人であった侯爵令嬢が、エルミナを忌々しく見ていたことも……そして元々王侯貴族達が考えていた大聖女の本命が、その令嬢であったことも。
先代はずっと教会にいたからだろう。
王侯貴族の思考など配慮することなく……いや、むしろ世俗に触れていなかった彼女は知らなかったと言っても良いのかもしれない。後々聞いた話によると……大聖女を選任する前に、先代の元には代わる代わる貴族達が訪れていたそうだ。そして侯爵令嬢を大聖女にするように頼んでいたらしい。
けれども、貴族側が言葉を選びすぎたのか……先代には伝わらなかったようだ。
最終的に選ばれたのは、平民であるエルミナ。
当時は当事者である彼女が一番驚いていた。だって、今までずっと大聖女の役目は貴族が引き継いでいたから。きっと先代も侯爵令嬢を選ぶのだろうな、とエルミナ本人は選任当日まで思っていたのだ。
エルミナが指名された時、国民は盛り上がった。初めて平民の聖女が現れたのだから。
一方で貴族達は当てが外れた、と思ったのだろう。
宣言したのが国民の前だったからということもあるだろうが……貴族達は選任を替えてほしい、と告げることもできず――と言っても、先代は何を言われても、大聖女選任を変更するとは思えないが――エルミナが大聖女として表舞台に立つこととなった。
あーなるほど。先代の言葉を変えるのは無理だから、引き摺り下ろそうとすることに決めたのだろう。
でも、この行為って……大聖女様の言葉を否定する行動だと思うのだけれど……良いのか? 今、大聖女様はご自分の実家の領地でのんびり過ごされているという話だけど……知ーらないっと。
そう思ったエルミナは、この場の成り行きに任せることにした。
「お前は大聖女になってから、その立場を利用し仕事を彼女に押し付けているというではないか!」
やっと頭が動き始めたので、エルミナは王太子殿下の言葉に耳を傾ける。そして彼の言葉に疑問符を浮かべた。
え、自分の仕事は全部終わらせていたんだけどなぁ……むしろ大聖女の頃に比べて、仕事量は増えてるのだけど……。あれ、そういえば侯爵令嬢様は毎日昼過ぎから、聖女達を集めてお茶会をしていたような……。
あ、むしろ自分が仕事を押し付けられていたのでは、とエルミナは今更気がつく。
殿下の後ろに身を隠している侯爵令嬢を一瞥してみると、彼女はエルミナに見えるように片方の口角を上げて笑っていた。あ、これは仕事を押し付けられていたっぽい。そう考えたエルミナは小さくため息をついた。
その後、再度彼女は王太子殿下の表情を確認する。
彼の瞳は完全に侯爵令嬢を信じ切っている目だ。彼女が今反論したところで、味方になってもらうのは無理だろう……。
そう考えていたエルミナだったが、そこでハタと気づいた。
――あれ、むしろ味方になってもらう必要ある?
「偽物の大聖女であるお前とは、当然婚約破棄となる! お前が私の婚約者だったということが、汚点だ!」
その言葉に目を見開く。
彼らはエルミナの表情が変化したからか、せせら笑っている。彼らはきっと、殿下と婚約破棄になったことにショックを受けて表情が変わったのだろう、と思っているだろう。
……いやいや、そんなはずありません。心の底から嬉しすぎる!
大聖女は殿下との婚約が義務だと言われて、渋々こっちだって引き受けたんだし。
礼儀作法とか本当に大変だったのよ。仕事と修行の合間をぬって、勉強を入れられてたし。
幸い、大聖女だから……とエルミナは基本仕事を優先させてもらえていた。それは彼女にとってもありがたかったが……正直いえば、あの時間は本当に嫌だった。それなら聖女として国に貢献したいから力をつけたいと思っていたし、なんなら侯爵令嬢と結婚してほしいとエルミナは内心思っていた。
そうやってギチギチに予定を詰められて頑張っていたとしても、当の婚約者である殿下は彼女が平民だからと罵倒しかしない。正直愛情も何も育つはずがない。
エルミナはちらりと斜め前で佇んでいる大司教様へと視線を送った。彼は私の視線を避けるよう、知らんぷりである。
なるほど、大司教サマもグルらしい。
そのことを理解した瞬間、エルミナは全てを投げ出したくなった。
そして思う。投げ出せばいいんだと。
そうだ、自分がいなくても他の聖女様達がいるから問題ないのでは、と彼女は閃いた。以前は優しくしてくれた街の人も、最近彼女の仕事に文句をいう人達が多くなってきた。
もう全て侯爵令嬢に丸投げしちゃえばいっか。なんて頭の中で考えていたからか……王太子殿下の声が耳に届いた。
「お前から大聖女の称号を剥奪する! そして、国外追放だ!」
え、そこまでしてくれるの? とエルミナは目を丸くする。
もしかしたら、教会で飼い殺しになるかな……なんて思ったけど、王太子殿下は自由にさせてくれるらしい。この機会を逃してはならない!
彼女はおずおずと頭を下げる。心の中で喜んでいることをひた隠しにして。
「承知いたしました」
そうエルミナが答えると、殿下は気を良くしたのか鼻高々に告げた。
「私は慈悲深いからな。明日の朝、馬車を用意してやろう! その馬車で辺境の街までは送ってやる。あとはいくらかの手切れ金は用意してやろうではないか。こやつは大聖女であることが偽りだっただけで、聖女ではあるのだろう? 放り出してそこら辺で野垂れ死にされても気分が悪いしな」
その言葉にエルミナは更に深くお辞儀をする。
身ひとつで放り出されるかと思いきや……一応聖女とは認めてくれているのか。まあ、そうか。分け隔てなく癒しの力を使用していたから……聖女ではないと宣言してしまうと、矛盾が生じてしまう。筋は通すのね、なるほど。
自由にしてくれるのなら、問題ないと思ったエルミナは再度頭を下げた後、一言も喋ることなく、会場を後にした。
あの後、見張りを付けられたまま教会へ戻り、彼女は自分の部屋に入った。
ドレスを脱ぎ捨てた後、これも返すべきかと思い箱に詰めて外へ出すと、見張りの衛兵さんが驚いていた。まあ、勝手に持って行かれたと思われるのも嫌だし。
ついでに衛兵さんの一人に、どれを持って行って良いのか聞いてみることにしたエルミナ。幸い、見張りの一人が騎士団の副団長という身分が高い人で驚いた。王太子殿下はエルミナが逃げると思ったのだろうか。
エルミナは思う。逃げたって面倒なことになるだけだから、そんな気はさらさらないんだけど……と。
ちなみに持って行って良い物は昔ここに来る時に使った古ぼけたトランクと、普段着を数着。身ひとつで追い出されないのはありがたい、と彼女は少し感謝した。
そしていつものように寝て、朝日が昇る頃……静寂の漂う街を、エルミナは静かに出て行ったのだった。
関所がある辺境の街で御者に渡されたのは、幾許かの硬貨。
見たところ、数日分あるかどうかの値段だろう。野宿も考えないといけないかな、と思いながらエルミナは関所を出た。
しばらく歩き後ろを振り返る。関所が小さくなった姿を見て、緊張の糸が切れた。
やはりエルミナにとって、大聖女という肩書きは手に余る……重いものだったのだろう。むしろその重責が無くなって、心が軽くなったまである。彼女は鼻歌を歌いながら道を歩いていく。その姿は国から追い出されたとは思えないほど、楽しそうなものだった。
しばらく歩くと、分かれ道に到達する。
まっすぐ行くと隣国のグランテ王国に、左へ曲がるとノクスフェルド帝国へ通じる道に繋がっているようだ。ちなみにエルミナの出身国はランディア王国という名前だ。
彼女は看板の前に佇んでいた。
今の所……エルミナは聖女としてしか、仕事をしたことがない。だから、お金を稼ぐのも教会で……が一番良いのだけれど、また追い出されたら元も子もない。
どちらかを選ぶことによって、エルミナの運命が決まる。
そう思って真剣に悩んでいたところ、遠くから彼女と似たような鞄を持った同年代くらいの女の子が歩いてくるではないか。そしてエルミナは彼女と目が合う。その瞬間、エルミナは驚きからか口が半開きになる。
――彼女も聖女だったからだ。しかも同等の力を持っている――
エルミナと彼女は最初見つめ合っていたが、相手は嬉しそうにエルミナの元にやってくる。そして彼女は両手を握ると、満面の笑みを浮かべた。
「ねえ、一緒に行きましょう?」
「もちろん」
そしてエルミナと彼女は手を繋いで、ノクスフェルド帝国へと繋がる道を歩いていった。
「私はグランテ王国の大聖女候補だったアストレア! レアって呼んでね?」
「私はエルミナ。ランディア王国の大聖女だった。好きに呼んでほしい」
「じゃあ、ミナって呼ぶね!」
「分かった」
レアとミナは道を歩きつつ、色々なことを話した。
偶然出会ったレアはグランテ王国の大聖女候補の一人だった。けれど、「聖女の力がない」と判断されて追い出されたらしい。よくよく話を聞いてみると、レアは結界の維持や王侯貴族の治癒、魔物との戦闘を主に行なっていたそうだ。
きっとミナと違って表舞台に立たなかったから、彼女を王侯貴族達が口裏を合わせて、聖女の力がないとできたのだろう。
話を聞く限り、やはり政治的に邪魔になったから追い出された可能性も高そうだ。ミナがそう告げると、レアは目を丸くして「なるほどねー」と呟いた。
「多分ミナの言う通りかなぁ。街の人も私を見て『お高くとまりやがって』って言ってくるようになったし、潮時かなーって思ってたの。それで素直に追い出されたんだけど……まさかミナも同じなんて驚いたよ〜」
「私もあの国は願い下げだ」
要らないと捨てられたのだ。留まる必要もないし、これからも関わってこないで欲しい、とミナは思う。
レアは首がもげそうな程、ブンブンと上下に振っている。
「分かる分かる〜。本当にミナに会えて良かった! おかげで、行く国が決まったもの」
「私もレアと会えて良かった」
「うふふ、私達、相思相愛ね!」
楽しそうに微笑むレアにつられたのか、ミナの口角も上がる。一人では心細かったが、二人いれば何とかなるような気がしてくるのは不思議だ。ミナはレアに手を引かれながら、この出会いに感謝した。
陽が落ちてきた頃。
二人は帝国の領土にある街へと辿り着いていた。ここは辺境地の中でも、非常に活気のある街のひとつだそう。門番の人に教えてもらったが、ミナとレアの国に行くためには、必ずこの街を通るから人の出入りが多いとのことだった。
二人は街の中に入った後、その足で宿屋へと入る。
部屋の鍵を閉めてから、二人はベッドに倒れ込んだ。
「はー、疲れたぁー! 久し振りにこんなに歩いた気がするぅ……」
「……私もだ」
王宮に行くときは馬車を使わされ、基本は教会内を走り回っていただけの二人。幾ら心が軽かったとはいえ、疲れるものは疲れるのだ。身体を清めてから食事を部屋に持って来てもらい、二人は食事を摂る。食べ終えてゆっくりしていると、レアがミナに声をかけた。
「ねぇ、これからどうしようか」
「それを私も考えていた」
二人とも幾らか手切れ金を渡されているとはいえ、合わせたところで一週間も持たないのはお察しの通り。
ミナは少し考えてから、言葉にした。
「私は近くの教会で以前のように勤めれば良いかと思っていたが……レアも追い出されたのを見ると、少々教会勤めが怖くなってきたな」
この帝国がどういう仕組みなのかは知らない。けれど、この国がもし貴族主義であったとしたら……二の舞になる可能性もある。ミナがため息をつくと、レアも同じように思ったのか「そうだよねぇ」と疲れたように呟いた。
「私は前線で魔物を浄化してたから、冒険者のお仕事が気になっていたんだけど……ミナはどう?」
「冒険者か……」
ミナは少し考える。大聖女になってからは王都でしか活動していなかったが、聖女時代はよく辺境に派遣されていたので戦闘も問題ないはずだ。
そんなことを考えていたミナだったが、次のレアの言葉によりやる気を出した。
「冒険者なら、色々な場所に行けるし……辿り着いた街を観光したり、美味しいものとか食べたり……のんびりしたくない? 今まであくせく働いたんだから、もう少しのんびり過ごしてもいいと思うのよね!」
「レアの言う通りだな」
二人は働き過ぎた。それが結局この結果だ。
正直冒険者がどのような職業かは分からないが、以前戦闘もこなしていた二人からすれば、そこまで苦にはならないだろう。
それに……。
「もし、冒険者が性に合わなければ……またその時考えればいいか」
そうミナが呟くと、レアは目を輝かせて首を縦に振った。
「確かに! 色々やってみて、無理だったら教会に戻るのもアリだよね〜!」
「……そうだな、そうしよう」
自国に戻ることはできないが、幸い帝国の先には他の国もある。ここがダメでも、帝国を出て他の国に行けばいいのだ。二人の旅は始まったばかりなのだから。
ミナがレアの方へ顔を向けると、彼女はにっこりと微笑む。
「「楽しみだね(だな)」」
目が合った二人は同じことを思っていたらしい。言葉が重なったことに驚いた二人は、最初目を丸くしていたが……すぐに笑い出した。
可愛らしく明るいレアと美人で落ち着きのあるミナ。
境遇が似ている二人ではあるが、性格は正反対。けれどもそれが逆に思いがけず良い結果を残したのかもしれない。二人は今後の明るい行末を思い浮かべながら、夜遅くまで話をしていた。
翌日。
夜更かしして少し寝坊した二人は遅い朝食を摂った後、冒険者ギルドへと向かった。宿屋の女将さんに訊ねたところ、宿屋の前の道を左に進んでいけば見つかるらしい。
彼女の言う通りギルドを見つけた二人は、重い扉を開けて中へ入っていく。扉には鈴が付いているようで、綺麗な音色を奏でた。その音を耳にしながら、二人は悠然と室内へ入っていく。
ギルド内はほぼ閑散としていて、人がまばらだった。それでも掲示板の前には冒険者らしき人たちが何人かたむろしていたし、受付にもこれから仕事にいくであろう冒険者達もいる。
彼らは鈴の音を聞いて、普段と同じように扉へと顔を向けた。入ってきた二人は女性、しかもここ最近では見覚えのない顔だ。一人は口を一文字に結び、受付を見据えて優雅に歩いている。もう一人は初めてギルドに入ったのか、キョロキョロと周囲を見回し挙動不審であるが、庇護欲をそそられる女性だ。顔立ちが美しい、可愛らしい二人はギルド内にいた者の目を惹いた。
魅了されたのは冒険者だけではない。受付のギルド嬢もであった。タイプの違う女性二人に見惚れていたギルド嬢は、ミナが「冒険者登録をしたい」と彼女に声をかけた時、唖然としたくらいだ。
あまりにも驚いた彼女は、二人に思わず聞いてしまっていた。
「あの……依頼の間違えではありませんか?」
「ううん、冒険者登録をしたいの!」
あっけらかんと告げる可愛らしい女性。それに頷いている美しい女性。この二人が冒険者登録? とギルド嬢は思ったが、ギルドは来るもの拒まずだ。職務を思い出し手続きに入る。
「わ……分かりました。では、こちらに必要事項を記入いただいてもよろしいでしょうか? 記入するペンはあちらにご用意しておりますので、書き終えたらまた窓口に持ってきていただけるでしょうか?」
「分かりました。はい、レア」
「ありがとう〜! ミナ!」
二人は申し込み用紙を受け取り、指示された場所で書いていく。
美人な女性二人が冒険者になった――そんな話は、すぐに噂として広まることになった。
それから一ヶ月ほど経った頃。
レアとミナは薬草などの採取依頼を主に受けつつ、帰宅後は宿屋の食堂の手伝いに勤しんでいた。何故食堂の手伝いをしているかといえば、泊まっていた宿の女将さんと仲良くなった時に、「住み込みで夜だけ働かないかい?」と提案してくれたのだ。
その時国外追放された、という言葉を遠回しに伝えたので、それもあるのかもしれない。部屋も宿屋にある部屋ではなく、女将さん達が住んでいる住居の空き部屋へと移動になったが、むしろ宿で泊まっていた部屋よりも少し広くなったので、二人は誘ってくれた女将さんに感謝を述べたものだ。
感謝を告げられた女将さんは、最初目を丸くしていたが、笑ってこう言った。
「あはは、こっちも助かるよ! こんな別嬪さん二人が配膳に入ってくれたら、お客も増えるだろうよ!」
「そんなことないですよぉ〜!」
そう笑ってレアとミナは否定していたのだが……結果は女将さんの言う通り、客入りが良くなったのである。いきなり現れた美人&可愛い女性達。それに釣られた冒険者達が集まってきたのだ。
その中には勿論女性冒険者もいて、彼女達とも顔見知りになり色々と教えてもらった。二人はいつも真面目に話を聞くので、彼女達も教え甲斐があるのか、依頼の話から、他の冒険者の話、そして色恋沙汰の話まで……沢山の情報をもらう。
レアとミナは、そんな情報を教えてくれた女性冒険者達にお礼を込めてお酒を一杯奢ったりするのだ。それがまた喜ばれて、情報を仕入れたら教えてくれるような仲となっていた。
食堂で働いて良かったのは、それだけではない。鈍った身体を戻すのにも、丁度良かったのだ。
ミナは大聖女になってから、レアは大聖女候補になってから……身体を動かすということが少なくなっていた。そのため落ちた体力を戻すのに、意外とこの食堂の配膳が役立っていたこともある。
女将さんのお陰で、大分お金も溜まった。そして体力も戻った。
中庭で戦闘訓練もしていたので、そろそろ採取依頼以外も受けよう、と最近は二人で話していたのだった。
それから数日後、二人はゴブリン退治の依頼を受けることに決める。
今まで採取依頼しかしてこなかったからだろうか……最初は驚いていたギルド嬢だったが、二人の格好を見て依頼の受注を認めてくれたのだ。ゴブリンは普段行く薬草採取の場所とは異なるところなので、迷わないように気をつけてください、とギルド嬢から注意を受ける。
二人は忠告をありがたく受け取った後、ゴブリン討伐の場所に向けて歩いていく。
――その後ろを怪しい影が付けていた。
ミナとレアはずんずん森の中へ入っていく。そしてゴブリンの集落を見つけ、殲滅した。
幸いそこは十匹程度しかおらず、ミナとレアにとっては準備運動にもならなかった。大剣を肩に担いだレアがミナに声をかける。
「これで全部?」
「ゴブリンはな」
ミナは気づかれないように後ろを一瞥する。その仕草を見たレアは、ミナと肩を並べた。
「そっか、これで依頼は終わりかぁ! ミナ、帰る?」
「念の為、内部を確認してから帰るか」
「それもそうだね!」
二人はゴブリンの家の中を確認する。何もないことを確認した後、さて帰ろうと肩を並べたその時――。
先程隠れていた場所からワラワラと男達が現れる。冒険者のように見えるが、多分違う。下衆な笑みを湛え、まるで二人を見定めるかのように下品な視線を向ける。人によっては、頭からつま先までじろじろ舐め回すように見ているのだ。二人に嫌悪感が襲う。
そういえば、女性冒険者から「最近若い冒険者を狙った盗賊がいる」という話を聞いた。
この場所に訪れたのは一ヶ月ほど前らしい。現在新人が二人ほど被害に遭っていたのだが、隠れるのが上手いことと、記憶を失う魔法を会得しているのか、尻尾を掴むことができないみたい、と言っていた。
ミナはレアの顔を一瞥すると、レアと視線がぶつかる。どうやら、まだまだいけるらしい。
二人の目配せに気づかなかった男は、近づいてきて話し始めた。
「お嬢ちゃん達、ギルド依頼のゴブリン退治はここだけじゃないぞ?」
「え、そうなのですかぁ?」
レアが目を丸くする。その言葉に相手は気をよくしたのか、人の良さそうな笑みを浮かべて話し始めた。
「ああ、もう少し奥になる。このままだと依頼箇所については失敗ということで処理される可能性もあるぞ」
ミナはなるほど、と感心した。こやつらは、まだ不慣れな新人に『この依頼は失敗する』という不安を押し付けて、人気のない場所に連れて行くというやり方をとっているのだろう。
彼女はレアへ視線を送る。すると、彼女は微笑みながら頷いた。
それを見たミナは、その男の元へ歩いて行く。
最初は彼女が近づいてくることに驚きを隠せなかった男だったが、二人が自分達を信頼しているようだ……という自信を得た男達は、将来のことに想いを馳せているのだろう。顔のニヤケが隠せていない。
そのことに気づかない振りをして、ミナは男へ近づく。
「では、どこら辺なのか、この地図で教えてほしい」
そして依頼票を相手に見せるよう、差し出したところで……男は地図を受け取るのではなく、ミナの手を引っ張り、首に空いている手を絡ませる。そして腰から刃物を取り出してから、ミナの喉元に突き出した。
「ミナ!」
慌てたレアが大剣を振り回そうとしたところで、ミナを人質に取った男が待ったをかける。
「おっとお嬢ちゃん、このお嬢ちゃんがどうなっても良いのか? 彼女の命が惜しければ、大剣を横に捨てるんだ!」
「そんな……」
狼狽えているレア。
しばらくしてミナを助けることを優先しようとしたレアが、大剣を地面に置く。それを見た男は、連れの一人に大剣を拾うよう声をかけた。レアは大剣を取られまいとその前に陣取るが、それに気づいた男が彼女に向けて叫ぶ。
「おっと、動くんじゃねぇよ? このお嬢ちゃんがどうなっても良いのか?」
ニヤニヤと下品な笑みをたたえながら、一人の男がレアに近寄る。そして後数歩というところで――ミナと男の後ろから悲鳴が上がった。
男は聞き覚えのあるその声に驚き、思わず後ろを振り返る。すると、そこにいた男達が白く光るものに捕らえられ、地面に転がっているではないか。男は信じられないものを見たかのように目を見開いた。
「な、何が起き――」
その瞬間、ナイフを持った腕が掴まれたと思ったら、男の腹に衝撃が来る。何が起きたか把握する暇もなく、男は地面に転がされていた。がむしゃらに動くが、どうやら男も白く光るものに手足を拘束されたからか、身動きが取れない。
その時、男は手に持っていたナイフが近くにあることに気づき、手を伸ばそうとしたその時――。
自分の手がナイフに届く前に……白く美しい手が伸びて、それを拾った。
顔を上げるとそこには、先程人質にしていたミナが立っている。美しいその顔には何も表情がなく、感情が削げ落ちているように男は感じた。それに恐怖を感じた男は、視線から逃れようとする。けれども蛇に睨みつけられた小動物のように、男は顔を背けることすらできなかった。
ミナは手に持ったナイフを持ち、反対の手をナイフの前で二、三度地面と平行に振る。すると、ものの見事にナイフの刃先が細かく砕かれたのだ。
その光景を見て、男は青褪める。目の前の女は、無詠唱で魔法が使えるのだと理解する。
何故そんな実力ある女が、新人冒険者をしているのか……しかも給仕をしているのか……男は混乱に陥っていた。戸惑いの中で、男は一つだけここを切り抜ける光明が差す。
もう一人の女の元へ行った奴はどうなったのだろうか、そう思った彼は奥にいたレアの方へと顔を向けるが……彼の思うような展開では勿論ない。
レアの前には同じように手足を縛られた上に、白目を剥いている男が寝転がっていた。そして彼女は先程と同じように肩に大剣を担いでいる。
「うーん、お掃除終了かな?」
「そうだと良いが」
場に合わない明るく楽しそうな声を出す大剣の女。
そして人質に取られながら無詠唱でこの場を制圧する冷酷無比な女。
この二人には手を出してはならなかったのだ、と男は理解させられる。
そんな極限の中で、男は思い出した。彼の実行部隊とは別に、もうひとつの部隊があることを。どうにか連絡を取ろうと考えた男は、ミナとレアに気づかれないように声を出そうとしたが、その前に奥から草を踏み締める音がする。
助けが来たのだ! と判断した男はそちらを向いたのだが……。
「お前は誰だ?」
レアは大剣を構え、ミナは人差し指を相手に向ける。相手は気配を消していないので、悪事を行う者ではないと思うが……二人は念の為警戒を怠らない。男性はレアとミナを見てから、周囲に目を配る。
そして瞬時に状況を把握したのか、まるで敵意はないと言わんばかりに両手を挙げてから、片手を胸ポケットに突っ込んで何かを取り出した。
取り出されたソレは、ギルドカードだった。文字が見えたのか、レアから「あ」と声が上がる。
「ねえ、ミナ。あの人、すっごい有名な人って、お姉さんが言ってた気がする!」
「そうなのか?」
よく見てみると、彼の冒険者ランクはBと書かれていた。
「そうそう。最近この街にやってきた、格好いい二人組の冒険者の一人じゃない? Bランクって言ってたし」
「かっこいい……」
相手の男性がレアに言われて照れたようだ。しかし、彼のことなど放置、と言わんばかりに二人は話を続けた。
「個人的にはミナの方がかっこいいと思うけど!」
「いや、レアも格好いいぞ? その大剣を振り回す姿は、まるで戦乙女のようだ」
「えーっ! 嬉しい〜」
盛り上がる二人に、男たちは唖然とする。
特に格好いいと言われたBランクの男は、その言葉が彼女のものでなく、誰かからの伝聞であったことに気がつき、苦笑いを浮かべた。そして、逃げ出そうとしている男は最初呆然としていたが、話している今が機会だと言わんばかりに体を捩らせる。
しかしそれは無駄に終わった。彼は微動だにできなかったのである。
様子を見ていたBランクの男は襲われたにもかかわらず、緊張感のない空気から二人は戦闘慣れしているのだろうと判断した。
「話しているところ悪いんだけど……僕はベルドって言うんだ。見て分かる通り正真正銘、Bランクの冒険者だよ。向こうで相棒のウルバが不審な男たちを捕縛しているんだが……君たちが今取り押さえている男たちと何か関連がありそうだから、助けに来たんだけど……」
ベルド曰く、ウルバと言う男性と二人で男たちを捉えたところ、彼らとは別動隊で動く者たちがいると吐いたそう。そこで最近新人を騙す盗賊がいるという話を聞いていた彼らは、レアとミナを追ってここまで来たのだと告げた。
それ聞いたミナは、ベルドへ今あったことを話す。話を聞いた彼は、納得したのか二人に声をかけた。
「そうだね、僕たちが捕まえた男たちもこの男の仲間の可能性が高いな……そこで提案なんだけど、僕の相棒がいるところに連れて行くのはどうかな? 今からひとっ走りしてギルドに伝えに行こうかと思っていたんだけど、複数箇所にいるよりは一箇所の方がいいかなって思って」
レアとミナは顔を合わせて頷き合う。
「では、お願いしよう」
「こっちの男たちは僕が連れて行けそうだね。それぞれ押さえている男たちを頼むよ。君たちなら問題ないだろう?」
「ああ」
「もちろん!」
ベルドを先導者とし、レアとミナは彼に着いて行く。そしてウルバと呼ばれる男性の元へたどり着いた二人は、ベルドを見送る。小一時間ほど経った頃だろうか、ギルドから応援が駆けつけ、レアとミナはそのままギルドへと向かうことになったのだった。
話を聞かれていた二人が解放されたのは、陽の光が赤く染まり、落ち始めた頃。聖女であることを何とか隠し通した二人は、疲労困憊になりながらギルドの廊下を歩いていた。
「戦闘よりも、話を訊ねられる方が疲れたな……」
「本当だね……うう……」
ため息をつきながら、重たい足を引き摺るように進む。そしてやっとのことでギルドの入り口へと辿り着いた二人を待っていたのは、ベルドとウルバの二人だった。
二人を視界に入れたレアとミナだったが、喋る気力もなく歩いて行く。前を通り過ぎようとした時、ベルドが慌てて声を掛けてきた。
「二人とも、大丈夫だったかい?」
「……ああ」
ミナの覇気のない言葉と、無言のレアにベルドは二人の状況を察したようだ。
「その状態で街を歩けば、変な奴に絡まれる可能性もあるから、僕たちが送るよ」
二人は彼の言葉に顔を上げる。正直なところ、今は疲れ切っていて他の人と関わりたいとミナもレアも思わないのだが……彼らの言葉も一理あるかもしれない。色々教えてくれた女性冒険者が以前言っていた。『仕事終わりで疲れている女性冒険者に声をかける男もいる』と。
そんな男に話しかけられるくらいなら、助けてくれたこの二人の方がマシではある。そう判断したミナは、レアに訊ねた。
「私はお願いした方がいいと思うが、レアはどうだ?」
「そうだねぇ〜、お願いしよっか」
そして四人は二人が泊まっている華紅宿へと向かった。
宿で別れた二人は、事情を知っていた女将さんからご飯を奢ってもらった後、倒れ込むように眠る。そして目が覚めると太陽が地平線から顔を出し始めた頃だった。スッキリした頭で二人は身支度を整える。
「今日も頑張ろうね! ミナ!」
「ああ」
ギルドへと向かった二人。
楽しく肩を並べて歩くミナとレアは、これからの生活に思いを馳せていた。
――だから、二人は思いもしなかった。
まさかベルドとウルバの二人とパーティーを組み、帝国内を巡ることになるとは。
そして二人を追い出した国が、躍起になってミナとレアを捕まえようとすることになるとは――。
読んでいただき、ありがとうございます!
強強聖女が二人追放される、という話を書きたくて書きました。もう少し落ち着いたら、続きも書きたいなと思っています。
ブックマーク、評価など励みになりますので、ぜひよろしくお願いします。




