入学式
海は青かった。
波は穏やかで、静かに話しかけてくるみたいだった。
恋の始まりは中学の入学式の頃だったっけ・・・
蘇る思い出は切ないような、甘いような、鋭いような・・・・。
藍良薫。今日から女子中学生になる。
親は離婚していて、母親に育てられている。性格も見た目もそっくりな母親とは話せばすぐに口論になる。でも仕事が忙しくて夜しか帰ってこないので好都合だ。日中、薫の世話を主にしてくれていたのは祖母だった。これまた祖母も離婚している為薫の家族はこれだけだ。「おばあちゃん」なんて呼ぶほど歳もとってないし、プライドが許さないのか薫に祖母は「ゆーちゃん」と呼ばせていた。
薫には小学生の頃にできた親友がいる。
三谷海。海の家族も複雑だ。海の母親は会社を経営していた。父親は単身赴任で東京にいる。大きな家に住んでいるのは海と兄と母親。そして時々母の浮気相手のおっさんが家を出入りする。
薫と海の住む町は田舎町。山と海に囲まれていて、穏やかな街並みだ。薫はいつも言う。
「こんな町さっさと出て名古屋でシェアハウスして暮らそう!」
「名古屋??お父さんがいる東京の方が最先端よ!」
「さすがに東京は怖いわ・・・私たち3階建の建物しか見たことないよ?」
「確かにーwww」
2人はくだらないことで大笑いする。中学の入学式に行く道中、2人は新しい未来にワクワクが止まらなかった。
「中学の先輩怖かったらどうする?」
「そんなの全然怖くない!やられたらやり返すw」海はいつでも強気だ。
「あんた達中学で問題ばっかり起こすんじゃないよ?」薫の母が言えたセリフではない。
「お前が言うなよ。ヤンキーだっただろww」薫が突っ込むと海はため息をつきながら言った。
「入学式に来るだけ良いよ。うちなんて途中参加らしいよ・・・」海の母は会社が忙しく入学式の途中で仕事を抜けて見に来る約束になっている。
「仕事仕事 とか言ってあのクソオヤジと浮気してんじゃね?」海は下を向いて母親の悪口を始めた。
「さすがにそれはないでしょwww入学式にそれやってたら毒親だよ」薫は最近"毒親"という言葉を覚えた。そして毎日のように母親との喧嘩でそのワードを使うようになった。
「おいwww薫も海も!仕事頑張ってる母親にそれはないだろ」薫の母は海の母の肩を持った。海は下を向いたままだった。
中学の門についた。新1年生は皆「入学式」という看板の横に立ち、写真を撮っていた。皆ブカブカの制服が似合っていない。いつもより化粧が厚い薫の母は手鏡を出し口紅を塗り直し、写真を撮る列に並んだ。
「薫、海!写真撮るよ!」
「ママが映る気満々じゃんwww主役はうちらね!」
薫のママは目立つ。中学生の娘を持つ母にしてはやたらと若く、金髪の長い髪に濃いアイメイク。新しい友達なんてなかなか薫と海の周りにはすぐには寄ってこなかった。
薫も海も周りにマウントを取るかのようにスカートを短くした。そして肩についた髪の毛は縛る規則を入学初日から破っていた。もちろん先生達は目を光らせたいた。
「藍良さんこんにちは。学年主任の杉野です。入学のしおりは読みましたか?長い髪は縛る規則です。娘さんに伝えてあげてください。」
「あぁ。すみませんwww言っても聞かない奴らですがよろしくお願いします・・・」薫の母は苦手な教師に頭を下げた。
「おい薫ー!海ー!髪縛れってーーー」薫の母の声の大きさに周りがざわついた。そして海はさっそく反抗を始めた。
「無理ーーー!跡がつくから嫌ー」隣で薫はニヤリと笑った。さっそく先生から呼び出され、2人は無理やりに一つに縛られた髪を恥ずかしがった。
薫も海も2人一緒なら怖いものがなかった。しかし2人のクラスは案の定分けられていた。
薫は海と別れるととても小さくなった。恐る恐る自分の机を探して静かに座った。そして後ろから着いてくる派手な母が急に邪魔になっていた。
薫が席に座ると母はタバコを吸いに行く為教室から出ていった。すると隣の席の真子という子が話しかけてきた。
「薫ちゃん?これからよろしくね。お母さんとっても綺麗な人だね。羨ましいーーー」人見知りの薫はペコリと頭を下げた。
一方海は、ドカドカと教室に入り、席に座った。"誰にも舐められたくない"そんな中学生ならではの感情でツンケンしていた。
担任紹介などが終わると保護者は体育館で説明を聞き、生徒はそれぞれのクラスでホームルームが始まった。薫はドキドキしながら周りに溶け込もうとした。ホームルームが終わると自由時間になった。チャイムがなった途端に皆、周りの子達と話し始めた。隣の席の真子がすぐに薫に話しかけてきた。
「先生優しそうでよかったねー!!薫ちゃんどこの小学校だったの?部活入る?好きな人とかおるの?」真子は薫に興味津々だ。薫は愛想笑いをしながら少しずつ質問に答えていると廊下側の窓から大きな声が聞こえてきた。上級生達の品定めが始まっていたのだ。
「あの子なんて子ー???」
「あの子かわいいじゃん!俺連絡先聞いとこーww」
薫は1番に指をさされていた。真子は自分も見て!と言わんばかりに大きな声で喋ろうとする。薫はそんな真子が少し苦手だった。
入学式が始まる為、皆体育館に移動した。海は周りの女子を引き連れていた。もうクラスの一軍女子が完成していたように見えた。そしてその堂々としている海が薫は羨ましかった。すると真子がすかさず話しかけてきた。
「ねぇあの子三谷海ちゃんだよね?薫ちゃんの友達??私にもあとで紹介してーーー」中学生の女子は大変だ。自分たちの見た目ばかり気にして周りをランク付けをする。まだまだ人の性格、本質なんてものは見極められない生き物だからだ。
そして長い校長の話も終わり、無事に2人は中学生生活のスタートラインに立てた。帰り道2人は合流すると、その時には海の母もいた。キッチリとしたスーツがよく似合う海の母は薫の母に頭を下げた。
「朝はありがとうございました。」
「いえいえとんでもないwww」
「海!帰るよ!車乗っていきな?」
「薫と話しながら帰りたいから先帰ってて」
「ママ!私も海と2人で喋りたいからどっかいって!」
「私は歩いて一緒に来たんだから我慢してよねw」薫の母が言うと「乗って行きます?」海の母が高級車の助手席のドアを開けた。母達2人は海の母の高級車に乗って先に帰って行った。
海と薫は2人きりになると話が弾む。
「友達できた?」
「1人ね。真子って子!海のことやたらと紹介してーなんて言われたよw海はたくさんの女子に囲まれてたね」
「うん!優しそうな子ばっかりだったよ」
そんな話をしていると、後ろからやってきた自転車の集団が薫と海の隣にやってきた。
「新入生???俺ら2年ー♪よろしくー♪」ナンパのように話しかけてくる先輩達に少し戸惑いながらも2人は頭を下げた。
「あれ!この子三谷先輩の妹じゃね?」
「ほんとだーwww」2年の先輩達は海の兄の名前が出るとざわついていた。海の兄は学校1のイケメンで有名な中学3年三谷晃。後輩達の憧れだった。
すると海が「あ!!!!」1人の男子を指さした。サラサラヘアーが似合うこれまたイケメンの斎藤克樹だ。
「この人この前お兄の部屋に来てた人だ!!」海が言うと克樹はニヤリと笑った。
「覚えてくれてたんだ。晃くんとは仲良いからね。」海は少し照れたような顔して笑った。
「おいおい!もう知り合いかよー克樹ー紹介してよー」
「晃先輩の妹だぞwww手出したなんてバレたらしばかれるぞ」周りの男達は騒ぎ出した。
「なんかわからない事あったらなんでも聞いてー」
ありふれた捨てセリフを言いながら男達は通り過ぎて行った。克樹は二人乗りしながら海にニカッと笑い手を振って行ってしまった。
「晃くんが先輩で助かったーーー」薫はほっとしていると海は少し寂しそうに言った。
「お兄がいなかったらもっと喋ってくれたかな・・・」
「えーーー???喋りたいの??怖くないの?・・・」
「克樹先輩・・ってかっこいいよね??」答え合わせをするように薫に聞いてくる。
「・・・・そうだね・・・そりゃぁかっこいいよね。え!!!!海好きなの?」
「まだそんなんじゃないけどさ・・・・」海は慌てて否定した。海はとってもわかりやすかった。薫はニヤッと海の顔を見た。
「協力するから♪」
「そんなんじゃないよーーーーwwww」
「照れんな照れんなーーーーwww」
夕暮れは少しいつもより赤く、初恋の甘い香りに包まれながら2人は青春のスタートラインを歩き始めていった。