第五話:体育祭
次の日、僕はいつも通りに登校していた。......のだが、何やら七海が校門前で立ち止まって考え事をしていた。
「おはよう白川さん。こんな所でどうかしたか?」
と話しかけると
「あっ、おはよう黒川くん。いや、ただ考え事してただけだから大丈夫だよ。」
と返答が返ってきた。
「その悩み事ってのは?」
「まぁ昼休みになれば分かるよ。」
とそのようなことを言われた。
うまいことはぐらかされたような気がしたが、まぁ昼休みまだ待つとしよう。と、俺は考えるのだったよう
あれからしばらくして、昼休みが終わる少し前、俺は机に突っ伏していた。
寝ていたわけじゃない。ただ、特にやることもなく、ぼんやりしていただけだ。昼食を食べ終えた後、適当にスマホをいじって時間を潰し、あとはこうして目を閉じて過ぎるのを待つ。何も考えずにいられるこの時間が一番落ち着く。
「黒川くん、次のホームルームで体育祭の競技決めがあるから、ちゃんと考えておいてね」
静寂を破ったのは、白川七海の声だった。
「体育祭……?」
顔を上げると、七海が俺の席の前に立っていた。手には何やらプリントが数枚。ちらっと見ると、「体育祭競技一覧」なんて書かれている。
「そう。ほら、去年の資料も配られたでしょ? 何に出るか決めておかないと、後で困ることになるわよ」
そんなこと言われても、俺にはどうでもいい話だった。体育祭なんて、積極的に出るようなイベントじゃない。できれば避けたいし、どうしても出なきゃいけないなら目立たない競技がいい。
「適当に余ってるのに入れてもらえばいいんじゃないか?」
俺がそう言うと、七海は呆れたようにため息をついた。
「そんな適当なこと言って……。去年の資料を見た限り、出場枠が決まっている競技がほとんどだから、余り物に入ると逆に目立つことになるかもしれないわよ?」
「……めんどくさいな」
俺は深く息を吐いた。そもそも、体育祭なんて全員強制参加にする意味が分からない。出たい奴だけ出ればいいのに。俺みたいにやる気のない人間にとっては、ただの苦行でしかない。
「じゃあ、せめて負担の少ないものを選んだら? 例えば……玉入れとか?」
「玉入れって、意外と大変なんじゃないか?」
「あ……そうかも。意外と動き回るし……じゃあ、綱引き?」
「人数多いから手を抜けるのはいいかもしれないな」
七海は苦笑しながら、「もう少しやる気を出してほしいけど……」とぼやいた。
そんなことを話しているうちに、昼休みが終わり、ホームルームの時間になった。担任が教室に入ってきて、手を叩いて注意を促す。
「はい、ホームルームを始めるぞ。今日は体育祭の競技決めをやるから、各自どの競技に出るかしっかり考えておくように」
クラスの反応は様々だった。やる気満々の連中は既に友達同士で相談を始めているし、俺みたいに興味がない奴らはダルそうな顔をしている。
「じゃあ、順番に決めていくぞ。リレーや短距離走は人気だから、希望者が多かったら調整する。逆に、あまり希望が出ない競技は先生のほうで適当に振り分けるからな」
「うおお、リレーは譲らねえ!」
「おい、俺も出たい!」
すぐに教室のあちこちで激しい競技争奪戦が始まった。リレーや障害物競走、騎馬戦なんかは人気があるらしく、運動部の連中を中心に立候補が殺到している。一方で、玉入れや綱引き、借り物競走あたりは、みんな消極的だった。
俺はとりあえず静観していた。どうせ、俺のようなやる気のない奴は後回しにされる。それなら、最初から何も決めずにいたほうが楽だ。
「黒川、お前は何に出るんだ?」
不意に、前の席に座る男子が振り向いた。適当に相槌を打とうとしたが、その前に七海が口を開いた。
「綱引きがいいんじゃない?」
「え?」
「人数も多いし、そこまで動かなくてもいいから」
「……まあ、いいけど」
特にこだわりもなかったので、俺は軽く頷いた。どうせどこかには参加しなきゃいけないし、体力の消耗が少なそうな競技なら許容範囲だ。
「じゃあ、黒川は綱引きでいいな」
担任が名簿にチェックを入れる。
こうして、俺の体育祭の競技はあっさり決まった。できれば当日は曇りで気温が低く、風も強くて運動するのに最悪のコンディションであってほしい。そうすれば、みんなのやる気も削がれて、俺も最小限の動きで済む。
俺は机に突っ伏しながら、そんなことを考えるのだった。