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第1話「ロードライトガーネット」



「ハッ......ハァっ......」

 幼い少年は走っていた。

──何処へ?

 行き先など決まっていない。けれど、足を止めることはできなかった。

──できるだけ遠く、遠くへ。

 黒く、(あお)く、白く、黄金(かがや)き、(あか)でも、(あか)でもない。

──皆失敗した。

 ならばしょうがない。最後まで残ってしまったこの『■』が



──悉くを〝■く■めてしまおう〟と。



──


 白い月の光がステンドグラスから差し込む小さな堂の中。赤い服を着た青年は少年と向き合っていた。


「ロードライトガーネット。貴方を今回の事件の担当として推挙します」

「......拝命します」

 ロードライトガーネットと呼ばれた少年は目の前に立つ青年に跪いた。

「......あっいや、あまり畏まらないで? これは形式的な儀礼なのだから」

 青年は朗らかな笑みを浮かべるとまだ強張っている面持ちの彼の手を取り「大丈夫だよ」と伝える。


「今回は護衛の任務だけど君なら全く問題無い。それで護衛対象は......高校生の女の子だね」

 懐から封筒をスッと取り出し手渡す。少年は一礼してから封筒を受け取る。

「行き先はここに書いてある。すぐに出発してほしい」

「......はい」

「じゃあ、気をつけて」

「ありがとうございます。行ってきます」

 少年は深くお辞儀をしてそのまま堂を後にする。

 残された青年はその姿を見送ってから「ふぅ」と一息つくと頭上で輝くステンドグラスの方を向き「彼に武運を」と呟いた。


──


 日が落ちかかった暗い裏路地に女の子の声が響く。

「ちょ、ちょっと...!」

「女の子が1人でこんなところに来たら良くないよ〜? 俺達と〝安全な所〟で遊ばない?」

 チャラそうな男達に絡まれてしまった少女は「しまった」と後悔した。男達の1人がいやらしい手つきで少女に手を伸ばす。

「さ、触らないで!」

 パシリと反射的に男の手を弾く......が、抵抗されたのが気に入らなかったのか、その男は「ああ!?」と声を荒げると勢いよく少女の細い手首を掴み上げた。

「きゃあっ」

 その弾みで少女の生徒手帳がポトリと落ちる。男の仲間がそれを拾い上げる。

「おっ? へぇ......リーナって名前なのか」

「......は、放してっ!」

「舐めたことしやがって......可愛がってやるぜ、リーナちゃん?」

「オイ、さっさと連れてくぞ」

「ああ、......?!」

 男の1人が後方に目を向けると先程まで背後にいた仲間が倒れている。

「どうし......ガッ?!」

 男は言葉を続けられなかった。紅い閃光のようなものに貫かれたからだ。不思議なことに路地裏のいたるところに紅い帯のようなものが張り巡らされている。

「な、なんだこりゃ......ッ?!」

 最後に取り残された男はこの異様な光景に驚いて彼女の手首を離す......否、離したのではなく紅い閃光が男を貫き意識を失ったのだ。男はゆっくりとその場に倒れる。

「きゃ......なにこれ、どうなって......?」

 少女は早く「ここから逃げよう」とわずかに足踏み出す。その刹那、紅い閃光は彼女へ向かって放たれた。

「!!」

 少女は死を悟って目を閉じる。


──シュィィン


 紅い閃光は突如として上空から降ってきた槍によって霧散する。槍の刺さった後にふわりと赤紫の花弁が舞う。

「!」

 数秒の後、赤紫の装束を纏った少年がストンと着地する。彼が地面に刺さった槍を引き抜くと槍は花弁となって消え、少年は彼女の方へ向き直る。


「間に合いました......さあ、こちらに!」

「へ......? えっ?!」


 動揺を隠せないリーナをよそに少年は「失礼します」と言ってリーナを優しく抱きかかえる。

「掴まっていてください!」

「え?! はい......!?」

 まるで風になったかのように裏路地を駆け抜けていく。


「きゃあ?!」

 あまりのスピードに少女は悲鳴をあげる。

 少年に抱きかかえられているリーナは背後から紅い閃光が何本も向かってきているのが視界に入った。

「紅いの後ろから来てますっ!!」

 彼は少女の言葉を受け進行方向を変える。壁に当たった紅い閃光はそこで霧散したが、尚も閃光の追尾は終わらない。


「屋上へ上がります。舌、噛まないように気を付けてください」

「わっ!?」

 タンっと軽くジャンプしただけで信じられないくらい高く跳躍する。屋上へと上がると数本の紅い閃光が一直線に向かってくる。

「失礼します」

 彼は両手で抱えていた少女の体を左腕のみで支え直し、右手を首元の石へとかざす、その瞬間赤紫色の花弁が空へ舞い上がり、同時に前へと伸ばした右腕の先に花弁が収束していく。それは瞬時に槍の形を形成していきそれをガシリと掴む。

「はぁっ!!」

 少年が槍を振った衝撃波で紅い閃光は霧散する。


「さあ、早くここを離れましょう」

 槍は再び花弁へ戻り散っていく。少女を両手で抱え直すと再び大きく跳躍し、二人はふわりと宙を舞いながらビルの屋上から屋上へと飛び移っていく。少女は少年の顔へちらりと視線を向ける。夕陽に照らされた少年の赤紫色の髪や瞳はキラキラと輝いてとても美しい。


(綺麗......)


──


 抱きかかえられたまましばらく移動を続け目的の場所へ到着する。


「着きました」

「あれ? ここ......私の家」

 少年はリーナをゆっくりと降ろし「旦那様がが心配していましたよ?」と玄関の方へと促す。

「......パパが?」

 少女は気まずそうに目をそらすが、しばらくすると玄関のドアが開き男性が現れる。

「......リーナ!」

「パパ......!」

 駆け寄ってきた男性は少女をぎゅーっと抱きしめ。頬擦りをする。

「ああ、リーナっ! おかえり! 無事でよかった......」

「パパっ?! 人前で恥ずかしいよ!」

 少女は顔を真っ赤にして抵抗するが、男性はそれを気にする様子はない。困ったような声を上げている少女だったが「た、ただいまパパ」と伝えると父親は安心したのか少女から離れる。そして距離を置いて二人の様子を見ていた少年の方へ向き直る。

「ロードライトくんありがとう......何があったか聞かせてもらえるかな?私の部屋へ来ておくれ」

「はい。旦那様......リーナ様もこちらに」

 ロードライトは少女を促すようなジェスチャーをする。


「まって! 状況がわからないんだけど!?」

 「ん?」と振り返った父親は「ああ、そうだった」と戻ってくる。

「彼はロードライトくん。〝コネクト〟から派遣されたリーナの護衛だ。」

「コネクトって......? ご、護衛......私に......??」

 疑問を浮かべているリーナに向かってロードライトが話しかける。

「紹介にあずかりましたロードライトです。リーナ様の護衛の命を受けてここに、よろしくお願いします」

 リーナに向かい丁寧にお辞儀をするロードライト。

「護衛は分かった......けど、コネクトって?」

「コネクトはオリクスと人間の関係を取り持つ組織だ。オリクスの事はわかるかい?」

「オリクスは......えっと、生まれた時手に石を握って生まれてくる人......だよね?」

 リーナの父親はうんうんと頷く。

「そう。彼らは〝オリクト・コア〟と呼ばれる石を持っている。強靭な肉体と、それぞれ固有の武器〝オリクト・チャーム〟を取り出し人には見えない悪霊エラトマと戦う。それがオリクスだよ」

「......なんで、そんなすごい人が私の護衛を......?」

 リーナは疑問で首をひねる。

「横から失礼します。リーナ様には〝所持者ホルダー〟としての力があるんです」

 ロードライトが声をかける。

「ホルダー?」

「はい、僕達のようなオリクスの力を更に引き上げ、また〝清く〟戻す人のことです」

「清く......?」

「先程旦那様がおっしゃっていたように悪霊エラトマは人に見えません。ですが人を蝕み、精神を侵すもの......僕達オリクスは悪霊エラトマを消すことができます。ですが、その残滓は僕達の中に蓄積してしまうのです。それを清い状態に戻せるのは人間だけ......その中でも生まれ持ってホルダー適正のある人間はとても珍しいです」

「......え、そうなの?」

「はい、とても稀なことですよ」

「ろ、ロードライトくんその話はまだ......」

 父親が焦ったようにすると、その意を察したのかロードライトは頭を下げる。

「はい、失礼しました......! リーナ様もそろそろ屋敷の中に戻られた方がよろしいかと......」

「そうだな......リーナもはやく休むといい」

「あっうん......?」


 三人はそのまま屋敷の中に入っていく。


──


 リーナは自室に戻り、ベットへ腰を掛けて考え事をしていた。

(今日は色々あってびっくりした......あの時の赤い色のビームみたいなのって何だったんだろう? それにロードライトくん......か、護衛って驚いたな......)

「あっ!!そういえば今日の事を報告するって......どうしよう、あの場所に行こうとしてたって知られたらパパに怒られそう......うう」

 彼女はベットの上にそのまま寝転がり「怒られるのやだな......」と上を仰いだ。


──コンコンコンッ


 部屋の中に音が響く。寝転がったまま眠ってしまっていたリーナはノック音で目を覚ました。

「......ん、パパ? 今鍵開けるから待ってて?」

 声をかけるがドアの向こうにいる相手から返事はない。

「?」

 仕方なくベットから起き上がりスリッパを履く。ゆっくりとドアの前まで進みドアのロックを解除しようとドアノブの辺りに手を伸ばしたと同時に〝ミシリ〟と小さくドアが撓る。

「......?」

 次第に撓りは大きくなりバキバキと音を立ててドアの形状が歪みだす。

「な、なに?!」

 リーナは思わず後退りする。一際大きくバキリと音が鳴った時、ドアの向こうから『しゃがんで!』と声が響き彼女はとっさに態勢を低くした。

「!!」

 次の瞬間にドアは崩壊し、透き通った物体が先程まで彼女の頭があった位置を通過する。そしてその奥にあった本棚へと深々と突き刺さる。

「リーナ様ッ!」

 凄まじい勢いでロードライトがリーナの部屋へ飛び込んでくる。驚いて動けないリーナを抱えて三階の高さにある部屋の窓から飛び出し、窓際の壁を蹴り勢いをつけて素早く地面へ着地する。


「お怪我はありませんか?」

「えっあ、はい......!」

「よかった......」

 一息ついたのも束の間、リーナの部屋の位置からドゴッと崩れるような重い音が響き、崩落する部屋の中から人影が飛び出す。


「逃げるとは軟弱だなぁ?! 期待外れもいい所だ!」

 コツリ、コツリと靴音を高く響かせながら姿を現したのは白い髪に薄い褐色の肌をした筋肉隆々の女性だ。にやりと笑みを浮かべると大声で誰かへ語り掛ける。その声にすら圧がありロードライトとリーナは気圧されてしまう。

「ダーナッ! こいつら殺してもいいんだよな?」

 2人の背後、屋敷の入口の方から白いスーツ姿の男性が現れる。

「ダメですよ、あと貴女の声大きすぎます。......こんばんは、リーナ・アーガイル」


「わ、私の名前、何で知って......?」

「リーナ・アーガイル──とても珍しいといわれる先天的なホルダー適正、その上ホルダーの能力研究で有名な男のたった一人しかいない娘......でしょう?」

 彼は凍てつくような視線をリーナに向けながら淡々と言う。

「......何を言いたいんですか」

 リーナをかばうようにロードライトは男を睨みつける。

「少々、条件が〝揃いすぎている〟と言っているんですよ。......柩守のロードライト?いえ、守ることはできなかったんでしたっけ?」

「......ッ! 煽ろうとしても、無駄です」

 ロードライトのリーナを支える手に力がこもる。


「まあ、貴方のことはどうでもいいですけど......それより、取引きしませんか?リーナ・アーガイル」

「と、取引き......?」

 白いスーツの男は「はい、そうです」と屋敷を指差す。

「貴女のホルダーとしての能力を〝譲渡〟して頂きたいのです。素直にホルダー権を譲渡するのでしたら屋敷の中の人達に危害は加えません......が」

 男はそのまま指を横へスッと動かす。それと同時に白い髪の女性がバキバキと骨を鳴らしながら「10秒......いや、5秒でいけるぜ?」と言い放つ。

「断るのであれば容赦はしません。彼女が文字通り皆殺しにします。どうです?」

「い、嫌......やめて」

「では、貴女のホルダーとしての能力を譲渡してくださいますか?」

「......ほ、本当にみんなを助けてくれるの......?」

 リーナは白いスーツの男に向かって疑問を投げかける。

「ええ、助けてあげますよ。貴女以外は。ホルダー権を譲渡した者は死にますから」

「!!」


「リーナ様! 駄目です! 彼らは僕が止めます! だから......!」

 白い髪の女性はその言葉にピクリと反応する。

「ほぉ? 言うじゃねえか? ただの腰抜けかと思ったが......武器を構えな? 白黒つけようじゃねえか!」

 彼女は「かかってこい」と言わんばかりにロードライトをまくしたてる。


「なるほど......貴方が万が一にも彼女に勝てるのなら、ホルダー権の事は穏便済ませましょう」

「それは本当ですか......」

 ロードライトは鋭い視線を男に向ける。

「ええ、〝勝てれば〟ですが」

「......わかりました」

 ロードライトが首元の石に手を伸ばすと赤紫色の花弁がふわりと溢れ出す。そのまま右腕を伸ばすと花弁が収束していき槍の形状になる。

「負けません......リーナ様、下がっていてください。」

「ロードライトくん......!」


「いいぜ! そうこなきゃな!」

「......!」

 お互いが向き合い武器/拳を構えたその時。


──『やめておけ』


 突如として声が響き、白い髪の女性とロードライトの間にふわりと着物の男が割って入る。その人物を見た途端ロードライトは目を見開いた。

「あなたは......」


「......そこの男、戦況によっては何でもする手合いと見える。......ロードライトよ、主の傍を易々と離れるものではないぞ?」

 大げさにやれやれ、というジェスチャーをするとリーナの近くまで歩み寄りスーツ姿の男から庇う様に前に立ち塞がる。燃えるような緋色の髪と着物をなびかせる男性。

「ひ、緋緋色金(ひひいろかね)......なぜここに......?!」

「ん? ......なぜだと? うぬを追いかけてきたのだが?」

「なっ......!?」


 彼は緋緋色金と言われた男の様子を眺める。

(緋緋色金ときましたか、物語、伝承、空想の石......ストリアオリクス。実力は未知数、ですか)

「ふむ」

 考え込む男に向かって白い髪の女性は声をかける。

「ダーナ? どうする、こいつも殺すか? ......正直言って興は冷めちまったが」

「ん、おっと......堅強なる女よ、戦いたかったのだろう?我が相手になろう......それとも戦意を失ったか?」

「てめぇ......上等だコラァ!」

 白い髪の女性は緋緋色金に殴りかかる。白い髪の女性の速さは相当なものだが緋緋色金はひらりとそれを躱す。

「はっはは! 速い! が、我には届かぬ!」

「この......野郎ッ!」

 再び緋緋色金へ殴りかかるが、また躱される。

「クソッ!」


(......この状態では勝てない、でしょうね)

 スーツの男は口を開く

「撤退します。下がりなさい」

「......ハァ?!冗談だろ!?俺は戦うぜ!」

 彼女が男の言葉を無視し再び殴りかかろうとした時。


《 ──■■■■、■■■■■ 》


 スーツの男が静かに言葉を紡ぐと、女性はびくりと硬直してしまう。

「ぐっ......?!ん、......は、ッハァ」

 動けないのか体を震わせることしかできない彼女に男は冷たく声をかける。

「すぐに熱くなってしまうのは貴女の悪い癖です」

「......ッ!な、なに、しやがる!この緋い野郎急に出てきやがって癪に障る!止めんじゃねえよ!」

 動けるようになった彼女は男に対して食って掛かる。

「やる気があるのは嬉しいですが、分が悪いので帰りますよ」

「なんでだよ!?」

「帰りますと言いました」

 表情を変えず彼女を一瞥する

「......チッ」


「なんだ?逃げるのか?」

「逃げるんじゃねえよ。戦略的撤退、だ!......次に会ったらお前らを徹底的に打ちのめす!」

「......リーナ・アーガイル......譲渡の件、覚えておいてください」

「!」

 男がパチンと指を鳴らすと女性はスーツ姿の男を抱きかかえて、そのまま跳躍する。その姿は夜の闇に溶けてすぐに見えなくなった。


「おお、逃げ足の速いことだな」

「リーナ様、万が一があるかもしれません......屋敷の人達の安否を確認しましょう。リーナ様......?」

「わ、私......どうしよう、みんな助かるけど私は死んじゃうって言われて......私......」

 震えながら涙をぼろぼろとこぼす。

「私......皆が助かるって言われたのに、選べなかった......うっ、ああ......!」

 両手で目元を拭い嗚咽をあげている少女へとロードライトは両手を差し出し「リーナ様、手を」と優しく声をかける。震えながらもそっと伸ばされたか細い手を彼は両手で包み込む。

「......それは、それは普通なんですよ。誰しも自らの命はとても重いもの。僕はリーナ様がご自身の命を大切にしてくれたことがとても嬉しいです」

「......! ......ロードライト、くんっ......」

 リーナの目からは涙がさらに溢れ出す。

「......悲しいときはたくさん泣いてください。僕が受け止めますから」

「うっ......あり、がとう......」



 ──少女の涙が止まるまで、バラを纏う少年は寄り添い続けていた。



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