第6話「レディオアクティブ・ミネラル」
学校から帰宅したリーナは褐簾石から伝えられたことをロードライトへ話すため屋敷の中を歩き回っていた。
「ロードライト......どこにいるんだろう?」
リーナを護衛するためコネクトから派遣されたロードライトへとあてがわれている部屋の中に彼の姿はなく、姿を見たものはいないかと近くにいるメイドへ声をかけた──
「ロードライト様、ですか? ええっと、赤色の着物姿の方が抱きかかえて移動している所は見ましたよ? 一番奥の部屋へ入っていったようですが......?」
「......? 着物姿......緋緋色金さんのことかな?」
メイドからの情報を頼りに一番奥の部屋の前へとやってくる。この部屋は普段から使われていない部屋だった為「なぜこの部屋に入っていったのだろう?」と疑問に思いつつリーナはゆっくりとドアを開けた。
「し、失礼します......?」
部屋の中は明かりが灯っていなかったが窓からわずかに差し込む夕陽の光がベッドに腰掛ける緋緋色金の姿を照らしていた。その横顔はとても優しく普段の印象とはどこか違うものだった。
「緋緋色金さん......?」
彼はリーナに気付くとスッと立ち上がりリーナへと歩み寄る。
「......ロードライトはベッドで寝ている。一時凌ぎにしかならないが俺の血も与えた」
リーナがベッドの方を見るとたしかにロードライトが寝息を立てている。
「私が今いない時、ロードライトに何があったんですか......?」
「......エネルギーの不足で倒れた。」
「──そんな......ロードライト......」
しゅんとうなだれるリーナへ緋緋色金は声をかける。
「ロードライトにも問題があるが、今回はあんたにも責任がある」
「私に......」
「でも、あんただけなんだ。 ......ロードライトをしっかりと支えてほしい、こいつは無鉄砲なところがあるからさ」
緋緋色金は懐かしむように目を閉じるとそのまま部屋を後にする
「......」
リーナは去っていく緋緋色金の後ろ姿を見送った後、眠っているロードライトへ近付きベッドへ腰を下ろしてからそっと手を重ね呟いた。
「私、頑張るから......ロードライト......」
──
──翌日、リーナとロードライトの二人は褐簾石の言っていた通り『結社 釷』へ向かっていた。
「ここが......アラナイトさんの言ってた......えっと結社......釷......だよね?」
和洋折衷な大屋敷といった感じの見た目だが、不思議なことに入口が見つからない。リーナは入り口を探そうと周りを見渡した。
「……」
ロードライトはリーナから離れず気を張り巡らせていた。
「リーナ」
「えっ何?」
周りを見ていたリーナへ声をかける。
「もし、何かがあったら......僕の事は気にしなくていいので逃げてください」
「......え?ど、どうして......?」
「ここに所属しているオリクスの中には〝人間嫌いのオリクス〟がいるんです......僕は直接会ったことがないのですが、とても危険だと教えられていたので......」
「──わ、わかった......」
『~ん?じゃあ来なかった方がよかったんじゃねえか?......そっちの嬢ちゃんは特に』
突如として現れた男は背後からリーナの体へ腕を伸ばそうとしていた。
「──ッ!!!」
ロードライトはリーナのぐいっと腕を引き庇う様に抱きしめる。
「......なんですか、貴方は......!」
「......?!」
いきなりの出来事に理解ができないままロードライトに抱きしめられていたリーナはぽかんとしている。
男はぴゅぅと口笛を吹いた後、にやりと口角を上げてロードライトへ視線を合わせた。
「『なんですか』......だって? 出迎えだぜ? それくらいはわかるだろ?」
「──、リーナ様の体に......触れようとしましたね?」
男は一瞬目を丸くしたが、何が面白いのか目を細めて笑いながら言葉を続ける。
「ハッ挨拶だよ挨拶! カリカリすんなって......? な?」
ロードライトは男を睨み続ける。この人物ははなんだか危ない、と直感が告げているからだ。
「おーこわ! すげえ睨まれてんじゃんオレ......仲良くしてくれない?」
「お断りします」
一秒の間もおかずロードライトはきっぱりと告げる。
「──ハハッ即決じゃん!おもしれえ! ......オレは『フェルグソナイト』、仲よくしような?」
「......」
ロードライトは無言のままでいる。
「フェルグソナイト......さん?あの、私達はアラナイトさんにここへ招待されたんですが......?」
「アンタがリーナ・アーガイルかじゃあそっちがロードライト......話は聞いてたぜ? ......ふーん、もうちょっとデカけりゃあ美女だっただろうな......あ、いやまだ学生だったか?」
「でか......?」
リーナをフェルグソナイトから隠すようにロードライトが前に出る。
「──はやく、案内してください」
「......ん、いいぜ? ついて来いよ」
にやり、と笑いながら男は歩き出す。
──二人はフェルグソナイトについて行った。
──
「建物の裏手にシャッターがあったんですね......?」
リーナは大きなシャッターを見上げて感嘆の声を上げる。
「そ、ここに地下へ入口があんだよ。......ホラ、入れよ?」
二人はフェルグソナイトに背中を押されシャッターの向こうへ入る。広い空間の奥にはエレベーターが待ち構えていた。
「さー、遠慮せず!......地下研究室にアラナイトが居るからよ」
フェルグソナイトはエレベーター内へ二人を押し込み操作パネルをタッチする。しばらくするとエレベーターが動き出した。
「......そういえば、どうしてあんなに立派な建物があるのに地下施設を使用しているんですか?」
と、リーナが問いかけるとフェルグソナイトは呆れたような顔をする。
「──、それマジで聞きたい? ......あ、いや?知らないのか?」
「?」
「......基本的に、〝彼ら〟は地下の以外の使用許可が降りてないんです」
ロードライトがリーナへ向けて言葉を発した。
「ど、どうして?」
「彼らは『放射性鉱物』のオリクスです。基本的にオリクスの能力はオリクト・コアである鉱物の特性をより強力にしたもの──」
「......じゃあ、そのオリクスの人達はほとんど外へ出られないの......?」
「いえ、最近は|U.R.N. laboratoryで作っている薬品である程度の抑制が効くと聞きますが......」
「へえ、詳しいじゃん? 誰から聞いた?」
「......りゅうさんです」
「りゅう? ......ああ! 知ってる知ってる。『箱舟の燈火』、だろ?」
「知ってるんですか?」
「ゼノがもっとやんちゃしてた時、世話に......いや世話にはなってねえな......」
彼は懐かしむように目を閉じてにやりとする。
「? それって良い思い出だったんですか......?」
リーナの質問にフェルグソナイトはキッパリと答える。
「い~や!全く!ゼノはすげえ暴れるし、比較的温厚なモナさんも相当キレてたぞ!今となっては面白かったに尽きるがな」
そんな会話をしていると最下層への到着を告げるポーンという音がエレベーター内部に響く。
「お、着いた」
扉が開く前、こちらに背中を向けたままフェルグソナイトは語りかけた。
「忠告しとくが、ゼノ──、ゼノタイムの前でリーナ......アンタは絶対に言葉を発するなよ?......アイツはどうしようもない人間嫌いだから、機嫌次第では殺されるぞ?」
今までにない真面目な声のトーンに二人は息をのむ。そして徐々にエレベーターの扉が開く中、「異音」が近づく。
──ブオン、と〝何か〟が飛んでくる音
「?!ッ──、端へ避けろ!」
そう叫んだ直後エレベーターの個室の中へと高速で人が突入してくる──否、高速で人間が突き飛ばされていた。
「!!」
フェルグソナイトは二人を壁側へ押し込み、また彼も片側の端へと間一髪で避ける。
突き飛ばされた人物──緑色の髪の少年はエレベーターの鏡になっている壁に背中から衝突、そのまま地面へと落ちる。
エレベーターの真ん中で僅かにうめき声を上げている緑色の髪の少年へと靴音を響かせながら近づいていく人物──黄褐色の髪色の男は少年の前に立つと、細い首をガシリと掴み、そのまま持ち上げるや否や先ほど彼が衝突した壁へと再度叩きつけた。
「──ッ、ァア......!!」
壁へ強力に叩きつけられた少年はぐったりと脱力した。
「! ......なーにしてんだよ? また施設ぶち壊して?『......せっかくの研究費が修繕費で消えるでしょう?』って、アラがキレっぞ?」
声をかけてきたフェルグソナイトを一瞥し、右手で掴んでいる少年へ視線を戻す。
「死んだ、か──? ......ああ?」
少年は自身の首を掴んでいる男の手をへ爪を立てる。
「......!」
少年の目は必死の形相で男を睨みつけていた──。
「チッ......!」
男は舌打ちすると少年の首を掴んだまま高く腕を振り上げて次は地面へと叩きつけようとした──その時、
「──ッ......やめて!!」
少女の声が響き男はピタッと動きを止める。そして手に掴んでいた少年に興味がなくなったのか、ぱっと手を放す。
「おっ......と、あっちゃあ......ゼノ! ストップだ!!」
フェルグソナイトは少年をキャッチしながらマズイと直感し、男を制止しようと声をかけたが、その声はもう届いていなかった──。
「......」
男はリーナへ静かに視線を向ける──嫌悪と憎悪、憤怒の絡まった彼の鋭い視線とピタリと目線が合った時、その威圧感はリーナを完全な思考停止へと追い込んだ。
「あ、......ああ......」
動けなくなっているリーナへと男の手が伸びた時、ロードライトはすぐさま彼女を抱き抱えてエレベーターの個室から脱出──移動しながらリーナへ声をかけた。
「リーナ......! リーナ!! 気を確かに!!」
「──、あ、ろー、どらいと......?」
ロードライトはこの地下施設の構造を把握してはいない。無我夢中で奥へ、奥へと駆けた。
──
奥にある通路へと進み、扉が空いていた部屋へ入ると抱きかかえていたリーナを降ろす。
「......ここで身を隠していてください」
「やだ......行っちゃだめ......!!」
リーナがロードライトのコートにしがみつく。
「──すみません......リーナ、僕は時間を稼ぎますから、アラナイトさんに助けてもらってください......!」
「! ......めんなさい、私......!」
「謝らないでください。 僕はあの時、少しも動けませんでした......声も出せなかったんです。だから......見知らぬ誰かを助けようと声を上げれるリーナは凄い......僕は、そんなリーナを守りたい! ですから──今は、もっと奥へ......隠れていて?」
「う、うう......!」
リーナは掴んでいたロードライトのコートからそっと手を放し「ケガ......しないで......」と伝えた。
ロードライトはその言葉に微笑みを返した。
──不意にコツ、コツと足音が近づく。
「......!」
ロードライトはオリクト・チャームを出現させ、手に掴みながら部屋から飛び出し、男と対峙する。
(......とてつもない人への殺意、彼が──ゼノタイム)
対峙した男はロードライトをまるで軽蔑するかのように見ていた。そしてゆっくりと目を閉じると、虚空へゆっくりと手を伸ばし、〝何か〟を握りつぶす──そして静かに言葉を紡ぐ。
『──不運なる虚しき名誉』
「!!!」
男が言葉を言い終えた時、ロードライトの周囲を取り囲むように数本の光の柱が出現しそこから放たれた熱線が何度もロードライトを貫いた。
突然の激しい熱と衝撃でロードライトの体が浮き上がる。
(──、今、なにが......ッ?!)
衝撃で浮き上がった彼の前で足を高く上げると、ロードライトの頭上から強力なかかと落としを浴びせる──硬い床へと強く叩きつけらたことでロードライトの全身へ更に強い衝撃が走った。
「がっ──っあ、!」
「フン、......これで、終いか?」
吐き捨てるように呟くと、仰向けで倒れているロードライトのみぞおちの辺りを踏みつけ、踵の部分をグリグリと強く押し付けた。
「──ッぐ、ぁ──、あ......ッあ!?」
「......」
男はロードライトの上からゆっくりと足をどけ、踏みつけるのをやめる。
「──」
そして、ボールを軽くキックするかのように彼を蹴り飛ばした──
「ぐ、ぁッ......?!」
軽い蹴りの動きからは想像もつかないほどの衝撃で吹き飛ばされたロードライトの体は勢いが止まらず何度か地面をバウンドしながら壁へ衝突する。
「......ッ、ァ......」
指一本すら動かせないロードライトへ向かいゆっくりと迫る男の姿を視界の端にとらえる。
(にげ、なければ──)
体が冷たい──これは昔、|ロザージュが分かたれた時《オリクト・コアが欠けた》も感じた〝体の端から凍えていくような感覚〟と似ている気がする。
「......」
意識が遠のいていくロードライトの前にふわり、と白い影が映る。
(しろ、いろ......?)
そのままロードライトは意識を手放した──