第九章 ❄︎あなたの願いはどこにある?❄︎
広場に灯る無数の光が、雪の粒を照らし、夜の空に反射していた。
人々の願いが集まって、世界があたたかく脈打っている。
けれど、その真ん中で、ルーナの胸だけが、ひどく静かだった。
(わたしの……願い……)
わからない。
でも、胸の奥が熱くて痛い。
王子がそっと言う。
「ルーナ……“言葉”じゃなくていい。君が“感じてるもの”を……聞かせてくれないか」
ルーナは、ぎゅっと胸を握りしめた。
その時……
【……かえして……】
また、あの声が落ちてきた。
塔で聞いた影の声よりもずっと悲しくて、寂しくて、ひび割れている。
「……あなたは、だれなの……?」
ルーナがつぶやくと、声は答えず、ただ苦しげに繰り返す。
【……わたしを……かえして……】
空の上、母さまの船が淡い光を放った。
世界の雪が一瞬とまり、白い息を呑むように揺れた。
ミミは耳を伏せ、状況を読み取る。
『……ルーナを“器”にしようとしてる。“願いの芯”として扱おうとしてるんだ』
「わたしを……?」
『うん。あなたの心の中の“熱”が、まだ名前のない願いが……あの影には“ピッタリ”なんだよ』
ルーナは胸を押さえた。
自分が何か奪われそうで、なのに何か呼びかけられているようで。
「……わたしの願いは……わたしのだよ……?」
【……ちがう……】
声が響く。
空気が震える。
【……それは“わたしの”……“続き”……】
「つづき……?」
【……きみは……“だれかの願いのつづき”……】
その瞬間。広場の灯りが一斉に揺らいだ。
「う……!」
ルーナの視界が白くかすむ。
ミミが叫ぶ。
『ルーナ! 意識もって! “願いの共鳴”! 影があなたを引きずろうとしてる!』
「でも……なんで……なんで“わたし”なの……?」
【……なぜって……】
声が、泣きながら笑うように震えた。
【……“あなた”は……“わたしと同じ気持ち”だから……】
胸に、冷たい手が触れたような感覚。
(同じ……? 同じって……なにが……?)
ミミは歯を食いしばって叫ぶ。
『ルーナ! 思い出して! あなたの“本当の願い”! “誰かの願いの代わり”じゃなくて! あなた自身の……!』
「……わたしの……」
雪が風を失い、世界が静まり返る。
王子がルーナの手をつかんだ。
「ルーナ!」
王子が叫ぶ。
「"願い"とは……"生きたい方向"だ。誰かのためじゃなくて──君自身の、"一歩先"にあるものだ!」
「……わたしの……生きたい方向?」
「そうだ!」
ルーナはぎゅっと目を閉じた。
(わたし、なにがしたいの……? なにを願ってるの……? どうして、胸がこんなに……苦しいの……?)
思い出そうとすると、胸が裂けそうになった。
でも、逃げたくはなかった。
(わたし……ほんとうは……)
その瞬間、胸の奥に浮かび上がった。
子どもの頃からずっと感じていた、"ぽっかり"が。
いつも笑っていた。
いつも誰かを助けたかった。
いつも“前向き”でいたかった。
でも、その奥底に、ずっと残っていた気持ち。
(……さみしい)
気づいた瞬間──ルーナの喉から、息が漏れた。
「……わたし……」
震える声。
「……さみしい……んだ……」
言葉にした瞬間、胸がじんっと熱くなった。
ミミが、息を呑む。
『……ルーナ……』
ルーナは涙をこぼさずに続けた。
「わたし……だれかの願いじゃなくて……だれかのためだけじゃなくて……」
ルーナは震える声で続けた。
「本当は……本当は……」
雪が一斉に光を帯びる。
世界が息を呑む。
「"いっしょにいたい"んだ……」
言葉が、ひとつずつ空へ昇る。
「わたしのことみてほしい……
いなくならないでほしい……
ひとりにしないでほしい……」
その言葉は、遠くで泣いている影の声を震わせた。
【……あ……】
影の声が、ルーナと重なるように震える。
【……それ……それ、わたしも……ほしかった……】
ルーナは涙をこらえながら言った。
「ねぇ……あなたもさみしいの?」
【……さみしい……ずっと……ずっと、さみしかった……】
空の雪がしずかに溶け始めた。
冷たい雪が、涙みたいに、ひとつずつ消えていく。
王子がそっと呟く。
「……ルーナ……それが君の願いなんだな」
ミミも、小さくうなずいた。
『うん……。“誰かにいてほしい”。“ひとりにしないでほしい”。それは立派な“本当の願い”だよ……』
広場の中央に積まれた願いの飾りが、ふわりと光る。
母さまの船が、それに応じるように優しい光を返してきた。
影の声は泣くように震えながら──
【……ありがとう……】
影の声が、初めて穏やかになった。
【……やっと……わかった……】
そして──
【……"あなたの願い"は……本当に……"あなたのもの"なんだね……】
影は、まるで安心したように、雪の粒へと溶けていった。
ルーナの胸から、重い石が落ちるような感覚が抜けていく。
ミミが、そっとルーナの肩にすり寄った。
『……よく言えたね』
「うん……ちょっと……こわかったけど……」
『願いって、こわいものだよ。でも、それでいい』
王子は、まっすぐルーナの目を見て言った。
「ルーナの願いは……とても、あたたかい」
その言葉に、ルーナの胸の奥の“熱”が、やっと形をもち始めた。
(わたしは……ひとりが、こわかったんだ……)
ルーナは目を開けた。
(でも……もう、ひとりじゃない)
雪が静かに舞う。
母さまの船は、ようやく安定した光を放ち始めていた。




