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俺は悪人にはなれない

 意を決してドアを開ける。


 そこには一人の少女がいた。

 背丈は俺と変わらない。ウルフカットの女の子だ。

 きっと彼女が娘さんという人か。


「えっと……、神山さん、でいいのかな」


「あ、神山明日香(あすか)って言います。よろしく」


 大きなキャリーケースを置いて、スッと手を差し出し挨拶する。


「俺は、勇柚。相川勇柚だ……。よ、よろしく」


 差し出された手を掴んで握手をする。

 少しきょどったよう返事をする。

 背中がゾワリとした。


「に、荷物は2階の突き当たりの部屋が空いてるから、そこ使っていいよ……」


「そう、ありがと」


 彼女、明日香は二カッと笑ってキャリケースを持ち上げる。

 たんたん、と階段を上がる彼女の背中を見送った。

 そうして階段を登って彼女姿が見えなくなると、俺は壁に寄りかかるように座り込む。


 苦しい。

 うまく息が吸えない。

 酸素が体から一方的にぬけていく感覚に陥る。

 たまらず胸を押さえる。だけど苦しさは変わらない。

 まるで気管に何か詰まっているような、そんな苦しさが俺を襲う。


 こんな症状が起きたのは今日初めてじゃない。

 何回か味わってきた。少しだけ慣れもした。

 でもさすがに久々すぎて少しツライ。

 うまく体に力が入らない。

 だけどいつまでもこのままでいるわけにはいかない。

 ヨロヨロと立ち上がる。


 足元がおぼつかない。

 壁に手をつきながらなんとかリビングのソファーに腰掛ける。


「あ、っと部屋、ありがとね」


 明日香が2階から降りてきた。

 荷物は置き終わったらしい。


「あ、うん。ずっと使ってなかったから、ちょっと埃っぽいけど、好きに使っていいよ」


「じゃあ、心置きなく使わせてもらうね」


 またニカっと笑った。

 その笑顔が眩しすぎて余計に胸が苦しくなった。


「夕飯は、食べ、たのか?」


「え、うん。ここに来る前に済ましたから大丈夫だよ」


「そうか。明日から、学校に行く、のか?」


「うん。一応学校には名字はそのままにしてもうって。お母さんが連絡してくれたみたい」


 そうか、明日香の名字はのちのち変わるのか。

 親が結婚したという事実を見せつけられる。


 そうだ、これから一緒に住むのだ。もう少しコミュニケーションはとったほうがいい。

 だけど、俺の体は既に限界だった。

 ここにいても俺の胸の苦しさは変わらないどころか、増していく気がする。

 だから俺はたまらず動いた。

 俺は平静を装って立ち上がる。


「じゃあ、俺はもう寝るから、何かあったらまた明日」


 力なく笑う。

 俺が自室へ向かおうとした。

 が、明日香の言葉が俺の進路を遮った。


「えっと、今日この家に来たばかりだし、私もあなたもお互いがお互いを知らないの。だからお節介かもしれない」


 急にわけのわからんことを言いだした。

 一体なんだというのだ。

 何をしようとしているんだ。


「体調、悪いの?」


 明日香は一言そう言った。


「どうしてそう思ったんだ?」


「だって、顔色悪そうだし。それに」


 明日香は俺に一歩だけ近づいた。

 俺の鼓動が速くなる。


「なんか苦しそうにして歩いてるから……」


 俺は演技が苦手らしい。

 演劇部に入部するのは愚策だな。

 なんて、そんな軽口を叩けるほど俺に余裕はなかった。


 俺の痩せ我慢は早々に見破られてしまった。


 そしてふと、俺に一つの考えが浮かんだ。


 言っても、いいんじゃないか?


 俺がこんな状態に陥っている理由。原因。

 これからともに生活していくんだ。同居人がこんな状態を続けていたら、そりゃ心配する。


 言って、何になるんだ?

 だって、この症状の原因は……、彼女にあるんだ。

 初対面の彼女にその事実を突きつけるのか?

 あまりにも酷だ。残酷だ。


 悩んだ。

 意識が現実がから遠のくように、思考の沼にはまっていく。


 ジレンマともいえる無限ループの思考。

 だけどそれは一瞬で吹き飛んだ。


「熱、あるんじゃないの?」


 彼女が手を伸ばす。

 熱があるか確認するため。

 何らおかしな行為でもない。普通の医療行為。

 だけどそれが俺の意識を一気に現実へ引き戻した。


 パチッ……と。


 俺は伸ばされた手をはじいた。


 静寂が蘇る。

 今までこんなに静かになったことがあったか、と疑うほどに。

 だけどはっきりと俺が手をはじいた音だけがいつまでも耳で反響している。


 あ、と。やってしまった、と。


 彼女を見れば豆鉄砲を食らったかのように驚いている。


 ……結局こうなるんだ。

 今の俺は他人を傷つける。

 精神的にも、肉体的にも。

 その代償として自分の体さえも蝕まれていく。


「ごめん、……」


 俺は顔を俯かせたまま逃げるようにリビングを去る。


 部屋に飛び込んで鍵をかけ、俺は。


 ためていたものを解放した。


「グッ……、ッあ、ハアハア。う……、ゲホッゲホッ」


 息苦しいのが徐々に解消されていく。

 気管に詰まっていたものが取り除かれたように、体中に酸素が供給される。

 壁に寄り掛かって倒れこむ。

 物理的な苦しさからは解放された。

 だが、彼女に対しての行為が罪悪感となって俺に襲い掛かる。


 俺は無駄に悪人になれない自分を恨む。

 優しさなんてなければ、俺はこんな罪悪感なんて感じなくてもよかったのに。

 少しばかり苦しみが軽減され、俺は顔を上げる。


 今日はこんな短時間顔を合わせただけでよかった。

 だけど明日からは?

 今日みたいにはいかないだろう。

 同居人として接するたびにこんな状態になってるんじゃ、正直言って体がもたない。

 このままじゃいけない、そんなことはわかっている。

 だけど、だからってどうする。

 本当のことを話すのか? 話してどうなる。

 あんまりかかわらないでくれ、なんて言うつもりか。

 同居する以上、そんなことは不可能だ。

 俺自身がこんな状態になってしまう原因が解決することはない。

 今まで治らなかったように。


 明日からどうしようか。

 何の解決策も浮かばない。八方ふさがりのまま、俺は睡魔に襲われ……。

 ベットに潜り込んだ。

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