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雨宿りと小さな約束

次の日、朝のホームルームが終わると同時に、七海は生徒会の書類を抱えて席を立った。


「生徒会?」


僕が何気なく尋ねると、七海は一瞬だけ足を止め、僕の方を見た。


「うん、ちょっと先生に提出するものがあって」


「ふーん。忙しいんだな」


「まぁね。でも、こういうのって慣れちゃえばどうってことないのよ」


そう言いながら、彼女は柔らかく微笑んだ。だが、その目の奥にある疲れまでは隠せていない。


「……手伝おうか?」


思わずそう口にした僕に、七海は驚いたような表情を見せた。


「え? いいよ、これは私の仕事だから」


「そう言うと思った」


僕は軽く肩をすくめると、彼女の手元の書類をひょいと一枚取り上げた。


「何してるの?」


「いや、どうせ俺は暇だし」


「でも……」


「ほら、行くんだろ? 先生のところに」


七海はしばらく僕をじっと見つめた後、ふっと笑った。


「黒川くんって、ほんと変な人」


「よく言われる」


そう言って僕が歩き出すと、七海は小さくため息をついて僕の後を追った。


「……というわけで、これが会計報告書です」


七海が職員室で先生に書類を渡すと、先生は満足そうに頷いた。


「ありがとう、白川。生徒会は君がしっかりしているおかげで助かってるよ」


「いえ、当然のことをしているだけです」


七海は笑顔で答えたが、その表情はどこか張り詰めているように見えた。


僕はそんな彼女の横顔を見ながら、少し考え込んでいた。


(「当然のこと」か……)


まるで、自分がやらなきゃいけないと決めつけているような口ぶりだ。


「じゃあ、授業に戻るか」


「うん」


職員室を出て廊下を歩きながら、七海はちらりと僕を見た。


「黒川くん、ありがとうね」


「別に大したことしてないけどな」


「でも……少し、楽になった」


その言葉が妙に印象に残った。


昼休み、僕が弁当を広げようとしたところで、七海がこちらにやって来た。


「ねぇ、黒川くん。ちょっといい?」


「ん?」


「……よかったら、一緒に食べない?」


七海がそんなことを言うとは思っていなかったので、一瞬意外に思った。


「別にいいけど」


「じゃあ、屋上に行こうか」


「屋上?」


「うん。たまには静かな場所で食べるのも悪くないでしょ?」


そう言われ、僕は特に断る理由もなく彼女についていくことにした。


屋上は思ったよりも風が心地よかった。


「ここ、いいな」


「でしょ? たまにこうやって息抜きしないと、やってられないから」


「……珍しいな。白川さんがそんなこと言うなんて」


「……私だって、少しくらい休みたいって思うこともあるのよ?」


彼女はそう言いながら、ゆっくりとお弁当の蓋を開けた。


「でも、休むのって怖いのよね」


「怖い?」


「うん。もし私が休んだら、きっと誰かが困る。だから、結局休むって選択肢はないの」


七海はそう言いながら、おにぎりをひとかじりした。


「でもさ、たまには休んでもいいんじゃないか?」


「……そうなのかな」


「そうだよ。もし誰かが困ったら、その時は俺がなんとかするから」


冗談めかして言ったつもりだったが、七海は少し驚いたように僕を見た。


「……本気?」


「半分本気」


「ふふっ……変な人」


彼女はそう言って、少しだけ微笑んだ。


放課後、校舎の外に出ると、ぽつぽつと雨が降り始めていた。


昇降口の前で足を止めた僕は、傘を持たずに立ち尽くしている七海の姿を見つけた。


「白川さん、傘ないの?」


「うん……天気予報、外れちゃったみたい」


「仕方ないな」


僕は鞄から折りたたみ傘を取り出し、それを広げた。


「入るか?」


七海は少し驚いたように僕を見たあと、「……いいの?」と控えめに尋ねた。


「ダメって言ったら、このままここにいるのか?」


「……それは困るけど」


「じゃあ、決まり」


彼女は少しだけ迷ったあと、僕の隣にそっと立った。


「……ねぇ、黒川くん」


雨音の中、七海がぽつりと呟いた。


「ん?」


「転校してきた理由、まだ聞いてなかったなって思って」


一瞬、心臓が跳ねる音がした。


(……どう答えるべきか)


「ちょっとね、やりたいことがあったから」


「やりたいこと?」


「そう。まぁ、大したことじゃないけど」


七海はしばらく僕の横顔を見つめた後、「そっか」とだけ返した。


(……気づかれてはいない、よな)


彼女の表情を横目で確認しながら、僕は小さく息をついた。

そうこうしているうちに七海の家についたようだ。


「それじゃ、また明日」


「うん。また明日」


七海はそう言って微笑んだ。その笑顔を見ながら、僕はもう一度、限られた「時間」を意識してしまうのだった。

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