序章
人は一生の中で度々、想像の範疇を超えた出来事に出くわすものである。
…もっとも、空を飛ぶなど誰が考えただろうか。
「高速移動の次は飛行か…いよいよ化け物染みてきたな」
青年・颪山夕飛はその身の周りに肉眼で見えるほど強い風を球状に纏いつつ、そんな独り言を零す。
この世界では招かれた人々全員にそれぞれ〈能力〉が付与されているらしい。彼が風を纏えるように同じように招かれた知り合いも、ケンカを吹っかけて来た野郎にも、今のところ出会ってきた人間全員に何かしらの能力が与えられていた。
(主催者、目的、現実世界の身体の影響…全てが不明のまま1週間が経つとは…まだまだ長くなりそうだな)
そんなことを考えながらあるビルの建物の空いていた窓に手をかけ、よじ登り入ろうとすると…真っ裸の女性がいた。申し分無いスタイル、豊満な胸が夕飛の目に映る。
「ちょ、またですか先輩!早く服着てください!!」
「だからこの方が作業に効率いいんだって言ってるじゃん〜。夕飛も目の保養になっていいでしょ?」
「結構です!見せつけないでください!」
「そんなこと言わないでさぁ〜。ほらほら、夕飛く〜ん?」
にしし、と笑っている。服を着る気は無いらしい。
「そういえばさぁ、夕飛くんはどの大学行きたいの?進学はするって言ってたよね?」
「今こんな状況で言うことじゃ無いでしょう」
「ちっちっち。目標を持つことで人間は生きようとするものだぜ、後輩くん。逆に目標の無い人間など屍と同じだぁっ!!」
「生きて帰ったら〜って死亡フラグみたいじゃないですか……先輩と同じとこですよ、志望大学」
「まじ!?君もゴキブリに可能性を!?」
どんな研究してるんだ。ちょっと気になるじゃないか。
「別に学びたいことがその大学であるだけですよ…今やってるような「正義ごっこ」みたいなことはできないでしょうけどね」
「あ〜法学部かぁ〜…そうそう、不戦闘員が避難してる近くの学校が襲撃されそうだとさ〜目撃情報あるよ」
不戦闘員、とは〈能力〉があるものの戦えない・戦わない者たちを指す言葉である。
「それを先に言ってくださいよ!敵の情報は!?」
「昨日工場にいた不戦闘員を襲った輩と同じっぽいよ〜広範囲の攻撃ができそうだね」
「分かりました!行ってきます!」
これが颪山夕飛の「日常」であり、「正義ごっこ」である。
『目標確認。体育館に大半がいるよ』
「にしてもここ高くない?わざわざ登る必要あった?」
「見下ろすのは大事な工程だぜ?まぁ地形はわかっただろ。ダブル行泊は降りて出口を塞いでくれや…菊花が川沿いの裏門、茨が正門な。俺はここから攻め————」
「させるかよっ!」
3人を突風が襲う。風の中から1人の青年が現れる。
「激アツ、登場だ」
『白髪、右目のあたりに傷…間違いないよリーダー、巷で噂の“風使い”だ』
「あの「正義の味方」みたいなことしてる野郎かよ、やりがいはありそうだなぁ?おいリーダー、私と菊花にやらせろよ」
「まぁ待て待て、決めただろ?“Vi-rus”に敵対した奴は徹底的に排除するって。それに強そうだ、腕試しにはちょうどいい」
そう言いながら頭が天然パーマのように跳ね上がっている青年が前に出てくる。
二拍手、チャージ、二拍手、攻撃————シーシーレモン、と気づいた時には左右を2頭の龍が挟んでいた。突風で薙ぎ払おうにも避けられている上に、2頭で夕飛を挟み込んだり進行方向を限定させたりと利口である。
(あの“リーダー”って奴が操ってるんだな…一対一でもかなりキツいぞ)
ちょうど道路の上に出たところで火力を上げて龍を吹き飛ばした。ある程度ダメージを負うと消滅するらしい。
「攻撃した時の懐があいつの隙だ。茨、お前が狙え」
「望むところだよ!」
いばら、と呼ばれたポニーテールの女子が短剣2本を持って襲ってくる。新たな龍も後ろから迫っており、きっか、と呼ばれていた全身フル装備の人も動き出した。
「好き勝手させるかよ…[疾風怒濤]!!」
夕飛は加速し茨の腹に一撃、続いて菊花の背面に移動し回し蹴りを繰り出す。
「『がっ…!?」』
2人は動揺を浮かべながら、ビルから落下し光の粒となって消えた。
「おいおい…流石に強すぎだろう」
“リーダー”は龍を空中で待機させつつモーションに入る。二拍手、チャージ、二拍手、攻撃————
「鼠!」
すると鼠が数え切れないくらい大量に出てきた。逃亡には有利そうだが逃げる気配は無い。
(触れない方が良さそうだな!)
そう考えつつ風を身に纏い鼠の壁に突撃し、薙ぎ払いつつ“リーダー”の目前に迫り…蹴りを入れた。
しかし、蹴りは届いていない。“リーダー”は手をクロスさせていた。
「バリアだよ!ドンパッチやったことないのか!?」
「知るかっ…!!」
効いていないとはいえ蹴りを止めるわけにはいかない。離れればまたモーションに入るだろう。ならば————
「空の旅と行こうじゃねぇか」
夕飛はビルをもう片方の足で思い切り蹴り上げ、“リーダー”を上にしながら上昇していく。上昇し、上昇し…ある程度のところで上昇が止まった。“リーダー”に異変が始まる。
「『アクセス禁止区域です。お戻りください』だぁ…?お前…コレを狙って…?」
「あと5秒でキルされるぜ、じゃーなっ!」
そう言いながら両足で“リーダー”を蹴り、アクセス禁止区域にめり込ませる。
『アクセス禁止区域からの脱出が困難と認定。強制キルします』
「ぐああああああ!!!」
「あー…やべ…能力一時的に使えなくなっちゃった…」
無茶したから当然か、と思いつつ落下していく。今のところ道路に落下しそうだが、能力も使えなければ対流圏界面辺りから落ちているので自分もこれで死んじまうのかなぁ、と思ったその時。
「再起動!」
という掛け声と共にビームが当たり、能力が復活する。
「ありがてぇ〜…助かったぜ先生…」
クルッと回転しながら柔らかな風とともに着地。
「また無茶したのか…結構強かったんだな?」
「まぁね。これから結構強くなると思うよ」
「お前が言うなら相当だな…」
先生が苦笑いしている。そこまで変なこと言っただろうか?
これが序章。後に“最善”と呼ばれる颪山夕飛と、“Vi-rus”のリーダーにして“最悪”と呼ばれる角谷椿の初戦である。