同じにはならない
スマホのアラームが仕事をしなかったことに怒りと安心を覚えながらベットから起き上がる。
今日も学校だ。ボーっとしてられない。
寝巻のまま、一回の洗面所に向かう。
洗面所で顔を洗って、ようやく頭が覚醒した。
そうだ、昨日は親父の結婚相手の娘が来たのか。
ふと、鏡に写った自分を見た。酷く暗く見える。ただ部屋が暗いだけなのか。
何だか気分まで暗くなりそうで自室に戻る。
ただでさえ朝は憂鬱だ。自分から気分を下げてもいいことはない。
いつもなら寝巻のままリビングへと行くのだが、同居人がいるなら話は別だ。
どうせならと制服に着替えてリビングに足を運ぶ。
だが、リビングには誰もいなかった。
テーブルにはラップにくるまれた朝食らしきものが置いてあった。
彼女が作ったのだろうか。
昨日は冷たく突き放してしまった。
突然、昨日のことがよみがえり、申し訳の念が俺に押し寄せる。
取り敢えず、作ってくれたならばいただくとしよう。
そう思って近づくと、紙切れが一枚置いてあった。
読んでみると、こう書かれてあった。
先に行ってます。良かったら食べて下さい。
ラップにくるまれた朝食を見る。
……黒い塊が何個かあった。
そして、俺はそこで初めて時計を見る。
時計の長針はもうすぐ一限目の開始を知らせるところまで近づいていた。
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昼休み、俺は弁当も作ってこなかったことを思い出し、購買に行くことにした。
結局、一限目に遅刻して赤っ恥を搔いた。
まさか、そんな時間までぐっすりとは。自分でも初めてでなかなかに驚いている。
そのせいか、授業中はいつも眠気と格闘しているのにもかかわらず、今日は一段と目がさえていた。
てきとうな購買パンを口に押し込んで、教室を見渡した。
……教室の後方に人だかりがあった。
男子女子問わず、一つの机を取り囲んでいる状態だ。
はたから見ればいじめに見えるが、聞こえてくる声はどれも楽しそうだった。
その机をの持ち主、その中心にいる人物は俺はもう知っていた。
神山明日香。
親父の結婚相手の娘で、昨日俺の家に同居しに来た女の子だ。
冷静に考えてやばいことが起きている。
突然義理の妹が家に来た。しかも同級生とな。
どこのライトノベルだと文句の一つくらいは出てしまうだろう。
漫画で見た世界を俺が実際に体験しているのは何とも摩訶不思議だった。
不思議なだけで、それがいいことだとは思っていない。
一般的な男子高校生に当てはまらない俺にとっては冗談じゃないと、吐き捨ててしまいそうになる。
周りの奴らには転校してきた理由は話したのだろうか。
でも、そうだったら誰かしら俺のもとを訪ねてくるだろう。
そもそも学校側が隠しているんだから、暴露するのはおかしいのか。
ばれてもばれてなくても、俺が学校で彼女と関わらないのは変わりないことであるが、せめて昨日と同じ学校生活が送れることを切に願った。
帰宅しても彼女はまだ帰ってきていなかった。
一日にしてクラスの人気を勝ち取ったら、そう簡単には帰れないのだろうか。
一生そんなことにはならない俺にとっては生涯理解できない事象だな。
制服を脱ぎ捨て、部屋着に着替えるとキッチンに立つ。
流石に夕飯に炭を食う気にはなれなかった。
別に料理ができないならやらなくてもよかったのに。
それでもやってしまう。彼女の優しが今はただただ苦しい。
昨日のことを思い出してまた苦しみだした心を自ら律して作業に没頭した。
そうこうしているうちにガチャリ、と玄関から音がした。
彼女が帰ってきた。
俺は一度深呼吸する。
大丈夫だ、と何度も呟いて覚悟を決める。
顔を上げたとき、彼女が廊下からひょっこりと顔をのぞかせてきた。
「ただいま。身支度してくるね」
「ああ、……おかえり」
何とか絞り出した俺の返答を聞いてニカっと笑みを浮かべてトトトッと階段を駆け上る音が聞こえた。
胸の苦しみはない。呼吸は乱れていない。
大丈夫だ、問題ない。
本当だったらキメ顔まで用意したいところだが、小恥ずかしいためやめておく。
先に席について彼女を待つことにした。
さっさと食べてしまって彼女との対面を避けるのが俺としてのこの場の最適行動だ。
俺が悪人だったらそんなことためらいなしにできたんだろうな。
だけど、前に言った通り。俺は悪人にはなれない。
だから、せめて昨日のことは謝りたいと、心の底から思っている。
そんなことを考えていると、彼女が下りてきて、向かいの席に座った。
「わ、おいしそう。いただきます」
丁寧に手を合わせて箸を動かし始める彼女。随分と育ちがよく見える。
それを見て、俺もぼそりと呟いて箸を伸ばした。
……うん、我ながらうまく作れている。流石に何年も一人で料理をこなしていればこれくらいなのは当然か。
比べる対象がないんじゃ自慢するのもできないが、これに関しては誇ってもいい、俺の唯一の特技だ。
ふと、彼女を見ると、目を輝かせて俺の方を見てきた。
一瞬目が合った。俺がすぐそらしたけど。
「ねえ、これ勇柚が作ったの?」
「え、あ、うん。そう。家に一人で料理することが多いから……」
「すごいね! 同じ年の人が作ったとは思えないよ」
「そうかな……。もっとうまい人もいるんじゃないかな……。俺が作ってるのは時短ものだっかだし……」
「それでもすごいことだよ」
彼女は箸を動かす手を速める明日香。そんなに気に入ってもらえたのならうれしいものだ。気分が上がるわけではないが……。
無邪気に話す明日香と、素朴に答える俺。
何とも対照的な構図だ。
当の本人である俺はというと、段々と味が感じられなくなってきていた。
それもそのはず、動悸がさっきよりも激しくなってきている。
頭が真っ白になりつつある。限界、なのか……。
だが、少しだけ俺に光が見えた。料理が盛られたお皿には何もなくなっていた。
「ごちそうさまでした」
またもや丁寧に手を合わせて箸をおく。
「それじゃあ、作ってもらったし、食器は私が洗うね」
「あ、じゃあ、お願い」
一刻も早く、ここを離れなきゃいけない。頭ではなく、体でそう感じた。
正常な判断ができない。デジャブを感じたことも忘れ、俺はリビングから自室を目指す。
だがそれは叶わなかった。
誰かに腕を掴まれた。振り返ると昨日と同じように彼女が俺の腕をつかんでいた。
「ねえ、聞かせてよ」
さっきの食事中とは打って変わって寂しそうに声を漏らす。その目は俺に悲しいという感情を訴えかけてきていた。
俺の何を、という返答よりも先に彼女が続けた。
「昨日からなんか変だよ? 手を振り払った時も、今日の朝だって。声かけても起きなかったし、結局遅れてたし。学校にいるときもわざと避けてたよね」
事実だ。だから何も言えない。
何か変だということは俺が一番わかっていた。今までなかったことに驚いているんだから。
俺の症状は放ってほいてしまったらこじらせてしまったらしい。
明らかに症状は昔より悪化していた。
「ねえ、聞かせて。私、あなたに何かしてしまったの? 私にはわからないの。あなたが何を感じているのか。何が起きているのか。だから、教えて」
彼女の心からの訴え。俺はその問いかけに答えるかどうか迷った。
だけど、俺に真摯に訴えかける彼女の瞳が余計に息苦しくて、酸素が足りなくなって……。
ふと、足の感覚がなくなった。
力を入れようとしても、頭が動かない。
頬がフローリングの床に着いたとき、ようやく自分が置かれた状況を理解する。
俺、倒れて……、
声が発する前、俺の視界は黒色に染め上げられた。