終章 ❄︎光の帰る場所❄︎
"本当の祝福祭"が始まってから、どれくらい経っただろう。
広場では歌や踊り、お菓子の匂いが尽きることなく続き、
人々の笑顔が溶けて混ざり合っていた。
けれど──その真ん中で、ルーナは空ばかり見ていた。
光の粒が降ってくる夜空。
その上に、眠るように浮かぶ“母さまの船”。
(……もう、さみしくないよ)
胸の奥にあった空洞は、満たされていた。
影の願いも、世界の願いも、そして──自分の願いも。
なのにどうしてだろう。
心の奥が、まだ小さく疼いている。
ミミがルーナの肩に乗る。
『……ルーナ。戻る?』
「ううん……もう少し、見ていたい」
『そう』
ミミはそれ以上言わず、肩の上で小さく丸くなる。
いつもなら皮肉を言うはずなのに、今日は静かだった。
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広場から少し離れた丘。
雪が止んだ世界は、驚くほど静かだった。
足元には街の灯が広がり、
上には二つの太陽の残骸の光と、船の光が漂っている。
「……きれい」
ルーナは軽く息を吐く。
その時。
ふっと、空の色が変わった。
船が動いたのだ。
ゆっくり、ゆっくりと高度を上げていく。
『……帰るんだね』
「どこへ?」
『空のもっと上──"あっち側"。人々の願いが落ち着いたから、もう役目が終わったんだよ』
「あ……そっか……」
胸が少し寂しくなる。
すると、ルーナの手がそっと握られた。
「ルーナ」
「王子……」
王子が隣に立っていた。
祭りの喧騒から抜けて、わざわざここまで来たらしい。
「君が……救ってくれたんだな」
「たまたまだよ」
「たまたま、であれど……必然だ。あの影も、雪も、船もきっと君に出会うために起きた」
「そんな……」
「君の願いは、とても大事なものだよ」
ルーナは言葉に詰まり、俯いた。
「ねぇ、王子……」
「ん?」
「わたし……"ひとりがいやだ"って願ったけど……」
ルーナの声が小さくなる。
「それって、わるいことかな……?」
王子の目が、驚きで見開かれた。
そして──やわらかく笑う。
「悪くなんてない。むしろ……とても"まっすぐ"だ」
「……まっすぐ?」
「ああ。“誰かと一緒にいたい”。“誰かにいてほしい”。それは……生きる力だ。私も……本当はそう願っていたから」
「王子も?」
王子は照れくさそうに頬を掻いた。
「うん。でも……言えなかった」
王子は空を見上げた。
「王子だから、と。強くあれ、と。ひとりでも立て、と……そう言い聞かされてきた」
「……そっか」
ルーナは王子の手を握り返した。
「わたし、言ったよ?」
「……うん。すごかったよ」
「だから王子も、言っていいんだよ。“ひとりはいやだ”って」
王子は胸がほどけたような顔で、ゆっくりとうなずいた。
「……ありがとう。ルーナが言わせてくれたんだ」
ふたりの上を、船の光がすべるように遠ざかっていく。
まるで“おやすみ”と言うみたいに、静かに。
ミミが、ぽつりと呟いた。
『……ルーナ』
「ん?」
『君の願い、“誰かといたい”って……それが、君をただの子どもじゃなくしてるんだよ』
「どういうこと?」
『願いはね──未来を選ぶ力なんだよ』
ミミの声は、いつになく真剣だった。
『誰かといたいって思うから、君は誰かを照らす。それが、ルーナの"特別さ"』
「わたし……特別?」
『当たり前でしょ。ボクの主なんだから』
「ふふっ……」
ルーナはミミの頭をそっと撫でた。
(……わたしの願いはもう見つかった……あとは──)
空に消えていく光の尾を見上げながら、ルーナは胸の奥でそっと呟いた。
(“この願いが帰る場所”を……見つけるんだ)
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人々の笑い声が丘の下から届く。
「ルーナ! ミミ! 王子さまー! 歌うよー!」
「あ、お呼びが!」
『まったく……子どもは忙しいね』
「王子、行こ!」
「ああ、今行く!」
三人は丘を駆け下りる。
光に包まれた祝福祭へ。
笑い声と歌声が満ちる場所へ。
ルーナの願いが、少しずつ"帰る場所"を見つけようとしている──その未来へ。
三人の背中を、空に溶けていく母さまの船が──
どこか優しく、照らしていた。




