1.夏の始まり(2)
昭仁のバイト先は酒屋だ。駅と叔母宅のほぼ中間地点にある。
小さい店なのであらゆる仕事をこなさなければならないが、店には店長とバイトが一名いれば事足りるため、バイト同士が顔を合わせる機会はない。
店長は昭仁より五つ六つ年上だと言う。若い。ひょうきんでひょろりと背が高く、ごつい黒縁眼鏡の店長は、パンクロックを熱く語りだすところ以外は接しやすかった。
古びた店だが競合相手が少ないせいか、客の入りは悪くない。適度に混み、適度に暇なこの職場は働きやすく、昭仁は大学入学直後からここにいる。
「安藤くん、夏休みってシフト増やしても大丈夫?」
倉庫から持って来たビールケースを開けていると、店長にそう訊かれた。望むところだ。
昭仁は頷いた。店長はふっと顔を綻ばせた。
「良かった。山野くんは研究があるとかであまり来れないらしいんだ。うちは君たちしかいないからさ」
昭仁にも課題があるにはあったが、まあ何とかなるだろう。
挨拶をして店を出る。ここから叔母宅までは、原付で十五分だ。
バイトの後は真っすぐ帰らず、町の北へ向かうのが昭仁の習慣だった。
町の北、酒屋から叔母宅までの道のりとは正反対の方向だが、そこには昭仁が基地と呼んでいる場所がある。この町に来た年に見つけ、子どもの頃は昼を、大きくなってからは主に夜をそこで過ごしていた。
ただの廃屋に勝手に入り込んでいるだけだが、自分の居場所と言える場所があるとすればここしかないだろうと、昭仁は思っていた。
自分で見つけ、手を加え、作り上げたものはこれだけだと。
叔母夫婦から与えられた全ては、本来なら自分が正当に受け取るべきものではない。しかし、昭仁はそれを拒否できる立場になかった。身寄りが他にない九歳の少年にできることは少ない。
愛情を受けた覚えがないのは幸いだ。物質でないものは返しようがない。
原付を走らせながら、昭仁は孝太のことを考えていた。夏休みが始まったらやれ練習だ新曲だとうるさく連絡してくるに違いない。
昭仁はため息などつかなかった。こらえた息は、胸の奥に重苦しい雲のようにわだかまる。その質量のような憂鬱さは、昭仁に馴染んだ感覚だった。