2.妖精の隠れ家(1)
悩んだものの、結局昭仁は沙綾がしばらく基地にいることを許した。
人間関係にドライだという自覚はあった。だから我ながら意外な決断ではあったし、厄介ごとに巻き込まれたという気配もしたが、沙綾のあの力ないさまを見ると、面と向かって今すぐ出ていけとはさすがに言えなかった。
長くはいないと言うし、しばらくならバイト、大学、孝太との練習などで居場所を確保できるだろう。
それにしても沙綾の行動には驚かされた。聞けば駅から海沿いにひたすら歩き、偶然基地に辿り着いたのだと言う。
基地のある北町付近には電車やバスはおろか、家すらない。駅に町地図の看板くらいあると言うのに、無鉄砲なことをする。
歩き疲れた頃基地を発見して上がり込み、うとうとしていたところへ昭仁はやって来たらしい。夜目には小屋があまりに荒れ果てて見えたので、てっきり廃屋と思ったのだと後になって沙綾は言った。
ここにいると言っても、少なくとも時折は食べ物などを調達しに出かける必要があるだろう。
小屋の外の水道は何故か今でも水が出る。とは言え、それで賄えるのはせいぜい簡単な洗い物くらいのものだ。
駅付近にしか店がないことを考えると、移動距離の長さは問題になる。下手をすると基地の存在を他人に知られかねない。やはり面倒なことになるかも知れないと、昭仁は早くもうっすら後悔した。
沙綾にどう接すべきかわからないまま、昭仁はとりあえず翌日の夜、基地に行ってみた。沙綾はテーブルに置いたランプひとつだけの薄闇の中、ソファにぽつんと腰かけていた。
「あ」
昭仁が入っていくと、沙綾は会釈ともお辞儀ともつかない頭の下げ方をした。
「あの、ここに置いてくれてありがとう」言いにくそうにしながらも続けて言う。「ごめんなさい、迷惑かけてしまって」
正面切って、と言うには勢いがないが、そう言われるとこちらもそれ以上何も言えない。計算か、と顔つきを伺ってもそれらしい感じもなく、どちらかと言うと怖がっているように見えた。
「これ」
昭仁は持って来たポリ袋を差し出した。「バイト先でもらったから」
沙綾は昭仁を見たまま、しばらく動かなかった。声は出さない。あまり感情を表に出す性質ではないらしい。差し出す昭仁の方が一人気まずい思いをした。
「……どうもありがとう」
しばらく袋を眺め、沙綾は細い声で礼を言った。「たくさんあるみたいだけど」
「俺は飲まないのばかりだから」
今日もらったのは甘い飲み物ばかりだった。酒類もあったのだが、そっちは何となく抜いておいた。