1.夏の始まり(1)
玄関を開けたら揚げ物の匂いがした。
靴を脱ぎ手を洗って居間に入ると、既に夕食が始まっていた。
「ちょうど良かったわ、今できたところなの」
叔母の言葉に曖昧に頷いて、昭仁は席についた。向かいに叔父、左には哲がいる。いつもの位置だ。
食事中は主に叔父が喋り、叔母が相槌を打つ。昔は哲も学校であったことなどを話していたが、長じるにつれ話さなくなった。昭仁は元より、話しかけられない限り発言しない。
家族でない者がここにいる時点で団欒を乱しているのだ。せめていないふりをするべきだというのが、昭仁のスタンスだった。
食事はなるべく早く済ませ、二階の奥の自室へ行く。戸を閉め、荷物を投げ出すとようやく人心地つくことができた。
この部屋も昭仁に無条件の権利があって与えられたものではなかったが、とりあえずは一人になることができる。
昭仁は本棚から教科書を取り出した。期末試験はもうすぐ、それが終われば夏休みになる。
受講数が多い昭仁は試験数も多い。去年と今年でほとんどの単位を取るつもりなのだ。大学に行かずに済む時間が増えたらバイトに励んで、自活のための資金を貯めるつもりでいた。
本当にしたいことなんて。
勉強しているとよく思う。九歳でこの家に引き取られて以来、昭仁は自己主張というものをしたことがない。
出過ぎた真似ができる立場にないのは分かっていたし、そもそも主張したい事柄などなかったのだ。目の前にあるものから片付けてゆく以外の方法は知らない。そして、その他に選択肢もない。
昭仁はそっと窓の外をのぞいてみる。ただ静かに過ぎてゆけばそれでいい。
その向こうにあるものを考えないようにして、昭仁は机に向かう。