第十章 ❄︎雪が止む時、祝福祭が始まる❄︎
ルーナが自分の願いを言葉にした──その瞬間。
広場に漂っていた雪が、まるで合図を待っていたかのように輝き始めた。
光はやわらかく、あたたかく、やさしい。
人々の願いを受けとめるように。
そしてゆっくりと──雪が、空へ吸い込まれるように上昇していった。
「……雪が……」
王子が見上げる。
「……止まった?」
雪は止んだ。
いや──ただ止んだのではない。
"浄化されて空へ帰っていく"のだ。
ミミはほっと息をついた。
『うん……これは、安定した証拠だよ。“母さまの船”が、やっと願いを受け止められた』
「じゃあ、もう世界酔いの心配は……?」
『うん、もう大丈夫』
その言葉が広場全体に伝わると、
大人たちも、子どもたちも安堵と歓声をあげた。
「おお……すごい……」
「雪の精霊か!?」
「あの黒い子の魔法だろ!」
「ちがうわ、祝福よ!」
そして、王子はルーナの手をしっかり握った。
「ルーナ。君のおかげで、この国は救われた」
「えへへ……そんな……」
ルーナの頬がほんのり赤くなる。
ミミは横でふんぞり返った。
『ボクの活躍も忘れないでね?』
「もちろんだ、ミミ殿」
『よろしい』
広場はすっかり祭りの雰囲気に包まれた。
雪が止んだ空には無数の灯りが浮かび、二つの太陽の残光と混ざって、淡い金色の夜をつくっている。
王子が高く声を張った。
「皆! これより──“本当の祝福祭”を始める!」
歓声が広がる。
「今年の祝福祭は、“子どもたちの願い”を中心に行う! 歌いたい者は歌い、踊りたい者は踊れ! 願いを書いていない者は、まだ間に合う! 遠慮はいらない!」
王子の声に、子どもたちが一斉に広場へ飛び出した。
歌、踊り、お菓子、灯り……
どれもが今までの決まった形式ではなく、“その子がしたかった形”で自由に混ざりあっていく。
ルーナはその光景に胸を熱くした。
「みんな……すっごく楽しそう……!」
『そりゃそうだよ。“やらされてる祭り”じゃないんだから』
「うん……こういうの、いいね……」
その時。
王子がルーナへ向き直った。
「ルーナ令嬢。……ひとつ頼みがある」
「なぁに?」
「……"歌"を、一緒に歌ってくれないか?」
ルーナは目をぱちぱちさせる。
「わたしが?」
「うん」
王子は少しうつむいた。
「歌うこと……ずっと怖かったんだ。"うまく歌わねば""失敗してはならぬ"って……」
そして、顔を上げる。
「でも──今日だけは違う。"下手でもいい""正しくなくていい"。そう思えるのは……君が言ってくれたからだ」
ルーナは胸があたたかくなるのを感じた。
「……うん。いっしょに歌お!」
王子の顔がぱっと明るくなる。
「ありがとう……!」
二人は広場の中央へ歩み、周りの子どもたちが、自然と二人の横に集まってくる。
ミミが横でしっぽをつんつん振りながら言った。
『ルーナ、歌詞覚えてる?』
「たぶん!」
『たぶんはやめてほしいな……』
それでも、雪が止んだ空の下、子どもたちの声がゆっくりと重なり合っていった。
それは昔から伝わる"母さまの歌"だった。
けれど──今日の歌は、まったく新しかった。
決まりきった形ではなく、それぞれの"願い"が混じった歌。
優しさの歌。
寂しさの歌。
誰かといたいという歌。
家族を求める歌。
友だちがほしい歌。
小さな願いのかけらが、全部音になって繋がっていく。
ルーナはその真ん中で歌っていた。
声が震え、胸が熱く、
でも、涙はこぼれない。
(……ひとりじゃないんだ……)
ルーナは歌いながら思った。
(わたしにも……願っていい場所があるんだ……)
その想いが声に乗った時──
空の上──"母さまの船"が、ゆっくりと開くように光を放った。
まばゆいほど、やわらかな黄金の光。
雪の代わりに、光の粒が──ふわりと舞い降りてくる。
「……祝福だ……!」
大人の誰かが呟いた。
光は、人々の肩に、髪に、手のひらに、そっと触れて消える。
そのすべてが、あたたかかった。
王子は空を見上げた。涙をこらえるように、微笑む。
「……これが……」
震える声。
「……本当の祝福祭……」
ミミも、ほんの少しだけ──涙ぐんでいた。
『……いいね、こういうの……』
小さな声。
『"願い"ってさ……やっぱり、こういう日がないと……』
ルーナは光の粒を見あげながら、胸の奥にそっと問いかける。
(……ねぇ)
ルーナは心の中で問いかけた。
("あなた"は、今……さみしくない……?)
影の声は、もう返ってこなかった。
きっと──消えたのではない。
満たされて、眠ったのだ。
だから、ルーナは微笑んだ。
(わたしも……もう、さみしくないよ)
雪の夜は終わった。
光の祝福が舞い降りる中──
“本当の祝福祭”が始まったのだった。




