第三章 ❄︎冬のお祭りを取り戻せ!❄︎
雪が降る世界で、子どもたちの瞳がいちばん最初に輝くのは、だいたい決まって“遊び”である。
雪そのものが珍しいこの世界では、遊びの歴史も当然存在しない。
つまり、眼前に広がる白い粒子は、すべてが“未知の遊具”だった。
「雪って、投げられるんだよ!」
「あたると冷たい!」
「しろい! つめたい! やわらかい!」
「なんで!?」
とりあえず投げてみる。
走ってみる。
手に乗せてみる。
舐めてみようとして怒られる。
実験と発見が、同時進行である。
そんな中で、広場の端に立つルーナは、きゅっと拳を握りしめていた。
「よし……決めた」
ミミが肩の上でぴくりと耳を動かす。
『何を?』
「わたしね、このお祭り――」
拳を胸の前に掲げ、力強く宣言する。
「ぜったいに成功させたい!」
『え、そこお菓子じゃないんだ?』
「もちろんお菓子も大事だけど!」
ルーナはまっすぐに広場を見渡す。
雪を見て目を輝かせてる子もいれば、寒さに震えてる子もいる。
大人たちは戸惑いながらも、王子の言葉に従って準備を再開しはじめた。
「みんなが笑ってるの、いいなって思った」
『……ルーナ』
「だから、“本当にやりたい祝福祭”にしたい。わたしも、そのお手伝いがしたい」
ルーナは自分の胸を押さえる。
さっき、光の中で聞こえたあの声──。
【……返して……】
その意味はまだわからない。
でも、胸の奥が“何かを満たしたい”と、静かにうずく。
それは、今ここで笑っている子どもたちを見ているせいかもしれなかった。
「ミミ。やろう、お祭りのお手伝い!」
『……はぁ。仕方ないなぁ』
ミミはあきれたようにため息をつくが、声はほんの少しだけ嬉しそうだった。
『具体的に何するの?』
「とりあえず……」
ルーナは人差し指を掲げる。
「食べ物を増やす!」
『おそらく最終目的はそこだろうとは思ってたよ』
広場の一角。
短く刈られた銀色の髪に、薄い青のマントを羽織った若い巫女が、雪を集めて瓶に入れていた。
「雪の魔力……不安定ですね……。これは“天候”よりも、“外部魔素の干渉”に近い……」
ぶつぶつと独り言をつぶやく巫女。
その背後から、ひょこっとルーナが現れた。
「やほ」
「きゃっ!? ……あ、あなたは――」
「ひさしぶり、おねーさん。雪、採集中?」
「えっ、えぇ……久しぶりですね。前の“母さまの日”以来……」
巫女はルーナを見て、首をかしげた。
「……少し、雰囲気が変わられましたね。落ち着いたというか……」
「えへへ。成長したのよ、わたし」
「そうなんですね……」
巫女は苦笑した。
「ところで、おねーさん。この雪って、不吉なの?」
「不吉かどうかは……まだ判断できません。
ただ、この世界に“雪を降らせる力”を持つ存在はごく限られています」
「たとえば“母さま”の船?」
「……どうしてそれを?」
巫女の瞳が揺れた。
ルーナは肩をすくめる。
「なんかね、わかるんだ。あの光、前に見たのと似てたし……」
「なるほど……」
巫女は小さくうなずき、雪の瓶を胸に抱えた。
「私は教会の調査を任されていますが……“母さま”の船|《天の星船》が関わっているなら、この雪は“災い”ではありません。ただの“兆し”──“祝福の前触れ”とも取れます」
「祝福……」
その言葉に、ルーナの胸がじんと温かくなった。
「じゃあ、お祭りやっても大丈夫なんだね!」
「……はい。むしろ、やるべきかもしれません」
「よかったぁぁぁぁ!」
ルーナはくるくると回った。
巫女は笑いながらも、少しだけ困ったように眉を寄せる。
「ただ……“雪が降り続く”理由がわかりません。このままでは、街に影響が出るでしょう」
「影響?」
「寒さに弱い果物や穀物がありますし、道路が凍れば馬車が滑りますし……」
「馬車……」
ルーナの脳裏に、前回の“木馬ダイブ事件”がよみがえった。
「王子、また落ちる?」
「……いえ、そういう問題ではなく……」
巫女が頭を抱える。
と、そのとき――。
「そこの君たち、ちょっといいか!」
広場の向こうから、ひらひらとマントを揺らして王子が走ってきた。
その後を、兵士が二名、雪に足を取られながら追いかけている。
王子は、雪道でも意外と運動神経がよかった。
「ルーナ令嬢! 巫女殿!」
「王子。どうかした?」
「大変だ! お菓子の在庫が半分凍った!」
「重大事件じゃない!」
「そこ!?」
王子は思わず突っ込んだが、事実その通りだった。
祝福祭のお菓子は、大量の砂糖と果物を使って作る。
温度変化に弱く、凍ると味が変わってしまうらしい。
「そこでだ」
王子は胸を張る。
「お菓子職人たちが“どうにかして溶かせないか”と言っている」
「まかせて!」
ルーナは腕をまくった。
「ミミ! 出番よ!」
『いやボクを指名しないでよ?』
「だってミミが一番魔法詳しいもん!」
『……それは否定しないけどさ』
ミミはふぅ、とため息をつき、魔力の糸を広場の空に向けて放つ。
『雪の魔素……やっぱり、この世界のものじゃない』
「外から?」
『うん。この世界は四季がないから、冬もない。つまりこれは、外部から持ち込まれた“冬の概念”だね』
「……つまり?」
『“母さまの船”が動き出してる可能性が高い』
巫女と王子の顔色が同時に変わった。
「母さまの……船……」
王子はごくりと息をのむ。
「前にも言ったが、私は“母さま”を信じている。だが……船が勝手に動くことなど、ありえるのか?」
『本来は寝ているはずだよ。制御魔素が働かない限り、起動しない』
「じゃあ……誰が?」
『誰かじゃない。何かが、近づいてるんだよ。船に』
「何か……?」
ミミが空を見上げた。
雪が、ひらひらと落ちてくる。
『船は、“願い”を感知する構造なんだ。本来は祝福の日に、人々の“願い”を集めて光を灯す仕組み』
「願い……」
ルーナの胸が、またちくりとした。
【……返して……】
あの声の正体が、まだわからない。
『でも今は……暴走してるね。願いを集めすぎて、“冬の概念”まで引き寄せてる』
「願いが……多すぎる?」
『うん。“本当の願い”が混ざりすぎてるんだよ』
ミミの目が細くなる。
『本当の願いと、嘘の願い。心の奥の願いと、口に出した願い。叶えたい願いと、叶えたくない願い。それらが全部混ざると、船は混乱する。今の雪は、その“混乱の反応”に見える』
「じゃあ……どうすればいいの?」
『簡単だよ』
ミミは尻尾をゆらりと揺らして言った。
『“本当の願い”だけを選び取るんだ。この世界の人たちが、本当にしたい祝福祭をはっきりさせれば、雪は止まる』
「……!」
ルーナは思わず息をのむ。
「じゃあ、わたしたちが今やってること、全部意味あるんだね!」
『うん。“本当の祝福祭”を決めれば、船は落ち着く』
巫女が深くうなずく。
「それなら……王子さま。祝福祭の内容を、もっと“子どもたち中心”に組み直しませんか?」
「……そうだな」
王子は顔を上げた。
「皆! 聞いてくれ!」
広場の人々のざわめきが静まる。
「今日の祝福祭は──新しくする!」
歓声。
「これから、子どもたちの“本当の願い”を集める! 歌いたい者は歌い、踊りたい者は踊れ! 雪で遊びたい者は遊べ! そして――」
王子はルーナを見て、にやりと笑う。
「お菓子を増やしたい者は、この令嬢と一緒に来い!」
「よっしゃぁぁぁぁ!」
ルーナはぴょんと跳ねた。
「みんなで、最高のお祭りにしよう!」
こうして――。
“本当の願いを見つける祝福祭”が、本格的に始動した。
雪はまだ静かに降り続いている。
その雪の向こうで、二つの太陽が淡く光る。
そして、そのさらに上。
誰も気づかない高い空の彼方で、
巨大な白い軌道船が、うっすらと光を脈打たせた。
それはまるで、“誰かの願い”に応えて目を覚ましつつあるかのようだった。




